22 / 23
22 綺麗事と現実
気付かれないようにため息を吐いて力を抜き、ふと横を見ると寝台の脇に腕を組んだリヤードが立っていた。いつの間に来たのか全く気付かなかった。
「そこまでです、兄上」
「リヤード? これは同意だからいいんだ。引っ込んでろ」
「ネイジェの保護者はオレですよ。成人するまでは許しません」
「ネイジェ、これは同意だな?」
問いかけに、二人を秤にかけると、権力の大きいほうに傾いた。時期国王と関係を持ったら得が多そうだ。
「……はい」
「ネイジェ、サナンの前でも言えるのか?」
「減るものじゃ、ないし」
「減るぞ。少なくとも、ゴロツキから守ったサナンの気持ちが萎える」
サナンの名前を出されると少し気になってしまう。だけど黙っていればわからないだろう。多少臭いがついても、帰るころには消えているだろうし。
「リヤード、出ていけ」
「兄上、灰色狼は厄介ですよ」
「おまえの友人か。ネイジェはオメガだったのか? それならまだつがいにはなっていないだろうし、万が一この子をつがいと認めていたとしても、他の男に犯されたら諦めるだろう」
身体を起こしたドーレインが、後ろから俺を引き寄せてうなじを確認する。耳に生温かい息がかかって気持ち悪い。この状況でもドーレインは続けようとしている。リヤードの言うことを聞くのは悔しいという感情も混ざってそうだ。
「諦めなければどうなると思います?」
「……面倒だな」
ドーレインを黙らせたリヤードが俺に視線を移した。
「ネイジェ。誰かの庇護を当てにするな」
「俺は……うっ」
答えようとした俺の項にドーレインが軽く歯を立てた。驚くほどの嫌悪感が沸きあがあって必死でこらえた。
「優しくしてやる」
リヤードの目の前でそんなことをされて、彼の呆れたまなざしはどちらに向けられたものなのか。
「ネイジェ、シェンとサナンに全部見られてるぞ?」
リヤードを守る魔道具は多種多様で、その場の光景を映すものもあった。彼の胸元のブローチが鈍く光っている。
行かない代わりに見てるね、と言っていたシェンを思い出す。
そこに、サナンも。
俺は後ろから抱えてきているドーレインに後頭部を思いっきり打ちつけた。顎に当たったらしく、俺から手を離して悶絶した。
頭にかかっていた靄が薄れる。
「あ……まずいんじゃないか、これ」
「まずくない。子どもに手を出すのは王族でも罪に問われるから」
「子ども……」
ぐいっとリヤードに引き寄せられて、その上着で身体を覆われた。ぼーっと言葉を繰り返すと、耳を引っ張って。
「おまえは、子どもだ! ネイジェ!」
「え」
「とりあえず来い。子どもに手を出す兄上にもドン引きだが、おまえもダメだ! オレの後継者としての自覚を持て!」
来い、と言いつつ、俺を小脇に抱えて足音を立てて扉を蹴った。ドーレインがどうなったか見回すと、顎をさすりながらひらひらと手を振っている。怒りや不満があるようには見えない。あれは、どういうことなのか。
あてがわれた部屋のベッドにポイっと投げられて、上から服が落とされる。着ろということだろう。
もぞもぞと着ていくうちに、異常な状況だったことを実感していく。俺はまだ十歳と少し。体格が良くなったとはいえ、小柄な成人とまで言えない程度には小さい。子どもを狙う大人はまともではない。
リヤードの兄がそうだったというのは少し驚きだったが。
そのリヤードは、寝台の横にある椅子に座り、眉間を揉んでブツブツ言っている。耳飾りが光っているから、シェンと話しているのかもしれない。
シェンもサナンも見ていたというのは、頭の痛い問題だ。
俺にとって俺は守るべき対象じゃないけれど、彼らにとっての俺は弱くて守らなくてはならない対象のようだから。
「ネイジェ、シェンとサナンがまずは帰ってこいと言っている」
「明日も何か予定がありましたよね」
「外せない用事じゃない。国王の承認も得られたから、無理に人気取りをする必要もない」
「そういうものですか」
「兄上の能力があるとはいえ、完全なものではないはずだ。何で乗ったんだ?」
「俺が持っているのはこの身体だけだから。条件としては悪くない、ですよね」
「孤児院の連中に言えるのか」
「相手が国王なら褒められるかもしれません」
「教典の前書きを」
「強さは肉体のみにあらず、幼きを守り、全てのものを愛せ。神は愛する者を愛する」
