鎮静のクロッカス

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第2章 呪縛少女編

第6話・・・無事_処罰_これが『妖具』・・・

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 紫音達が襲われ、警察に保護されているという一報をもらい、勇士と湊、そして4人の担任教師である蔵坂くらさか鳩菜はとねが引き取りに向かう。
 最初は蔵坂だけで行くと言ったのだが、勇士が頭を下げて懇願し、特別ダメというわけでもなかったので湊も便乗する形で迎えに行った。
 道中勇士は追い詰められたような顔をしていた。4人とも無事なのは伝えられている。でも自分の目で確かめないと安心できない。そんな感じの目だ。
 湊は勇士に何も言わずに蔵坂教諭と話していた。紫音達が襲われた時の状況など。蔵坂が知っていることの内、『この場では』話せる範囲で話した。次第に勇士が会話に参加するようになる。いつもなら自分から蔵坂に色々聞くと思うが、やっぱり本調子とはいかないらしい。
(まあ、そんなことよりも肝心なのは……狙われたのは本当にわたぬきさんかってことだな)


 警察署に着いた。
 警官と話をするからと蔵坂は別行動を取り、勇士と湊は4人がいる休憩室へと向かった。
 コンコン。ドアを叩き、勇士達が来たことを告げると「どうぞ」と返事をもらい、入室した。
 ベッドが一つある個室では友梨が申し訳なさそうに上半身をたてた状態でベッドにいる。他の3人は周りの椅子に。琉花と紫音に包帯が巻かれていないということは回復用士器アイテムで治せる範囲の傷しか負わなかったのだろう。
「大丈夫か! みんな!」「勇士、落ち着いて」「そうですよ。友梨さんの気分が優れないんです。静かにしてください」
 と3人がやり取りしている間に湊は愛衣の隣まで移動する。
「無事みたいだな」
「まあね」
 湊と愛衣が微笑みを交わす。
 それから色々と事情を聞いた。
 容体は、琉花と紫音は傷は多いものの大事には至らず。愛衣と友梨は琉花達が逃がした際、うまく逃げ切れたようで軽傷すら全くない。愛衣たちの前にもゴーレムが現れたらしいが、愛衣の先導でマンホールの下へと逃げたという。
 さすが、と湊は心中で称賛した。
 ただ友梨は突然のことに脳の対応が追い付かず、精神的に疲弊してしまったらしい。マンホールの下の愛衣達を発見した時、友梨は愛衣の膝枕でこと切れたようにすやすやと眠っていたという。
「またこんなことに……」
 勇士が重々しく呟く。
 周囲の空気が一気に重くなった。
 湊は眼球を動かさずに友梨を観察する。
(…やけに落ち込んでるように見えるのは、原因が自分だから? それとも具合がまだ優れないだけ? …愛衣は…さすがに分からないか。全く読み取れない)
 湊は内心気になることとは全く別のことを尋ねた。
四月朔日わたぬき家はなんか言ってきたりした? これで2回目でしょ?」
 紫音が苦笑する。
「はい。30分前にお母様から連絡が来ました。でも戻ってくるよう言われたわけではありません。学園の外に出ないように厳命されただけです。狙いが私である以上、警察が学園外から見張りをするらしいです」
 湊は至って普通に聞いた。
「狙いがわたぬきなのは間違いないの?」
「確証はありませんが、私達だけ結界で覆われたことやゴーレムの数から間違いないでしょう」
「愛衣達にもゴーレムが何体か出たらしいけど、数に差が有り過ぎよ。獅童学園の生徒ってだけで価値はある方だからね。愛衣達の方はついで感覚だったんじゃない」
 状況証拠から根拠を述べる2人。矛盾点もないし納得もいく。
 そんな中、ほんの少しだけ、友梨の肩が動いた。ビクついた。
(………ビンゴ)

