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第1章 新生活と友の闇編
第12話・・・楽_危うい激突_本気で2・・・
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「くらいやがれ!」
ナロクが叫ぶ。彼の両手が握り締めているのは鎖。その鎖の先端には巨大な鉄球が取り付けられている。鉄球の表面には浅くだが穴が掘られており、モーニングスターの真逆のような見た目だ。
ナロクは鎖を引っ張り、鉄球を真上から愛衣へと叩き落とす。
愛衣は周囲のシャボン玉の1つを即座に真上へと移動する。これで容易に防げる。
だが、鉄球はそのまま叩き落されず、空中で方向直角に方向転換した。
より正確に言えば、鉄球の横から火が爆発するように噴き出し、その火力でシャボン玉の防御範囲の外へと脱出、鉄球を引っ張り愛衣の横数メートルの位置まで落し、再度火を鉄球から逆噴射して愛衣を狙う。
ナロクの質は炸裂系火属性。
鉄球に空けた多数の穴に気を貯め、炸裂することで重く操りにくい鉄球の軌道変更を簡易可能とする司力。
だが愛衣は別のシャボン玉を高速で動かし、ポヨンと防ぐ。
あっさり鉄球は跳ね返されるが、その隙にクルトが急接近。身を低くして居合いの構えを取り、間合いに到達すると刀を一閃する。
愛衣はそれを後ろ跳びでステップするように躱す。クルトは水を纏った刀で続けて突くが、愛衣もまた水を纏ったストローで弾く。クルトの刀と愛衣のストローの激突がしばらく続いた。
刀を振り回しながら、クルトは分析した。
(俺の鎮静がそれほど効いてない…。水がかなり凝縮されてるな。密度が高過ぎて鎮静仕切れない。…………それに、元々の気量の差もあるか…)
クルトは目を細め、判断する。
(強い。接近戦でもこれほどとは…。『麗雅水泡』が危険だが、ここは一旦距離を取るか…最悪撤退も考えるべきだな)
苦渋の表情で加速法を使い、後ろに下がるクルト。
「逃がさないわよ?」
だが愛衣は薄く笑い、クルトの思考を打ち壊す。
「『捕獲水泡』」
すると周囲のシャボン玉の一部が伸びた。まるでシャボン玉の内部から指を突き立てたように。
直線的に伸びたシャボン玉はクルトの手足を内部に捕獲し、
(速い…! 今までスピードを抑えていたのか…!?)
空中に張り付けたように動かなくなる。
「っ」
クルトは愛衣の前に手足を開いて状態で固定されてしまった。
眼の見えないクルトは常に真っ暗なため、人一倍恐怖に耐性はある。
そんなクルトが、恐怖を禁じ得ない。
愛衣は特に苦しめるでもなく、ストローに水を鋭く纏わせる。亜麻色の髪と黒コートを靡かせながら、加速法で一歩進み、ストローで躊躇なくクルトの腹を貫いた。
「ガハっ……!?」
(俺が…こんなところで……!)
愛衣に飛び散る腹の返り血、口からの吐血は全て水で防ぐ。
クルトの捕獲は解かれ、バタリと崩れ落ちた。
「三人目~」
「このヤロウ!」
クルトを始末する瞬間に近くまで急接近していたラールが叫ぶ。
「これもういらないから上げるっ」
愛衣はクルトを貫いたストローに水を覆わせて、ラールに向けて投げる。
ラールは躱さず、『堅城身膚』で硬化した額で弾く。
ボクシングの構えで突き進み、驚く愛衣の胴体に拳を打ち付ける。
しかし、またしても拳は愛衣をすり抜けた。
(分身…!? そうか! さっき俺に投げたストローで一瞬死角を作り、その隙に分身と入れ替わったのか!)
