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二章

2-6 健吾の会社訪問 6 祐志

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 昼食後、和久さんを見送って、上から見せようとエレベーターに乗った。タイミングが良くて、他には誰も乗っていない。
 健吾のスーツ姿は久しぶりだ。前に見たのはいつなのか思い出せないぐらいだ……。着飾ったり形式ばったりすることに興味はないけれど、健吾に純白のタキシード着せて乱すのは楽しそうだから、いつか結婚式をしてもいいかもしれない。
 着なれない様子の健吾のネクタイが歪んでいるのを直すのも楽しい。

「祐志はスーツ慣れてるよね。前、も……あれ、いつだったっけ。ネクタイ結んでもらったよ、ね?」

 健吾の台詞に浮かれていた頭から血の気が引いた。
 あれは健吾の記憶が失われている間のことだ。
 健吾に謝罪するつもりが、理性を失いかけたあの時。
 あの後、健吾は。

 俺を見上げる健吾はあの時よりもずっと健康そうで、穏やかな表情をしている。
 思わず抱きしめた。

 どこにも行かせない。
 一人で終わらせようとなんてさせない。
 思わずきつく抱きしめた。

「祐志、どうした?」
「愛してる。健吾、愛してる」
「あ、うん。……俺も、愛してる、よ。って恥ずかしいな!」

 ポーンと音がして抱き合った状態でドアが開く。外で待っていた人間が硬直している。
 そのまま閉まろうとするドアの開くボタンをバン、と押して健吾の肩を抱いてエレベーターを降りた。


 外にいたのは噂の出どころ。
 重役秘書だ。オメガの発情を利用して俺を健吾から奪おうとした女だ。

「失礼」

 健吾と比べれば月とスッポン。
 健吾は何もしなくても月、奴はゴテゴテと化粧を塗りたくって誤魔化してやっとスッポン。いい加減己の分を弁えろと言いたい。
 中途半端にお互いに立場があるから、はっきり言えなくて腹が立つ。仕事上では問題がないから排除することもできなくて。

「あっ、宮園さん!」
「何ですか」
「部外者をこちらのフロアに入れるのは」
「彼は、正式な・・・私の伴侶です。何も問題ありません」

 愛人希望・・・・如きが偉そうに指図するなという意思を込める。
 俺の正式な伴侶ということは、社長の義理の息子だ。結婚した時に結構な量の株も譲渡されている。健吾は忘れているみたいたけど。ただの身内というだけでなく、株主でもあるのだ。
 今まで跡継ぎという立場をできる限り意識させないように振舞ってきたけれど、健吾を蔑ろにしようとする奴に容赦することはない。

「祐志? 俺、べつに見ていいとこだけで十分だよ」

 健吾が俺の腰をポンポンと宥めるように叩く。
 ふっと怒気が治まって、健吾を見た。ニコッと笑って、喧嘩売るなよと耳打ちされる。
 健吾の体温を感じて、途端に相手の事なんてどうでも良くなった。
 ふぅ、と息をついてエレベーターのボタンを押した。

「失礼しました。こちらは見学するのに相応しくないフロアのようなので、下に行きます」
「え、あ……」

 相手の返事を待たずにエレベーターに乗り込んで、ボタンを押した。

「祐志は会社だと結構強気だな」
「そうかな」
「家だと弱々だもんな」
「健吾に弱いだけだよ」
「ふふ……」

 健吾の満更でもなさそうな様子にホッとする。
 ネクタイのことは、もう忘れただろうか。

 会社の方はもう大丈夫だろう。
 あの秘書も馬鹿じゃない。これ以上のことがあれば、俺が敵に回ることは理解できたはずだ。





 小一時間ほど会社を見せてから二人で帰路についた。
 健吾はずいぶん楽しかったようで、あの室長の話やランチの話、重役秘書が美人だったとか話している。
 健吾の方がずっと美人だと言うと、無理しなくて良いからと笑っている。
 色々不服だけど、健吾が笑ってるからいいかと思った。


 俺が車通勤だから、自転車は無理やり車に乗せた。自転車が車に乗らなかったら、健吾は自転車で帰りそうだったから乗せれて良かった。


 家に帰って、スーツを脱ごうとしたら、健吾が抱きついてきた。

「健吾?」
「祐志はもう悲しくない?」
「け、んご?」
「全部思い出した訳じゃないけど、祐志が泣いてたのを思い出した。俺、祐志には笑ってて欲しい」

 あの日、健吾は無くなって良かったと言った。
 己をオメガにしていた子宮を無くして、良かったと。それで俺は泣けてしまって、どうにもならなくなったのを健吾が許してくれた。

「俺は、健吾が笑っててくれたらいい。健吾が、健吾を大事にしないと悲しい」
「……ん、気をつけるよ。自転車もなるべく減らすから」

 少し噛み合っていないけど、自然にキスをしてお互いの服を脱がせ合っていたら、電話が鳴った。

「俺のだ。……兄さん?」
「出なくていい」

 ディスプレイを見て呟く健吾に悪夢が蘇り、電話を取ろうとするのを止めた。
 今日は色々な符丁が合いすぎる。
 電話が鳴り止んだ。もうかかってこなかった。


 ため息をついて改めて健吾を見ると、ワイシャツの前が全開で、スラックスのウエストも外れて、しどけない様子になっている。
 ワイシャツの下には何も着ていない。

 こんな無防備な状態でスーツだったのか!?
 外でジャケット脱ぐ機会がなくて良かった。
 健吾の可愛い乳首が透かして見られてしまったら大変だ!

「健吾、このままでも良い?」
「どういうこと?」
「えーっと、スーツが新鮮で……」
「……課長って呼ぼうか?」
「!!」

 子供達は迎えに行く。
 急に帰って来ることはない。
 あと二時間。

「あっ、かちょう、だめっ、あっ」
「うっ、健吾、健吾、好きだ。んっ」

 健吾のシャツは着たまま、スラックスは片足に引っ掛けて、上司と部下ごっこをした。
 といっても、健吾が課長と呼んでくれる以外は、いつもと変わらないのだが、乱れたスーツの破壊力は素晴らしかった。

「健吾、健吾は綺麗だよ。愛してる」
「んっあっ、かちょ、あっ、いくっんーっ」

 目一杯楽しんだ。
 子供達がいない時にしか健吾は声を上げてくれないから。
 が、また最中に綺麗だと言ってしまった……。
 健吾が正気の時にもちゃんと言わなくては。




 夕飯は滅多にないデリバリーで子供達は大喜びだった。健吾は渋面だったが、俺の小遣いから出すことにして何とか気持ちを納めてもらった。

 夜中、健吾が起きる気配がした。
 髪を撫でられる。嬉しくて気付いていないふりをした。もう少ししたらお返しに。
 健吾の囁き声。

「少し、思い出したよ……。ごめん、好きだよ。ずっと……」

 反応できなかった。
 健吾が何を思い出したのか、知りたいのに、怖くて堪らなかった。
 健吾が布団に入って、寝息が聞こえるまで、まんじりともできなかった。


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