13 / 23
13 親の親
連れて行かれた果ての森、シェンの養い親は癖のある年寄りだった。家からして普通ではなかったから、ある程度は覚悟していたけれど……
俺の顔を見るやいなや「可愛くないね」と言ったが、シェンに叱られて謝ってきた。威圧感に驚いたけれど、一瞬で解消されたから夢の出来事のようだった。
わかるのは、シェンがいちばん強いことだった。
果ての森は、魔道具を使っても長時間滞在するのが難しいほど、魔法的な毒性の強い空気が満ちていた。挨拶を終えて早々に、領主と俺はシェンを置いて帰ることにした。シェンは何故か果ての森の空気が毒ではないらしい。
果ての森の外にある魔法陣の用意が整うのを待つ時間、領主と話した。
「シェンは果ての森が好きだけど、オレと生きるために、最初の……賢者殿を看取るという望みを捨てた」
「あの人、死にそうにないように見えますが」
老婆の姿をしていたが、力に溢れた様子を思い出して、つい口を挟んだ。領主は笑って続けた。
「そう。膨大な魔力の影響で肉体の時間が止まってしまっている。アルファの魔法使いは数が少ないけど、魔力を鍛えればそうなりやすいと言われている。あえて魔力を抑えて長命化を防ぐ動きもあるほどだ」
魔法はさまざまな力の源だが、魔法使いと呼べるほどの使い手は少ない。重宝される存在になれるのに、魔力を抑えるなんて勿体無いのではないだろうか。
「長命化を防いでどうするんですか?」
「寿命に影響が出るほど魔力を増やした魔法使いがどうやって死ぬと思う?」
「果ての森みたいなところに引き篭もるんじゃないんですか」
街に魔法使いがいるという話はほとんど聞かないから、今日見たばかりの魔法使いを例に上げた。
「引きこもってうまくいった者もいるだろう。しかし記録に名前が残っている者はだいたい狂って討伐されている」
「狂う……」
「取り残されていく間に耐えられなくなるのだろう」
家族が先に死んでいくということだろうか。どうしてそれがつらいことになるのか。わかっているのなら対策できるのではないか。新たな家族を作るとか。
「そういうのは、わからないです。強いなら何でもできるだろうに」
「ネイジェも、オレも、まだ死が身近な年じゃないからわからない。サナンならわかるかもな。始まりは同じだったけど、オレたちはサナンよりも先に寿命を迎えるだろう」
「サナンも、魔力が多いから長生きなんですか」
「そう。悪いな、ネイジェ。お前を養子にしたのは、あのぼんやり狼に気に入られてるかなり年下のアルファだからだよ」
シェンがその気になったから受け入れたのだと思っていた。あまりいい印象を持っていないだろうし、悪い扱いでもないのは公正な人間だからかと。
それに、アルファが嫌いなんじゃないか。領主はオメガで……
「アルファ、だからって」
俺の考えを読んだように鼻で笑う。
「もしかしたら、あいつと同じ時を過ごす可能性があるから。そうじゃなくても、遅く生まれた分はオレやシェンより長生きするだろ。サナンがオレたちにネイジェと縁を結ばせた。少しでもありがたいと思うなら、あいつの話し相手ぐらいになってやってくれ」
穏やかな表情に、いつもサナンの前で皮肉っぽく笑ってる雰囲気はない、本当に大事な友人なのだろう。
「仲が、悪いのかと思っていました」
「ははっ。オレに遠慮のない口をきくのは、シェンとサナンぐらいだから、貴重なんだよ」
普段の圧の強い笑顔ではなく、屈託のない少年のような笑顔だった。三人は同級生だったと聞いている。
サナンは、どんな子どもだったんだろう。想像……できるな。あまり変わってなさそうだ。
この日から、俺は領主を「父上」と呼ぶことになった。
「ネイジェ、次はオレの親に会いに行くぞ」
「親って」
「国王だ」
にやりと笑う顔に、傾きはじめた陽光がぴかりと差す。あまりにも王子様然とした雰囲気に、本物の王子様然だったなと、当たり前のことを思い出す。
「俺を国王……陛下に? 正気ですか」
「リゼバールの後継者にするんだから当然だ。すでに手続きは完了しているから、挨拶が遅すぎるぐらいだ」
「どうして今さら」
「お前の礼儀作法レベルの問題」
「……まだ無理です」
「いけるだろう。基本的には堂々としていればいい。あの賢者どのにも怯んだ様子を見せなかったから、何とかなる」
「試金石にしたということですか」
