愛が重いだけじゃ信用できませんか?

歩く魚

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第3章 秘密

紫のターン

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 流れるように引き継ぎが終わり、次は紫とのデートだ。
 七緒は交代の際に彼女に一瞥くれたあと、行き先も言わずに去っていった。
 それを見て二人とも呆気に取られていたが、すぐに動き始める。

「よろしくな。何して待ってたんだ?」

 俺の横を歩く紫に、ジャブ代わりに聞いてみた。
 
「楽器見てた。本屋さんとも迷ったんだけど、先に目に入ったのが楽器店だったから」
「あんまり店内の地図とか見ないタイプ?」
「ん。行き当たりばったりで行くことが多いかも」
「それはそれで楽しいしな」

 買い物をして次のエリアに行くと、もっと良い物が売ってて後悔するやつだ。
 でも、そういう運試し感もまた楽しみの一つ。

「さっき行けなかったなら本屋行こうか」
「うーん……いいの?」
「もちろん。どんな本を買うのか気になるし」

 俺は先ほど館内の店舗について目を通していたため本屋の位置もわかる。
 彼女を後ろに連れてエスカレーターに乗り、簡単に書店へたどり着いた。

「どのエリアから行く?」

 大型ショッピングモールにある店舗は駅のそれとは違って巨大だ。
 あてもなくぶらつくのも楽しいが、今は時間制限があるため効率的に動くことにした。
 
「えっとね、多分こっち」

 紫もテキパキと足をすすめる。
 てっきり音楽の情報を得るために雑誌エリアに向かうか、小説エリアに向かうものと思っていたが、紫は予想とは全然違う方向へ歩き出す。
 足を止めたのは、本屋の中でも異質な空間というか、どんな時でも誰かしら立ち読みしてるけど、決して混んではいない場所。

「…………旅行雑誌?」

 旅行雑誌。それも2~3百ページ丸ごとその地域について書かれているガチの奴だ。

「うん。そうだよ?」
 
 彼女はその中でも国外テーマのものをとり、ペラペラとページをめくって吟味している。
 今手にとっているのは背表紙にブラジルと書かれた一冊だ。

「……ブラジルに行きたいのか?」

 選び終わるまで待っていようとも思ったが、あまりに意外だったために質問してしまった。
 彼女はページを動かす手を止め、こちらへ視線を向けて答える。

「海外には行きたいけど、ブラジルだけに行きたいわけじゃないよ。私、こういう本が好きなんだ」
「へぇ?」
「自分の知らない文化があって、想像もできない建物とか食べ物があって、そういうのって楽しくない?」

 頷く。
 日本では写真を撮る時によく見るピースサインだが、国によっては指を向ける方向だかなんだかで全く別の意味になってしまうらしい。
 他にも、海外ではあまり生魚は食されていなかったりと、文化の違いには驚嘆させられることが多い。

「自分で作詞作曲することがあるからさ。自分の経験したことのない歌詞を書く時は、こういう雑誌を読んで想像力を膨らませるんだ」
「曲も作るのか、凄いな。俺は芸術系の才能全然ないから尊敬するよ」

 歌は人並みには歌えるが、絵を描いたり工作したりっていうのが苦手だ。
 感受性が死んでいるのかもしれない。

「曲作るのは難しいかもしれないけど、歌詞書くのは楽しいと思うよ。書いてくれたら私がメロディつける」
「ならやってみようかな」

 ……いや、自分の脳内を他人に見られるのは恥ずかしい気がする。

「…………ふふっ。楽しみにしてるね」

 やっぱり断ろうと思ったが、本で顔を隠しながら小さく笑う姿を見て言うに言えなくなった。
 その後も紫は10分ほど本を吟味し、フランスについて書かれたものを選んだようだ。

「それでいいのか?」
「うん。手にとった時、前にフランスのロックバンドの曲を聴いたことを思い出したの。英語で歌われた曲だったんだけど、フランス訛りみたいなのがあって新鮮に感じたんだ」
「同じ日本語でも地域によって方言とかあるからな」

 知ったふうに言ってみたが、果たして合っているのだろうか。
 真偽はどうであれ、紫はそれを買いに行った。
 レジは少し混んでいたものの、数分で紙袋を手に戻ってくる。

「そういえば、紫ちゃんが作った曲聞かせてよ。何曲くらい作ったんだ?」
「……5曲。でも聞かせないよ」
「どうして?」

 彼女のサークルの演奏どころか彼女の歌声すら聞いたことがないからな。
 いい機会だし、今度一曲聞かせてもらおうと思ったのだが断られてしまった。

「自分の曲を聴かせるのって恥ずかしいもんな」
「……そうじゃない。曲自体は自信あるよ。でも、だめ。他の曲なら全然いいよ」
「ならそれで。楽しみにしてるよ」

 短く頷いて話が終わる。
 オリジナル曲を聞かせたくない理由は不明だ。

「まぁいいや。次はどこに行こうか」

 スマホで時間を確認すると、まだ30分以上時間が残っている。

「古庵君はご飯もう食べた?」
「あぁ、さっき七緒と食べちゃったよ」
「……そっか」
「もしかして、まだ何も食べてないか? 腹減ってるならどっか入ろ――」
「ううん、大丈夫」

 何か食べたいのかと、そして、その機会が失われて気を落としているのかと思った。
 しかし彼女の表情に悲しみや落胆は見えず、別の意図が含まれているように見えた。

「でも、何も食べなくて本当に大丈夫か?」
「……じゃあさ、古庵君――」

 俺が質問するのを待っていたように、紫は口を開いた。

「私についてきてくれる?」
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