「残念でした~」
後ろから声。
振り向くと、斜め上に歩空法で佇む愛衣がいた。
既に取り出した新しいストローでシャボン玉を膨らましており、あと0.5秒もすればラールを捕らえてしまう。
だがラールと膨らみ途中のシャボン玉との間に鉄球が飛び込み、全ての穴の気が炸裂した。
火炎が広がり、黒煙が蔓延する。
「ラール! 今の内だ!」
ナロクの声がする方向にラールは全力で逃げる。
黒煙から飛び出し、ナロクの横に並んだ。
ナロクは額に冷や汗をかきながら、聞く。
「……おい、ラール。どうする? クルトまでやられちまったぞ? 逃げるか?」
「…やられ過ぎた。ここを逃げてもビライや部下達は確実に捕まる。場合によっては警察よりもヤバいかもしれない連中にだ。…………やっぱりここで倒すしかない」
意を決したラールの言葉に、息を呑むナロク。
鎖を引っ張り、鉄球を真横に落とす。
「やるしかないな」
「俺が突っ込んで陽動する。…お前は隙を見て鉄球でやれ」
「オッケー」
ラールは『堅城身膚』の精度を無理矢理高め、加速法で突っ込んだ。
数分後。
愛衣は涼しい表情を浮かべて佇んでいた。
少し離れた所には全身傷だらけのナロクが白目を剥いて倒れている。
すぐ傍。愛衣の眼下には、腹と口から血をだらだら流したラールがいる。
そして、堅さが自慢のラールの身体。その右腕が呆気なく切断されていた。
その右腕はすぐ横に少し変色して転がっている。
切断口から最も大量の血を流す、顔右半分にタトゥーを彫った迫力ある男、『玄牙』のリーダーを見下ろしながら。
嘲る様子も労う様子も見せず、ただただ平坦な声で。
「『玄牙』も大したことなかったなぁ」
そう、呟いた。
※ ※ ※
プルルルル、プルルルル。
「あ、師匠? 終わったよ~。てことで後始末よろ! それよりも聞いてよ! 体堅くて有名な『玄牙』のリーダーいるでしょ? どれくらい堅いか試してみたんだけど簡単に斬れちゃってさ! ……え? 右腕だけど? …別に斬るつもりはなかったんだよ? 大丈夫大丈夫! リーダーさん含めて全員死んでないから! だからそんな怖い声で言わないで!」
■ ■ ■
「勇士! 今はそれどころじゃないでしょ!」
琉花の制止の言葉を効かず、
(紅華鬼燐流・七式『炎瓦壁』)
勇士と琉花、そしてカキツバタを覆うように周囲に炎が出現した。四方八方全てから囲い、かなり距離を取っているためカキツバタに直接のダメージはない。景色が赤く一変した。
(……でもこんな広範囲に…気付かれ……いや、違う。…これは結界法と炎の併用…? 結界は大気の気を多用する法技。そこへ僅かに使う己の気を火に変え、結界の内側に張り巡らせたの…? ………この技……いや、まさかね……)
技にではなく、別の事実に疑心となるカキツバタ。
勇士はそれを隙と見てカキツバタの背後に回り込む。
迫り来る横薙ぎをバズーカ砲を盾にして防ぐ。そのまま横に軽くいなす。勇士は続けて斬りかかるが全てをいなされる。
(こっちの力とバズーカ砲の丸みを利用して難なくいなしやがる…っ)
それなら、と。
勇士は刀を斜めに振り下ろす。カキツバタはバズーカ砲を横にして持ち上げ、そのまま横側に逸らす。
刀は軌道を無理矢理変えられ、バズーカ砲の表面を火花を散らせながら通り、屋上の床に激突する。
(紅華鬼燐流・五式『俊天華』)
少し前傾姿勢で刀を振り下ろす状態のまま、勇志の右腕だけがその流れに逆らうように突然動き、刀の軌道が大きく変わる。
筋肉の強弱、収縮を操ってあらゆる態勢から攻撃を繰り出す技。
床に付きそうだった刃は真横に動き、足元まで移動した刃はまた何の予備動作もなく急上昇する。カキツバタの顔目掛けて切っ先が。
重量のあるバズーカ砲ではこのスピードに間に合わない。
(くっ…)
咄嗟に加速法で後退するが、勇士の方が早く、仮面に刃が届いてしまう。仮面に傷を負うが、辛うじて穴は開かず、素顔の一部も晒さずに済んだ。
