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私たちは恋人なんだから
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雰囲気よく決めてくれた先輩には悪いが、俺は早くも帰りたくなっていた。
その理由は情けないもので、単純にビビっているからだ。
今日の先輩はデニムのパンツとヘソ出しのトップスにライダースジャケットを羽織った「強め」ファッション。
どこぞの韓国アイドルのような格好を完全に自分のものにしている。
老けているのとは違う、経験に裏打ちされたオーラが俺を圧倒しているのだ。
そして、先輩は「デートを始める」と言ったっきり動かない。
ただ俺を見て、次のセリフを言えと目が言っている。待っている。
それでも俺が何も言わないのは、何を言えば良いのか分からないからではない。
先輩曰く、これはデートの練習。
流石に褒めを求められていることくらい理解している。
――だが、どちらを言えばいい?
脳内に提示されている選択肢は二つ。
一つが「可愛い」で、もう一つが「綺麗」だ。
どちらも女子が言われたい言葉だろうが、比率が高いのは「可愛い」で間違いない。
しかし先輩は綺麗系であり、「可愛い」は適当に言っていると捉えられかねない。
そもそも、モデルなんだし日頃から褒められまくっているはず。
言われ飽きている言葉を選ぶ時点でマイナス評価を――。
「――東堂先輩、こんな服も着こなせるなんて凄いですね。めちゃくちゃ似合ってます」
「……んっ、そう? なら……良かったわ」
容姿が優れている相手を褒める時はセンスや決断を評価すると良いと、どこかで見たのを思い出した。
そんなわけで頑張ってみたんだが、どうだろうか。
「あ、あなたも、その……似合ってると思うわよ」
よし、おそらく及第点は取れたはず。
先輩がカフェへ案内してくれるようで、俺も隣を歩く。
「きょ、今日はなかなか良い天気ね」
「そうですか? 割と曇ってると思いますけど」
「…………そうね」
普通に肌寒い。
「……昨日はよく眠れたかしら?」
「ぐっすりでしたよ。先輩はあんまり寝れなかったんですか?」
心なしか顔が疲れている気がする。
「そんなことは……ないけど。仕事のアレとかアレがあったから少し寝るのが遅くなっただけで、別に今日が楽しみで眠れなかったとか、そんなピクニック前の子供みたいなことではないわ」
「なるほど」
妙に饒舌なのが気になるが、特に疑問はない。
盛り上がったとは言えない会話を引き連れて歩いていると、代々木公園の手前で逸れたあたりで先輩が前方を指差す。
「あそこが私の行きつけのカフェよ」
看板には「ロブスターカフェ」と書いてある。
名前に面食らったが、渋谷の喧騒から少し離れたところにひっそりと佇む隠れ家的な店だった。
「行きつけ……と言っても普通に人気店なんだけどね」
土曜ということも影響しているのだろうが、既に店の前には三組ほど待っていた。
俺たちはその後ろに並ぶことにしたのだが……。
「七里ヶ浜くん、どうしたの?」
「……その、やっぱり視線が気になるというか」
「視線?」
「東堂先輩に向けられる視線ですよ」
とにかく見られる。
前に並んでいるカップルも通りがかる会社員も、なんなら店内の客までもが先輩に熱い目を向けていた。
巻島とのデートでも同種の視線を感じてはいたが、あの時はカメラという傘があった。
だから酸性雨にも比較的落ち着いていられたが、今回は違う。
企画で一緒になった男ではなく、プライベートで隣に立つ男なのだ。
「前はクラスメイトの前で私に噛み付いてきたのに、そんなことは気になるのね」
「いや、それは……」
「大丈夫よ。今日の七里ヶ浜くんは私の彼氏なのよ? もっと自信を持っていればいいの」
先輩はあっけらかんと言ってのけた。
真面目な人なのだ。役者が役にのめり込むように、俺の恋人という役を演じようとしてくれている。たとえ良く思っていない相手であっても。
彼女の切れ長の目は今ばかりは優しさを帯びていて、次の瞬間には目を細めて笑った。
「ふふっ、可愛いところがあるのね?」
普段の冷たさを知っている分、敵意なく振る舞う東堂先輩の笑顔は強烈で、思いがけずドキッとしてしまう。
「……よく考えたら、恋人なのに苗字で呼び合うのも変じゃない? 名前で呼び合いましょうよ」
「俺たちが……ですか?」
「えぇ、何か問題でもあるの?」
実戦を想定しての訓練なら、出来る限り要素を寄せる必要がある。
その考え方は分かるが……少し引っ掛かりを感じた。
あまりにも先輩が「やる気」すぎる。
本当に俺に好意があるのではないかと勘違いしそうになってしまう。
しかし、先輩は攻撃の手を止めてくれない。
「問題ないみたいね。それじゃあ早速、呼んでみようかしら。……あ、呼び捨てか君付けか、どっちがいい?」
「と、特に好みはないです」
「葉音には“悟くん”って呼ばれてたわよね。なら私は“悟”にしようかしら。呼び捨てで呼んでくる人は?」
「いないです……」
「決まりね」
楽しそうな微笑みを浮かべる先輩。
「悟は私のことをなんて呼んでくれる?」
「先輩じゃダメなんですか?」
「もう、当たり前じゃない。だって私たちは恋人なんだから」
……ちょっと俺をからかってないか?
