路地裏に捨てられた絶望アルファは希望を知る

爺誤

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14 強くなって

 帰ると、サナンが孤児院での教育方針の相談に来ていた。まだ正式に任命もしていないのにやる気に満ちている。

「ネイジェ、果ての森に行ったんだね。どうだった?」
「大変そうなところだった。サナンはあんなところで生活していたのか?」
「うん。死にそうになるとババ様……シェンの賢者様が助けてくれたよ。甘えてしまって恥ずかしいけれどね」

「サナンが瀕死になるのか。俺には無理だな」
「まだ子どもだからね」

 まるで子どもじゃなくなれば、あの環境も俺が克服できるような言い方だ。
 果ての森の異名は、命の果てという意味も含んでいる。地図もなく、強い魔獣が跋扈する危険な土地は、誰も好んで足を踏み入れようとはしない。

 シェンがヌヤ魔法学院に入学して初めて、果ての森に人間が住んでいることがわかった。しかし、シェンが賢者の身内だということは隠されている。政治的な何かがあるらしい。

「サナンは、俺が果ての森を一人で歩けるようになると思うのか?」
「ネイジェは強くなるよ。魔法にも敏感だから、魔獣の気配にもすぐに気付けるだろう」

 魔法はまだ理論しか習っていない。けれど、なんとなく使えそうな気はしている。どの程度までやれるようになるかわからないけれど。

「俺が魔法使いになったら、寿命が延びるかな」
「ネイジェなら、なれるだろうね。僕と生きる?」
「え?」
「……うん?」

 軽く告げられた重い提案に驚くと、サナンも自分の言葉に首を傾げていた。

「今のは忘れてくれ、ネイジェ。僕はどうもノリで大事なことを言い過ぎるきらいがあるようだ」
「忘れる。でも、誰にでもそういうのは言わないほうがいい」
「うん。ごめん」

 俺がオメガなら、サナンが運命を感じとっている可能性もある。だけど俺はアルファだ。サナン獣人としての能力は純血並みだと聞いているのに、そこだけはちょっと違うようだ。

「孤児院の話だけど、領主……父上から教育用予算をもらった。サナンに支払えるのはこれぐらいだけど、どう?」
「いいよ。他の教師は見つけてあるの?」
「使用人の身内から何人か来てもらうことになった」
「そう。良かったね」
「ああ」

 孤児院の教師はサナンを含めて三人雇うことになった。予算はまだ余裕があったから増やそうとしたけれど、使い切ると教材を買う金がなくなると指摘されて考え直した。

「孤児院は広いから、もし余裕があったら、近隣の勉強したい子どもに少し金を取って教えるってのはあり?」
「何でもやってみたらいいんだよ。君の孤児院だ」
「俺の……そうか」

 売れば足がつくからと隠していた金の懐中時計、バラして売るという手もあったのに、できなかったのは、あれが綺麗だったからだ。時計の読み方もわからないけど、いつか俺もあんな時計を正当な手段で手に入れたかった。自分だけの宝が、欲しかった。

 いま、俺の手の中に孤児院が与えられた。原石の入った宝石箱だ。

「あいつらを、いいものにしてやれるかな」
「ネイジェならできるよ」

 当たり前のように与えられる言葉が心地いい。
 ずっと、アルファに生まれたところで犯罪者として生きるしかないんだと諦めていた。人目を避けて、闇の中で。

「俺は、スリで……サナンどころかリヤードにもシェンにも勝てないけど」
「今は、だ」

 穏やかに繰り返される、俺の可能性を信じる言葉の雨に、芽吹かないまま腐ろうとしていた何かが膨らんでいく。

「サナン、見届けて。俺がどんな大人になるか」
「そのつもりだ。ネイジェに会った時から、目が離せないから」
「はは、まるで運命のつがいでも見つけたみたいな言い方だ」
「運命のつがい……それは、ちょっと、僕が子ども趣味みたいじゃないか」
「違うの?」
「違う。と、思う」
「ははっ、自信ないのかよ」

 思わず声を上げて笑うと、サナンが俺の顔をまじまじと見つめていた。
 滅多に笑わないから変な顔だったのだろうか。焦って顔を戻すと、首を横に振られた。

「もう一度笑ってみて」
「悪かった。そんなに変な顔だったのか」
「違う。とても可愛かったから、また見たい」
「無理」

 笑顔の作り方は習った。社交の場で笑顔を浮かべることはとても大事だという。たしかに領主は様々な表情を使い分けて、対峙する人間を揺さぶって楽しんでいるけれど。

 サナンが「次の機会を楽しみにしておこう」と呟くから、笑わないようにしようと思う。なぜか無性に恥ずかしい。
 ああでも、うまく表情を作れるようになれば、サナンを慌てさせたりできるのだろうか。それは少し面白そうだ。

「……うん。ネイジェはこれでいい。僕の前だけでいい」

 いつもの無愛想な顔になった俺を見て、サナンがうんうんと頷いた。言っていることが、完全に駄目な大人なんだけど、指摘したほうがいいのかわからない。
 サナンも表情には出ないから、遠目で見れば、俺たちがこんな会話をしているとはわからないだろう。わからないでほしい。これ、俺、口説かれてるようにしか思えないんだけど?

「サナンは俺のことが好きなのか?」
「うん? 好きだよ。どういう好きかは、まだちょっとわからないけど」

 フルーカのほうがまともな答えだった気がする。なんだろう、この気が抜ける感じ。見た目はいかにも頭のいいアルファって感じなのに、中身と違いすぎる。でも……そういうところが面白いと思うから、俺も大概だ。

「俺は好きだよ。サナン。この世界に好きなものなんてないと思ってたけ……ど?」

 諦めと同時に、今の暮らしに満足していることと、きっかけになってくれた感謝を込めて言うと、言い終わる前にサナンが真っ赤になった。

「僕はそう・・だったのかもしれない」
「……好きにも色々あるだろ。アンタがいちばんマシな大人ってことだよ」
「ネイジェの気持ちは理解してる。僕の問題だ」
「俺、アルファだから」
「それは何の障害にもならない。問題は年齢だ」
「マジか。どうしてもしたくなったら準備は念入りに頼む」
「僕が今の君に無理矢理何かするとでも?」
「俺はそういう世界で生きてたからな。力で敵わないやつに目をつけられたら、抵抗しないほうがダメージが少ない」
「絶対にしない」
「あっそ。そうであることを祈るよ」

 軽口を叩きながら、俺が緊張状態になったことはサナンに知られているのだろうと思う。
 ロゴンたちが遊びや制裁目的で弱い人間を嬲るのを見てきたから、そういう目で見られていると思うと嫌だった。早く強くなりたい。強くなれば、無駄な緊張もしなくていいはずだ。

「ネイジェ、強くなって」
「ああ」

 心の中で見つけた解決策をサナンが示した。俺も、かつてなく真剣に強くなろうと決意した。




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