が、カキツバタはそれでバランスを崩してしまい、勇志は屈んで円を描くようにして足で相手の足を払い、転倒を試みる。
放りだされるように、カキツバタが一瞬宙を舞う。
勇士は柄を両手で握り締め、その腹に向かって振り下ろす。
「『電信駆動』」
刀を振り下ろした瞬間、カキツバタの姿のその場から消えた。いや、目にも止まらぬスピードで動いたのだ。
数メートル離れたところに、乱れた息を整えるカキツバタの姿があった。
琉花が目を見開く。
「今……のは…」
「まさか…『電信機』まで使えるか…」
傍から見ていた琉花は体を強張らせずにはいられない。
(『電信機』…。速さではなく反射。雷属性特有の高等技術。雷は電子でできている。電子を電気信号と化して操り、身体の反射レベルの底上げを可能とする。………説明するのは簡単だけど、それは神経や体内組織を完全に理解し、雷の調整を間違えば身を亡ぼす…。難易度も危険度もA級レベルの、技術の他に勇気、覚悟も必要な技…)
それを、隊長どころか明らかに一介の隊員に過ぎない相手が…。
(これが……『聖』…)
「認めよう」
勇士の無機質な声が屋外だというのに響く。
燃え盛る炎をバックに、勇士は憎き相手に称賛の言葉を送った。
「お前は強い。今日、俺が戦ったビライなんかより何倍も。……だから、本気を出そう」
熱気はどこへ行ったのか、静かなオーラを纏った勇志が静かに呟く。
仮面の奥で目を細めるカキツバタ。
勇士は軍服のような戦闘服のポケットから、小瓶…『全収納器』を取り出す。コルク栓を片手で抜くと、そこから更に武器が出てきた。
もう一本の刀だ。
琉花は二本の刀を牙城の如く構える勇志を凝視している。
(勇士が……刀を二本帯刀した…。それほどの相手…)
一方、カキツバタは。
(確定)
特に慌てた様子は無かった。
大げさに捉えてしまいそうだが、二刀流なんて珍しくとも何ともない。
むしろ、喉の奥でつっかえていたことが、すとんとすっきりした気分でさえいた。
(強化系火属性の二刀流。……そうするとさっきのは『炎瓦壁』に『俊天華』。……この子の流派、やっぱり紅華鬼燐流ね)
勇士は刀に刃の全長を悠に超える炎を灯し、腕をクロスさせ、
(紅華鬼燐流・秘伝十五ノ式『鬼空否斬』!)
全力で広げた。
炎の斬撃が飛ぶ。斬撃はクロスし、バツ状態で突き進む。
(これってまさか……)
カキツバタはバズーカを1つ撃つ。
そして巨大な雷による炸裂が起こる。が。
まるで炸裂など無かったかのように、爆発の中から炎の斬撃が飛び出してきた。
(やっぱり『鬼空否斬』だ…。力技で空間そのものを焼き斬る炎の斬撃を飛ばす剣術。…この子、結構強いのね)
カキツバタはバッテン炎から大きく距離を取って、空中に回避。勇士は歩空法と加速法でカキツバタの進路に回り込み、左手の刀を居合抜きのように振るう。
(『電信駆動』)
バチっと全身に電気が走り、反射的に大きく一歩横へ回避する。
右手の刀による振り下ろしで追撃する勇士。カキツバタはバズーカ砲でカキンと弾き、すぐに後ずさる。バズーカ砲を構えようとするが、下から刀で弾き上げられ、もう片方の刀で喉元に突きをくらわす。カキツバタはまた『電信駆動』で反射回避する。
攻撃と防御を繰り返しながら、勇士は頭を回す。
(…こいつの戦闘スタイルは遠距離砲撃型。接近された場合はいなし技と『電信機』を使った回避行動主体、よく考えられてる。………………………けど、)
勇士は一時距離を取り、中空でカキツバタと対立する。
「………気にくわないな」
「何が?」
「…今のお前からはやる気が感じられない。ただ殺そうとはせず、殺されないことだけを考えてるようにしか見えない」
「……まあ、事実そうだしね」
「ッ」
「怖い顔しないの。安心して。私より貴方の方が強いわ。これでも私疲れてるのよ?」
(まあ、単純な腕力での話だけどね)
「なぜ反撃しない?」
「んー、ちょっとやる気がなくなっちゃった」
