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9 美味いものを一緒に
「ヒメサマはヒトになってもきれいだ」
猫のヒメサマにしていたように、リナサナヒメトの頭を、頬を撫でる。髭の感触はない。
「つるつるだ。髭は生えないの?」
「トーカが望むなら髭も生える」
「うーん、なくていいと思う」
「わかった」
トーカが猫の顔を撫でるようにリナサナヒメトをペタペタと触っていると、リナサナヒメトの手もまたトーカの髪を撫でた。
「これ、ヒメサマが尻尾でポンポンしてくれてたやつに似てるね。神様だったなんてびっくりしたけど、ヒメサマと話ができるようになったの、嬉しいよ」
ぺたんとリナサナヒメトの胸に頬を預けたトーカが笑う。トーカは己の心臓の音は聞こえたけれど、リナサナヒメトの心臓の音は聞こえなかった。人のようで人ではないことを実感する。でも、温かさは本物だ。人ではないから何だというのだろう、猫のときと同じ感触の髪を掴んで目を閉じる。
穏やかな時間は、サラリが食事の支度ができたことを告げに来るまで続いていた。
案内された食堂には出来立ての料理が並び、トーカは瞳を輝かせた。どれも村で見たことのある、最高のご馳走だった。
「豪華だ! お祝いみたい」
「そう、これは結婚祝いだ。トーカはしっかり食べないと大きくなれないから、腹が減ったら言うんだぞ」
「全部食べるのもったいないよ。半分は明日の分にしようよ」
豊かでない村では、新年の祝いと結婚式ぐらいでしかご馳走は振る舞われなかった。料理を得意とする村人の中には、祝いがなくても少し良い食事を用意することがあったが、トーカには無縁だった。村の人たちは親のないトーカに優しかったが、彼はどこの家族にもなりきれなかった。
「明日は別のご馳走を用意する。明後日も。また食べたいものがあれば、それも用意する。どれだけでも食べていいんだ、トーカ。お前は俺の夫なのだから」
「え……なんか、すごいんだな、ヒメサマの夫って」
並べられた食べ物とリナサナヒメトを交互に見て、トーカがうっとりとため息をついた。村の輿入れから今までで一番の蕩けた表情だ。リナサナヒメトは嬉しくもあり食べ物に負けたような複雑な気持ちになった。
「トーカ、まずは食べよう」
「うん。ヒメサマも食べるよな?」
「食べる」
リナサナヒメトの返事に微笑んだトーカは、目の前の皿から一口ぶんを取って差し出した。
「はい、ヒメサマ。村で一回だけ食べたことがあるんだ。すごく美味いから食べてみて」
「あ、ああ」
リナサナヒメトは世話をしたくてたまらない様子のトーカに少し面食らった。しかも最初だけかと思いきや、トーカは全ての食べ物をリナサナヒメトと分け合いたがった。村にいた頃は、猫の身体に悪いことをしたくなくて我慢していたからだった。
「一緒に食べれて嬉しい。ヒメサマはどれが好きだった? おれはやっぱりあのナケヌイがいいな」
「俺もナケヌイが好きだ」
「同じだ!」
ナケヌイは村の近くで獲れる川魚だったが、取れる季節が限られているため、保存用に漬けたり干すなどの加工をして少しずつ食べられていた。祝いの席の御馳走だけは、ありったけのナケヌイが様々な形で調理されて振舞われていた。
「やっぱ猫だから魚がいいのかな」
「そういうわけじゃない。トーカが笑うから、トーカの好きなものが好きなんだ」
目を細める仕草は猫の姿だったときにもよく見たものだったが、成人男性の姿で同じ仕草をされ、トーカは心を撃ち抜かれたように感じた。どくどくと血が巡り、顔が熱くなる。
「ひ、ヒメサマ、どうしよう、おれ、顔が熱い。ヒメサマが笑うとおれも嬉しいのに」
「ああ、それは恋に落ちたんだ。トーカが人型の俺も愛してくれそうで嬉しい」
「ひえっ、恥ずかしい~」
とうとう両手で顔を覆ったトーカは、リナサナヒメトの膝に突っ伏した。その後頭部をヒメサマが撫でる。
「村にいた頃はこんなんなかったのに」
「余裕がなかったからだろう。村は裕福なほうではなかったから」
「裕福な村?」
「人間が多く集まる街もある。見てみたい?」
「おれ、頭悪いけど大丈夫かな」
「トーカを馬鹿にするやつを許す気はないけど、気になるならここで少し勉強しようか」
「季馬を捕まえるのと両方できるかな」
「トーカならできるさ。そうだな……他者と話す時には知識が多いほうがいい」
言いながら、リナサナヒメトはトーカへ教えるものについて考えた。世界にはいくつもの国があり、文化も様々だ。その中から、トーカの育った風習や言葉に近いものを拾い上げる。神格を得られれば言葉の問題は解決できるのだが、季馬を捕らえることを条件にしてしまったため、神格を得られないまま生きていく可能性もあるからだ。
中庸の地は三柱の神のうちどの管轄でもない地だったが、各柱の神は己の影響の強い区域を有している。トーカが神格を得ていないため、地上の神であるリナサマヒメトの神気が最も濃い空間にふたりは住むことになった。