こちらが戸惑っているのを見て愉悦に浸っているのではないかと思うくらいには退いてくれない。
「じゃあ……先輩ですし“涼さん”はどうですか?」
「……そ、それだと少し他人行儀じゃないかしら。もう一声、ほしいわね」
「……“涼ちゃん”でいいですか?」
「~~~ッ!」
その瞬間、先輩は耳まで顔を真っ赤にして両手で顔を押さえた。
今までの出来事を忘れて、不覚にも可愛いと思ってしまう。
この人、役に入り込みすぎだろ。
「せ、先輩……?」
「涼ちゃんでしょ!?」
赤ん坊をあやす時のように顔を出現させる先輩。
その目は血走っているとも言えるし、涙で潤んでいるとも言える。
「…………涼ちゃん」
「そ、そう! それを待っていたのよ私は!」
「はぁ……そうですか」
「敬語もやめなさい!」
「わ、わかり――った」
今にも踊り出しそうな先輩だったが、俺のなんとも言えない表情を見て我に返る。
「わ、私は喜んでないけど。断じて喜んでなんかいないけど、葉音をこのくらい喜ばせなさいということよ」
「せんぱ――涼ちゃんって演技力も凄いんだな」
「……演技力? ――あっ、そ、そうでしょう!? 何事も本気なのよね、私って」
すげぇ。先輩にも色々な引き出しがあるんだなぁと頷いていると、店内から声が聞こえた。店員さんに呼ばれている。
十分ほど待って、俺たちの番が巡ってきたようだ。
その理由は情けないもので、単純にビビっているからだ。
今日の先輩はデニムのパンツとヘソ出しのトップスにライダースジャケットを羽織った「強め」ファッション。
どこぞの韓国アイドルのような格好を完全に自分のものにしている。
老けているのとは違う、経験に裏打ちされたオーラが俺を圧倒しているのだ。
そして、先輩は「デートを始める」と言ったっきり動かない。
ただ俺を見て、次のセリフを言えと目が言っている。待っている。
それでも俺が何も言わないのは、何を言えば良いのか分からないからではない。
先輩曰く、これはデートの練習。
流石に褒めを求められていることくらい理解している。
――だが、どちらを言えばいい?
脳内に提示されている選択肢は二つ。
一つが「可愛い」で、もう一つが「綺麗」だ。
どちらも女子が言われたい言葉だろうが、比率が高いのは「可愛い」で間違いない。
しかし先輩は綺麗系であり、「可愛い」は適当に言っていると捉えられかねない。
そもそも、モデルなんだし日頃から褒められまくっているはず。
言われ飽きている言葉を選ぶ時点でマイナス評価を――。
「――東堂先輩、こんな服も着こなせるなんて凄いですね。めちゃくちゃ似合ってます」
「……んっ、そう? なら……良かったわ」
容姿が優れている相手を褒める時はセンスや決断を評価すると良いと、どこかで見たのを思い出した。
そんなわけで頑張ってみたんだが、どうだろうか。
「あ、あなたも、その……似合ってると思うわよ」
よし、おそらく及第点は取れたはず。
先輩がカフェへ案内してくれるようで、俺も隣を歩く。
「きょ、今日はなかなか良い天気ね」
「そうですか? 割と曇ってると思いますけど」
「…………そうね」
普通に肌寒い。
「……昨日はよく眠れたかしら?」
「ぐっすりでしたよ。先輩はあんまり寝れなかったんですか?」
心なしか顔が疲れている気がする。
「そんなことは……ないけど。仕事のアレとかアレがあったから少し寝るのが遅くなっただけで、別に今日が楽しみで眠れなかったとか、そんなピクニック前の子供みたいなことではないわ」
「なるほど」
妙に饒舌なのが気になるが、特に疑問はない。
盛り上がったとは言えない会話を引き連れて歩いていると、代々木公園の手前で逸れたあたりで先輩が前方を指差す。
「あそこが私の行きつけのカフェよ」
看板には「ロブスターカフェ」と書いてある。
名前に面食らったが、渋谷の喧騒から少し離れたところにひっそりと佇む隠れ家的な店だった。
