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23 子どもでいて
一瞬のめまいのような感覚に目を閉じ、再び開くと、目の前にはサナンとシェンがいた。ここはシェンの研究室だ。
「帰りました」
とりあえずの挨拶をすると、シェンが俺にガバっと抱きついてきた。
「おかえり、ネイジェ。一気に環境が変わったから、大変だったね」
頭ごなしに叱られていたら反発してしまっただろうけど、優しい言葉に張っていた気持ちが緩んだ。
「申し訳ありません……よくないことだったみたいだから」
目を合わせて微笑んだシェンが、ソファに座るように促した。シェンが向かい側、サナンは無言で隣に座った。
「俺は政治的なことに関してはよくわからないけど、ネイジェがアイツにヤられるのは嫌だったよ。たとえ同意があったとしても、ネイジェはそんなに安くない」
「安くない、ですか。……もっと高く売れるのか」
つい、心の声が漏れてしまうと、それまで黙っていたサナンが口を開いた。
「売り物にしないでほしい」
「サナン……俺が間違いなく俺のものだと言えるのは身体だけだから、指図されたくない」
たとえ恩があるとしても、なんでも従うのは嫌だった。サナンがアルファだからか、それとも他にも何かがあるのか、シェンやリヤードにはないほどの反発を覚える。
「ネイジェ、でも、俺たちはみんなネイジェに幸せになって欲しいんだ。一般的に身体を売ったことがある子は価値が落ちるから、同じ年ぐらいの子と普通に恋愛するのに不利になる」
シェンが苦いものを飲んだような顔をしている。身を売った経験があるはずがない人なのに。
「汚れてるという意味なら、元孤児っていうだけで十分だろ……です」
「王族の一員に認められたんだから言えない。それに、ババもネイジェのことを孫だって認めてる。王太子どころか、王様だってネイジェに手を出していいはずがない」
感情のままに話してしまっていたから、シェンも同じように感情をたかぶらせてしまった気がして、俺は軌道修正を図った。
「シェンのババ様ってそんなにすごい人なん、ですか」
「伝説のようなかただ。シェンがリヤードとの結婚を許されたのも、賢者様がシェンの親だからだ」
サナンの説明に、皆が恵まれた生まれであることを思い知る。サナンも親が灰色狼の長だと聞いているから、俺の感覚が理解できないのだろう。
与えられる恵みの大きさに、ありがたく受け取れば良いという気持ちもあるのに、なぜという思いが強くなっていく。だけどこれはここで生きるためには不要なものだ。膨れゆく思いをぐっと飲み込んだ。
「悪かった……ごめんなさい。まだ常識を覚えきれていなかったようです。これからは気をつけます」
「ネイジェ……そうだね。俺たちの普通がネイジェの普通になるといいと思う。それは、ネイジェを捻じ曲げたいとかじゃなくて、前にいた環境が異常すぎたからだよ」
シェンの言葉は優しくて難しい。環境が変わったと理解していても、心を変えることはできない。
俺だって心を取り出していらない部分を洗い流せたらいいけれど。
いっそ魔法でどうにかならないだろうか。シェンはしてくれないだろうけど、シェンの養い親はすごい魔法使いだから、汚い心を切り取るような魔法を。……いや、王太子の魔法でどうにかできる? やはり邪魔が入らなかったほうが良かったかも。
「シェン、たぶんネイジェが良くないことを考えている」
「え?」
サナンは心が読めるのだろうか。俺は何を考えているのかわかるようでわからない彼の顔をじっと見た。
「ネイジェ、僕は君が誰かに身体を許したら力づくで果ての森に連れていくから」
「どういうこと?」
「子どもだから我慢してるけど、君が子どもでいることをやめるなら、そのように扱うってこと」
「サナン? ネイジェはうちの子だよ!」
突然の誘拐宣言に驚いていると、シェンがサナンに食ってかかった。そんなシェンの肩をサナンが宥めるようにぽんぽんと叩く。
「また優秀そうな子を養子にしたらいいじゃないか」
「は?」
「ネイジェは人間の子どもだから、大人になるまでは人間の中にいたほうがいい。領主になりたいなら好きにしたらいい。だけど、完全に手を離すつもりはない」
シェンが言葉を探している間に、俺は気になっていたことを聞いた。
「……シェン、サナンはシェンのことが好きだったって聞いたんだけど、この言い方だと俺のことが好……好きみたいじゃないか?」
冷静に言葉にしたつもりだったけど、「好き」のところで詰まってしまい、猛烈に恥ずかしさが込み上げる。
「えっ、あ? 何から説明したらいい? サナンは確かに俺に好意を持ってくれてたけど、あの頃はまだ子どもだったんだよサナンが」
サナンは首を傾げてシェンの言葉を聞いている。反論しないから、俺が突っ込む羽目になった。
「同じ年だろ」
「サナンは頭はいいけど、人間関係に対する考え方は子どもだったんだ」
「そう。僕は狼獣人だからね」
さっきは黙っていたくせに、うんうんと頷くサナンにシェンが背中を叩いた。
「言い訳にしない!」
「はは。まあそういうことだから、シェンのことは淡い初恋ということだよ。初恋は実らないのが普通だし、良い思い出だ」
初恋は実らないという慣用句を初めて聞いた。シェンが否定しないから、本当にそういう言い回しがあるのだろう。
「ネイジェ、聞いただろ。君とサナンの精神年齢は同じぐらいだ」
「あの、えっと」
俺がアルファじゃなかったら、この怒涛の展開についていかずに倒れていると思う。さすがに言葉に詰まっていると、シェンがが俺に疲れた笑みを向けて言った。
「君が軽率なことをするとサナンが暴走するから、とりあえず子どもらしくしてくれるかな」
