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爺さんの圧が強すぎる
セレスと爺の撤収作業が終わってから数時間、外見状の変化はないように思えるが、ようやく空気が落ち着いてきた。
俺は、唯一と言える今回の成果物である椅子に深く腰掛け、脳内の疲労を絞り出すようにため息を吐いた。
「……やっぱり平穏が一番だ」
そう言いながら、机に突っ伏そうとした、その時。
「――おい坊主、ちょっと来い」
低く渋い声が響いた。
顔を上げると、カウンターの端に腰かけていたローヴァンさんが、いつの間にか立ち上がって俺を見下ろしていた。
眼光は鋭く、まるで逃げ道を許さない獣のようだ。
「な、なんですか……?」
「せっかくギルドを共にする仲だ、互いの力を知っとく必要がある……だろ?」
「あ、あぁ……そうでしたね。ローヴァンさんの依頼はベビーサラマンダーの討伐で――」
「そんなもん、とっくに終わらせた」
「――へ?」
さらりと、夕飯の買い物でも済ませたかのように言う。
ベビーサラマンダーは、Bランク冒険者が数人でようやく仕留める強敵だ。
年老いたとはいえ「龍殺し」という物騒な二つ名が付いているくらいだ。
リゼットを監督役で連れていけば、多少難しい依頼でも大丈夫かと思っていたが……もう終わった?
俺は思わず目を瞬かせた。
「あの……依頼を受けたのは昨日の朝でしたよね?」
「あんなモン二秒で終わる。お前さんが留守の間に終わらせて、ついでに尻尾も二、三本、メイドの嬢ちゃんに渡しておいた。薬になるだろ」
彼が立ち姿を変えると、腰のあたりの袋からジャラリと音がした。どうやら本当に済ませてきたらしい。
ベビーサラマンダーを「そんなモン」か……。
「……じゃあ、俺を呼んだのは?」
「決まってるだろ。お前さんの身体を見ておきたくてな」
「えっと……俺は女性の方が好みで……」
「耳が遠くてな。どうやって魔物を討伐したか、体験したいって言ったか?」
「すいませんでした!」
条件反射で頭を下げていた。
ローヴァンさんは口の端を上げ、愉快そうに笑う。
「まぁいい。剣を振るうにも、魔法を使うにも、基礎は身体だ。……広場まで出るぞ」
背中を冷や汗が伝う。
「い、今からですか?」
「時間は有効に使うもんだ」
「……俺、ギルドマスターとしての事務が――」
「メイドの嬢ちゃんが片付けてただろう」
「……行きます」
ローヴァンさんは俺の返答を待たずに歩き出していた。
俺は仕方なく立ち上がり、後を追う。周囲の視線が痛い。
「行ってらっしゃいませ、シン様。夕飯の準備はお任せください」
「シンさん、がんばってください!」
「後で俺にも教えてください!」
「マスター! ファイトー!」
「負けてられませんわ! わたくしも筋トレですわよ~!」
「団長ッ! このラグナル、団長と同じ空を見つめながら鍛錬してまいりますッ!」
最後の二人は勝手にしてください。
広場に出ると……俺はてっきり、木剣でも持たされるのかと思っていた。
しかし、ローヴァンさんが差し出してきたのは木箱。
「……あの、これ、剣じゃなくてただの荷物では」
「剣は道具にすぎん。大事なのは、支える背骨と、動かす足腰だ。さぁ、持ち上げろ。そこからだ」
ローヴァンさんは一歩も譲らぬ眼光で俺を射抜く。
仕方なく木箱を持ち上げると――。
「ぐっ……お、おも……っ!?」
木箱の中身、石でも詰まってんのか?
腕がぶるぶる震え、肩が悲鳴を上げる。持ち上げた瞬間から限界だと訴えている。
俺が情けない声を上げると、ローヴァンさんは腕を組み、薄く笑った。
「それで限界か。じゃあ――十往復だ」
「は?」
「広場の端から端まで。十往復だ」
「マジですか……」
「マジだ」
拒否権なんてない。
俺は街行く人々に奇怪なものを見るような視線を向けられながら、木箱を担ぎ、ヨロヨロと広場の端から端へと足を運ぶ。
「ひっ……ひぃっ……!」
「声を出すな。呼吸を整えろ。肩で息をするな」
「は、はいぃ……!」
俺が泣きそうになりながら進む横で、通行人たちが呟く。
「あれ、最近有名なギルドマスターじゃない?」
「なんか……すごい荷物持って走ってるね」
「……働き者だなぁ」
「俺は、好きで、やってるわけじゃ……!」
必死に言い訳を口にするが、通行人たちには届かない。
むしろ、頬を赤らめたマダムが「逞しいのねぇ……」なんて呟いているのが聞こえてきた。
「あと六往復」
「ひぃっ……!」
額から汗が滝のように流れ、肩が千切れそうだ。
必死に片足を前に出すたび、腕が悲鳴を上げる。
「坊主、背筋を伸ばせ。腰が落ちてる。そんな姿勢じゃ、荷物も女も守れねぇぞ」
俺の周りの女は、全員俺より強いんだよ!
「ほら、足が止まってるぞ。お前の足は飾りか?」
「……っく……はぁ、はぁ……っ!」
歯を食いしばって前に進む。
あまりに必死だからか、気付けば広場には人だかりができていた。
子どもが「がんばれー!」と手を振り、商人らしき男が「いい根性してるな」と唸る。
「あと三往復だ」
「……っくぅ……っ!!」
広場を駆け抜けるたび、周囲から拍手が起こる。
俺の体力は限界をとっくに超えていたが、その妙な熱狂が背中を押して、ついに最後の一歩を踏み出していた。
「……お、終わった……」
膝から崩れ落ちる俺の肩を、ローヴァンさんが無造作に掴んだ。
その掌は大きく、重みがあり、不思議と安心感を与える。
「悪くねぇ。根性はあるじゃねぇか」
「根性……より……今は……水を……」
掠れた声で必死に訴える俺を、ローヴァンさんは鼻で笑った。
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