あっけらかんと言うカキツバタに、不機嫌さを隠せない勇士。
二刀の火力を強めて問う。
「どういうことだ?」
「理由は色々あるんだけどねぇ。…そもそも私には貴方と争う理由は無いし……、『聖』を潰そうとするからどんな奴かと思ったから………この程度だったなんだなぁって、安心と失望がね」
「ッッ……、俺には勝てないと言って置きながら、随分な言い草だな」
「分かってないなー」
不快が頂点に達した勇志は聞く耳持たず、カキツバタの真上へと高速移動する。
刀をクロスさせ、振り下ろす。
『電信駆動』を使えば何とか躱せるだろう。だが、そうはしなかった。
「まず、第一にね」
カキツバタはそんな状況でも言葉を続けていた。
「私程度に本気出してるようじゃ、『聖』を潰すなんて不可能よ」
次の瞬間、勇志が張った結界、『炎瓦壁』が破られた。
刃がカキツバタの身体に届く寸前、勇志はその事実に気付き、
そしてまた次の瞬間、勇志の腹にとある「者」の蹴りが深くめり込んだ。
「ガァァッ!」
「勇士!」
琉花の瞳に映るのは突如現れた黒い影に、勇志が吹っ飛ばされる姿だった。
勇士は空中で足を踏ん張…ろうとするが、うまくいかずに屋上へ転倒してしまう。
「新手か!」
勇士は勇ましく立ち上がり、空中立つ『2人』を見上げる。
「…お前今の躱せただろ…」
「ふふ、いいじゃないですか。そろそろ来る頃かなーと思ってましたから。登場シーン恰好よくしようという計らいですよー」
「いらんことを」
「むー、ひどいなぁ」
喜色な声で話すカキツバタ。
そしてその前には、悠々と佇むもう1人の紫色の仮面を付けた人物。
言葉遣いや佇まいなどからおそらく男。多分勇士より身長は低い。だがそれで子供と断定するには早計だと、彼の纏う気とは違った異質なオーラが語っている。
湊と勇士が、一枚の仮面を隔てて、対立した。
■ ■ ■
「……な、なんか私が『玄牙』片付けてる間に変なことになってるわ……」
ナロクが叫ぶ。彼の両手が握り締めているのは鎖。その鎖の先端には巨大な鉄球が取り付けられている。鉄球の表面には浅くだが穴が掘られており、モーニングスターの真逆のような見た目だ。
ナロクは鎖を引っ張り、鉄球を真上から愛衣へと叩き落とす。
愛衣は周囲のシャボン玉の1つを即座に真上へと移動する。これで容易に防げる。
だが、鉄球はそのまま叩き落されず、空中で方向直角に方向転換した。
より正確に言えば、鉄球の横から火が爆発するように噴き出し、その火力でシャボン玉の防御範囲の外へと脱出、鉄球を引っ張り愛衣の横数メートルの位置まで落し、再度火を鉄球から逆噴射して愛衣を狙う。
ナロクの質は炸裂系火属性。
鉄球に空けた多数の穴に気を貯め、炸裂することで重く操りにくい鉄球の軌道変更を簡易可能とする司力。
だが愛衣は別のシャボン玉を高速で動かし、ポヨンと防ぐ。
あっさり鉄球は跳ね返されるが、その隙にクルトが急接近。身を低くして居合いの構えを取り、間合いに到達すると刀を一閃する。
愛衣はそれを後ろ跳びでステップするように躱す。クルトは水を纏った刀で続けて突くが、愛衣もまた水を纏ったストローで弾く。クルトの刀と愛衣のストローの激突がしばらく続いた。
刀を振り回しながら、クルトは分析した。
(俺の鎮静がそれほど効いてない…。水がかなり凝縮されてるな。密度が高過ぎて鎮静仕切れない。…………それに、元々の気量の差もあるか…)
クルトは目を細め、判断する。
(強い。接近戦でもこれほどとは…。『麗雅水泡』が危険だが、ここは一旦距離を取るか…最悪撤退も考えるべきだな)
苦渋の表情で加速法を使い、後ろに下がるクルト。
「逃がさないわよ?」
だが愛衣は薄く笑い、クルトの思考を打ち壊す。
「『捕獲水泡』」
すると周囲のシャボン玉の一部が伸びた。まるでシャボン玉の内部から指を突き立てたように。
直線的に伸びたシャボン玉はクルトの手足を内部に捕獲し、
(速い…! 今までスピードを抑えていたのか…!?)