 愛衣は少なからず慌てた。
 湊の何気ない言葉に、本当に小さくではあるが、見る人が見れば気付くぐらいの反応を示したからだ。
 狙いが紫音、と言われて肩をビクつかせた。
 愛衣は視線を動かさずに、一番の要注意人物である勇士の表情を観察する。だがすぐに杞憂であったと肩の荷を下ろした。予想はしていたが勇士はこういったテクニックはまるで皆無らしい。今の友梨の反応に気付かないのであれば、今後の警戒レベルも少し下げていいかもしれない。
 しかしそこで背筋が凍るような感覚に襲われた。
 愛衣は訓練によって眼球を動かさずに視界に入った光景の全てをまるで直視しているかのように注視することができる。
 愛衣はつい気になる男の子、湊のことを観たのだ。
 湊は肩をビクつかせた後俯いている友梨を数秒見て、数度瞬きした後視線を落とした。
 あれ? 今の友梨の反応って…。んん? まさか…。
 愛衣には湊が考えていることが今だけは、手に取るように分かった気がした。湊は友梨の僅かな反応を見逃さなかった。マックスを10としたら7ぐらいの難易度だ。おそらく経験がほぼないが故に、友梨の行動に違和感は持てても今一ピンと来ないのだろう。
 愛衣は才能があった上に訓練を積み重ねてこの洞察力を手に入れた。湊は愛衣に劣らない洞察力の才能があるというのか…。
 愛衣の心臓の鼓動が高鳴る。
 これだけでは過大評価と言われても仕方ない。それでも愛衣は直感的に湊の隠れた資質を垣間見て気分が高揚した。

(よし。今後俺が多少実力を見せたとしても違和感はないよう工作はできたな………けど、愛衣の反応が思ってたのと違う気がするけど……まあ誤差の範囲内だな)

 その後間もなく蔵坂が休憩室に現れて、警察の覆面パトカーで帰ることになった。


 ■ ■ ■


 ライトガーデン社社長、神宮寺じんぐうじこうはいつもいる社長室とは別の部屋にいた。
 社長室と変わらない広さと光景だが窓一つなく蛍光灯の光だけしかないその部屋は空気の種類が違う。奥の机につく神宮寺にはいるだけでプレッシャーを与える迫力がある。
 髪が逆立った男、愛衣達を襲った土塊人形ゴーレム使いの男は神宮寺の前に膝を震わせて立っている。男の表情は襲撃時のような狡猾な笑みはない。理由は簡単だ。
「捕獲に失敗したようだね、屋島やしま君」
「……はい」
 屋島と呼ばれた男は絞り出すように返事をする。
弥生やよい、警察や四月朔日わたぬき家に動きは?」
 神宮寺の隣に立つ弥生と呼ばれた女性が大きめのタブレットを操作する。
「警察は狙いが四月朔日わたぬき紫音が狙いであると断定。他の学生もできたら攫う程度と推測。四月朔日家に目立った動きはありません。ですが、おそらく四月朔日紫音に外出禁止令ぐらいは出したかと思われます。屋島は身元が割れていないので、ここまで手に及ぶことはないと思います」
「……どうやら、あの子は自分のことを話さなかったようだね」
「そのようです。しかし、」
「速水愛衣という子は事情を聞いた可能性が高い、か」
「はい。実力では敵わない屋島から知能だけで逃げ延びた速水愛衣なる学生は対応力は素直に称賛すべきでしょう」
「はは、これを聞いたら博士が欲しがるかもね。……だがどちらにせよこの子はいずれどうにかする必要はあるか」
「はい。もしかしたら『妖具』のことも聞いているかもしれません。野放しにはできないかと。……それで社長」
 弥生の感情のこもっていない視線が屋島を貫く。
「屋島の処罰は?」
 屋島の表情が強張る。派手な外見に似つかわしくない直立不動の姿勢。恐怖が隠せない。
 神宮寺功という男は飴と鞭を何よりも大切にしている傾向がある。それは屋島が身を持って知っている。自分への飴はもちろん、同僚が酷い鞭をもらったところも何度も見ている。
 逃げようとしても無駄なのも公然の事実だ。彼女から逃げられる者はいない。
 神宮寺は光が薄くなった瞳を屋島へと向ける。
「ふむ。屋島君は僕の部下の中でも優秀な部類だ。捕獲の際、四月朔日家のご令嬢がいても屋島ならうまくやってくれると信じて任せた。僕も急ぎ過ぎたかもしれないし、四月朔日紫音以外の学生も驚くべき実力を有していたのは計算外だった。屋島君だけに責任はない」
 最後にやんわりと付け加えてくれた言葉に屋島の表情が和らぐ。
「でも」
 言葉はまだ続いていた。接続詞一つで屋島の精神状態が悪化する。
「状況を聞くと僕の采配は決して無謀なことではないと思わないかい? ねえ、弥生」
「はい。屋島は惜しいところまで行ったのに、そこで相手を侮った所為で逃しました。四月朔日紫音と離したことで油断したのでしょう。相手は下水道に隠れていた。冷静に考えればすぐに思いつく選択肢です。できることができなかった。私は屋島に全面的な責任があると思います」
 屋島の表情が絶望に染まる。
「だよね。僕もそう思うよ。………さて、屋島君」
「は、はいっ」
「良かったよ」
「…?」
「君が遠隔操作タイプのフォーサーで。……多少体が傷ついても戦闘には大した影響はないだろう?」
「しゃ、しゃちょ……」
「最初は減給程度でいいとも思ったんだけど、ここは体に教え込む必要があるよね。大丈夫、殺しはしないさ。その痛みを思い出して今回のようなミスが二度と起きないようにね」
 神宮寺は椅子に座ったまま懐から拳銃を抜き、屋島に向けた。
「あ……ぁ……」
「言い訳や悪あがきをしないの君の長所だ。屋島君、今後の活躍に期待しているよ」

