引きこもり王子の優雅な生活と

爺誤

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引きこもり王子とおれ

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 このまま一線を越えていいのだろうか。以前は一度でもヤれたらいいと思っていたけれど、いまはルーマ様の信頼を裏切ることが恐ろしい。ヤってしまったら、彼が王宮に迎えられた時に排除される気がする。いまの段階でもギリギリだろうが、挿入していない以上彼は童貞だから清い身体だ。……たぶん。
 記憶に刻まれているボンクラ王子とドゥリン王女のやり取りは、ルーマ様への愛に溢れていて危険だった。ルーマ王子を死んだことにしていたのは王様だから、なにか上のほうでゴタゴタしているのかもしれない。問題が片付いたら、いくらルーマ様がここにいたいと言っても無理だろう……。

 毎日会いに行きたいところだけど、農作業にも時間がかかる。狩りに行って肉も食べさせてあげたい。彼の肉体を形作るものをすべて用意している満足感を手放せない。

「会いに行かなきゃ会えないし……」

 畑の脇の小川に足を浸して休憩しながら、澄んだ空を見上げた。
 ルーマ様は城から出ない。そういう生活が当たり前になってしまって、外で活動するという概念がない。ナカリホアのならず者を始末したのは、おれが戻って来た時に奴等がいたら危険だと思ったからだそうだ。上から石を投げたらうまく始末できて、死体がそこにあったら良くないと思って捨てに行ったという。

 俺のために外に出て、その後は飢えてもじっと待っていたそうだ。道沿いに歩けばうちの畑もあって、いくらかの食べ頃の野菜もあったはずなのに。
 あるようでない常識。彼を生き延びさせるために、何でもしていいと教えるべきだ。おれに万一のことがあったら、彼が飢えて死んでしまう。
 彼が好き過ぎて、どうしたらいいんだろう。足を小川につけたままゴロンと転がって両手で顔を覆った。

「しんどい……」
「助けが必要か?」
「ルーマ、さま!?」

 言い訳をすると、目を閉じていたのを急に開いたか、逆光で色がわからなかった。体格も、声もそっくりだった。だけと、その人は違った。

「お前はティートだな」 
「えっ! うわっ」
「おっと」

 慌てて身体を起こしたせいで、滑って小川に転びそうになったのを鋼鉄のような腕で支えられた。
 ルーマ様より一回りは太い腕と、分厚い胸板。何より色彩が違う。おれはこの人、いやこの方を遠目で見たことがある。

「アーマソー王太子殿下!? 失礼しました!」

 なんで次の王様がこんなとこにいるんだ!
 少し離れたところには護衛らしき人物が数人立っている。全然気付かなかった。護衛も体格がいいけれど、アーマソー王太子の方が強そうだ。
 ルーマ様と色違いといっても良い容貌だが、完成された体格は一回り大きい。食事も運動量も違うのだろう。ルーマ様を迎えに来るとしても、王宮の使いの人間が来るのだと思っていたから驚いた。

「ルーマのところまで案内してもらおうか」
「は、 はい!」

 慌てて離れて、水気を飛ばしてから靴に足を突っ込んだ。護衛のひとたちは一切口を開かず、一定距離を保ってついてくる。
 わざわざ来るなんて、ルーマ様を可愛がっていたというのは本当だったんだ。父親の愛には恵まれなかったけど、きょうだい達には恵まれていた。良いことだけど、彼にはおれだけじゃないことが重くのしかかってくる。

「あ、馬車とか、乗られますか」
「歩いて行けない距離なのか」
「一時間ほど歩きます」
「その程度たいした距離ではない」

 ですよねーと、服の上からでも見てわかる脚の筋肉を見た。この国の人間は、彼のような盛り上がった筋肉になりにくい。おれが知っているのはルーマ様だけだ。 色合いが違うだけで、顔立ちも二人はよく似ている。ルーマ様も十年も経てばこうなるのだろう。その時隣にいるのは……俺じゃないんだろう。

 アーマソー王太子も好みのはずだし、護衛のひとたちも以前のおれならドキドキしたかもしれない。でも今は、ルーマ様にしか心惹かれなくなっているのに気がついた。
 彼のことでいっぱいなのに、離れなければならないのは辛い。

「ルーマはここに残りたいと言ったそうだな」
「……はい」

 何を言われるのだろう。王宮に帰るように説得しろとでも言われるだろうか。切り捨てられてもいいから、説得はご自分でと言おうか。ああでも、ルーマ様にちゃんとお別れを言いたい。

「君とルーマの関係は何だ」

 関係……って何だろう。家族とは違うけれどお互いにいるのが当たり前になっているから、言葉で説明するのは難しい。ここで恋人同士だって言えたら、殺されても幸せなんだけどなぁ。やっぱりルーマ様を騙して入れて貰っておけばよかった。
 黙り込むおれを、アーマソー王太子が「どうなんだ」と急かす。

「領主様と領民だと、思っています……」
「それだけか?」

 早足で歩きながら、逃げ場のない問いかけが降ってくる。ちょっと行き過ぎたかもしれないけど、ルーマ様の性欲処理を手伝っただけだから恋人ではない。何より彼は身体が先に成長してしまっただけで、情緒面ではまだ子供だ。まともに導く人物が必要だろう。それはおれではない。