空中に張り付けたように動かなくなる。
「っ」
クルトは愛衣の前に手足を開いて状態で固定されてしまった。
眼の見えないクルトは常に真っ暗なため、人一倍恐怖に耐性はある。
そんなクルトが、恐怖を禁じ得ない。
愛衣は特に苦しめるでもなく、ストローに水を鋭く纏わせる。亜麻色の髪と黒コートを靡かせながら、加速法で一歩進み、ストローで躊躇なくクルトの腹を貫いた。
「ガハっ……!?」
(俺が…こんなところで……!)
愛衣に飛び散る腹の返り血、口からの吐血は全て水で防ぐ。
クルトの捕獲は解かれ、バタリと崩れ落ちた。
「三人目~」
「このヤロウ!」
クルトを始末する瞬間に近くまで急接近していたラールが叫ぶ。
「これもういらないから上げるっ」
愛衣はクルトを貫いたストローに水を覆わせて、ラールに向けて投げる。
ラールは躱さず、『堅城身膚』で硬化した額で弾く。
ボクシングの構えで突き進み、驚く愛衣の胴体に拳を打ち付ける。
しかし、またしても拳は愛衣をすり抜けた。
(分身…!? そうか! さっき俺に投げたストローで一瞬死角を作り、その隙に分身と入れ替わったのか!)
「残念でした~」
後ろから声。
振り向くと、斜め上に歩空法で佇む愛衣がいた。
既に取り出した新しいストローでシャボン玉を膨らましており、あと0.5秒もすればラールを捕らえてしまう。
だがラールと膨らみ途中のシャボン玉との間に鉄球が飛び込み、全ての穴の気が炸裂した。
火炎が広がり、黒煙が蔓延する。
「ラール! 今の内だ!」
ナロクの声がする方向にラールは全力で逃げる。
黒煙から飛び出し、ナロクの横に並んだ。
ナロクは額に冷や汗をかきながら、聞く。
「……おい、ラール。どうする? クルトまでやられちまったぞ? 逃げるか?」
「…やられ過ぎた。ここを逃げてもビライや部下達は確実に捕まる。場合によっては警察よりもヤバいかもしれない連中にだ。…………やっぱりここで倒すしかない」
意を決したラールの言葉に、息を呑むナロク。
鎖を引っ張り、鉄球を真横に落とす。
「やるしかないな」
「俺が突っ込んで陽動する。…お前は隙を見て鉄球でやれ」
「オッケー」
ラールは『堅城身膚』の精度を無理矢理高め、加速法で突っ込んだ。
数分後。
愛衣は涼しい表情を浮かべて佇んでいた。
少し離れた所には全身傷だらけのナロクが白目を剥いて倒れている。
すぐ傍。愛衣の眼下には、腹と口から血をだらだら流したラールがいる。
そして、堅さが自慢のラールの身体。その右腕が呆気なく切断されていた。
その右腕はすぐ横に少し変色して転がっている。
切断口から最も大量の血を流す、顔右半分にタトゥーを彫った迫力ある男、『玄牙』のリーダーを見下ろしながら。
嘲る様子も労う様子も見せず、ただただ平坦な声で。
「『玄牙』も大したことなかったなぁ」
そう、呟いた。
※ ※ ※
プルルルル、プルルルル。
「あ、師匠? 終わったよ~。てことで後始末よろ! それよりも聞いてよ! 体堅くて有名な『玄牙』のリーダーいるでしょ? どれくらい堅いか試してみたんだけど簡単に斬れちゃってさ! ……え? 右腕だけど? …別に斬るつもりはなかったんだよ? 大丈夫大丈夫! リーダーさん含めて全員死んでないから! だからそんな怖い声で言わないで!」
■ ■ ■
「勇士! 今はそれどころじゃないでしょ!」
琉花の制止の言葉を効かず、
(紅華鬼燐流・七式『炎瓦壁』)
勇士と琉花、そしてカキツバタを覆うように周囲に炎が出現した。四方八方全てから囲い、かなり距離を取っているためカキツバタに直接のダメージはない。景色が赤く一変した。