猫のヒメサマにしていたように、リナサナヒメトの頭を、頬を撫でる。髭の感触はない。
「つるつるだ。髭は生えないの?」
「トーカが望むなら髭も生える」
「うーん、なくていいと思う」
「わかった」
トーカが猫の顔を撫でるようにリナサナヒメトをペタペタと触っていると、リナサナヒメトの手もまたトーカの髪を撫でた。
「これ、ヒメサマが尻尾でポンポンしてくれてたやつに似てるね。神様だったなんてびっくりしたけど、ヒメサマと話ができるようになったの、嬉しいよ」
ぺたんとリナサナヒメトの胸に頬を預けたトーカが笑う。トーカは己の心臓の音は聞こえたけれど、リナサナヒメトの心臓の音は聞こえなかった。人のようで人ではないことを実感する。でも、温かさは本物だ。人ではないから何だというのだろう、猫のときと同じ感触の髪を掴んで目を閉じる。
穏やかな時間は、サラリが食事の支度ができたことを告げに来るまで続いていた。
案内された食堂には出来立ての料理が並び、トーカは瞳を輝かせた。どれも村で見たことのある、最高のご馳走だった。
「豪華だ! お祝いみたい」
「そう、これは結婚祝いだ。トーカはしっかり食べないと大きくなれないから、腹が減ったら言うんだぞ」
「全部食べるのもったいないよ。半分は明日の分にしようよ」
豊かでない村では、新年の祝いと結婚式ぐらいでしかご馳走は振る舞われなかった。料理を得意とする村人の中には、祝いがなくても少し良い食事を用意することがあったが、トーカには無縁だった。村の人たちは親のないトーカに優しかったが、彼はどこの家族にもなりきれなかった。
「明日は別のご馳走を用意する。明後日も。また食べたいものがあれば、それも用意する。どれだけでも食べていいんだ、トーカ。お前は俺の夫なのだから」
「え……なんか、すごいんだな、ヒメサマの夫って」
並べられた食べ物とリナサナヒメトを交互に見て、トーカがうっとりとため息をついた。村の輿入れから今までで一番の蕩けた表情だ。リナサナヒメトは嬉しくもあり食べ物に負けたような複雑な気持ちになった。
「トーカ、まずは食べよう」
「うん。ヒメサマも食べるよな?」
「食べる」
リナサナヒメトの返事に微笑んだトーカは、目の前の皿から一口ぶんを取って差し出した。
「はい、ヒメサマ。村で一回だけ食べたことがあるんだ。すごく美味いから食べてみて」
「あ、ああ」
リナサナヒメトは世話をしたくてたまらない様子のトーカに少し面食らった。しかも最初だけかと思いきや、トーカは全ての食べ物をリナサナヒメトと分け合いたがった。村にいた頃は、猫の身体に悪いことをしたくなくて我慢していたからだった。
「一緒に食べれて嬉しい。ヒメサマはどれが好きだった? おれはやっぱりあのナケヌイがいいな」
「俺もナケヌイが好きだ」
「同じだ!」
ナケヌイは村の近くで獲れる川魚だったが、取れる季節が限られているため、保存用に漬けたり干すなどの加工をして少しずつ食べられていた。祝いの席の御馳走だけは、ありったけのナケヌイが様々な形で調理されて振舞われていた。
「やっぱ猫だから魚がいいのかな」
「そういうわけじゃない。トーカが笑うから、トーカの好きなものが好きなんだ」
目を細める仕草は猫の姿だったときにもよく見たものだったが、成人男性の姿で同じ仕草をされ、トーカは心を撃ち抜かれたように感じた。どくどくと血が巡り、顔が熱くなる。
「ひ、ヒメサマ、どうしよう、おれ、顔が熱い。ヒメサマが笑うとおれも嬉しいのに」
「ああ、それは恋に落ちたんだ。トーカが人型の俺も愛してくれそうで嬉しい」
「ひえっ、恥ずかしい~」
とうとう両手で顔を覆ったトーカは、リナサナヒメトの膝に突っ伏した。その後頭部をヒメサマが撫でる。
「村にいた頃はこんなんなかったのに」
「余裕がなかったからだろう。村は裕福なほうではなかったから」
「裕福な村?」
「人間が多く集まる街もある。見てみたい?」
「おれ、頭悪いけど大丈夫かな」
「トーカを馬鹿にするやつを許す気はないけど、気になるならここで少し勉強しようか」
「季馬を捕まえるのと両方できるかな」
「トーカならできるさ。そうだな……他者と話す時には知識が多いほうがいい」
言いながら、リナサナヒメトはトーカへ教えるものについて考えた。世界にはいくつもの国があり、文化も様々だ。その中から、トーカの育った風習や言葉に近いものを拾い上げる。神格を得られれば言葉の問題は解決できるのだが、季馬を捕らえることを条件にしてしまったため、神格を得られないまま生きていく可能性もあるからだ。
中庸の地は三柱の神のうちどの管轄でもない地だったが、各柱の神は己の影響の強い区域を有している。トーカが神格を得ていないため、地上の神であるリナサマヒメトの神気が最も濃い空間にふたりは住むことになった。
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