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番外編
その2
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恐ろしい石化能力を持っていたバジリスクを討伐し、その亡骸を依頼元のギルドに届けた後、キャスはマルノーチに帰還した。
だが、彼女はジオがすでにマルノーチにいないことを知っている。
風の噂で、「洞察賢者」なるものがマルノーチに押し寄せた大量の魔物を撃破する指揮を取ったことや、早朝からケンフォード王国の騎士団が街を訪れたことを聞いていたからだ。
この時期にはまだ、洞察賢者とジオを同一視する視点は少なかったものの、長年彼と共に暮らしたキャスは、すぐに誰が立役者か理解することができた。
そして、おそらくその功績が同じく風の噂となって王国へと舞い込み、同じように彼の力を借りたいと兵を派遣したのだろう。
そう考察したのだ。
「それにしても、どうしたのこれ……?」
今は受ける依頼もなく、バジリスク討伐でかなりの報酬を受け取ったキャスは、しばらくマルノーチに留まって英気を養うことにしたようだ。
しかし、周囲を見回す彼女の表情は徐々に険しくなる。
それもそのはずだ。
「いらっしゃい! 洞察賢者の開眼パンケーキだよぉ!」
「はいはいうちの目玉商品は書の守護者をイメージしたブックカバー! これを買えば読書ライフが彩られます!」
宣伝される商品のどれもが、聞いたことのある人物をモチーフにしている。
それどころか……。
「なぁ、新しい小説買ったんだって?」
「耳が早いな。なんでも、この街出身の小説家らしいぞ」
「マジか。んで、どんな話なんだよ」
「今回のは、どこだかの国のエドガーって小説家に負けないように気合いを入れて書いたらしくてな。主人公はえっと……オジ! オジっていうめちゃくちゃ強いおっさんなんだよ!」
「おっさんが強いって気になるな! 俺も買ってみようかな?」
いつの間に用意したのかと思うようなものまで出ている始末。
自分が尊敬……それ以上の気持ちを抱いている相手が持て囃されていて悪い気はしないが、あまり目立つことを好かないジオがマルノーチに戻ってきてどんな顔をするか、考えるだけで胃が痛くなっていた。
「そういえば、ジオの家にコカトリスの石像があるんだっけ。暇だし見に行ってみようかな」
そう呟き、鋭い目でジオの家の方角を見る。
周囲の人々が彼女の美貌に見惚れているのも意に介さず、長い黒髪を揺らして歩いて行った。
・
「……わっ。本当に飾られてるんだね」
ジオ宅の目の前には広々とした庭が広がっていて、その中央にコカトリスの石像が堂々と置かれていた。
キャスは持ち前の眼を使い、コカトリスが復活する兆しがないかを確認する。
「ん、大丈夫そうだね。それじゃあ私も帰ろうかな……」
像に背を向けたキャスだったが、何か思いついたことがあるのか、足を止めて振り返る。
「……昔、備えあれば憂いなしってジオが言ってたっけ。ふふっ、私もよく覚えてるよね」
微笑みながら像に近づくと、彼女は目の前のオブジェに手をかざす。
像の周囲に細かい魔術の文字が浮かんでは消え、一つ一つがそれに張り付いていく。
術式の構築はほんの数分で済み、キャスはやりきったような顔でその場を後にした。
・
後日。
「……なんか変わってない?」
ジオが戻ってくる気配もないし、そろそろ次の依頼に取り掛かろうと行動を始めたキャスは、一応ジオ宅の様子を見に来ていた。
だが、再び眼を使って周囲の魔力の流れを探ってみると、以前にはなかった要素を発見したのだ。
とはいえ、そこに悪意のある仕掛けはなく、むしろジオを想って設置されたもののように思える。
「……うーん……このままで大丈夫……だよね?」
仕掛けは主に肉体労働で行われているようで、若干の魔力も用いられているものの危険はない。
「ま、いっか! さて、私も頑張らないとなぁ。次はジオの寝室に潜り込んで……」
しばし考えた末、ジオなら何があっても大丈夫だろうという結論に達したキャス。