(……でもこんな広範囲に…気付かれ……いや、違う。…これは結界法と炎の併用…? 結界は大気の気を多用する法技。そこへ僅かに使う己の気を火に変え、結界の内側に張り巡らせたの…? ………この技……いや、まさかね……)
技にではなく、別の事実に疑心となるカキツバタ。
勇士はそれを隙と見てカキツバタの背後に回り込む。
迫り来る横薙ぎをバズーカ砲を盾にして防ぐ。そのまま横に軽くいなす。勇士は続けて斬りかかるが全てをいなされる。
(こっちの力とバズーカ砲の丸みを利用して難なくいなしやがる…っ)
それなら、と。
勇士は刀を斜めに振り下ろす。カキツバタはバズーカ砲を横にして持ち上げ、そのまま横側に逸らす。
刀は軌道を無理矢理変えられ、バズーカ砲の表面を火花を散らせながら通り、屋上の床に激突する。
(紅華鬼燐流・五式『俊天華』)
少し前傾姿勢で刀を振り下ろす状態のまま、勇志の右腕だけがその流れに逆らうように突然動き、刀の軌道が大きく変わる。
筋肉の強弱、収縮を操ってあらゆる態勢から攻撃を繰り出す技。
床に付きそうだった刃は真横に動き、足元まで移動した刃はまた何の予備動作もなく急上昇する。カキツバタの顔目掛けて切っ先が。
重量のあるバズーカ砲ではこのスピードに間に合わない。
(くっ…)
咄嗟に加速法で後退するが、勇士の方が早く、仮面に刃が届いてしまう。仮面に傷を負うが、辛うじて穴は開かず、素顔の一部も晒さずに済んだ。
が、カキツバタはそれでバランスを崩してしまい、勇志は屈んで円を描くようにして足で相手の足を払い、転倒を試みる。
放りだされるように、カキツバタが一瞬宙を舞う。
勇士は柄を両手で握り締め、その腹に向かって振り下ろす。
「『電信駆動』」
刀を振り下ろした瞬間、カキツバタの姿のその場から消えた。いや、目にも止まらぬスピードで動いたのだ。
数メートル離れたところに、乱れた息を整えるカキツバタの姿があった。
琉花が目を見開く。
「今……のは…」
「まさか…『電信機』まで使えるか…」
傍から見ていた琉花は体を強張らせずにはいられない。
(『電信機』…。速さではなく反射。雷属性特有の高等技術。雷は電子でできている。電子を電気信号と化して操り、身体の反射レベルの底上げを可能とする。………説明するのは簡単だけど、それは神経や体内組織を完全に理解し、雷の調整を間違えば身を亡ぼす…。難易度も危険度もA級レベルの、技術の他に勇気、覚悟も必要な技…)
それを、隊長どころか明らかに一介の隊員に過ぎない相手が…。
(これが……『聖』…)
「認めよう」
勇士の無機質な声が屋外だというのに響く。
燃え盛る炎をバックに、勇士は憎き相手に称賛の言葉を送った。
「お前は強い。今日、俺が戦ったビライなんかより何倍も。……だから、本気を出そう」
熱気はどこへ行ったのか、静かなオーラを纏った勇志が静かに呟く。
仮面の奥で目を細めるカキツバタ。
勇士は軍服のような戦闘服のポケットから、小瓶…『全収納器』を取り出す。コルク栓を片手で抜くと、そこから更に武器が出てきた。
もう一本の刀だ。
琉花は二本の刀を牙城の如く構える勇志を凝視している。
(勇士が……刀を二本帯刀した…。それほどの相手…)
一方、カキツバタは。
(確定)
特に慌てた様子は無かった。
大げさに捉えてしまいそうだが、二刀流なんて珍しくとも何ともない。
むしろ、喉の奥でつっかえていたことが、すとんとすっきりした気分でさえいた。
(強化系火属性の二刀流。……そうするとさっきのは『炎瓦壁』に『俊天華』。……この子の流派、やっぱり紅華鬼燐流ね)
勇士は刀に刃の全長を悠に超える炎を灯し、腕をクロスさせ、
(紅華鬼燐流・秘伝十五ノ式『鬼空否斬』!)
