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2 初めての嫉妬心
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ある日の朝、教室に入るとイレネオがいた。女の子と話している。誰だろう。
「でさあ、そんとき俺の兄貴がー、あっユハニおはよー!」
「おはようユハニくん。私アポロニア。よろしくねー!」
艶々とウェーブがかった濃い茶色の髪と、淡く桃色がかった薄茶の瞳をした可憐な少女が手を振ってきた。
話が盛り上がっているようなので、このまま二人で続けるか、彼女が席に戻って終わるかのどちらかだと思っていた。だから心の準備が遅れた。
「えっと、おはよう。よろしく、アポロニアさん」
「やだー、呼び捨てでいいわよー。それで? お兄さんが?」
「そうそう俺の兄貴がさ。親父のお酒コレクションで一番いいやつを毎日5ミリずつこっそり飲んでんの。俺止めたのに蒸発だって言えばいいとか言ってー」
こうして端から眺めていると、イレネオと彼女は会話のテンポが合っている。端的に言うと、お似合いだ。
きっとこのまま会話が進んで、僕から気が逸れてゆくのだろう。そしたら僕は元通り、ひとりになる。それだけだ。
……彼は僕のものじゃないはずで、僕が残念に思うなんておかしなことだ。もう小さな子供じゃないんだから。お友達を取られた、なんて思っているのか僕は。
胸のモヤモヤを押し込もうと、頭の中でそっと文字世界の扉に手をかけようとしたその瞬間。
「ねえユハニ、お酒って蓋緩めといただけでそこまで減るもんなんかな? なんかおかしくね?」
──死角からのキラーパス。
なんとか間一髪でそれを受け止めた僕は、お酒のアルコールは水より揮発しやすいけど酒樽に放置して一日5mlくらい。瓶の大きさによるけどお兄さんはその倍以上の量を飲んでるから、その言い訳は無理がある。笑顔を作ってそう答えた。
「すげえ。さすがユハニ。ほら言っただろ。人間図書館なんだぜユハニは」
「本当ね、間髪入れなかったわ。聞いた通りの知識王ね!」
まるで自分の手柄のように自慢するイレネオと、初めてまともに話すはずなのに、どんどん会話のパス回しをするアポロニア。
この後も、次の日も、また次の日も、活発な会話をする二人が当然という態度で僕を輪に加える日々が続いた。
随分時間が経ってから二人は『そういえば』と、昨日の夕食の話でもするかのように家のことを尋ねられた。上下関係、利害関係に関わる家格の話を気にする素振りは、そのときもそのあとも、全く一度もないままだ。
家格のことなどどうでもいい。僕とは全く性格の違う、社交的な二人とここで価値観が一致するとは露ほども思わなかった。
心の中で思っていること、外に出さずにいた考えが一致する。共感という名が付けられた感情である。これが、これほど甘美なものとは。
過去、意見の相違から態度が変わった人達がいた。もしかしたらあの人達の焦点は相違云々ではなく、言葉を尽くしても僕が共感を寄せなかったことに悲しんだのかもしれない。憤ったのかもしれない。
僕の意見は覆らないが、もっと違う言い方があったかもしれない。否定的過ぎたかも。今頃になって、そう思った。
──────
イレネオやアポロニアと過ごすことが当たり前になった頃、イレネオがよく特定の先輩に話しかけていることに気がついた。
騎士科のブルーノ・シュヴァイガー先輩。治療魔術に関わる製品を扱う家の次男だ。道具だけではなく、魔術師と治療魔術師を多く輩出している名門。イレネオが『ブルーノ先輩がー』とよく言うので、僕たちの中でもブルーノ先輩として完全に定着してしまった。
イレネオはその先輩に会うと必ず挨拶をし『ちょっと先行っといて!』と、話しかけに行くことなどがよくあった。
気のせいではないと思う。ブルーノ先輩のイレネオを見る目が、そこらにいる彼の友達と、何かが違っているのだ。言葉で説明するのは難しい。色が、温度が違う。…絡みつくような、何か。
それに、接触頻度が高すぎる気がする。男女ならお付き合いや婚約をしていたとしても、人前でのそういった行為は少々品がないと判断されるものだ。
しかし同性ならただの友達という可能性が残っている。それは余程のことでない限り、黙認される傾向にある。しかし何かにつけて手に触れたり、背中に触れたり、肩に腕を回して引き寄せていたときもある。
僕には接触過多に見えてどうしても気になってしまい、時々何をしていたのかとわざわざ聞いてしまったりする。二人の間だけのことを聞くことこそ品がないだろう、僕には関係ないだろうにと思いながら。
大体は『剣術習ってたー』と、カラッとした答えが返ってくるだけだったが。
イレネオ本人に言ってはいないが、先輩のことは僕が調べた。