ジオに少しでも恩を返したいと教え子たちが気合を入れた結果、この家は恐ろしい堅牢さを手に入れることになるが、それはまた別の話。
だが、彼女はジオがすでにマルノーチにいないことを知っている。
風の噂で、「洞察賢者」なるものがマルノーチに押し寄せた大量の魔物を撃破する指揮を取ったことや、早朝からケンフォード王国の騎士団が街を訪れたことを聞いていたからだ。
この時期にはまだ、洞察賢者とジオを同一視する視点は少なかったものの、長年彼と共に暮らしたキャスは、すぐに誰が立役者か理解することができた。
そして、おそらくその功績が同じく風の噂となって王国へと舞い込み、同じように彼の力を借りたいと兵を派遣したのだろう。
そう考察したのだ。
「それにしても、どうしたのこれ……?」
今は受ける依頼もなく、バジリスク討伐でかなりの報酬を受け取ったキャスは、しばらくマルノーチに留まって英気を養うことにしたようだ。
しかし、周囲を見回す彼女の表情は徐々に険しくなる。
それもそのはずだ。
「いらっしゃい! 洞察賢者の開眼パンケーキだよぉ!」
「はいはいうちの目玉商品は書の守護者をイメージしたブックカバー! これを買えば読書ライフが彩られます!」
宣伝される商品のどれもが、聞いたことのある人物をモチーフにしている。
それどころか……。
「なぁ、新しい小説買ったんだって?」
「耳が早いな。なんでも、この街出身の小説家らしいぞ」
「マジか。んで、どんな話なんだよ」
「今回のは、どこだかの国のエドガーって小説家に負けないように気合いを入れて書いたらしくてな。主人公はえっと……オジ! オジっていうめちゃくちゃ強いおっさんなんだよ!」
「おっさんが強いって気になるな! 俺も買ってみようかな?」
いつの間に用意したのかと思うようなものまで出ている始末。
自分が尊敬……それ以上の気持ちを抱いている相手が持て囃されていて悪い気はしないが、あまり目立つことを好かないジオがマルノーチに戻ってきてどんな顔をするか、考えるだけで胃が痛くなっていた。
「そういえば、ジオの家にコカトリスの石像があるんだっけ。暇だし見に行ってみようかな」
そう呟き、鋭い目でジオの家の方角を見る。
周囲の人々が彼女の美貌に見惚れているのも意に介さず、長い黒髪を揺らして歩いて行った。
・
「……わっ。本当に飾られてるんだね」
ジオ宅の目の前には広々とした庭が広がっていて、その中央にコカトリスの石像が堂々と置かれていた。
キャスは持ち前の眼を使い、コカトリスが復活する兆しがないかを確認する。
「ん、大丈夫そうだね。それじゃあ私も帰ろうかな……」
像に背を向けたキャスだったが、何か思いついたことがあるのか、足を止めて振り返る。
「……昔、備えあれば憂いなしってジオが言ってたっけ。ふふっ、私もよく覚えてるよね」
微笑みながら像に近づくと、彼女は目の前のオブジェに手をかざす。
像の周囲に細かい魔術の文字が浮かんでは消え、一つ一つがそれに張り付いていく。
術式の構築はほんの数分で済み、キャスはやりきったような顔でその場を後にした。
・
後日。
「……なんか変わってない?」
ジオが戻ってくる気配もないし、そろそろ次の依頼に取り掛かろうと行動を始めたキャスは、一応ジオ宅の様子を見に来ていた。
だが、再び眼を使って周囲の魔力の流れを探ってみると、以前にはなかった要素を発見したのだ。
とはいえ、そこに悪意のある仕掛けはなく、むしろジオを想って設置されたもののように思える。
「……うーん……このままで大丈夫……だよね?」
仕掛けは主に肉体労働で行われているようで、若干の魔力も用いられているものの危険はない。
「ま、いっか! さて、私も頑張らないとなぁ。次はジオの寝室に潜り込んで……」
しばし考えた末、ジオなら何があっても大丈夫だろうという結論に達したキャス。
ジオに少しでも恩を返したいと教え子たちが気合を入れた結果、この家は恐ろしい堅牢さを手に入れることになるが、それはまた別の話。
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