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癒しと再生(前)
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エステルの手首の傷が癒えるまで、セルファースは傷の手当て以外でエステルに触れようとはしなかった。
セルファースは毎日傷の状態を確認し、優しく薬を塗って包帯を巻いてくれた。
綺麗に治るおまじないと称して手の甲に口づけをされた時には思わず呆れ混じりの笑いを漏らしてしまったが、セルファースはそんなエステルを見てとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
やっと笑ってくれた、と言いたげな、そんな表情だった。
手首の傷が目立たなくなった頃、エステルは月のもののせいで三日程寝込んだ。
セルファースはエステルが寝込んだ理由を察しているようで、よく効くと評判の痛み止めを部屋まで持ってきてくれた。安堵の表情を見せていたのはヴィレムの子を宿してしまうという事態を避けられたからだろう。
エステルはヴィレムとの間に起きた事をセルファースに語ったが、全てを話したわけではなかった。
ヴィレムは一度目から避妊をしていた。子ができたらその時点で関係が露見してエステルを好きにできなくなるからだろう。だから、今回宿らなかったのはセルファースの子だ。
それが残念なことなのか喜ばしいことなのかは、今のエステルには正直よくわからなかった。
手首の傷は痕にならずに綺麗に癒えた。
エステルが部屋から出て通いの家政婦と話ができるようになってから、セルファースは療養という名目の休暇を終えて騎士団に復帰した。王弟付きの近衛騎士に任命されたため当直勤務を命じられることもあるらしく、家にエステルを一人残すことをとても不安がっていた。
初めての当直の日、セルファースはエステルを抱きしめてから出かけていった。
一人きりになった家でエステルは何をする気にもなれず部屋に閉じこもっていた。三日前に神殿から再びハブリエレの名前で呼び出しの書状が届いていたせいで気が晴れなかったからだ。
呼び出しがあったことを知ったセルファースはすぐさま『俺が対応する。君は何も心配しなくていい』と言ってくれた。
けれど、エステルはヴィレムの執念深さをよく知っている。このまま何事もなく終わるとはとても思えなかった。
彼のことは諦めなさい。反魂の秘術が禁忌であることくらいわかっているだろう。
君はどうしてそこまでして彼を生き返らせたいんだ?
――ああ、君は彼を愛しているのか。十一年も共に過ごして君のことは全て知っていたつもりだけれど、まだ知らないことがあったようだ。
ここを出たら結婚する約束をしていた?
かわいそうなエステル。あと少しだったのに、こんなことになってしまって。
君の代わりに禁忌を犯してあげてもいいが、対価が必要だ。
そうだな。君の大切なもの……純潔を頂こうか。
できない? さっき彼を愛していると言っていたのはその程度の気持ちだったのか?
エステル、反魂の秘術は死後時間が経ちすぎると成功しないのは知っているだろう? あまり時間がないのだから早く決めないと。
彼を裏切ってでも彼に生き返ってほしいのか、彼のために純潔を守って彼を見殺しにするのか。
……そうか。それが君の答えか。素晴らしい愛の形だね。純愛、とでも言えばいいのかな?
エステル、これは君が自分で選んだことなのは理解できているね?
理解できているのならば、自分で服を脱ぎなさい。
神殿から出たら彼と離れて実家に戻りたいと言ったのに、どうして国王陛下にあんな話をしたのか、だって?
エステル、君は今更何を言っているんだ?
君は彼と結婚するために私に抱かれたのだろう? だから確実に結婚できるように、幸せになれるように手伝ってあげただけだ。
君は悪い子だね。私に禁忌を犯させたのに、そうまでして生き返らせた相手から逃げようとしているなんて。
命懸けで君を守ってくれた彼がこれを知ったらどう思うだろう。
黙っていてほしいのなら、それ相応の対価が必要だ。
世間知らずで月の乙女ですらなくなる君が差し出せるものなど、君の身体以外にないことくらいわかるだろう?
久しぶりだね。新婚生活は楽しいかい? 神殿の外は厳しい戒律もなく、何をしても自由なのだろう?
……君達が羨ましいよ。
務めが終わって自由になって、この先好きなように生きていけるなんて。
エステル、おかしいと思わないか?