「難しい言葉を理解している。何も知らなかったのに、半年でよくやった」
「……っ、褒めても」
「できるできる。シェンにも聞いてみたらいい」
「シェンは大丈夫と言うでしょう」
サナンも、シェンも、俺のことを褒めてばかりだ。領主……父上は違うと思っていたけれど、ずいぶん高く評価していることがわかって、戸惑いが強い。
半年前まで人の懐から盗むことで生きていた犯罪者なのに。
「そうだ。オレの兄が少し嫌味な奴でな。嫌味を言われたらひとつ、何かスッていい」
にやりと笑って言うのは、俺の過去を否定するものではなく。でもそれは、隠さなくてはならないことのはずだ。
「はあ?」
「あいつはいかにもアルファらしくてな、オメガの幸せは強いアルファに守られることだと信じている。そういうオメガが多いのはわかるが、オレにもそうあれとうるさいんだ」
「アンタが大人しく守られるようなタマかよ」
思わず出た言葉を止めるように、顎を指先でクイッとあげられた。一瞬で詰められた距離に反応できなかった。貴族にはこんな身体能力が必要なのか?
「上品に」
「父上にそのような評価は不要だと思われますが」
『その通り』
あえての古語だろう。宮廷の行事でのみ使われる古い言葉は、まだ少ししかわからない。俺がわかるように使ってきた。悔しいことに、発音が美しいから聞き取りやすい。
「俺はその技を使うつもりはありません」
「使えるものは使え。このオレから盗めるのは、並大抵のものじゃない。錆びさせるのも勿体ない」
「錆び……って、でも」
「バレなきゃ犯罪じゃない。完璧を目指せ」
まさかそれを推奨してくるとは思わなかった。ならば。
「使いません。絶対に」
「ふーーん」
守ってもらう必要はない。たとえ何かの機会にスリの技を使ったとしても、領主が指示したことにはしない。そういう意味での宣言だった。
意味は通じたようで、ニヤニヤ笑って頭を掻き回された。
俺の顔を見るやいなや「可愛くないね」と言ったが、シェンに叱られて謝ってきた。威圧感に驚いたけれど、一瞬で解消されたから夢の出来事のようだった。
わかるのは、シェンがいちばん強いことだった。
果ての森は、魔道具を使っても長時間滞在するのが難しいほど、魔法的な毒性の強い空気が満ちていた。挨拶を終えて早々に、領主と俺はシェンを置いて帰ることにした。シェンは何故か果ての森の空気が毒ではないらしい。
果ての森の外にある魔法陣の用意が整うのを待つ時間、領主と話した。
「シェンは果ての森が好きだけど、オレと生きるために、最初の……賢者殿を看取るという望みを捨てた」
「あの人、死にそうにないように見えますが」
老婆の姿をしていたが、力に溢れた様子を思い出して、つい口を挟んだ。領主は笑って続けた。
「そう。膨大な魔力の影響で肉体の時間が止まってしまっている。アルファの魔法使いは数が少ないけど、魔力を鍛えればそうなりやすいと言われている。あえて魔力を抑えて長命化を防ぐ動きもあるほどだ」
魔法はさまざまな力の源だが、魔法使いと呼べるほどの使い手は少ない。重宝される存在になれるのに、魔力を抑えるなんて勿体無いのではないだろうか。
「長命化を防いでどうするんですか?」
「寿命に影響が出るほど魔力を増やした魔法使いがどうやって死ぬと思う?」
「果ての森みたいなところに引き篭もるんじゃないんですか」
街に魔法使いがいるという話はほとんど聞かないから、今日見たばかりの魔法使いを例に上げた。
「引きこもってうまくいった者もいるだろう。しかし記録に名前が残っている者はだいたい狂って討伐されている」
「狂う……」
「取り残されていく間に耐えられなくなるのだろう」
家族が先に死んでいくということだろうか。どうしてそれがつらいことになるのか。わかっているのなら対策できるのではないか。新たな家族を作るとか。
「そういうのは、わからないです。強いなら何でもできるだろうに」
「ネイジェも、オレも、まだ死が身近な年じゃないからわからない。サナンならわかるかもな。始まりは同じだったけど、オレたちはサナンよりも先に寿命を迎えるだろう」
「サナンも、魔力が多いから長生きなんですか」
「そう。悪いな、ネイジェ。お前を養子にしたのは、あのぼんやり狼に気に入られてるかなり年下のアルファだからだよ」
シェンがその気になったから受け入れたのだと思っていた。あまりいい印象を持っていないだろうし、悪い扱いでもないのは公正な人間だからかと。
