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20 選んだ
「いずれリゼバールの主になられるネイジェ様のお役に立ちたいんです」
彼もまた、目先の厄介ごとから目を逸らしたいだけだろう。だけど、最初から自分を「使え」と言ってくる相手は初めてだ……いや、サナンが教師に立候補した時もそうだったか。
何かになれると信じて、何者にもなれずに死ぬはずだった俺が。
周りを見回せば、腹の満ちた奴らが笑みを浮かべて俺を見ている。運がいいだけの孤児だと蔑まれていると思っていたけれど、王族に迎えるという文言通りに受け入れる者もいるということか。
なら、使えるものを使ってみよう。もとより、自分以外は何も持たなかった俺が、大きなものを手に入れたのだから。
「よろしくお願いします、ティルハ子爵」
狐のようなティルハ子爵の目が、俺を品定めするようにじっと見ていた。
◇
腹を満たしてリヤードの元に戻ると、いかにもアルファの貴族たちに囲まれていた。アルファたちは気を引こうと必死だが、リヤードは軽くあしらって遊んでいる。
俺に気付いた者が、リヤードの視線から遮るように立ち位置を変えてきた。子どもはお呼びじゃないとでも言いたげだ。
そんなことをされたら、邪魔をしたくなるじゃないか。
わざとかき分けるように身体を捩じ込んで声をかけた。
「父上」
「ネイジェ、戻ったのか」
「はい。腹が満たされて眠くなりました。退出してもよろしいですか?」
「国王陛下への挨拶は済ませているから、構わない」
「一人では不安なので、父上も一緒に来ていただけますか?」
胸元で両手を組んで、上目遣いをした。
フルーカが、俺に何かをねだるときによくやっていたポーズだ。俺がやっても可愛げはないだろうが、リヤードなら乗ってくれるだろう。
案の定、にやりと笑って、俺の肩を抱いた。
「眠りにつくまで絵本でも読んでやろう」
自分で招いた事態とはいえ、馴れ馴れしく肩を抱かれて歩くのが苦痛だ。でもここでは、リヤードに愛されているという事実が必要だ。本物の王族ではなくても許された権利を主張するために。
国王と王太子に退出の挨拶をして部屋に戻る。
「お前は想像以上だ、ネイジェ。サナンに感謝したくなる」
「俺は、俺のやりたいようにやるだけです」
サナンに感謝するのは俺だ。何もなかった俺に、誰に怯えることのない生活と最高の身分をくれた。
「ふーん、サナンのどこがそんなにいいんだ? おまえ、獣人嫌いだったんだろ」
我が物顔で、俺にあてがわれた部屋のソファで寛ぎながら、リヤードが尋ねてきた。靴を脱いで床に落とし、足を肘置きにどかっと乗せている。俺には礼儀作法をうるさく言うのに。
「いい……って、何のことですか。獣人に対する考え方は変わりました。前は、何も知らなかったから」
「ふ、上等じゃないか。オレは軌道修正するのに年単位で時間がかかった」
サナンとリヤード、シェンの三人は学院で同級生だったと聞いている。幼いリヤードはさぞかし生意気だっただろう。身分が高いから当然といえば当然なのだが。
「シェンがいたから、変われたんだ。初めてシェンに会った時の衝撃は大きかった。綺麗なものを見慣れているこのオレが、初めて何もかも美しいと思ったんだから」
この話は何回も聞かされた。シェンからもリヤードが可愛かったという話を聞かされている。
短期間で貴族の中に混ざれるほどの礼儀作法と一般教養を学ばされながら、彼らの惚気話も聞いて……俺がアルファじゃなかったら頭が爆発して死んでいただろう。詰め込まれた量が尋常じゃない。
王宮に滞在している間もそれなりにやることがあるけれど、リゼバールよりはずっと楽だった。
「サナンと取り合いになったのは焦ったが、シェンがオレを選んだのは……」
「えっ?」
「ん?」
「サナンがシェンのことを?」
「そうだ。聞いたことなかったか?」
「初めて聞いた。サナンがシェンを……」
「子どもの淡い初恋ってやつだ。好意は間違いなかったが、オレのことも好きだから諦められるとか寝ぼけたことを言ってた。狼が番と定めたなら、そんな簡単に済むはずがない」
「寝ぼけ……って、サナンに失礼だろ、っと、失礼でしょう」
「あんなボケた獣人滅多にいない。小さいものが好きなのかもな」
俺の頭からつま先を見て、小さいもの、と言われた。
今は過保護なぐらいのサナンだが、俺が大きくなったら変わるのだろうか。変わって……興味を失われるたら、少し嫌だな。
「サナンより大きくならなければ……なんでもありません」
思わず口に出た願望に、自分の弱さがある気がした。守られることを望んでいないはずなのに、手を離されることが嫌だなんて、おかしいじゃないか。
「あいつより大きくなるのは難しい。無駄にひょろひょろ長いんだから」
「ひょろひょろという表現は当てはまらないと思います」
人間に近い外見だけど、サナンの筋肉は人間とは違う。
「俺が同じだけの筋力になったらどんな体格になるんだろう」
「筋肉をつけすぎると脳みそまで筋肉になる。やめとけ」
「多少は必要です」
「それならしっかり食べておけば良い。兄上も肉が好きだから、楽しみにしておけ」
王太子ドーレインに誘われた食事のことだ。
「彼の方の能力は、何ですか」
「王家の血筋に現れる能力のうちの一つだ。滅多に現れないから、兄上が持っているとは思わなかった。ずっと離れて暮らしているからな」
「はあ」
