距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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だったら、もっと怖くなってもいいかな

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 タクシーがゆっくりと止まり、運転手が静かに振り返る。

「到着しました」

 タクシーを降りると、目の前には高層マンションのエントランスが広がっていた。
 外観だけでわかる。普通の高校生が住むような場所じゃない。

「なんじゃこりゃあ……」

 巻島は、立ちすくむ俺の腰に手を回す。
 
「今のグループに入ってから、事務所が用意してくれた部屋。実家はもっと離れてて、こっちは仕事の合間に使ってる感じ」

 言いながら彼女は、さも当たり前のようにオートロックのパネルに暗証番号を打ち込み、エントランスのドアを開けた。
 そのままエレベーターへと誘導され、俺は無言でついていく。

「本当は実家に帰って、お父さんとお母さんに悟くんのことを紹介したかったんだけど……」
「それはちょっと……っていうか、かなりすっ飛ばしてると思う」

 エレベーターに乗り、三十階のボタンが押される。
 上昇するごとに、鼓動がじわじわと早くなるのを感じた。
 ただ送っていくだけのつもりだったのに、状況がどんどん非日常へと進んでいく。
 帰ると言い出せない間にエレベーターが止まり、静かな廊下を抜けて部屋の前に到着すると、巻島がポーチから鍵を取り出して開錠する。

「あ、あんまり片付けてないから……見ないでね?」

 彼女が扉を開けると、明るく、清潔な部屋が広がった。
 生活感はあるのに、雑多なものは見当たらない。
 リビングの窓からは、都心の夜景が一望できる。

「うわ……」

 思わず声が漏れる。

「すごいよね。でも、一人でいると寂しくなるんだ」

 巻島がカーディガンを脱ぎ、ソファに腰を下ろす。
 そして、俺の手を引いて隣に座らせた。

「悟くん、ちょっとだけ……抱きしめてほしい」

 か細い声。体調が万全じゃないと思うと、断る気にもなれない。
 俺は無言で、そっと彼女の身体を抱き寄せた。
 巻島は素直に身を預けて、顔を俺の胸に埋める。

「ねぇ、キスしてもいい?」
「……体調、大丈夫なのか?」
「うん、もう平気。……悟くんが来てくれたから」

 そう言って見上げるその目が、俺の思考を簡単に溶かした。
 ほんの少し、触れるだけのキス。

「悟くん、なんか変わったね」
「……変わった?」

 出し抜けに言われて戸惑うも、巻島は笑顔を見せる。

「なんていうか、明るくなった気がする。前の悟くんも好きだけど、今の悟くんも大好き」
「それは……多分、悩むのをやめたからかな」
「悩んでたの?」
「あぁ。俺が覚えてない俺について、どうしようかと思って」

