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11 先生
領主との視察のあと、改めて一人で孤児院に行った。といっても、護衛だと言ってサナンがついてきた。
領主の養子になるのは認めていたのに、本当にどういうつもりでいまだに俺にくっついているのかわからない。
孤児院には二十人ほどの子どもが収容されていた。ずいぶんと生き残っているという印象だった。子どもがいなくなることはなかったけど、弱い奴はすぐに死んでいっていたから。
その子どもたちは、俺の顔を見るとわらわらと寄ってくるんだが、どうしてそんなに慕ってくるんだ?
「ネイジェ。ぼくね、字をおぼえる!」
「おれは本をよめるようになる!」
「ぼくまほうつかいになる」
俺が領主に出された課題を理解しているらしい。
孤児院の院長が落ち着くように言いながら、子どもたちを座らせた。
「ネイジェ様、先日はありがとうございました。皆様がお帰りになってから、子どもたちはネイジェ様との思い出をたくさん聞かせてくれまして」
「思い出になるようなことは何もしてないはずなん……ですが。せいぜい少し食料を分けたりとか、それぐらいです」
「守られたことのない子どもたちには大きなことでした。ましてや、貴方も子どもです。食料だけの話ではなく、希望を与えていたんですよ」
俺がしていたの犯罪行為だ。スリがほとんどだけど、露店の品物もよく掠め取っていたし、褒められるようなものではない。スリとして腕を自慢できるようになったのもこの一、二年だ。しかも最後は下手を打ってロゴンに捕まった間抜けだ。
「親の役割とは、子どもが大人なって一人立ちできるように育てていくことです。親のない子どもには代わりになる大人が必要です。まともな大人がいない環境で、指針になる人がネイジェ様で良かったんです」
言い切られて、歯を食いしばって生きてきた自分を思った。誰にかに認められたかったのだろうか。
ただ、自分が嫌で嫌で、でも自分は自分でしかないことが苦しくてもがいていた。チビたちへの施しは、自分がいいものになれた気分になるための、そう、自己満足だった。
「でも、やはり俺が認められるのはおかしいから」
認められては困る。俺はあの時よりも、もっといいものになりたい。
「そうですか。では、これからの子どもたちを導いてください」
「はい。でも、俺も勉強し始めたばかりで、人に教えられるほどじゃないんです」
その時、とんとんと俺の肩をサナンが指先で突いた。なんだ? と見上げると、いつもより機嫌が良さそうだ。
「何? サナン」
「僕、ヌヤの卒業生だよ」
「だから?」
突然アピールされても、何が言いたいのかわからない。自慢じゃないけど、まともな社会経験を積み始めて半年しか経ってないんだ。しかもサナンの言い方は、習っている貴族の言い回しとも違う。
苛々とする俺に気付いたらしい院長がポンと手を叩いた。
「まあ、ヌヤ総合学院の卒業生といえば、貴族の家庭教師や学校の教師に引っ張りだこの!」
だからなんだと言うんだろう。サナンはいずれ果ての森の研究に戻るんだから無理だろう。でも。そうなのか?
「サナンをここの教師にしろってこと?」
「領主の息子であるネイジェが頼んでくれたらやれるね」
「この孤児院の運営はネイジェ様に委ねられておりますから」
そこまで言われてやっと理解した。俺が、サナンを雇うんだ。任命権といったか。領主の息子としての仕事。
「えっと、サナン、ここの子どもたちに学び方を教えてほしい」
「喜んで」
「わぁ! 獣人さんが先生なの?」
「ぼくネイジェにおしえてほしい!」
「ネイジェ、きいて、おれさ、このまえふわふわのパンを食べたんだ」
とうとう黙ってられなくなった子どもたちが口々に話しだす。だから、どうして俺なんかに……守らなきゃならなくなるじゃないか。
こいつらを俺が守れるんだろうか。
「大丈夫だ、ネイジェ。僕が助けるから」
頭がいいと他人の考えていることまでわかるのだろうか。領主もそんな感じだし、ヌヤ総合学院で同級生だったと聞いている。
「ネイジェもヌヤに行ったらいいかもね」
「俺が?」
「うん。中等部なら間に合うんじゃないかな」
「……ここのガキどもはどうするんだ」
「リヤードに任せたらいいんじゃない?」
「その領主に、俺が任されたんだ」
サナンはあまり深く考えないところがある。おそらく、人間の社会的な評価について興味がないからだ。興味はなくてもルールは理解しているから、わかっているつもりで話すと噛み合わなくなる。ややこしい。
「サナン、俺のことは俺が決める」
「わかった」
あまり惑わしてほしくないことが伝わっただろうか。俺を見下ろす表情に変化はないけれど、たぶん機嫌は良いほうだ。
「孤児院の予算からサナンへの報酬を決めるのか、領主に確認しよう。あと確認することは……」
「それ、どうしてリヤードって呼ばないんだ?」
「あいつは領主だろ」
領主は俺に「お父さま」と呼ぶように言っている。シェンはシェンでいいと言ってくれているのに、なんか嫌だった。ただの意地と……あとは癖になったのもある。
「僕をお父さんって呼んでみて」
「はあ? 嫌だ」
「一回だけでいいから」
「……お父さん」
「うん、ありがとう」
「何が」
「違うってわかった。僕はネイジェの父親になりたいわけじゃない」
「あっそ」
俺だって嫌だった。サナンは父親にはなり得ない。領主よりもシェンよりも……それは、何故。
……深く考えると良くない気がする。今は目の前の課題をこなすことに集中しよう。
院長に孤児院について説明を受けながら、知らないことが多すぎる自分にため息を吐いた。
領主の養子になるのは認めていたのに、本当にどういうつもりでいまだに俺にくっついているのかわからない。
孤児院には二十人ほどの子どもが収容されていた。ずいぶんと生き残っているという印象だった。子どもがいなくなることはなかったけど、弱い奴はすぐに死んでいっていたから。
その子どもたちは、俺の顔を見るとわらわらと寄ってくるんだが、どうしてそんなに慕ってくるんだ?