それに、アルファが嫌いなんじゃないか。領主はオメガで……
「アルファ、だからって」
俺の考えを読んだように鼻で笑う。
「もしかしたら、あいつと同じ時を過ごす可能性があるから。そうじゃなくても、遅く生まれた分はオレやシェンより長生きするだろ。サナンがオレたちにネイジェと縁を結ばせた。少しでもありがたいと思うなら、あいつの話し相手ぐらいになってやってくれ」
穏やかな表情に、いつもサナンの前で皮肉っぽく笑ってる雰囲気はない、本当に大事な友人なのだろう。
「仲が、悪いのかと思っていました」
「ははっ。オレに遠慮のない口をきくのは、シェンとサナンぐらいだから、貴重なんだよ」
普段の圧の強い笑顔ではなく、屈託のない少年のような笑顔だった。三人は同級生だったと聞いている。
サナンは、どんな子どもだったんだろう。想像……できるな。あまり変わってなさそうだ。
この日から、俺は領主を「父上」と呼ぶことになった。
「ネイジェ、次はオレの親に会いに行くぞ」
「親って」
「国王だ」
にやりと笑う顔に、傾きはじめた陽光がぴかりと差す。あまりにも王子様然とした雰囲気に、本物の王子様然だったなと、当たり前のことを思い出す。
「俺を国王……陛下に? 正気ですか」
「リゼバールの後継者にするんだから当然だ。すでに手続きは完了しているから、挨拶が遅すぎるぐらいだ」
「どうして今さら」
「お前の礼儀作法レベルの問題」
「……まだ無理です」
「いけるだろう。基本的には堂々としていればいい。あの賢者どのにも怯んだ様子を見せなかったから、何とかなる」
「試金石にしたということですか」
「難しい言葉を理解している。何も知らなかったのに、半年でよくやった」
「……っ、褒めても」
「できるできる。シェンにも聞いてみたらいい」
「シェンは大丈夫と言うでしょう」
サナンも、シェンも、俺のことを褒めてばかりだ。領主……父上は違うと思っていたけれど、ずいぶん高く評価していることがわかって、戸惑いが強い。
半年前まで人の懐から盗むことで生きていた犯罪者なのに。
「そうだ。オレの兄が少し嫌味な奴でな。嫌味を言われたらひとつ、何かスッていい」
にやりと笑って言うのは、俺の過去を否定するものではなく。でもそれは、隠さなくてはならないことのはずだ。
「はあ?」
「あいつはいかにもアルファらしくてな、オメガの幸せは強いアルファに守られることだと信じている。そういうオメガが多いのはわかるが、オレにもそうあれとうるさいんだ」
「アンタが大人しく守られるようなタマかよ」
思わず出た言葉を止めるように、顎を指先でクイッとあげられた。一瞬で詰められた距離に反応できなかった。貴族にはこんな身体能力が必要なのか?
「上品に」
「父上にそのような評価は不要だと思われますが」
『その通り』
あえての古語だろう。宮廷の行事でのみ使われる古い言葉は、まだ少ししかわからない。俺がわかるように使ってきた。悔しいことに、発音が美しいから聞き取りやすい。
「俺はその技を使うつもりはありません」
「使えるものは使え。このオレから盗めるのは、並大抵のものじゃない。錆びさせるのも勿体ない」
「錆び……って、でも」
「バレなきゃ犯罪じゃない。完璧を目指せ」
まさかそれを推奨してくるとは思わなかった。ならば。
「使いません。絶対に」
「ふーーん」
守ってもらう必要はない。たとえ何かの機会にスリの技を使ったとしても、領主が指示したことにはしない。そういう意味での宣言だった。
意味は通じたようで、ニヤニヤ笑って頭を掻き回された。
あなたにおすすめの小説
家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る
りーさん
ファンタジー
アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。
その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。
そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。
その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。