寮に帰ってから一人になり、念願の読書をするチャンスなのに。彼は一体どんな人なのか気になって、本なんて開く気にもなれなかったのだ。
「でさあ、そんとき俺の兄貴がー、あっユハニおはよー!」
「おはようユハニくん。私アポロニア。よろしくねー!」
艶々とウェーブがかった濃い茶色の髪と、淡く桃色がかった薄茶の瞳をした可憐な少女が手を振ってきた。
話が盛り上がっているようなので、このまま二人で続けるか、彼女が席に戻って終わるかのどちらかだと思っていた。だから心の準備が遅れた。
「えっと、おはよう。よろしく、アポロニアさん」
「やだー、呼び捨てでいいわよー。それで? お兄さんが?」
「そうそう俺の兄貴がさ。親父のお酒コレクションで一番いいやつを毎日5ミリずつこっそり飲んでんの。俺止めたのに蒸発だって言えばいいとか言ってー」
こうして端から眺めていると、イレネオと彼女は会話のテンポが合っている。端的に言うと、お似合いだ。
きっとこのまま会話が進んで、僕から気が逸れてゆくのだろう。そしたら僕は元通り、ひとりになる。それだけだ。
……彼は僕のものじゃないはずで、僕が残念に思うなんておかしなことだ。もう小さな子供じゃないんだから。お友達を取られた、なんて思っているのか僕は。
胸のモヤモヤを押し込もうと、頭の中でそっと文字世界の扉に手をかけようとしたその瞬間。
「ねえユハニ、お酒って蓋緩めといただけでそこまで減るもんなんかな? なんかおかしくね?」
──死角からのキラーパス。
なんとか間一髪でそれを受け止めた僕は、お酒のアルコールは水より揮発しやすいけど酒樽に放置して一日5mlくらい。瓶の大きさによるけどお兄さんはその倍以上の量を飲んでるから、その言い訳は無理がある。笑顔を作ってそう答えた。
「すげえ。さすがユハニ。ほら言っただろ。人間図書館なんだぜユハニは」
「本当ね、間髪入れなかったわ。聞いた通りの知識王ね!」
まるで自分の手柄のように自慢するイレネオと、初めてまともに話すはずなのに、どんどん会話のパス回しをするアポロニア。
この後も、次の日も、また次の日も、活発な会話をする二人が当然という態度で僕を輪に加える日々が続いた。
随分時間が経ってから二人は『そういえば』と、昨日の夕食の話でもするかのように家のことを尋ねられた。上下関係、利害関係に関わる家格の話を気にする素振りは、そのときもそのあとも、全く一度もないままだ。
家格のことなどどうでもいい。僕とは全く性格の違う、社交的な二人とここで価値観が一致するとは露ほども思わなかった。
心の中で思っていること、外に出さずにいた考えが一致する。共感という名が付けられた感情である。これが、これほど甘美なものとは。
過去、意見の相違から態度が変わった人達がいた。もしかしたらあの人達の焦点は相違云々ではなく、言葉を尽くしても僕が共感を寄せなかったことに悲しんだのかもしれない。憤ったのかもしれない。
僕の意見は覆らないが、もっと違う言い方があったかもしれない。否定的過ぎたかも。今頃になって、そう思った。
──────
イレネオやアポロニアと過ごすことが当たり前になった頃、イレネオがよく特定の先輩に話しかけていることに気がついた。
騎士科のブルーノ・シュヴァイガー先輩。治療魔術に関わる製品を扱う家の次男だ。道具だけではなく、魔術師と治療魔術師を多く輩出している名門。イレネオが『ブルーノ先輩がー』とよく言うので、僕たちの中でもブルーノ先輩として完全に定着してしまった。
イレネオはその先輩に会うと必ず挨拶をし『ちょっと先行っといて!』と、話しかけに行くことなどがよくあった。
気のせいではないと思う。ブルーノ先輩のイレネオを見る目が、そこらにいる彼の友達と、何かが違っているのだ。言葉で説明するのは難しい。色が、温度が違う。…絡みつくような、何か。
それに、接触頻度が高すぎる気がする。男女ならお付き合いや婚約をしていたとしても、人前でのそういった行為は少々品がないと判断されるものだ。
しかし同性ならただの友達という可能性が残っている。それは余程のことでない限り、黙認される傾向にある。しかし何かにつけて手に触れたり、背中に触れたり、肩に腕を回して引き寄せていたときもある。
僕には接触過多に見えてどうしても気になってしまい、時々何をしていたのかとわざわざ聞いてしまったりする。二人の間だけのことを聞くことこそ品がないだろう、僕には関係ないだろうにと思いながら。
大体は『剣術習ってたー』と、カラッとした答えが返ってくるだけだったが。
イレネオ本人に言ってはいないが、先輩のことは僕が調べた。
寮に帰ってから一人になり、念願の読書をするチャンスなのに。彼は一体どんな人なのか気になって、本なんて開く気にもなれなかったのだ。
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