初めて見た時、笑いを堪えるのが難しかった。綺麗事の神様。
俺たち捨てられた子どもたちは、すぐに死んだ。生きるほうが普通じゃなかった。あのロゴンだけが、自分の利益のためとはいえ、俺たちに生きる道を与えていた。
綺麗な世界に生きるサナンやリヤード、そしてシェン。
引っ張り上げられて、明るいところで生き直そうとしたところで、俺の手は、足は、ずっと闇の中にある。洗っても洗っても消えない闇は、足に焼き付けられた名前のように。
「でもさ、幼きは守られなかった。死んだ子どもはみんな燃やして終わりだ。何も残らない。死んだら終わり」
「ネイジェ」
もしかしたら、今の状態が俺の人生でいちばん幸せな時かもしれない。腹が減ったら食って、何かを盗られたり殴られる心配もなく眠れて。
生まれた時からそんな生活をしている人間には、魂にこびりついたような闇がわからないだろう。穢れでもなく、ただ、形が違うんだと思う。でも、理解してほしいとも思わない。
「俺はあんたらの気まぐれでここにいる。気まぐれを起こすやつが多ければ多いほど、俺の生活を保証するあてが増える。……自分の無力さは嫌ってほど思い知ってるけど、王太子の誘いに乗ったら、あんたらを失うっていうならやめとくから。悪かった」
今の生活に文句がないことは間違いない。だから、この生活をくれている人間のやり方に従う。
「……ネイジェ、先にリゼバールに戻れ。おまえの考えは理解したが、容認できるものじゃない。だけど、オレのやり方を押し付けていい問題でもない」
押し付けてくれるほうが気楽なのだが、余計なことを話してしまったかもしれない。あいつ……王太子ドーレインの影響が残っていたのだろうか。
王宮の中で魔法を使うのは避けると言っていたリヤードが、手のひら大の水晶を手渡してきた。水晶といっても、魔法を閉じ込めた石だ。これはシェンが持っているものと同じだ。シェンは実家……果ての森に行くものだと言っていたけれど。
「それはリゼバールに飛ぶ。サナンが用意したものだ」
「飛ばなきゃいけませんか」
「これ以上ややこしくなる前に行け」
「はい」
仕方なく、俺は石を割った。
「そこまでです、兄上」
「リヤード? これは同意だからいいんだ。引っ込んでろ」
「ネイジェの保護者はオレですよ。成人するまでは許しません」
「ネイジェ、これは同意だな?」
問いかけに、二人を秤にかけると、権力の大きいほうに傾いた。時期国王と関係を持ったら得が多そうだ。
「……はい」
「ネイジェ、サナンの前でも言えるのか?」
「減るものじゃ、ないし」
「減るぞ。少なくとも、ゴロツキから守ったサナンの気持ちが萎える」
サナンの名前を出されると少し気になってしまう。だけど黙っていればわからないだろう。多少臭いがついても、帰るころには消えているだろうし。
「リヤード、出ていけ」
「兄上、灰色狼は厄介ですよ」
「おまえの友人か。ネイジェはオメガだったのか? それならまだつがいにはなっていないだろうし、万が一この子をつがいと認めていたとしても、他の男に犯されたら諦めるだろう」
身体を起こしたドーレインが、後ろから俺を引き寄せてうなじを確認する。耳に生温かい息がかかって気持ち悪い。この状況でもドーレインは続けようとしている。リヤードの言うことを聞くのは悔しいという感情も混ざってそうだ。
「諦めなければどうなると思います?」
「……面倒だな」
ドーレインを黙らせたリヤードが俺に視線を移した。
「ネイジェ。誰かの庇護を当てにするな」
「俺は……うっ」
答えようとした俺の項にドーレインが軽く歯を立てた。驚くほどの嫌悪感が沸きあがあって必死でこらえた。
「優しくしてやる」
リヤードの目の前でそんなことをされて、彼の呆れたまなざしはどちらに向けられたものなのか。
「ネイジェ、シェンとサナンに全部見られてるぞ?」
リヤードを守る魔道具は多種多様で、その場の光景を映すものもあった。彼の胸元のブローチが鈍く光っている。
行かない代わりに見てるね、と言っていたシェンを思い出す。
そこに、サナンも。
俺は後ろから抱えてきているドーレインに後頭部を思いっきり打ちつけた。顎に当たったらしく、俺から手を離して悶絶した。
頭にかかっていた靄が薄れる。
「あ……まずいんじゃないか、これ」