「おれは……ルーマ様を、特別に想っています」

 どうせ引き剥がされるなら宣言してしまおう。着いたらルーマ様にも言うんだ。おれは領民の男だけど、貴方に懸想して酷いことをしましたって。その前にこのアーマソー王太子に縊り殺されるかな。鳥を絞めるみたいに、片手できゅっとやれそうだ。

「そうだろう、あの子は素直で純粋な子だ。随分立派に成長していたと聞いている。君が命がけでルーマのために書簡を届けた話は感動した。しかし、先のない田舎で男二人だけで生きていても仕方なくないか」

 やはりルーマ様を王宮に連れ戻しに来たのか。先のない関係だとしても、二人でいられたらそれで良かったのに。
 城が見えてきて終わりが近いことを知る。かなしい。視界が滲んで、隠そうと地面を見た。

「難しいことは、わかりません。ルーマ様が望まれるようにしていただければ」
「何か勘違いしていないか? オレは別に」

 立ち止まって、肩を掴まれて視線を合わせられた。似て非なるひと、好みのはずなのに心は騒がない。ルーマ様と二人きりの生活が楽しすぎて、他人の存在を忘れていた。

「ティート!!」

 城から飛び出してきたルーマ様が、アーマソー王太子に殴りかかった。あっさりガードされて、腕を取られてしまう。

「ティートに何をした!!」
「落ち着け、話をしていただけだ。何もしていない。ルーマか、大きくなった」
「アーマソー兄様……?」

 驚いて抵抗をやめたルーマ様をアーマソー王太子が抱きしめる。身長は同じぐらいだけど、やはりひとまわり大きく見える。筋肉量の違いだろう。同じ顔が二つ……。

「兄様の教えのおかげで、ティートを守れました。ティートはおれの大切な人です」
「筋肉は頼りになるだろう。お前の努力の結果だ」

 ニッと笑う口元に木漏れ日が差して光って見える。つられて笑うルーマ様の笑顔尊い。待って、いまおれのことを「大切な人」って言った。昇天しそう……。

「俺がここに来たのは招待状を渡すためだ。ルーマには直接渡したくて我儘を言った」
「招待状?」
「俺の戴冠式。国王陛下は病気で伏せっておられる、というのは建前で閉じ込めた。自分の息子を無実の罪で殺そうとする人間に国政は任せられん」

 ルーマ様が公的に復帰してしまう。魅力的な方だから、人前に出たらすぐに人が群がるだろう。最後に抱いて欲しい……。

「ルーマ様……王宮に行かれるのですか」

 いつだろう。このまま連れて行かれてしまったら抱いて貰えない。ルーマ様が何も知らないうちに入れてもらわないと。
 おれの内心をよそにアーマソー王太子の側から、引き剥がして肩を抱いてくれる。

「戴冠式だそうだ。ティート、一緒に行こう。良いですよね?」
「もちろんだ」

 行きたくない。ルーマ様がほかの人間に心を許すとこなんて。

「おれは……畑があるから……」
「ティートが行かないなら行かない」

 いつの間にこんなにルーマ様はおれに依存してしまったのか。こんなのはダメだ。

「行ってください、ルーマ様はもう立派な大人です。広い世界を見るのも大事です」
「ティートと城があれば何もいらない」

 おれの言うことなら聞いてくれるんじゃないの? 

「畑の管理は人を手配しよう。二人で来なさい」
「あっの……」

 アーマソー王太子がニヤニヤと笑いながら続けた。

「ティート、俺は理解がある。田舎じゃどうかわからないが、同性で恋愛関係だとしても構わん。ルーマは便宜上この辺りの領主ということにするが、大した土地でもないから跡継ぎなど考えなくていい」

 おれの気持ちはバレバレですか!!
 どこでバレたんだ? ドゥリン王女にバレていたら殺されそうだから、まさかあのボンクラ王子か。

「でも、ルーマ様は何も知らなくて」
「本当に何も知らないのか?」

 ルーマ様の知識は偏っている。そこに元々あったという書物と、おれが差し入れた本ぐらいだ。たしかに差し入れたやつは、姉から送られていた恋愛小説だが彼が理解できるとは思っていなかった。

「俺はティートと生涯ともにしたい」
「そういう事ならティートにプロポーズをするんだ。プロポーズの作法は俺が教えてやる。ちょっとこっちに来い」

 城の陰に二人が消えて、身の置き所がない。落ち着かない気持ちで、護衛の人に声をかけた。

「あの、良いんですか? おれ、男なんです……」
「妻になりたいとかでなければ良いだろう。かくいう王太子殿下も……っと」

 アーマソー王太子も!? 二人が戻ってきたのを見て護衛の人が黙ってしまった。続きを聞きたいが、ルーマ様が真剣な顔をしていて、どうしたら良いんだ。

 ズンズンとおれの前まで進んできたルーマ様は、胸に手を当てて片膝をついた。

「ティート、一生俺のそばにいて欲しい。君がいつか女性と結婚するなんて耐えられない。どうか、俺だけのものになって」

 おれが結婚する訳がない。ルーマ様のほうこそ、結婚する未来を思い浮かべているのかと思っていたのに。

「おれでいいなら。そばに置いてください、一生」


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