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19 使え
「食事は、いつから始めて良いのでしょうか」
ドーレインはにやけ顔から少し驚いたような表情に変わった。俺の発言が予想外だったようだ。
「……腹が減ったのか?」
「はい。王宮の料理を楽しみにしていました」
立食形式のようで、壁際に並べられたテーブルに続々と料理が並べられていた。とりわけ、肉料理の香りは俺の胃袋を刺激していた。しかし食べようとしている者がなく、飾りにしては凶悪な香りを放っていた。
でも、これを話すつもりはなかった。この場で、隙を見せるつもりはなかったのに。これじゃあ、ただの飢えた子どもだ。
「リヤード、ネイジェにしっかり食わせているのか?」
「食べさせていますよ。ネイジェは育ち盛りだから、いくらでも食べられます」
「そうか。では美味い肉を用意させるから、明日は私と食事をしよう」
「オレは?」
「来たかったら来い」
兄弟の会話がポンポンと進むのがありがたい。ドーレインは奇妙な力を持っている。特に、目を合わせると良くないようだ。一種の催眠能力だろうか。
去っていく後ろ姿を見送り、思いっきり頭を振って、強制力の残り香のようなものを振り払いたいのを堪えた。ちらりとリヤードを見ると、俺を見て笑っている。
彼が知らないはずはない。ドーレインの能力を知っていて、試されていたのだろう、また。
くそ。こうなったら開き直るしかない。
「父上、あの肉料理を食べてもよろしいですか?」
「食べるといい。そこの……」
リヤードが逃げ出せずに固まっている貴族たちの中から、細身で目の細い男を指した。あの中で一番若そうな男だ。
「ティルハ子爵ですよ、父上」
「もう覚えたのか。偉いな、ネイジェ」
悪口に参加していなかった貴族だ。珍しくアルファではないようだった。俺の前で始まったリヤードへの悪口に、居心地悪そうにしていた唯一の人間だ。だけど、あの場にいなかったのにそれを把握しているリヤードが不気味だ。
「ティルハ子爵、ネイジェに料理の取り方を教えてくれるかな?」
「喜んで」
その場から逃げ出せると見たティルハ子爵が、どうぞこちらへと低姿勢で話しかけてくる。細い目を愛想笑いでさらに細くしている。
残された貴族たちはあの性悪領主のオモチャにされるのだろう。ざまあみろ。
「ティルハ子爵はどうしてあの人たちと一緒にいたんですか?」
「ぼくは分家筋でして、逆らってはいけないと刷り込まれているんです」
そうじゃなかったら、あんな奴らと一緒にはいなかったと言いたそうだ。貴族のくせに正直すぎるところに、好感を抱いた。見た目はキツネのようで、少々胡散臭いのだが。
「ネイジェ様に嫌な言葉を聞かせてしまい、申し訳ありませんでした。あの人たちが特別嫌な感じなだけなので、貴族全体を嫌わないでください」
肉料理の皿を差し出しながら謝られては、無下にもできない。腹が減っているのは事実だ。
嫌わないでとの言葉を無視することにして、目の前の料理に集中することにした。
「これは立ったまま食べれば良いんですか?」
「そうです。立食が苦手な方もいらしゃいますからね、美味しそうなのに手をつける方が少ないんですよ。ぼくもいただいて良いですか?」
「どうぞ」
立ち食いが下品とか、そういうことだろうか。料理を用意しているんだから食べればいいのに。貴族のやることはわからない。
俺たちが食べ始めると、ほかにも食べる者が現れた。
「パーティの主役か、主役より偉い方が手をつけないと食べられないんです。ネイジェ様のおかげで、ぼくもいただけて嬉しいです」
「それは、初耳です」
このパーティの主役は俺、それより偉いのは国王と王太子ドーレイン、そしてリヤードだけだ。それぞれの伴侶……王妃も王太子妃も参加していない。
リヤードもドーレインも、俺がどうするか見ていたということか。苛ついた気持ちが出てしまったのか、ティルハ子爵が慌ててフォローした。
「いつのまにか決まったルールのようで、正式な作法ではありません」
