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2なら手頃だし
しおりを挟むエスカレーターを降りたのは二、三個ほど下のフロアだった。
「おお、ここならありそうだ」
正面は女性向けの店だったが、その横には高級そうなメガネを売っている店があったり、メンズやレディースという枠組みではなく総合的なフロアに思える。
「候補はいくつかあるからしらみ潰しに行きましょう。もし途中で気になるお店があったら言ってちょうだい」
俺が頷くのを確認して先輩は歩き出し、一分も経たないうちに足が止まった。
「ここなんてどうかしら」
店の名前は「NN7」。
なんて読むのか分からないが、落ち着いた店内だ。
黒い服が多いが一つとしてのっぺりとしておらず、着れば奥行きが出るのが簡単に想像できる。
個人的にはこういう店に入るのはハードルが高く、一人だったら尻込みしていただろうが、先輩は何の躊躇いもなく店の敷居を跨いだ。
「さすが現役モデル……」
「なに言ってるのよ。誰も入らなかったらお店はなくなっちゃうのよ?」
ふふ、と先輩は笑みを浮かべる。
「それに、悟は素材は良いんだから見合った服を着るべきだと思うけど」
「まったくお世辞が上手――今日の俺の服装ってダサい?」
ここで素材……つまり俺の容姿に言及するってことは、ファッション面では評価できないってことだよな。
冷静という言葉がデフォの先輩の顔に「やっちまった」という文字が浮かんでいる。
「そ、そんなことないわよ! もう少し大人びた服の方が似合いそうだと思ったけど、全然ダサくはないから!」
必死に取り繕ってくれているのが余計に怪しい。
「俺は……ダサかったのか……」
そうだよな。平日は制服があるから服とかよく分かんないし、布にお金を使うならフィギュアとか買いたいと思っちゃうから……。
もしかすると、巻島も同じように思っていたのかもしれない。
「違うのよ悟! 私はそんなところもす――カッコいいと思ってるから安心して!」
「打たれ強い自信はあったんだけど、これは効くな……」
「か、仮に今のセンスが良くなかったとしても、これから上げていけばいいじゃない!」
彼女は後ろから俺の両肩に手を置き、覗き込むように励ましてくれる。
「これから……」
「そう、これからよ!」
先輩の言う通りで、俺はまだ成人もしていない子供。
今後の人生、努力次第でいくらでも能力値を伸ばしていける。
「……ありがとう。ちょっと元気出てきたよ」
「それなら良かったわ! 悟には私という彼女がついているんだから――これとか似合うんじゃない?」
澱みなくラックから服を取った先輩。
そのまま着せてもらうと、彼女は何度も頷く。
「うん。とても似合ってると思うわよ」
着せてもらったのはデニムジャケット。
俺はあまり着たことがないが、意外と――。
「――こちら人気商品となっておりまして、在庫があとこれだけなんですよ」
「あっ……はい」
突如として店員が話しかけてくる。
スレンダーな女性で短めのパーマという一見すると女性っぽくないスタイルだが、どの部位を切り取っても洗練されていて、とんでもなく垢抜けている。
そう、お分かりの通り俺はビビっているのだ。
「デザインも良いし、かなり着回しできそうですね」
「そうなんですよね。黒いジャケットってどうしても重くなりがちなんですけど、こちらは黒の中でも全体的にトーンを少し明るめに作ってあるので、どんなインナーやパンツと合わせても違和感がなくて――」
「フリーサイズですか?」
「はい、これだけになりますね」
先輩が俺の代わりに店員も話してくれているのだが、言葉は聞き取れても内容が理解できん。
英単語は覚えたけど文章で出されると困る感じだ。
とはいえ、鏡に映る自分はなかなかにサマになっている気もする。
これを買って、そのまま着ていきたいくらいだ。
「……涼ちゃんはどう思う? 俺は結構いい感じな気がするんだけど」
「えぇ、私から見ても素材もデザインも良いと思うわ」
私から、というのはモデル目線でということだろう。
常日頃から色々な服に依代として選ばれている彼女が言うのだから間違いない。
「それじゃあ、これを買おうかな?」
先輩に告げてジャケットを脱ぎ、値段を確認する。
店員が横にいる手前、あまり堂々と見るのもどうかと思ったが――。
「――――四十万!?」
とんでもねぇ。フィギュアとかのレベルではない。
一般人に手が出せる金額ではなかった。
「どうしたの?」
「い、いや……俺はせいぜい二万くらいを想像してたんだけど……」
「二万円でここのお店は……ちょっと厳しいかしらね。私が買ったら着てくれる?」
「はぁ!?」
思わず声が大きくなってしまう。
私が買ったらって、人に軽々とプレゼントする値段じゃ――思い出した。
東堂先輩の実家は東京でも有数の金持ち。
彼女自身もモデル業で稼いでいるだろうし、俺とは財力が違うのだ。しかしだ。
「こんな高い服はもらえないし、仮に自分で買ったとしても着れないよ」
栄一を上半身に張り付けて歩いているようなもの。
飯をこぼしでもしてみろ、一年は立ち直れないぞ。
「……気にしなくていいのに」
何が不服なのか、先輩は口を尖らせている。
「私、彼氏にはなんでもしてあげたいと思っちゃうのよね」
「なんでもが強すぎるんだよ。……それに、俺たちは本当の恋人じゃないんだし」
小声で告げる。
「遠慮する必要なんてないのに。あなたはそれだけの事を私にしてくれたんだから」
「……待ち合わせの時のやつか? あんなの恩のうちに入らないって」
助けたのは事実だが、俺だってこうやって練習に付き合ってもらっている。
お互い様というやつではないだろうか。
俺の言葉を受けて先輩は服を諦めてくれ、かと思うと別のシャツを手に取る。
「これも似合う気がするわね。……うん。二なら手頃だし、悟に買ってあげてもいいわよね?」
「いいわけないから! すみません、他のお店も見てみます!」
店員に一言声をかけて、先輩の腕を引いて店を出る。
さっきの二ってなんだよ。この流れから言うと絶対に二万じゃ済まない気がするんだけど、お金持ちの人ってゼロを飛ばして言うのか?
恐怖にも似た疑問が脳を過りつつ、俺は隆輝との会話を思い出していた。
『よく考えてみろ。普段はツンツンしてる氷の女。しかし惚れた男には尽くすタイプと見たね俺は』
『パチンコ代とかくれると思うね』
……あいつ、もしかして本当は彼女がいるんじゃないか?
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