「おまえなら抵抗できるさ。飲み込まれるなよ」
「はい」
彼もまた、目先の厄介ごとから目を逸らしたいだけだろう。だけど、最初から自分を「使え」と言ってくる相手は初めてだ……いや、サナンが教師に立候補した時もそうだったか。
何かになれると信じて、何者にもなれずに死ぬはずだった俺が。
周りを見回せば、腹の満ちた奴らが笑みを浮かべて俺を見ている。運がいいだけの孤児だと蔑まれていると思っていたけれど、王族に迎えるという文言通りに受け入れる者もいるということか。
なら、使えるものを使ってみよう。もとより、自分以外は何も持たなかった俺が、大きなものを手に入れたのだから。
「よろしくお願いします、ティルハ子爵」
狐のようなティルハ子爵の目が、俺を品定めするようにじっと見ていた。
◇
腹を満たしてリヤードの元に戻ると、いかにもアルファの貴族たちに囲まれていた。アルファたちは気を引こうと必死だが、リヤードは軽くあしらって遊んでいる。
俺に気付いた者が、リヤードの視線から遮るように立ち位置を変えてきた。子どもはお呼びじゃないとでも言いたげだ。
そんなことをされたら、邪魔をしたくなるじゃないか。
わざとかき分けるように身体を捩じ込んで声をかけた。
「父上」
「ネイジェ、戻ったのか」
「はい。腹が満たされて眠くなりました。退出してもよろしいですか?」
「国王陛下への挨拶は済ませているから、構わない」
「一人では不安なので、父上も一緒に来ていただけますか?」
胸元で両手を組んで、上目遣いをした。
フルーカが、俺に何かをねだるときによくやっていたポーズだ。俺がやっても可愛げはないだろうが、リヤードなら乗ってくれるだろう。
案の定、にやりと笑って、俺の肩を抱いた。
「眠りにつくまで絵本でも読んでやろう」
自分で招いた事態とはいえ、馴れ馴れしく肩を抱かれて歩くのが苦痛だ。でもここでは、リヤードに愛されているという事実が必要だ。本物の王族ではなくても許された権利を主張するために。
国王と王太子に退出の挨拶をして部屋に戻る。
「お前は想像以上だ、ネイジェ。サナンに感謝したくなる」
「俺は、俺のやりたいようにやるだけです」
サナンに感謝するのは俺だ。何もなかった俺に、誰に怯えることのない生活と最高の身分をくれた。
「ふーん、サナンのどこがそんなにいいんだ? おまえ、獣人嫌いだったんだろ」
我が物顔で、俺にあてがわれた部屋のソファで寛ぎながら、リヤードが尋ねてきた。靴を脱いで床に落とし、足を肘置きにどかっと乗せている。俺には礼儀作法をうるさく言うのに。
「いい……って、何のことですか。獣人に対する考え方は変わりました。前は、何も知らなかったから」
「ふ、上等じゃないか。オレは軌道修正するのに年単位で時間がかかった」
サナンとリヤード、シェンの三人は学院で同級生だったと聞いている。幼いリヤードはさぞかし生意気だっただろう。身分が高いから当然といえば当然なのだが。
「シェンがいたから、変われたんだ。初めてシェンに会った時の衝撃は大きかった。綺麗なものを見慣れているこのオレが、初めて何もかも美しいと思ったんだから」
この話は何回も聞かされた。シェンからもリヤードが可愛かったという話を聞かされている。
短期間で貴族の中に混ざれるほどの礼儀作法と一般教養を学ばされながら、彼らの惚気話も聞いて……俺がアルファじゃなかったら頭が爆発して死んでいただろう。詰め込まれた量が尋常じゃない。
王宮に滞在している間もそれなりにやることがあるけれど、リゼバールよりはずっと楽だった。
「サナンと取り合いになったのは焦ったが、シェンがオレを選んだのは……」
「えっ?」
「ん?」
「サナンがシェンのことを?」
「そうだ。聞いたことなかったか?」
「初めて聞いた。サナンがシェンを……」
「子どもの淡い初恋ってやつだ。好意は間違いなかったが、オレのことも好きだから諦められるとか寝ぼけたことを言ってた。狼が番と定めたなら、そんな簡単に済むはずがない」
「寝ぼけ……って、サナンに失礼だろ、っと、失礼でしょう」
「あんなボケた獣人滅多にいない。小さいものが好きなのかもな」
俺の頭からつま先を見て、小さいもの、と言われた。
今は過保護なぐらいのサナンだが、俺が大きくなったら変わるのだろうか。変わって……興味を失われるたら、少し嫌だな。
「サナンより大きくならなければ……なんでもありません」
思わず口に出た願望に、自分の弱さがある気がした。守られることを望んでいないはずなのに、手を離されることが嫌だなんて、おかしいじゃないか。
「あいつより大きくなるのは難しい。無駄にひょろひょろ長いんだから」
「ひょろひょろという表現は当てはまらないと思います」
人間に近い外見だけど、サナンの筋肉は人間とは違う。
「俺が同じだけの筋力になったらどんな体格になるんだろう」
「筋肉をつけすぎると脳みそまで筋肉になる。やめとけ」
「多少は必要です」
「それならしっかり食べておけば良い。兄上も肉が好きだから、楽しみにしておけ」
王太子ドーレインに誘われた食事のことだ。
「彼の方の能力は、何ですか」
「王家の血筋に現れる能力のうちの一つだ。滅多に現れないから、兄上が持っているとは思わなかった。ずっと離れて暮らしているからな」
「はあ」
「おまえなら抵抗できるさ。飲み込まれるなよ」
「はい」
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