「そうですか。ティルハ子爵はそういったことに詳しいのですね」
「うちみたいな弱小貴族は、周りを見て生き残っていくのが大事なので」
貴族の中にも幼い孤児たちのような奴がいるようだ。中途半端に立場がある奴より、目端が利くのだろう。
「ネイジェ様は綺麗にお食べになりますね。立食をしない貴族の中には、どうしても立ったままではうまく食べられない人もいるんですよ」
そして、こいつは俺につくことを決めたようだ。さっき一緒にいた奴らは落ちぶれるだろうから、乗り換えるつもりなのだろう。なかなか抜け目がない。
「……ティルハ子爵、リゼバールに来たことはありますか」
「一度伺ってみたいと思っていました」
食い気味に返され、内心で笑う。
「父上に任された事業があり、人手を募っているところなんですが」
「お力になれると思います」
また、最後まで言う前に。
無礼だと指摘してもいいけれど、嫌じゃないから会話を続けた。
「リゼバールは遠いところですが、領地のほうはよろしいのですか?」
「私の領地は小さいながらも安定していまして、優秀な家令が取り仕切ってくれています」
ティルハ子爵が自由に動けるほど部下が育っているなら、そういう人材育成の仕方も知っているだろう。ただの思いつきだったのに、多少は期待できるかもしれない。
俺がリゼバールで知っているのは領主の城か孤児院のどちらかだ。サナンにこれ以上何かを頼むのは、なんとなく……嫌だった。教師役で十分だ。
今はまだ、他人に頼らなくてはならない部分が多いけれど、いずれは自分の力で誰もが認める一人の人間になりたい。
ーー「頼る」んじゃない、「使え」
ふっと、意味の理解できなかった言葉が蘇る。
お前は領主の子どもになったのだと言われても、子のいない二人にとって、ちょうどよく現れた子どもだったからだという思いは消えなかった。だから、本気であの街が俺のものになるかもしれないなんて、信じていなかった。
信じられるのは自分自身だけで……
ただ、初めて優しくされた手があることしか見えなかった。与えられた環境に溺れないことしか考えられなくて、その先があるなんて。
「いずれリゼバールの主になられるネイジェ様のお役に立ちたいんです」
ドーレインはにやけ顔から少し驚いたような表情に変わった。俺の発言が予想外だったようだ。
「……腹が減ったのか?」
「はい。王宮の料理を楽しみにしていました」
立食形式のようで、壁際に並べられたテーブルに続々と料理が並べられていた。とりわけ、肉料理の香りは俺の胃袋を刺激していた。しかし食べようとしている者がなく、飾りにしては凶悪な香りを放っていた。
でも、これを話すつもりはなかった。この場で、隙を見せるつもりはなかったのに。これじゃあ、ただの飢えた子どもだ。
「リヤード、ネイジェにしっかり食わせているのか?」
「食べさせていますよ。ネイジェは育ち盛りだから、いくらでも食べられます」
「そうか。では美味い肉を用意させるから、明日は私と食事をしよう」
「オレは?」
「来たかったら来い」
兄弟の会話がポンポンと進むのがありがたい。ドーレインは奇妙な力を持っている。特に、目を合わせると良くないようだ。一種の催眠能力だろうか。
去っていく後ろ姿を見送り、思いっきり頭を振って、強制力の残り香のようなものを振り払いたいのを堪えた。ちらりとリヤードを見ると、俺を見て笑っている。
彼が知らないはずはない。ドーレインの能力を知っていて、試されていたのだろう、また。
くそ。こうなったら開き直るしかない。
「父上、あの肉料理を食べてもよろしいですか?」
「食べるといい。そこの……」
リヤードが逃げ出せずに固まっている貴族たちの中から、細身で目の細い男を指した。あの中で一番若そうな男だ。
「ティルハ子爵ですよ、父上」
「もう覚えたのか。偉いな、ネイジェ」
悪口に参加していなかった貴族だ。珍しくアルファではないようだった。俺の前で始まったリヤードへの悪口に、居心地悪そうにしていた唯一の人間だ。だけど、あの場にいなかったのにそれを把握しているリヤードが不気味だ。