 次の瞬間、鼓膜を刺激する銃声が室内から響いた。


 ■ ■ ■


 学生寮の一室。
 部屋の中央に、住人である愛衣と友梨は鎮座していた。
「『妖具』…か。紫音に言うわけにはいかないの? 『御十家』なら何とかできると思うんだけど」
 愛衣の提案に、友梨は首を振った。
「申し訳ありません……。紫音さんを信用していないわけではないのですが……」
「完全には信頼できない…か」
「……申し訳ありません……。良い人だって私も思ってます。本当です…。でも……」
「まあ『御十家』も黒い噂が全くないわけじゃないからね」
(本来なら私にだって話したくはなかったはず)
 愛衣に話したのは隠し様が無くなってしまった為だ。友梨としてはかなりの賭けに出た気分だろう。
「だったら紅井や琉花にも無理だよねぇ」
(湊は十中八九勘付いてる。でも話したところで意味はないか。…私の部下が友梨をマークしてるから一応は安心だけど、根本を絶たなきゃ意味がない)
 愛衣はもう一つの気になることを尋ねた。
「友梨、もしよかったら『妖具』、見せてもらってもいい? 本当に差し支えなければでいいんだけど…」
 少女を呪縛する元凶。
 友梨にも愛衣の気持ちは分かった。
 これまで友梨は口でしか事情を話していない。証拠無しに信じろというのは少々無理がある。愛衣はゴーレム使いの男から守ってくれた人物だ。ここは隠してはいけない。
 友梨は覚悟を決めた。
 自分が使っている机の一番下の引き出しの奥に手を突っ込み、そこから包帯でぐるぐる巻きにされた30センチぐらいの物体を中央のテーブルに置く。
(そんなところにあったの…。包帯に浸透した鎮静のエナジーが気配遮断をしてたのね)
 友梨は静かに包帯を解く。

 そして、一本の包丁が姿を現した。
 禍々しいエナジー。普通の包丁と少し形状が違うが邪悪さはない。ただただ内包するエナジーが空気を悪くする。
 愛衣の経験から改めて確信した。

「これが『妖具』です。『泣落きゅうらく』と、呼ばれていました」
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