「行きつけ……と言っても普通に人気店なんだけどね」
土曜ということも影響しているのだろうが、既に店の前には三組ほど待っていた。
俺たちはその後ろに並ぶことにしたのだが……。
「七里ヶ浜くん、どうしたの?」
「……その、やっぱり視線が気になるというか」
「視線?」
「東堂先輩に向けられる視線ですよ」
とにかく見られる。
前に並んでいるカップルも通りがかる会社員も、なんなら店内の客までもが先輩に熱い目を向けていた。
巻島とのデートでも同種の視線を感じてはいたが、あの時はカメラという傘があった。
だから酸性雨にも比較的落ち着いていられたが、今回は違う。
企画で一緒になった男ではなく、プライベートで隣に立つ男なのだ。
「前はクラスメイトの前で私に噛み付いてきたのに、そんなことは気になるのね」
「いや、それは……」
「大丈夫よ。今日の七里ヶ浜くんは私の彼氏なのよ? もっと自信を持っていればいいの」
先輩はあっけらかんと言ってのけた。
真面目な人なのだ。役者が役にのめり込むように、俺の恋人という役を演じようとしてくれている。たとえ良く思っていない相手であっても。
彼女の切れ長の目は今ばかりは優しさを帯びていて、次の瞬間には目を細めて笑った。
「ふふっ、可愛いところがあるのね?」
普段の冷たさを知っている分、敵意なく振る舞う東堂先輩の笑顔は強烈で、思いがけずドキッとしてしまう。
「……よく考えたら、恋人なのに苗字で呼び合うのも変じゃない? 名前で呼び合いましょうよ」
「俺たちが……ですか?」
「えぇ、何か問題でもあるの?」
実戦を想定しての訓練なら、出来る限り要素を寄せる必要がある。
その考え方は分かるが……少し引っ掛かりを感じた。
あまりにも先輩が「やる気」すぎる。
本当に俺に好意があるのではないかと勘違いしそうになってしまう。
しかし、先輩は攻撃の手を止めてくれない。
「問題ないみたいね。それじゃあ早速、呼んでみようかしら。……あ、呼び捨てか君付けか、どっちがいい?」
「と、特に好みはないです」
「葉音には“悟くん”って呼ばれてたわよね。なら私は“悟”にしようかしら。呼び捨てで呼んでくる人は?」
「いないです……」
「決まりね」
楽しそうな微笑みを浮かべる先輩。
「悟は私のことをなんて呼んでくれる?」
「先輩じゃダメなんですか?」
「もう、当たり前じゃない。だって私たちは恋人なんだから」
……ちょっと俺をからかってないか?
こちらが戸惑っているのを見て愉悦に浸っているのではないかと思うくらいには退いてくれない。
「じゃあ……先輩ですし“涼さん”はどうですか?」
「……そ、それだと少し他人行儀じゃないかしら。もう一声、ほしいわね」
「……“涼ちゃん”でいいですか?」
「~~~ッ!」
その瞬間、先輩は耳まで顔を真っ赤にして両手で顔を押さえた。
今までの出来事を忘れて、不覚にも可愛いと思ってしまう。
この人、役に入り込みすぎだろ。
「せ、先輩……?」
「涼ちゃんでしょ!?」
赤ん坊をあやす時のように顔を出現させる先輩。
その目は血走っているとも言えるし、涙で潤んでいるとも言える。
「…………涼ちゃん」
「そ、そう! それを待っていたのよ私は!」
「はぁ……そうですか」
「敬語もやめなさい!」
「わ、わかり――った」
今にも踊り出しそうな先輩だったが、俺のなんとも言えない表情を見て我に返る。
「わ、私は喜んでないけど。断じて喜んでなんかいないけど、葉音をこのくらい喜ばせなさいということよ」
「せんぱ――涼ちゃんって演技力も凄いんだな」
「……演技力? ――あっ、そ、そうでしょう!? 何事も本気なのよね、私って」
すげぇ。先輩にも色々な引き出しがあるんだなぁと頷いていると、店内から声が聞こえた。店員さんに呼ばれている。
十分ほど待って、俺たちの番が巡ってきたようだ。
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