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約束の成れの果て(後)
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居間の長椅子に腰かけて、セルファースはエステルが戻ってくるのを待つ。寝室のある二階へは居間を経由しないと上がれないようになっているから、ここで待っていれば必ずエステルを捕まえられる。
ほどなくして水音が止んだ。身体を拭いたりしているらしい間があってからエステルの足音が近づいてきて、居間の扉が開かれる。
「おかえり、エステル」
セルファースの挨拶にエステルは返事をしなかった。胸の前で両手を固く握り、動揺を隠せない瞳でセルファースを見ている。手袋をしていないエステルを見るのはあの指切りの時以来だった。
小さな声でエステルが問いかけてきた。
「……出かけるって、言ってたけど」
「うん。ついさっき帰ってきたところ。……話をしたいんだけど少しいいかな」
「話したくない」
「エステル」
セルファースは立ち上がってエステルに近づいた。逃げようとするエステルを壁際に追い込み、両腕を壁について逃げ出せないようにする。
エステルはセルファースの顔を見たくないと言わんばかりに俯いた。
「どうして俺を避けるんだ」
苛立ちを隠せないセルファースの声に、エステルが小さな肩を震わせる。
「せっかくこうして一緒にいられるようになったのに。君は俺といるのが嫌なのか?」
エステルは答えない。それが肯定を示しているように思えてセルファースの頭に一気に血が昇る。
「ヴィレム様に命を助けてもらったおかげで、君との約束を果たせるようになったのに」
君は、俺が助からないほうがよかったとでも思っているのか?
――だとしたらヴィレム様に反魂の秘術を使ってもらう必要などなかったのに!
そう言おうとした瞬間エステルが動いた。セルファースの腕の下を潜り抜けて逃げようとするのをすかさず左手首を掴んで制止する。
こんな形でしかエステルに触れられないなんて。
俯いたエステルが呻き声を漏らした。力を入れすぎたかと思って掴む力を少し緩めたその時、セルファースは自分の指先に触れているものの違和感に気づいた。
手のひらに伝わる柔らかい肌の手触りとは違う、少し湿った、皮膚の下にある肉の感触は。
……どうしてこんなところを怪我しているんだ?
セルファースはすぐさま掴んだ手を離した。逃げられないように今度は前腕部を掴んで動きを封じ、俯いたままのエステルの手首の状態を確認する。
痛々しい赤い線状の傷がいくつもあった。皮膚が捲れ上がってうっすらと体液が滲んでいる部分もある。
エステルの身体にあるはずのない傷を見てセルファースの心臓が嫌な音を立てる。騎士団に入ったばかりの頃の訓練で似たような傷を見たことがあるし、セルファース自身もその訓練で同じ傷を負った。
セルファースは慌ててエステルの右手を取り、同じようにそちらの手首を見る。
細くて真っ白なエステルの両手首に絡みついているのは捕縛訓練の際に見たことのある擦過痕――縄で拘束されたことを示すものだった。
目の前が真っ赤になるような怒りが込み上げてきた。
「誰にやられた!?」
エステルの両肩に手をかけて小さな身体を揺さぶりながらセルファースは叫ぶ。
手首を縛るという行動の先には、時として尊厳を奪う最悪の行為が待ち受けているということをセルファースは知っていた。捕縛訓練の教官が『まともな人間のやることじゃない』と吐き捨てるように語っていたそれがエステルに対して行われた可能性があるのだと思ったら叫ばずにはいられなかった。
誰が、と聞いてはいるものの答えは既にわかっていた。絶望的な気分になりながらセルファースは口を開く。
「……ヴィレム様、なのか?」
帰宅した時に感じた、そして今もこの居間に漂っている香り。この香を使うことが許されているのは神殿長のヴィレムだけだ。
エステルの身体から力が抜けた。セルファースは崩れ落ちそうになるその身体を抱きとめようとしたが、伸ばした手はエステルに振り払われてしまう。
