身の内の毒、恋のわずらい

福永涼弥

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参.敵

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 隼矢斗が目覚めた時、華耶は既に褥にはいなかった。昨夜部屋の隅に置いた桶の側に片膝を立てて座り込み、俯き加減で小声で呟いている。

「華耶」

 小さく呼びかけると華耶はすぐさま振り向き、早足で隼矢斗の元へやって来た。

「おはようございます。お加減は」
「ここしばらくなかった程によい」

 正直に告げると華耶は安堵したように笑った。そうしてから顔を引き締めて隼矢斗に語りかける。

「隼矢斗さまに盛られていた毒は、毎日少しずつ飲ませて一定の量に達した時に腹に不具合をきたす類のものでした」

 戻す、下す、しまいには常に鳩尾が痛むようになる。華耶の言う症状全てに思い当たる節があり、隼矢斗は華耶の薬師としての能力の高さを思い知った。

「盛る量を加減すれば次の症状が出るまでの期間も動かせます。何日か続けた後にぱたりと止む、忘れた頃にまたぶり返す、というように。病に見せかけるのにうってつけの毒です。それを繰り返して衰弱させた後に強い毒を盛れば、病のために儚くなったと思わせるのも難しくないでしょう」

 華耶が隼矢斗を真っ直ぐに見据える。

「隼矢斗さま、この毒は相当手練れの薬師でないと用意できないような代物です。西の里でも作れるのは父とわたくし、あと十年程修行を積めば伊吹がどうにか、といったところでしょうか」

 華耶の言いたいことを悟り、隼矢斗の背中がひやりとする。

 そのような手練れの薬師を使役できる者は限られている。つまり、おれに毒を盛ったのは。

 隼矢斗はきつく目を瞑った。

「父、か」
「おそらく」

  華耶の声が沈む。

「隼矢斗さまとのお話をいただいた時点からおかしいと思っていたのです。中つ里の長は西の里に隼矢斗さまを診てほしいと乞うのではなく、『あれはもう長くないと薬師が言っていたから、せめて子を成させて血を繋いでやりたい。西の里の姫に子授けの秘薬が伝わっているのは噂で聞いている』と仰せになったのですよ」

 隼矢斗は目を瞑ったまま懸命に考える。父はあの日、この縁組について何と言っていただろうか。

『これで薬師が手に入る。おまえも子が成せるようになる。中つ里は安泰だ』

 ――そういうことか。父が求めたのは優れた薬師の華耶と、自分の血を引いた、思い通りに操れる赤子。
 それが揃いさえすれば、中つ里は安泰だ、ということだったのか。

 ははっ、と口から溢れたのは、自分で自分を嘲る嗤い声だった。

 そこまでするか。いくら実の息子が目障りだからといって、何も、殺さなくても。
 おれは愚かだ。父の本当の意図に気づかずに、親の情などというものに縋ろうとしていたなんて。
 ――謀反の疑いでもかけられてひと思いに殺されたほうが余程よかった。

「隼矢斗さま」

 華耶の言葉に隼矢斗は目を開けた。恐ろしいくらいに鋭いまなざしが隼矢斗に据えられている。男物の装束と相まって、まるで華耶が戦に赴くつわものであるかのように思えてきた。

「隼矢斗さまがお望みでしたら、ひと思いに殺せる毒のご用意もございますが」

 それもいいかもしれない、と反射的に思ってから隼矢斗は気づく。

 ひと思いに『殺せる』? 『死ねる』ではなく?
 まさか、華耶の狙いは。

「まさかおまえ、父に毒を盛るつもりか」
「ええ。隼矢斗さまを害する者は誰であっても容赦いたしません。ですが、あれでも一応隼矢斗さまの父君ですからお伺いを立ててから」
「待て待て待て」

 華耶の言葉を隼矢斗は慌てて遮った。

「そんなことをしたらおまえも無事では済まないぞ。わかって言っているのか」
「承知しております。西の里に累が及ばないように両親と縁を切ってから行いますし、目的を果たしたあとにはきちんと名乗り出て責任は取ります。もちろん、夫婦になる前に済ませますので隼矢斗さまが連座で罰せられることはございません。どうかご安心を」
「そういう問題ではない。何故そのようなことを」
「おわかりになりませんか?」

 その問いかけに隼矢斗は言葉を詰まらせる。

 わかっている。
 華耶がどうしておれのためにここまでするのか。
 許嫁、だからではない。華耶にとってのおれは。

「隼矢斗さまはわたくしの命の恩人です。隼矢斗さまに救われたこの命、あなたの為に散らせるのならこれ程嬉しいことはありません」
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