9 / 33
9 美味いものを一緒に
しおりを挟む
「ヒメサマはヒトになってもきれいだ」
猫のヒメサマにしていたように、リナサナヒメトの頭を、頬を撫でる。髭の感触はない。
「つるつるだ。髭は生えないの?」
「トーカが望むなら髭も生える」
「うーん、なくていいと思う」
「わかった」
トーカが猫の顔を撫でるようにリナサナヒメトをペタペタと触っていると、リナサナヒメトの手もまたトーカの髪を撫でた。
「これ、ヒメサマが尻尾でポンポンしてくれてたやつに似てるね。神様だったなんてびっくりしたけど、ヒメサマと話ができるようになったの、嬉しいよ」
ぺたんとリナサナヒメトの胸に頬を預けたトーカが笑う。トーカは己の心臓の音は聞こえたけれど、リナサナヒメトの心臓の音は聞こえなかった。人のようで人ではないことを実感する。でも、温かさは本物だ。人ではないから何だというのだろう、猫のときと同じ感触の髪を掴んで目を閉じる。
穏やかな時間は、サラリが食事の支度ができたことを告げに来るまで続いていた。
案内された食堂には出来立ての料理が並び、トーカは瞳を輝かせた。どれも村で見たことのある、最高のご馳走だった。
「豪華だ! お祝いみたい」
「そう、これは結婚祝いだ。トーカはしっかり食べないと大きくなれないから、腹が減ったら言うんだぞ」
「全部食べるのもったいないよ。半分は明日の分にしようよ」
豊かでない村では、新年の祝いと結婚式ぐらいでしかご馳走は振る舞われなかった。料理を得意とする村人の中には、祝いがなくても少し良い食事を用意することがあったが、トーカには無縁だった。村の人たちは親のないトーカに優しかったが、彼はどこの家族にもなりきれなかった。
「明日は別のご馳走を用意する。明後日も。また食べたいものがあれば、それも用意する。どれだけでも食べていいんだ、トーカ。お前は俺の夫なのだから」
「え……なんか、すごいんだな、ヒメサマの夫って」
並べられた食べ物とリナサナヒメトを交互に見て、トーカがうっとりとため息をついた。村の輿入れから今までで一番の蕩けた表情だ。リナサナヒメトは嬉しくもあり食べ物に負けたような複雑な気持ちになった。
「トーカ、まずは食べよう」
「うん。ヒメサマも食べるよな?」
「食べる」
リナサナヒメトの返事に微笑んだトーカは、目の前の皿から一口ぶんを取って差し出した。
「はい、ヒメサマ。村で一回だけ食べたことがあるんだ。すごく美味いから食べてみて」
「あ、ああ」
リナサナヒメトは世話をしたくてたまらない様子のトーカに少し面食らった。しかも最初だけかと思いきや、トーカは全ての食べ物をリナサナヒメトと分け合いたがった。村にいた頃は、猫の身体に悪いことをしたくなくて我慢していたからだった。
「一緒に食べれて嬉しい。ヒメサマはどれが好きだった? おれはやっぱりあのナケヌイがいいな」
「俺もナケヌイが好きだ」
「同じだ!」
ナケヌイは村の近くで獲れる川魚だったが、取れる季節が限られているため、保存用に漬けたり干すなどの加工をして少しずつ食べられていた。祝いの席の御馳走だけは、ありったけのナケヌイが様々な形で調理されて振舞われていた。
「やっぱ猫だから魚がいいのかな」
「そういうわけじゃない。トーカが笑うから、トーカの好きなものが好きなんだ」
目を細める仕草は猫の姿だったときにもよく見たものだったが、成人男性の姿で同じ仕草をされ、トーカは心を撃ち抜かれたように感じた。どくどくと血が巡り、顔が熱くなる。
「ひ、ヒメサマ、どうしよう、おれ、顔が熱い。ヒメサマが笑うとおれも嬉しいのに」
「ああ、それは恋に落ちたんだ。トーカが人型の俺も愛してくれそうで嬉しい」
「ひえっ、恥ずかしい~」
とうとう両手で顔を覆ったトーカは、リナサナヒメトの膝に突っ伏した。その後頭部をヒメサマが撫でる。
「村にいた頃はこんなんなかったのに」
「余裕がなかったからだろう。村は裕福なほうではなかったから」
「裕福な村?」
「人間が多く集まる街もある。見てみたい?」
「おれ、頭悪いけど大丈夫かな」
「トーカを馬鹿にするやつを許す気はないけど、気になるならここで少し勉強しようか」
「季馬を捕まえるのと両方できるかな」
「トーカならできるさ。そうだな……他者と話す時には知識が多いほうがいい」
言いながら、リナサナヒメトはトーカへ教えるものについて考えた。世界にはいくつもの国があり、文化も様々だ。その中から、トーカの育った風習や言葉に近いものを拾い上げる。神格を得られれば言葉の問題は解決できるのだが、季馬を捕らえることを条件にしてしまったため、神格を得られないまま生きていく可能性もあるからだ。
中庸の地は三柱の神のうちどの管轄でもない地だったが、各柱の神は己の影響の強い区域を有している。トーカが神格を得ていないため、地上の神であるリナサマヒメトの神気が最も濃い空間にふたりは住むことになった。
猫のヒメサマにしていたように、リナサナヒメトの頭を、頬を撫でる。髭の感触はない。
「つるつるだ。髭は生えないの?」
「トーカが望むなら髭も生える」
「うーん、なくていいと思う」
「わかった」