全力で広げた。
炎の斬撃が飛ぶ。斬撃はクロスし、バツ状態で突き進む。
(これってまさか……)
カキツバタはバズーカを1つ撃つ。
そして巨大な雷による炸裂が起こる。が。
まるで炸裂など無かったかのように、爆発の中から炎の斬撃が飛び出してきた。
(やっぱり『鬼空否斬』だ…。力技で空間そのものを焼き斬る炎の斬撃を飛ばす剣術。…この子、結構強いのね)
カキツバタはバッテン炎から大きく距離を取って、空中に回避。勇士は歩空法と加速法でカキツバタの進路に回り込み、左手の刀を居合抜きのように振るう。
(『電信駆動』)
バチっと全身に電気が走り、反射的に大きく一歩横へ回避する。
右手の刀による振り下ろしで追撃する勇士。カキツバタはバズーカ砲でカキンと弾き、すぐに後ずさる。バズーカ砲を構えようとするが、下から刀で弾き上げられ、もう片方の刀で喉元に突きをくらわす。カキツバタはまた『電信駆動』で反射回避する。
攻撃と防御を繰り返しながら、勇士は頭を回す。
(…こいつの戦闘スタイルは遠距離砲撃型。接近された場合はいなし技と『電信機』を使った回避行動主体、よく考えられてる。………………………けど、)
勇士は一時距離を取り、中空でカキツバタと対立する。
「………気にくわないな」
「何が?」
「…今のお前からはやる気が感じられない。ただ殺そうとはせず、殺されないことだけを考えてるようにしか見えない」
「……まあ、事実そうだしね」
「ッ」
「怖い顔しないの。安心して。私より貴方の方が強いわ。これでも私疲れてるのよ?」
(まあ、単純な腕力での話だけどね)
「なぜ反撃しない?」
「んー、ちょっとやる気がなくなっちゃった」
あっけらかんと言うカキツバタに、不機嫌さを隠せない勇士。
二刀の火力を強めて問う。
「どういうことだ?」
「理由は色々あるんだけどねぇ。…そもそも私には貴方と争う理由は無いし……、『聖』を潰そうとするからどんな奴かと思ったから………この程度だったなんだなぁって、安心と失望がね」
「ッッ……、俺には勝てないと言って置きながら、随分な言い草だな」
「分かってないなー」
不快が頂点に達した勇志は聞く耳持たず、カキツバタの真上へと高速移動する。
刀をクロスさせ、振り下ろす。
『電信駆動』を使えば何とか躱せるだろう。だが、そうはしなかった。
「まず、第一にね」
カキツバタはそんな状況でも言葉を続けていた。
「私程度に本気出してるようじゃ、『聖』を潰すなんて不可能よ」
次の瞬間、勇志が張った結界、『炎瓦壁』が破られた。
刃がカキツバタの身体に届く寸前、勇志はその事実に気付き、
そしてまた次の瞬間、勇志の腹にとある「者」の蹴りが深くめり込んだ。
「ガァァッ!」
「勇士!」
琉花の瞳に映るのは突如現れた黒い影に、勇志が吹っ飛ばされる姿だった。
勇士は空中で足を踏ん張…ろうとするが、うまくいかずに屋上へ転倒してしまう。
「新手か!」
勇士は勇ましく立ち上がり、空中立つ『2人』を見上げる。
「…お前今の躱せただろ…」
「ふふ、いいじゃないですか。そろそろ来る頃かなーと思ってましたから。登場シーン恰好よくしようという計らいですよー」
「いらんことを」
「むー、ひどいなぁ」
喜色な声で話すカキツバタ。
そしてその前には、悠々と佇むもう1人の紫色の仮面を付けた人物。
言葉遣いや佇まいなどからおそらく男。多分勇士より身長は低い。だがそれで子供と断定するには早計だと、彼の纏う気とは違った異質なオーラが語っている。
湊と勇士が、一枚の仮面を隔てて、対立した。
■ ■ ■
「……な、なんか私が『玄牙』片付けてる間に変なことになってるわ……」
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