路地裏に捨てられた絶望アルファは希望を知る

爺誤

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22 綺麗事と現実

 気付かれないようにため息を吐いて力を抜き、ふと横を見ると寝台の脇に腕を組んだリヤードが立っていた。いつの間に来たのか全く気付かなかった。

「そこまでです、兄上」
「リヤード? これは同意だからいいんだ。引っ込んでろ」
「ネイジェの保護者はオレですよ。成人するまでは許しません」
「ネイジェ、これは同意だな?」

 問いかけに、二人を秤にかけると、権力の大きいほうに傾いた。時期国王と関係を持ったら得が多そうだ。

「……はい」
「ネイジェ、サナンの前でも言えるのか?」
「減るものじゃ、ないし」
「減るぞ。少なくとも、ゴロツキから守ったサナンの気持ちが萎える」

 サナンの名前を出されると少し気になってしまう。だけど黙っていればわからないだろう。多少臭いがついても、帰るころには消えているだろうし。

「リヤード、出ていけ」
「兄上、灰色狼は厄介ですよ」

「おまえの友人か。ネイジェはオメガだったのか? それならまだつがいにはなっていないだろうし、万が一この子をつがいと認めていたとしても、他の男に犯されたら諦めるだろう」

 身体を起こしたドーレインが、後ろから俺を引き寄せてうなじを確認する。耳に生温かい息がかかって気持ち悪い。この状況でもドーレインは続けようとしている。リヤードの言うことを聞くのは悔しいという感情も混ざってそうだ。

「諦めなければどうなると思います?」
「……面倒だな」

 ドーレインを黙らせたリヤードが俺に視線を移した。

「ネイジェ。誰かの庇護を当てにするな」

「俺は……うっ」

 答えようとした俺の項にドーレインが軽く歯を立てた。驚くほどの嫌悪感が沸きあがあって必死でこらえた。

「優しくしてやる」

 リヤードの目の前でそんなことをされて、彼の呆れたまなざしはどちらに向けられたものなのか。

「ネイジェ、シェンとサナンに全部見られてるぞ?」

 リヤードを守る魔道具は多種多様で、その場の光景を映すものもあった。彼の胸元のブローチが鈍く光っている。
 行かない代わりに見てるね、と言っていたシェンを思い出す。
 そこに、サナンも。

 俺は後ろから抱えてきているドーレインに後頭部を思いっきり打ちつけた。顎に当たったらしく、俺から手を離して悶絶した。
 頭にかかっていた靄が薄れる。

「あ……まずいんじゃないか、これ」
「まずくない。子どもに手を出すのは王族でも罪に問われるから」
「子ども……」

 ぐいっとリヤードに引き寄せられて、その上着で身体を覆われた。ぼーっと言葉を繰り返すと、耳を引っ張って。

「おまえは、子どもだ! ネイジェ!」
「え」
「とりあえず来い。子どもに手を出す兄上にもドン引きだが、おまえもダメだ! オレの後継者としての自覚を持て!」

 来い、と言いつつ、俺を小脇に抱えて足音を立てて扉を蹴った。ドーレインがどうなったか見回すと、顎をさすりながらひらひらと手を振っている。怒りや不満があるようには見えない。あれは、どういうことなのか。

 あてがわれた部屋のベッドにポイっと投げられて、上から服が落とされる。着ろということだろう。
 もぞもぞと着ていくうちに、異常な状況だったことを実感していく。俺はまだ十歳と少し。体格が良くなったとはいえ、小柄な成人とまで言えない程度には小さい。子どもを狙う大人はまともではない。
 リヤードの兄がそうだったというのは少し驚きだったが。

 そのリヤードは、寝台の横にある椅子に座り、眉間を揉んでブツブツ言っている。耳飾りが光っているから、シェンと話しているのかもしれない。
 シェンもサナンも見ていたというのは、頭の痛い問題だ。
 俺にとって俺は守るべき対象じゃないけれど、彼らにとっての俺は弱くて守らなくてはならない対象のようだから。

「ネイジェ、シェンとサナンがまずは帰ってこいと言っている」
「明日も何か予定がありましたよね」
「外せない用事じゃない。国王の承認も得られたから、無理に人気取りをする必要もない」

「そういうものですか」
「兄上の能力があるとはいえ、完全なものではないはずだ。何で乗ったんだ?」
「俺が持っているのはこの身体だけだから。条件としては悪くない、ですよね」

「孤児院の連中に言えるのか」
「相手が国王なら褒められるかもしれません」
「教典の前書きを」
「強さは肉体のみにあらず、幼きを守り、全てのものを愛せ。神は愛する者を愛する」

 初めて見た時、笑いを堪えるのが難しかった。綺麗事の神様。
 俺たち捨てられた子どもたちは、すぐに死んだ。生きるほうが普通じゃなかった。あのロゴンだけが、自分の利益のためとはいえ、俺たちに生きる道を与えていた。
 綺麗な世界に生きるサナンやリヤード、そしてシェン。
 引っ張り上げられて、明るいところで生き直そうとしたところで、俺の手は、足は、ずっと闇の中にある。洗っても洗っても消えない闇は、足に焼き付けられた名前のように。

「でもさ、幼きは守られなかった。死んだ子どもはみんな燃やして終わりだ。何も残らない。死んだら終わり」
「ネイジェ」

 もしかしたら、今の状態が俺の人生でいちばん幸せな時かもしれない。腹が減ったら食って、何かを盗られたり殴られる心配もなく眠れて。
 生まれた時からそんな生活をしている人間には、魂にこびりついたような闇がわからないだろう。穢れでもなく、ただ、形が違うんだと思う。でも、理解してほしいとも思わない。

「俺はあんたらの気まぐれでここにいる。気まぐれを起こすやつが多ければ多いほど、俺の生活を保証するあてが増える。……自分の無力さは嫌ってほど思い知ってるけど、王太子の誘いに乗ったら、あんたらを失うっていうならやめとくから。悪かった」

 今の生活に文句がないことは間違いない。だから、この生活をくれている人間のやり方に従う。

「……ネイジェ、先にリゼバールに戻れ。おまえの考えは理解したが、容認できるものじゃない。だけど、オレのやり方を押し付けていい問題でもない」

 押し付けてくれるほうが気楽なのだが、余計なことを話してしまったかもしれない。あいつ……王太子ドーレインの影響が残っていたのだろうか。

 王宮の中で魔法を使うのは避けると言っていたリヤードが、手のひら大の水晶を手渡してきた。水晶といっても、魔法を閉じ込めた石だ。これはシェンが持っているものと同じだ。シェンは実家……果ての森に行くものだと言っていたけれど。

「それはリゼバールに飛ぶ。サナンが用意したものだ」
「飛ばなきゃいけませんか」
「これ以上ややこしくなる前に行け」
「はい」

 仕方なく、俺は石を割った。
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