愛が重いだけじゃ信用できませんか?

歩く魚

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番外編

弟子

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「あ、古庵先生。お久しぶりです」

 ある日の昼休み。
 七緒とともに食堂に向かっていた俺を呼び止めたのは、見覚えのある男子生徒だった。
 軽くパーマをかけた黒髪に、丸いメガネをかけたヒョロ長い男。
 彼は嬉しそうに笑顔を浮かべながら近づいてくる。
 
「来島か、直接会うのは一ヶ月ぶり?」
「そうですね。先生は最近どうですか……って聞くまでもないですね」

 来島は俺の横に立っている七緒を見て、愚問だったと頭をかく。

「そっちこそ最近どう、就活は?」
「バッチリです! それより聞いてください、僕――」
「彼女ができたんだろ。おめでとう、よくやったな」
「なんで知ってるんですか!?」

 焦って手をぱたぱたと振っているが、別に驚くことでもない。

「見るからに幸せそうなオーラが出てるからな」
「はは、バレてましたか。見てください、スマホのロック画面にも設定してるんです」
「可愛い彼女じゃないか。まぁ、来島ならできると思ってたよ――いてっ」

 至近距離から七緒の膝蹴りをくらった。
 わざわざ人の彼女に「可愛くないね」なんて言う捻くれたやつはいないし、社交辞令だよ。
 実際に来島の彼女は可愛いんだが。金髪ボブカットの恋人は、写真の中で恥ずかしそうに笑みを浮かべている。
 こういう顔ができるならそう簡単に破局しないだろうし、少し安心だ。

「また何かあったら教えてくれ。もう少し話を聞きたいところなんだけど、今依頼が立て込んでて」
「わかりました。お気をつけて!」

 そう言って来島は去っていった。
 七緒と食堂への旅を再開した途端、彼女が口を開く。

「……あの人、上級生ですよね?」
「そうだよ。いま3年生だな」

 来島は今年の春から大学3回生だ。
 俺が2年生、お互いに現役で大学に合格しているということで一つ上の代になる。
 
「それなのに、どうして先輩のことを敬語で? 先輩だって、基本的に礼儀を気にするタイプですよね」
「基本的には余計だ。櫂みたいなよっぽどなやつじゃない限り敬語は使うよ。まぁ、色々あってな」

 隠すつもりもないが、一度誤魔化してみる。
 七緒がどのように返答するかで彼女の人となりが理解できるからだ。

「……もしかして5年くらい留年してます?」
「もはや大学内で有名な妖怪だよ、それ」

 前言撤回。
 何一つわからなかった。
 俺はため息をつくと、遠い過去のことを思い出そうと空を仰ぐ。

「俺は……来島の先生なんだよ」
「……先生?」
「あぁ、先生だ」

 彼と初めて言葉を交わしたのは一年前。
 つまり、俺が一年生として入学してすぐのことだ。

 ・
 
 KLを設立して一週間が経った。
 俺と楽人はSNSで依頼者を募集しても誰も集まらないことに危機感を覚え、ひたすら足で情報を稼ぎ、ついに空き教場を発見した。

「あとはやかましい教授や生徒にバレないようにするだけだな」
「確かにな。古庵は作戦とかある?」
「特に。それか、もう教授の弱みでも握って……」
「いややばいからなそれ。とはいえ、なんとかなるか」

 未だ問題は山積みだったが、初めて手に入れたサークルの拠点ということで、互いにテンションが上がっていた。

「でも依頼者はいないし……聞きに行ってみるか?」
「困ってることはありませんかってか? 悪くないな」
「今の時期は新歓なんかもあるし、潜り込むのもよさそうだな。そういえば俺も行きたい新歓があって……」
「えっと……なんとか……ランダ? みたいなやつだったよな」

 楽人はどこだかの国のスポーツに興味を持ったようで、見学に行きたいとしばしば口にしていたのだ。

「じゃあ行ってこいよ。聞き込みは俺がやっておくから」
「いいのか? 悪いな古庵。この詰め合わせはするからさ」
「詰め合わされても困る」
「ははっ、そうだな! 俺たち二人で立ち上げたサークルだし、できることがあればなんでも言ってくれよな」

 楽人は教場を飛び出して新歓へ向かっていった。

「……さて、俺も行くかな」

 あまり長居するのも危険だし、暇つぶしも兼ねて校内を歩き回ることにした。
 まだまだ校内の地理にも明るくないし、どこになにがあるのか、どんな系統の生徒がいるのか知っておいて損はない。
 これは街も同様だ。渋谷、新宿、池袋。若者が集まりやすいそれぞれの駅にも特色があり、生息している人間も違う。
 
 校舎を出ると、今年度が始まったばかりなことも関係しているのだろうか、学内は活気に満ち溢れていま。
 見た目から遊んでいそうな生徒たちでさえ、真面目な顔をして歩いている。
 あと一月もすれば、サボることを覚えた学生たちが消えて落ち着くのだろう。
 嬉しいことこの上ないが、サークルの名を上げるという視点では今がチャンスだ。
 とりあえず、暇そうな新入生っぽいやつに声をかけてみよう。
 目の前から歩いてくる茶髪の女子生徒をターゲットに定める。

「……あ、すみません」
「あ、はい?」
「次の講義が6号館なんですけど、こっちであってますっけ」
「えーっと……」

 女子生徒は考え込む素振りを見せる。

「……ごめんなさい、私、新入生でまだ覚えてなくて」
「あ、俺も一年生なんだよね」
「そうなんだ! かなり分かりにくいよね」
「それな、建物がたくさんあって迷っちゃうわ」
「わかるぅ~。私も次の講義の教場がこっちであってるか不安で――」

 そのまま少し話し込み、相手の警戒心を解く。
 彼女は俺の予想通り新入生だ。
 学内を一人でうろついていること、足取りに慣れがないことからそう判断したが、間違っていなかったようで安心する。
 実際には、俺は6号館の場所は知っていたが、今回は敢えて知らないふりをして声をかけ、さらに共感を得ることで警戒心を解いた。
 ……本心をいえば他人の善意を利用したくはない。
 だが、こちらとしてもサークル活動が始まる前に終わるのは避けたい。
 もし彼女に悩みがあれば、精一杯の力で解決してやろうと決意する。
 しかし――。

「うんうん。でも、あんまり悩みとかはないかなぁ」
「あ、そうなんだ。それは良いことだね」

 残念ながら直近で悩み事はないようで、流れは良かったものの別れることにした。

「そうか、今の時期は浮かれてて悩みもないのか……」

 確かに、新一年生はこれからの生活に大きな期待を抱いている。
 新しい友達、新しい学び。
 上京してきて右も左も分からない人もいるだろう。
 だが、彼ら彼女らの胸中を騒つかせるのは、不安ではなく期待だ。

「ま、声をかけないことには始まらないけどな」

 その後も暇そうな生徒を見つけては、状況に合わせた内容で声をかけてみる。
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