「ティルハ子爵、ネイジェに料理の取り方を教えてくれるかな?」
「喜んで」
その場から逃げ出せると見たティルハ子爵が、どうぞこちらへと低姿勢で話しかけてくる。細い目を愛想笑いでさらに細くしている。
残された貴族たちはあの性悪領主のオモチャにされるのだろう。ざまあみろ。
「ティルハ子爵はどうしてあの人たちと一緒にいたんですか?」
「ぼくは分家筋でして、逆らってはいけないと刷り込まれているんです」
そうじゃなかったら、あんな奴らと一緒にはいなかったと言いたそうだ。貴族のくせに正直すぎるところに、好感を抱いた。見た目はキツネのようで、少々胡散臭いのだが。
「ネイジェ様に嫌な言葉を聞かせてしまい、申し訳ありませんでした。あの人たちが特別嫌な感じなだけなので、貴族全体を嫌わないでください」
肉料理の皿を差し出しながら謝られては、無下にもできない。腹が減っているのは事実だ。
嫌わないでとの言葉を無視することにして、目の前の料理に集中することにした。
「これは立ったまま食べれば良いんですか?」
「そうです。立食が苦手な方もいらしゃいますからね、美味しそうなのに手をつける方が少ないんですよ。ぼくもいただいて良いですか?」
「どうぞ」
立ち食いが下品とか、そういうことだろうか。料理を用意しているんだから食べればいいのに。貴族のやることはわからない。
俺たちが食べ始めると、ほかにも食べる者が現れた。
「パーティの主役か、主役より偉い方が手をつけないと食べられないんです。ネイジェ様のおかげで、ぼくもいただけて嬉しいです」
「それは、初耳です」
このパーティの主役は俺、それより偉いのは国王と王太子ドーレイン、そしてリヤードだけだ。それぞれの伴侶……王妃も王太子妃も参加していない。
リヤードもドーレインも、俺がどうするか見ていたということか。苛ついた気持ちが出てしまったのか、ティルハ子爵が慌ててフォローした。
「いつのまにか決まったルールのようで、正式な作法ではありません」
「そうですか。ティルハ子爵はそういったことに詳しいのですね」
「うちみたいな弱小貴族は、周りを見て生き残っていくのが大事なので」
貴族の中にも幼い孤児たちのような奴がいるようだ。中途半端に立場がある奴より、目端が利くのだろう。
「ネイジェ様は綺麗にお食べになりますね。立食をしない貴族の中には、どうしても立ったままではうまく食べられない人もいるんですよ」
そして、こいつは俺につくことを決めたようだ。さっき一緒にいた奴らは落ちぶれるだろうから、乗り換えるつもりなのだろう。なかなか抜け目がない。
「……ティルハ子爵、リゼバールに来たことはありますか」
「一度伺ってみたいと思っていました」
食い気味に返され、内心で笑う。
「父上に任された事業があり、人手を募っているところなんですが」
「お力になれると思います」
また、最後まで言う前に。
無礼だと指摘してもいいけれど、嫌じゃないから会話を続けた。
「リゼバールは遠いところですが、領地のほうはよろしいのですか?」
「私の領地は小さいながらも安定していまして、優秀な家令が取り仕切ってくれています」
ティルハ子爵が自由に動けるほど部下が育っているなら、そういう人材育成の仕方も知っているだろう。ただの思いつきだったのに、多少は期待できるかもしれない。
俺がリゼバールで知っているのは領主の城か孤児院のどちらかだ。サナンにこれ以上何かを頼むのは、なんとなく……嫌だった。教師役で十分だ。
今はまだ、他人に頼らなくてはならない部分が多いけれど、いずれは自分の力で誰もが認める一人の人間になりたい。
ーー「頼る」んじゃない、「使え」
ふっと、意味の理解できなかった言葉が蘇る。
お前は領主の子どもになったのだと言われても、子のいない二人にとって、ちょうどよく現れた子どもだったからだという思いは消えなかった。だから、本気であの街が俺のものになるかもしれないなんて、信じていなかった。
信じられるのは自分自身だけで……
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