 彼女は「なるほどね」と言って考え込んでいたが、すぐに俺と視線を合わせた。

「僕にとっては、あの時の悟くんも、今の悟くんも同じ。……それに、さっき僕を助けてくれたのは……あなただよ」

 彼女が「俺」を見ようとしてくれている事は理解しているが、改めて言葉にされると恥ずかしい。
 だから、つい軽口が出てしまった。

「――な、なら良かったよ、うん。新しい俺になったなら、隆輝と二兎にでも聞いてみるかな。来週――」
 
 ――空気が止まった。
 巻島の手が、俺の肩に置かれたまま固まる。

「……いま、なんて言ったの?」

 声は静かで落ち着いているのに、背筋がひやりとする。

「あ、いや、その……変わったのかどうか、聞いてみるだけで――」
「二兎さんに?」

 巻島が、ゆっくりと首を傾ける。
 強く揺れたわけじゃない。
 だが、内部で何かが軋んでいるのが分かる動きだった。

「二兎さんに、悟くんの変化を確認するの? 二兎さんなら、悟くんの細かい変化もわかるって事?」
「いや、そういう意味じゃ――」
「じゃあ……どういう意味なの?」

 巻島はソファに膝立ちになる。
 逃げ道を自然に塞ぐように、ほんの少しだけこちらへ身体を向ける。

「悟くんって……そういうところも可愛いよね」

 笑っているのに、目は笑っていない。

「ゲーセンで一緒にプリクラ撮ってたよね」
「あれは不可抗力で――」
「学校に行く時も楽しそうだったよね」

 一つ一つの言葉が、ナイフのように鋭い。

「――全部、覚えてるよ?」

 腕が伸びて、触れる寸前で止まった。
 逃げるかどうかを確認しているみたいに。

「悟くん」

 声が一段、冷める。

「ねぇ……その子に、取られちゃうって思われるような言葉……どうして今、僕の前で出てくるの?」

 視線が絡む。息が触れそうな距離。

「悟くんはね、僕が幸せにするんだよ? 悟くんだって言ってくれたよね。『街中探し続ける』って。なのに……二兎さんの名前、出すんだ?」

 俺の両手首をそっと包むように握り、逃がさないように指に力がこもる。

「悟くんは優しいから……誰にでも優しくできちゃうんだよね。でも、それだと勘違いしちゃう子がいるかも」
「いや、俺はそんな――」
「じゃあ」

 巻島が顔を近づける。額が触れ合いそうになる。

「悟くんが優しいのは僕だけだって、ちゃんと教えて?」

 静かで、甘くて、恐ろしく執着した声で。

「じゃないと……ねぇ、悟くん。取られちゃうかもしれないって、思っちゃうよ? 悟くんが、他の人でもいいって思ってたら……苦しいよ」

 巻島は顔を上げ、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「悟くんのこと、好きで好きで好きで好きで……苦しくなるくらい。それくらい、本気なんだよ?」

 至近距離で、潤んだ目でそう告げられて、俺の心臓は、うるさいくらいに鳴っていた。

「悟くんの言葉がほしいの。……私だけ、って。言って?」
「え、えっと……」

 口が勝手に言い淀む。
 もちろん、巻島が大切だ。好きかもしれない。
 でも、まだ知り合ったばかりで「お前しかいない」と断言するのは、言葉の重みが足りない気がして。

「……そんなこと、簡単には言えないよ」

 俺はそれが、誠実な答えだと思った。
 だが――。

「……そうなんだ」

 巻島が一瞬だけ目を伏せた。
 次の瞬間、背中に腕が回される。
 抱きしめるのとは違う。
 捕まえるような、逃がさないような、そんな動き。

「ふーん。簡単に言えないんだ。僕の気持ちは、何度も伝えたのに」
「いや、それは……!」

 言い訳を吐き出す暇もなく、巻島の手が俺の身体に蛇のように巻き付く。
 
「悟くんってさ、告白されたこと……あんまりないでしょ?」
「……ないよ」
「みんな見る目がないね。でも、それならわかんないよね。『好き』って言葉を口に出すのに、どれだけ勇気がいるか」

 耳元に巻島の呼吸が触れて、心臓が飛び跳ねた。

「そのあと、何も返ってこなかったらって、ただ好きなだけなのに、求めすぎって思われる不安。ぜんぶ飲み込んで、勇気出したんだよ?」

 腕に、さらに力がこもる。

「ねぇ悟くん、ほんとは……僕がちょっと怖くなったって、思ってない?」

 俺の息が止まった。

「……言い返せないんだ。ふうん、悟くん、そういう目で見てたんだ……」

 巻島が俺を突き放し――。

「だったら、もっと怖くなってもいいかな」
 
 彼女の顔が視界に入る。
 笑っているような、焦っているような、興奮しているような。
 色々なものが混ざり合った表情。
 しかし、その目は涙で濡れていて、奥の感情は読めなかった。

「ま、巻島……?」

 彼女の指が俺の指に絡む。
 
「ねぇ悟くん。僕だけって言ってくれないんだったら――」

 頬をすり寄せて、吐息が首筋にかかる距離で。

「……僕の方から、奪っちゃおうか?」

 身体がすくむ。

「僕しかいないって、言ってもらえるまで……帰さない」

 囁き声なのに逃げられない。
 檻に閉じ込められたかのようだった。

「悟くんが僕を見てくれる時間。悟くんが僕を抱いてくれたこの手。悟くんが僕を探してくれた心。ぜんぶ……全部ね?」

 少し息を吸い込み――。

「僕だけのものにしたくなっちゃうの」

 巻島は俺の手を取り、自分の胸へと押し当てた。
 強く、強く、形が変わってしまうほどに。
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