「ネイジェ。ぼくね、字をおぼえる!」
「おれは本をよめるようになる!」
「ぼくまほうつかいになる」
俺が領主に出された課題を理解しているらしい。
孤児院の院長が落ち着くように言いながら、子どもたちを座らせた。
「ネイジェ様、先日はありがとうございました。皆様がお帰りになってから、子どもたちはネイジェ様との思い出をたくさん聞かせてくれまして」
「思い出になるようなことは何もしてないはずなん……ですが。せいぜい少し食料を分けたりとか、それぐらいです」
「守られたことのない子どもたちには大きなことでした。ましてや、貴方も子どもです。食料だけの話ではなく、希望を与えていたんですよ」
俺がしていたの犯罪行為だ。スリがほとんどだけど、露店の品物もよく掠め取っていたし、褒められるようなものではない。スリとして腕を自慢できるようになったのもこの一、二年だ。しかも最後は下手を打ってロゴンに捕まった間抜けだ。
「親の役割とは、子どもが大人なって一人立ちできるように育てていくことです。親のない子どもには代わりになる大人が必要です。まともな大人がいない環境で、指針になる人がネイジェ様で良かったんです」
言い切られて、歯を食いしばって生きてきた自分を思った。誰にかに認められたかったのだろうか。
ただ、自分が嫌で嫌で、でも自分は自分でしかないことが苦しくてもがいていた。チビたちへの施しは、自分がいいものになれた気分になるための、そう、自己満足だった。
「でも、やはり俺が認められるのはおかしいから」
認められては困る。俺はあの時よりも、もっといいものになりたい。
「そうですか。では、これからの子どもたちを導いてください」
「はい。でも、俺も勉強し始めたばかりで、人に教えられるほどじゃないんです」
その時、とんとんと俺の肩をサナンが指先で突いた。なんだ? と見上げると、いつもより機嫌が良さそうだ。
「何? サナン」
「僕、ヌヤの卒業生だよ」
「だから?」
突然アピールされても、何が言いたいのかわからない。自慢じゃないけど、まともな社会経験を積み始めて半年しか経ってないんだ。しかもサナンの言い方は、習っている貴族の言い回しとも違う。
苛々とする俺に気付いたらしい院長がポンと手を叩いた。
「まあ、ヌヤ総合学院の卒業生といえば、貴族の家庭教師や学校の教師に引っ張りだこの!」
だからなんだと言うんだろう。サナンはいずれ果ての森の研究に戻るんだから無理だろう。でも。そうなのか?
「サナンをここの教師にしろってこと?」
「領主の息子であるネイジェが頼んでくれたらやれるね」
「この孤児院の運営はネイジェ様に委ねられておりますから」
そこまで言われてやっと理解した。俺が、サナンを雇うんだ。任命権といったか。領主の息子としての仕事。
「えっと、サナン、ここの子どもたちに学び方を教えてほしい」
「喜んで」
「わぁ! 獣人さんが先生なの?」
「ぼくネイジェにおしえてほしい!」
「ネイジェ、きいて、おれさ、このまえふわふわのパンを食べたんだ」
とうとう黙ってられなくなった子どもたちが口々に話しだす。だから、どうして俺なんかに……守らなきゃならなくなるじゃないか。
こいつらを俺が守れるんだろうか。
「大丈夫だ、ネイジェ。僕が助けるから」
頭がいいと他人の考えていることまでわかるのだろうか。領主もそんな感じだし、ヌヤ総合学院で同級生だったと聞いている。
「ネイジェもヌヤに行ったらいいかもね」
「俺が?」
「うん。中等部なら間に合うんじゃないかな」
「……ここのガキどもはどうするんだ」
「リヤードに任せたらいいんじゃない?」
「その領主に、俺が任されたんだ」
サナンはあまり深く考えないところがある。おそらく、人間の社会的な評価について興味がないからだ。興味はなくてもルールは理解しているから、わかっているつもりで話すと噛み合わなくなる。ややこしい。
「サナン、俺のことは俺が決める」
「わかった」
あまり惑わしてほしくないことが伝わっただろうか。俺を見下ろす表情に変化はないけれど、たぶん機嫌は良いほうだ。
「孤児院の予算からサナンへの報酬を決めるのか、領主に確認しよう。あと確認することは……」
「それ、どうしてリヤードって呼ばないんだ?」
「あいつは領主だろ」
領主は俺に「お父さま」と呼ぶように言っている。シェンはシェンでいいと言ってくれているのに、なんか嫌だった。ただの意地と……あとは癖になったのもある。
「僕をお父さんって呼んでみて」
「はあ? 嫌だ」
「一回だけでいいから」
「……お父さん」
「うん、ありがとう」
「何が」
「違うってわかった。僕はネイジェの父親になりたいわけじゃない」
「あっそ」
俺だって嫌だった。サナンは父親にはなり得ない。領主よりもシェンよりも……それは、何故。
……深く考えると良くない気がする。今は目の前の課題をこなすことに集中しよう。
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