君の隣にいるのは彼ではなくて私でもよかったはずだ。彼はまだ任期の途中なのだからここに残るはずだったし、私は君とここを出られるはずだった。君を攫ってどこか遠くでずっとふたりだけで暮らそうと思っていたんだよ。
なのに、あの小娘のせいで。
好き勝手に振る舞うあの出来の悪い小娘のせいで私はここから出られないのに君はあの男と出ていって幸せになろうとした。あんなに優しくしてやったのに。いずれ私のものになるのだから世話を焼いてやったのに。あの男を殺してしまえば私のものになると思ったのに。許さない。一生苦しめばいい。いつかあの男に秘密を知られるのではないかと怯えながら生き続ければいい。あの男も、おまえも。
――幸せになれると思うな。
セルファースは毎日傷の状態を確認し、優しく薬を塗って包帯を巻いてくれた。
綺麗に治るおまじないと称して手の甲に口づけをされた時には思わず呆れ混じりの笑いを漏らしてしまったが、セルファースはそんなエステルを見てとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
やっと笑ってくれた、と言いたげな、そんな表情だった。
手首の傷が目立たなくなった頃、エステルは月のもののせいで三日程寝込んだ。
セルファースはエステルが寝込んだ理由を察しているようで、よく効くと評判の痛み止めを部屋まで持ってきてくれた。安堵の表情を見せていたのはヴィレムの子を宿してしまうという事態を避けられたからだろう。
エステルはヴィレムとの間に起きた事をセルファースに語ったが、全てを話したわけではなかった。
ヴィレムは一度目から避妊をしていた。子ができたらその時点で関係が露見してエステルを好きにできなくなるからだろう。だから、今回宿らなかったのはセルファースの子だ。
それが残念なことなのか喜ばしいことなのかは、今のエステルには正直よくわからなかった。
手首の傷は痕にならずに綺麗に癒えた。
エステルが部屋から出て通いの家政婦と話ができるようになってから、セルファースは療養という名目の休暇を終えて騎士団に復帰した。王弟付きの近衛騎士に任命されたため当直勤務を命じられることもあるらしく、家にエステルを一人残すことをとても不安がっていた。
初めての当直の日、セルファースはエステルを抱きしめてから出かけていった。
一人きりになった家でエステルは何をする気にもなれず部屋に閉じこもっていた。三日前に神殿から再びハブリエレの名前で呼び出しの書状が届いていたせいで気が晴れなかったからだ。
呼び出しがあったことを知ったセルファースはすぐさま『俺が対応する。君は何も心配しなくていい』と言ってくれた。
けれど、エステルはヴィレムの執念深さをよく知っている。このまま何事もなく終わるとはとても思えなかった。
彼のことは諦めなさい。反魂の秘術が禁忌であることくらいわかっているだろう。
君はどうしてそこまでして彼を生き返らせたいんだ?
――ああ、君は彼を愛しているのか。十一年も共に過ごして君のことは全て知っていたつもりだけれど、まだ知らないことがあったようだ。
ここを出たら結婚する約束をしていた?
かわいそうなエステル。あと少しだったのに、こんなことになってしまって。
君の代わりに禁忌を犯してあげてもいいが、対価が必要だ。
そうだな。君の大切なもの……純潔を頂こうか。
できない? さっき彼を愛していると言っていたのはその程度の気持ちだったのか?
エステル、反魂の秘術は死後時間が経ちすぎると成功しないのは知っているだろう? あまり時間がないのだから早く決めないと。
彼を裏切ってでも彼に生き返ってほしいのか、彼のために純潔を守って彼を見殺しにするのか。
……そうか。それが君の答えか。素晴らしい愛の形だね。純愛、とでも言えばいいのかな?
エステル、これは君が自分で選んだことなのは理解できているね?
理解できているのならば、自分で服を脱ぎなさい。
神殿から出たら彼と離れて実家に戻りたいと言ったのに、どうして国王陛下にあんな話をしたのか、だって?
エステル、君は今更何を言っているんだ?
君は彼と結婚するために私に抱かれたのだろう? だから確実に結婚できるように、幸せになれるように手伝ってあげただけだ。
君は悪い子だね。私に禁忌を犯させたのに、そうまでして生き返らせた相手から逃げようとしているなんて。
命懸けで君を守ってくれた彼がこれを知ったらどう思うだろう。
黙っていてほしいのなら、それ相応の対価が必要だ。
世間知らずで月の乙女ですらなくなる君が差し出せるものなど、君の身体以外にないことくらいわかるだろう?
久しぶりだね。新婚生活は楽しいかい? 神殿の外は厳しい戒律もなく、何をしても自由なのだろう?
……君達が羨ましいよ。
務めが終わって自由になって、この先好きなように生きていけるなんて。
エステル、おかしいと思わないか?
君の隣にいるのは彼ではなくて私でもよかったはずだ。彼はまだ任期の途中なのだからここに残るはずだったし、私は君とここを出られるはずだった。君を攫ってどこか遠くでずっとふたりだけで暮らそうと思っていたんだよ。
なのに、あの小娘のせいで。
好き勝手に振る舞うあの出来の悪い小娘のせいで私はここから出られないのに君はあの男と出ていって幸せになろうとした。あんなに優しくしてやったのに。いずれ私のものになるのだから世話を焼いてやったのに。あの男を殺してしまえば私のものになると思ったのに。許さない。一生苦しめばいい。いつかあの男に秘密を知られるのではないかと怯えながら生き続ければいい。あの男も、おまえも。
――幸せになれると思うな。
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