床に突っ伏したエステルが泣き叫ぶのを、セルファースは隣に座り込んでただ見つめることしかできなかった。
ほどなくして水音が止んだ。身体を拭いたりしているらしい間があってからエステルの足音が近づいてきて、居間の扉が開かれる。
「おかえり、エステル」
セルファースの挨拶にエステルは返事をしなかった。胸の前で両手を固く握り、動揺を隠せない瞳でセルファースを見ている。手袋をしていないエステルを見るのはあの指切りの時以来だった。
小さな声でエステルが問いかけてきた。
「……出かけるって、言ってたけど」
「うん。ついさっき帰ってきたところ。……話をしたいんだけど少しいいかな」
「話したくない」
「エステル」
セルファースは立ち上がってエステルに近づいた。逃げようとするエステルを壁際に追い込み、両腕を壁について逃げ出せないようにする。
エステルはセルファースの顔を見たくないと言わんばかりに俯いた。
「どうして俺を避けるんだ」
苛立ちを隠せないセルファースの声に、エステルが小さな肩を震わせる。
「せっかくこうして一緒にいられるようになったのに。君は俺といるのが嫌なのか?」
エステルは答えない。それが肯定を示しているように思えてセルファースの頭に一気に血が昇る。
「ヴィレム様に命を助けてもらったおかげで、君との約束を果たせるようになったのに」
君は、俺が助からないほうがよかったとでも思っているのか?
――だとしたらヴィレム様に反魂の秘術を使ってもらう必要などなかったのに!
そう言おうとした瞬間エステルが動いた。セルファースの腕の下を潜り抜けて逃げようとするのをすかさず左手首を掴んで制止する。
こんな形でしかエステルに触れられないなんて。
俯いたエステルが呻き声を漏らした。力を入れすぎたかと思って掴む力を少し緩めたその時、セルファースは自分の指先に触れているものの違和感に気づいた。
手のひらに伝わる柔らかい肌の手触りとは違う、少し湿った、皮膚の下にある肉の感触は。
……どうしてこんなところを怪我しているんだ?
セルファースはすぐさま掴んだ手を離した。逃げられないように今度は前腕部を掴んで動きを封じ、俯いたままのエステルの手首の状態を確認する。
痛々しい赤い線状の傷がいくつもあった。皮膚が捲れ上がってうっすらと体液が滲んでいる部分もある。
エステルの身体にあるはずのない傷を見てセルファースの心臓が嫌な音を立てる。騎士団に入ったばかりの頃の訓練で似たような傷を見たことがあるし、セルファース自身もその訓練で同じ傷を負った。
セルファースは慌ててエステルの右手を取り、同じようにそちらの手首を見る。
細くて真っ白なエステルの両手首に絡みついているのは捕縛訓練の際に見たことのある擦過痕――縄で拘束されたことを示すものだった。
目の前が真っ赤になるような怒りが込み上げてきた。
「誰にやられた!?」
エステルの両肩に手をかけて小さな身体を揺さぶりながらセルファースは叫ぶ。
手首を縛るという行動の先には、時として尊厳を奪う最悪の行為が待ち受けているということをセルファースは知っていた。捕縛訓練の教官が『まともな人間のやることじゃない』と吐き捨てるように語っていたそれがエステルに対して行われた可能性があるのだと思ったら叫ばずにはいられなかった。
誰が、と聞いてはいるものの答えは既にわかっていた。絶望的な気分になりながらセルファースは口を開く。
「……ヴィレム様、なのか?」
帰宅した時に感じた、そして今もこの居間に漂っている香り。この香を使うことが許されているのは神殿長のヴィレムだけだ。
エステルの身体から力が抜けた。セルファースは崩れ落ちそうになるその身体を抱きとめようとしたが、伸ばした手はエステルに振り払われてしまう。
床に突っ伏したエステルが泣き叫ぶのを、セルファースは隣に座り込んでただ見つめることしかできなかった。
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