「まずくない。子どもに手を出すのは王族でも罪に問われるから」
「子ども……」
ぐいっとリヤードに引き寄せられて、その上着で身体を覆われた。ぼーっと言葉を繰り返すと、耳を引っ張って。
「おまえは、子どもだ! ネイジェ!」
「え」
「とりあえず来い。子どもに手を出す兄上にもドン引きだが、おまえもダメだ! オレの後継者としての自覚を持て!」
来い、と言いつつ、俺を小脇に抱えて足音を立てて扉を蹴った。ドーレインがどうなったか見回すと、顎をさすりながらひらひらと手を振っている。怒りや不満があるようには見えない。あれは、どういうことなのか。
あてがわれた部屋のベッドにポイっと投げられて、上から服が落とされる。着ろということだろう。
もぞもぞと着ていくうちに、異常な状況だったことを実感していく。俺はまだ十歳と少し。体格が良くなったとはいえ、小柄な成人とまで言えない程度には小さい。子どもを狙う大人はまともではない。
リヤードの兄がそうだったというのは少し驚きだったが。
そのリヤードは、寝台の横にある椅子に座り、眉間を揉んでブツブツ言っている。耳飾りが光っているから、シェンと話しているのかもしれない。
シェンもサナンも見ていたというのは、頭の痛い問題だ。
俺にとって俺は守るべき対象じゃないけれど、彼らにとっての俺は弱くて守らなくてはならない対象のようだから。
「ネイジェ、シェンとサナンがまずは帰ってこいと言っている」
「明日も何か予定がありましたよね」
「外せない用事じゃない。国王の承認も得られたから、無理に人気取りをする必要もない」
「そういうものですか」
「兄上の能力があるとはいえ、完全なものではないはずだ。何で乗ったんだ?」
「俺が持っているのはこの身体だけだから。条件としては悪くない、ですよね」
「孤児院の連中に言えるのか」
「相手が国王なら褒められるかもしれません」
「教典の前書きを」
「強さは肉体のみにあらず、幼きを守り、全てのものを愛せ。神は愛する者を愛する」
初めて見た時、笑いを堪えるのが難しかった。綺麗事の神様。
俺たち捨てられた子どもたちは、すぐに死んだ。生きるほうが普通じゃなかった。あのロゴンだけが、自分の利益のためとはいえ、俺たちに生きる道を与えていた。
綺麗な世界に生きるサナンやリヤード、そしてシェン。
引っ張り上げられて、明るいところで生き直そうとしたところで、俺の手は、足は、ずっと闇の中にある。洗っても洗っても消えない闇は、足に焼き付けられた名前のように。
「でもさ、幼きは守られなかった。死んだ子どもはみんな燃やして終わりだ。何も残らない。死んだら終わり」
「ネイジェ」
もしかしたら、今の状態が俺の人生でいちばん幸せな時かもしれない。腹が減ったら食って、何かを盗られたり殴られる心配もなく眠れて。
生まれた時からそんな生活をしている人間には、魂にこびりついたような闇がわからないだろう。穢れでもなく、ただ、形が違うんだと思う。でも、理解してほしいとも思わない。
「俺はあんたらの気まぐれでここにいる。気まぐれを起こすやつが多ければ多いほど、俺の生活を保証するあてが増える。……自分の無力さは嫌ってほど思い知ってるけど、王太子の誘いに乗ったら、あんたらを失うっていうならやめとくから。悪かった」
今の生活に文句がないことは間違いない。だから、この生活をくれている人間のやり方に従う。
「……ネイジェ、先にリゼバールに戻れ。おまえの考えは理解したが、容認できるものじゃない。だけど、オレのやり方を押し付けていい問題でもない」
押し付けてくれるほうが気楽なのだが、余計なことを話してしまったかもしれない。あいつ……王太子ドーレインの影響が残っていたのだろうか。
王宮の中で魔法を使うのは避けると言っていたリヤードが、手のひら大の水晶を手渡してきた。水晶といっても、魔法を閉じ込めた石だ。これはシェンが持っているものと同じだ。シェンは実家……果ての森に行くものだと言っていたけれど。
「それはリゼバールに飛ぶ。サナンが用意したものだ」
「飛ばなきゃいけませんか」
「これ以上ややこしくなる前に行け」
「はい」
仕方なく、俺は石を割った。
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。