「あ、うん。わかった」
そう、言うしかなかった。
「帰りました」
とりあえずの挨拶をすると、シェンが俺にガバっと抱きついてきた。
「おかえり、ネイジェ。一気に環境が変わったから、大変だったね」
頭ごなしに叱られていたら反発してしまっただろうけど、優しい言葉に張っていた気持ちが緩んだ。
「申し訳ありません……よくないことだったみたいだから」
目を合わせて微笑んだシェンが、ソファに座るように促した。シェンが向かい側、サナンは無言で隣に座った。
「俺は政治的なことに関してはよくわからないけど、ネイジェがアイツにヤられるのは嫌だったよ。たとえ同意があったとしても、ネイジェはそんなに安くない」
「安くない、ですか。……もっと高く売れるのか」
つい、心の声が漏れてしまうと、それまで黙っていたサナンが口を開いた。
「売り物にしないでほしい」
「サナン……俺が間違いなく俺のものだと言えるのは身体だけだから、指図されたくない」
たとえ恩があるとしても、なんでも従うのは嫌だった。サナンがアルファだからか、それとも他にも何かがあるのか、シェンやリヤードにはないほどの反発を覚える。
「ネイジェ、でも、俺たちはみんなネイジェに幸せになって欲しいんだ。一般的に身体を売ったことがある子は価値が落ちるから、同じ年ぐらいの子と普通に恋愛するのに不利になる」
シェンが苦いものを飲んだような顔をしている。身を売った経験があるはずがない人なのに。
「汚れてるという意味なら、元孤児っていうだけで十分だろ……です」
「王族の一員に認められたんだから言えない。それに、ババもネイジェのことを孫だって認めてる。王太子どころか、王様だってネイジェに手を出していいはずがない」
感情のままに話してしまっていたから、シェンも同じように感情をたかぶらせてしまった気がして、俺は軌道修正を図った。
「シェンのババ様ってそんなにすごい人なん、ですか」
「伝説のようなかただ。シェンがリヤードとの結婚を許されたのも、賢者様がシェンの親だからだ」
サナンの説明に、皆が恵まれた生まれであることを思い知る。サナンも親が灰色狼の長だと聞いているから、俺の感覚が理解できないのだろう。
与えられる恵みの大きさに、ありがたく受け取れば良いという気持ちもあるのに、なぜという思いが強くなっていく。だけどこれはここで生きるためには不要なものだ。膨れゆく思いをぐっと飲み込んだ。
「悪かった……ごめんなさい。まだ常識を覚えきれていなかったようです。これからは気をつけます」
「ネイジェ……そうだね。俺たちの普通がネイジェの普通になるといいと思う。それは、ネイジェを捻じ曲げたいとかじゃなくて、前にいた環境が異常すぎたからだよ」
シェンの言葉は優しくて難しい。環境が変わったと理解していても、心を変えることはできない。
俺だって心を取り出していらない部分を洗い流せたらいいけれど。
いっそ魔法でどうにかならないだろうか。シェンはしてくれないだろうけど、シェンの養い親はすごい魔法使いだから、汚い心を切り取るような魔法を。……いや、王太子の魔法でどうにかできる? やはり邪魔が入らなかったほうが良かったかも。
「シェン、たぶんネイジェが良くないことを考えている」
「え?」
サナンは心が読めるのだろうか。俺は何を考えているのかわかるようでわからない彼の顔をじっと見た。
「ネイジェ、僕は君が誰かに身体を許したら力づくで果ての森に連れていくから」
「どういうこと?」
「子どもだから我慢してるけど、君が子どもでいることをやめるなら、そのように扱うってこと」
「サナン? ネイジェはうちの子だよ!」
突然の誘拐宣言に驚いていると、シェンがサナンに食ってかかった。そんなシェンの肩をサナンが宥めるようにぽんぽんと叩く。
「また優秀そうな子を養子にしたらいいじゃないか」
「は?」
「ネイジェは人間の子どもだから、大人になるまでは人間の中にいたほうがいい。領主になりたいなら好きにしたらいい。だけど、完全に手を離すつもりはない」
シェンが言葉を探している間に、俺は気になっていたことを聞いた。
「……シェン、サナンはシェンのことが好きだったって聞いたんだけど、この言い方だと俺のことが好……好きみたいじゃないか?」
冷静に言葉にしたつもりだったけど、「好き」のところで詰まってしまい、猛烈に恥ずかしさが込み上げる。
「えっ、あ? 何から説明したらいい? サナンは確かに俺に好意を持ってくれてたけど、あの頃はまだ子どもだったんだよサナンが」
サナンは首を傾げてシェンの言葉を聞いている。反論しないから、俺が突っ込む羽目になった。
「同じ年だろ」
「サナンは頭はいいけど、人間関係に対する考え方は子どもだったんだ」
「そう。僕は狼獣人だからね」
さっきは黙っていたくせに、うんうんと頷くサナンにシェンが背中を叩いた。
「言い訳にしない!」
「はは。まあそういうことだから、シェンのことは淡い初恋ということだよ。初恋は実らないのが普通だし、良い思い出だ」
初恋は実らないという慣用句を初めて聞いた。シェンが否定しないから、本当にそういう言い回しがあるのだろう。
「ネイジェ、聞いただろ。君とサナンの精神年齢は同じぐらいだ」
「あの、えっと」
俺がアルファじゃなかったら、この怒涛の展開についていかずに倒れていると思う。さすがに言葉に詰まっていると、シェンがが俺に疲れた笑みを向けて言った。
「君が軽率なことをするとサナンが暴走するから、とりあえず子どもらしくしてくれるかな」
「あ、うん。わかった」
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コメントありがとうございます。