トーカが猫の顔を撫でるようにリナサナヒメトをペタペタと触っていると、リナサナヒメトの手もまたトーカの髪を撫でた。
「これ、ヒメサマが尻尾でポンポンしてくれてたやつに似てるね。神様だったなんてびっくりしたけど、ヒメサマと話ができるようになったの、嬉しいよ」
ぺたんとリナサナヒメトの胸に頬を預けたトーカが笑う。トーカは己の心臓の音は聞こえたけれど、リナサナヒメトの心臓の音は聞こえなかった。人のようで人ではないことを実感する。でも、温かさは本物だ。人ではないから何だというのだろう、猫のときと同じ感触の髪を掴んで目を閉じる。
穏やかな時間は、サラリが食事の支度ができたことを告げに来るまで続いていた。
案内された食堂には出来立ての料理が並び、トーカは瞳を輝かせた。どれも村で見たことのある、最高のご馳走だった。
「豪華だ! お祝いみたい」
「そう、これは結婚祝いだ。トーカはしっかり食べないと大きくなれないから、腹が減ったら言うんだぞ」
「全部食べるのもったいないよ。半分は明日の分にしようよ」
豊かでない村では、新年の祝いと結婚式ぐらいでしかご馳走は振る舞われなかった。料理を得意とする村人の中には、祝いがなくても少し良い食事を用意することがあったが、トーカには無縁だった。村の人たちは親のないトーカに優しかったが、彼はどこの家族にもなりきれなかった。
「明日は別のご馳走を用意する。明後日も。また食べたいものがあれば、それも用意する。どれだけでも食べていいんだ、トーカ。お前は俺の夫なのだから」
「え……なんか、すごいんだな、ヒメサマの夫って」
並べられた食べ物とリナサナヒメトを交互に見て、トーカがうっとりとため息をついた。村の輿入れから今までで一番の蕩けた表情だ。リナサナヒメトは嬉しくもあり食べ物に負けたような複雑な気持ちになった。
「トーカ、まずは食べよう」
「うん。ヒメサマも食べるよな?」
「食べる」
リナサナヒメトの返事に微笑んだトーカは、目の前の皿から一口ぶんを取って差し出した。
「はい、ヒメサマ。村で一回だけ食べたことがあるんだ。すごく美味いから食べてみて」
「あ、ああ」
リナサナヒメトは世話をしたくてたまらない様子のトーカに少し面食らった。しかも最初だけかと思いきや、トーカは全ての食べ物をリナサナヒメトと分け合いたがった。村にいた頃は、猫の身体に悪いことをしたくなくて我慢していたからだった。
「一緒に食べれて嬉しい。ヒメサマはどれが好きだった? おれはやっぱりあのナケヌイがいいな」
「俺もナケヌイが好きだ」
「同じだ!」
ナケヌイは村の近くで獲れる川魚だったが、取れる季節が限られているため、保存用に漬けたり干すなどの加工をして少しずつ食べられていた。祝いの席の御馳走だけは、ありったけのナケヌイが様々な形で調理されて振舞われていた。
「やっぱ猫だから魚がいいのかな」
「そういうわけじゃない。トーカが笑うから、トーカの好きなものが好きなんだ」
目を細める仕草は猫の姿だったときにもよく見たものだったが、成人男性の姿で同じ仕草をされ、トーカは心を撃ち抜かれたように感じた。どくどくと血が巡り、顔が熱くなる。
「ひ、ヒメサマ、どうしよう、おれ、顔が熱い。ヒメサマが笑うとおれも嬉しいのに」
「ああ、それは恋に落ちたんだ。トーカが人型の俺も愛してくれそうで嬉しい」
「ひえっ、恥ずかしい~」
とうとう両手で顔を覆ったトーカは、リナサナヒメトの膝に突っ伏した。その後頭部をヒメサマが撫でる。
「村にいた頃はこんなんなかったのに」
「余裕がなかったからだろう。村は裕福なほうではなかったから」
「裕福な村?」
「人間が多く集まる街もある。見てみたい?」
「おれ、頭悪いけど大丈夫かな」
「トーカを馬鹿にするやつを許す気はないけど、気になるならここで少し勉強しようか」
「季馬を捕まえるのと両方できるかな」
「トーカならできるさ。そうだな……他者と話す時には知識が多いほうがいい」
言いながら、リナサナヒメトはトーカへ教えるものについて考えた。世界にはいくつもの国があり、文化も様々だ。その中から、トーカの育った風習や言葉に近いものを拾い上げる。神格を得られれば言葉の問題は解決できるのだが、季馬を捕らえることを条件にしてしまったため、神格を得られないまま生きていく可能性もあるからだ。
中庸の地は三柱の神のうちどの管轄でもない地だったが、各柱の神は己の影響の強い区域を有している。トーカが神格を得ていないため、地上の神であるリナサマヒメトの神気が最も濃い空間にふたりは住むことになった。
9
あなたにおすすめの小説
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
白い結婚だと思ったら ~4度の離婚で心底結婚にうんざりしていた俺が5度目の結婚をする話~
紫蘇
BL
俺、5度目の再婚。
「君を愛さないつもりはない」
ん?
なんか……今までのと、ちゃう。
幽体離脱しちゃう青年と、彼の幽体が見えちゃう魔術師との恋のお話し。
※完結保証!
※異能バトルとか無し
【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる