愛が重いだけじゃ信用できませんか?

歩く魚

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第2章 夏と奉仕

アピール

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 やはりか。
 現代の恋愛において、自分からアピールできるというのはそれだけで強みになる。
 いつだったか、草食系男子という言葉が流行ったはずだ。
 恋愛に消極的な男子が話題に登るほど、日本人男子のアプローチ率は低い。
 正確には、自分の身の丈に合ったアプローチができる人間が少ないということだ。
 酷な話だが、相手に百本のバラをプレゼントするだとか、クサいセリフを言うだとか、そういうのは自分の見た目が相手に好まれている場合や、既に好意を得ている場合しか効果がない。
 相手との仲も深くないのに、自らの魅力を感じさせていないのに重いアプローチをしてしまうのは、黒歴史を増やすだけである。
 また、最初は友達になって、仲良くなってからアプローチしようという考え方も基本的によくない。
 考えてみてほしい。
 無害を装って近付いてきた動物が、いきなり牙を剥いて襲い掛かってきたら?
 そこには恐怖や気持ち悪さしかない。
 もちろん例外もあるが、最初から「君を異性として見ている」と伝えることは、恋愛において外せない行動なのだ。
 何が言いたいかというと、そもそも自分からアプローチできる男子が少ない現代に、顔が良い男からの身の丈に合ったアプローチは絶大な威力を発揮するということだ。
 櫂がガンガン好意を伝えなければ、二人が付き合うことはまずなかっただろう。
 安田が今付き合っていたのは、もっと顔が良いけどアプローチが控えめな男か、顔は良くないが財力のある男か、そのどちらかだったはずだ。
 顔の良さや財力の不足を、彼は行動でカバーして勝ち取った。
 行動力はベクトルさえ間違えなければ、そのまま魅力に直結する。

「付き合ってからはどんなデートをしていたんですか?」
「えっとね。テーマパーク行ったり、夜景見に行ったり、旅行も行ったかな」

 デート内容はいたって普通。
 今のところ櫂が浮気しそうな決定的な理由はない。

「あーでも、付き合って半年くらいに一回大きい喧嘩しちゃってねー」
「喧嘩?」

 喧嘩なんて、浮気するにはもってこいの理由だ。
 深堀してみよう。

「きっかけはくだらないことだったんだけど、二週間くらいギクシャクしてた」
「……その間二人で会ったりは?」
「その時はしてないよ。結局彼が謝ってくれたから仲直りしたの」

 ……これは重要な情報になるかもしれない。覚えておこう。
 
「それじゃあ最後に、彼氏のこと、好きですか?」
「うん、好きだよ。でも……」

 安田は数秒間を空けてから話し出す。

「……実は私、自分が1番好きなんだよね」

 欠点が治らない諦めではなく、欠点すら自分だと受け入れたような、あっけらかんとした表情。

「だって、私が頑張ってることは私が1番分かってるし。それを1番褒められるのは自分だから。だから康晴君と付き合ってるのも、自分が他の大学生より上にいるって証明したいからなの。もちろん好きだけどね」
「……それで白峰さんに負けたくないのか」

 その言葉を聞いて、安田は驚いたような顔をする。

「よく分かったね。私は康晴君を取られたくないっていうよりは、他の子に負けたくないだけ。あの子だって普通に可愛いし、ちょっと派手だけど」

 彼女は、自分の彼氏が取られるのが許せないのではなく、自分が他の女に負けることが許せないのだ。
 自負心が故に、それを脅かすものを撃破したいのだ。
 きっと、彼女は根っからの人気者だったわけではなく、努力の末に這い上がったタイプ。
 そういう人間は、再び自分が底辺に叩き落とされないように恐怖しているし、向上心を維持できる。

「……先輩のこと、さっきよりは少し好きになりました」
「知ってる。目つきが少し変わったからね」

 コップに水が注がれるように、嬉しそうに笑っていた。


 聞きたいことは大方聞けたので、安田との話を切り上げて周りの様子を見てみることにする。
 楽人は白峰となかなか盛り上がっているようで、自分の筋肉を触らせようとしていた。
 それは気持ち悪いからやめてほしい。
 対面にいる蓮は七緒と隣り合っているが、どちらも全く会話がない。
 七緒はこちらをガン見していて蓮に興味がないのが丸わかりだし、蓮は俺の列の端に座ってスマホをいじっている紫にお熱だ。
 紫の前に座っている楽人が時折気を遣って彼女にこえをかけるものの、反応は薄い。というか無い。
 そもそも誰かと馴れ合う気はないのだろう。
 女子四人のうち、半分が他人に興味を持たないタイプというのは失敗だった。
 誰かしら連れてくるべきだったと今更後悔する。

「……ずっと見てるのやめてくれない?」

 遠くにいる紫はいいとして、目の前で穴が開きそうなほど見つめてくる七緒に注意してみる。
 
「いえ、先輩に悪い虫がつかないとは限らないじゃないですか」
「悪い虫なんてつか――」
「それって私のこと?」

 面白いものを察知したように安田が会話に入り、二人の視線が交差する。
 やめてくれ、目の前でバトルしないでくれ……。

「そうです。彼氏がいるって言っても、浮気しない保証はありませんから」
「あれ? もしかして古庵くんが取られちゃうかもって焦ってる?」
「あなたからアプローチをかけても満にひとつも可能性はないです。先輩が遊びで手を出す可能性はありますけど」
「へぇ~? 古庵くんはどう思う~?」

 なにを思ってか、安田が俺に腕を絡ませてくる。

「……せ、先輩?」
「なに? 嬉しい?」
「……いや、命の危険を感じるから離れてほしいです」

 七緒は無表情だったが、その背後にはゆらゆらと般若の面が浮かんでいる。
 よくわからない能力に彼女が目覚めてしまう前に、離れるよう頼むことにした。
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