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第2章 呪縛少女編
第25話・・・「元気でね」_「かなり面倒なことになってる」_各々・・・
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友梨の病室には、湊達5人と、担任教師である蔵坂鳩菜がいる。友梨は体を起こして座り、話を静かに聞いていた。
今話している内容は学園側のことなので、警察や医者もいない。
蔵坂が告げた事項に対して、勇士が訊く。
「退学…ということですか?」
「正確には転学よ。稲葉さんは『保密子供』として身元の保証や情報隠蔽はしっかりしてるから、その点は安心して」
『保密子供』。
友梨のような特殊な過去を持つ者に適応される制度だ。
『陽天十二神座』第十席・情報統制組織『禁架』の名の元に制限を掛け、探られたくない過去の検索を禁ずることである。
『禁架』は他にも国家機密事項の管理、メディアに対する抑止力、敵組織に狙われている家のない子供達の長期隠匿保護などの情報に関する面を担っている。
『禁架』に任せておけば稲葉が今後『妖具』に関して晒し者になる心配はないだろう。
「……稲葉さんは『妖具』から解き放たれたことで一般人に戻った。だから、士教育の学校に置くことはできないの。…ごめんなさい」
頭を下げる蔵坂に、友梨が焦って手を振る。
「気にしないで下さい、先生。当然のことですから」
「ありがとう。しばらくはここに入院してもらうから、好きな時に面会に来て構わないわ」
そういわれても、勇士達は一様に暗くなってしまう。
しかし反論もできない。
こればかりはどうしようもないのだ。
素直な気持ちを言えば友梨とはこれからも一緒にいたい。だが学園側が許してくれるはずもないし、そんな我が儘を言うつもりもない。
受け入れないといけないのだ。
『この一年乗り切って6人みんなで高校生になろうぜ』。勇士が前にそう言っていたことを思い出し、一段と悲しい気持ちになる。
「友梨」
この中で最も悲しい気持ちでいるに違いない友梨のルームメイト、愛衣が優しく声を掛ける。
そして、温かく抱きしめた。
「元気になってね」
友梨は少し驚いたが、ふと微笑してそっと背中に手を回す。
研究所では一方的に抱き着かれた感じだったので、こうして抱き合うのは今が初めてだ。
「はい、ありがとうございます」
「…また来るわね」
「はい、お待ちしてます」
「…無理はしないでね」
「もう大丈夫ですよ。愛衣さんこそ、学園の訓練で無理しないで下さい」
愛衣はふふ、と笑い、そっと離れる。
顔と顔を見合わせる。
「やっぱりきつかった? 獅童学園は?」
友梨は楽し気に蔵坂のことを気にしながら、
「まあ、ちょっと大変だったかもしれません」
「よく筋肉痛になってる人間が何言ってるのよ」
「そんなにはなってませんって」
2人の他愛もない会話を聞いている内に、勇士達の悲しみは消えていた。
※ ※ ※
帰りのバスの中。
長い席に左から、琉花、紫音、愛衣、湊、勇士の順で座っていた。
会話らしい会話はない。
友梨がいなくなる寂しさや、先の戦闘での疲れが溜まっていることもある。
琉花は静かに眠り、紫音は過行く景色をボーと眺めている。
愛衣も目を開けている。景色を眺めているのではなく、何も考えずバスに揺られているだけのように見える。悲しみや寂しさは見取れない。
そんな愛衣は、何の前触れもなく、湊の肩にゆっくりと頭を乗せた。頬をくっつける。まるでそれが自然体であるかのように。
湊は何も言わない。女性が男性にこのような行動をするのはあまり普通ではないが、何も言わない。
それを隣で見ていた勇士は複雑に歪みそうな顔を必死に抑え込んでいた。
そして、それを隣で見ていた湊は瞬時に悟った。
(あ、これかなり面倒なことになってる)
◆ ◆ ◆
獅童学園、学園長室。
白髪白鬚の毛は長く、顔面には皺が多い老人が学園長席に座っていた。老衰の様相は全く感じさせない威圧と貫禄があり、着込んだ袴が歳と力の深さを感じさせる。
「ほっほっほ、まさか『妖具』に取り憑かれた生徒がいたとはな。これは不覚」
「まあ、結果的に見れば大事には至らず良かったです」
学園長席の前に立っている男性が応える。ひょろりと伸びた背丈は若干猫背になっており、目元も口元の緩んでいる男性。湊ほどではないが、男性にしては伸びた髪を首の後ろで束ねたその男は、飄々とした時代遅れのおじさんという表現が相応しい。
「しかし、このことは『十二神座』内には広がったんですよね? 大丈夫なんですか? 武者小路家に糾弾とか来ませんでしたか?」
「他の幾つかの『家』の奴らが何か言っていたが、なんてことはない。此れしきのことで失うような信頼は築いとらん」
「さいですか。頼もしいことで」
老人、武者小路源得が書類に目を通し、その目を細める。
「それよりも問題は紅井勇士という生徒だ」
男性、猪本圭介が書類に再度目を通す。
多摩木要次の研究所を捜索したところ、ほとんどの研究員と神宮寺一派が死亡していた。勇士や紫音の証言からやはり茅須弥生の裏切りによるものだと考えられる。多摩木は友梨が使った士器と同じもので逃げたと予測された。
そして、「ほとんど」殺された中で、1人だけ生き残っている者がいた。
「唯一の生存者、不破宇圭を紅井勇士が倒したということですか?」
「そうだ」
不破宇圭はフリーの仕事人だったからか、倒されて見付からなかったからかは分からないが、生き残っていた。今は治療され、警察の取り調べを受けている。
「不破宇圭は堕ち人とは言え、かつて琥珀蝶学院で上位の実力を誇っていた。士の腕前だけは一級品だ。それを倒す紅井勇士、普通であるはずがない。先日の『玄牙』に関してもそうだ。どうもきな臭い」
「……調べますか?」
猪本の言葉に、武者小路はゆっくりと頷いた。
「敵ではないと思うが、今回の稲葉友梨のように何が起きるか分からないのは駄目だ」
「となると、紅井くんと幼馴染の風宮琉花さんも怪しいですね」
「ああ、そちらも調べよう。……ところで、猪本。漣湊と速水愛衣に関してはどうなのだ? 彼らもB級相手にかなり巧く立ち回ったと言うじゃないか。相手が茅須弥生に殺され彼らの証言しかないが、頭が抜きん出ていることは試験結果や日頃の行いを見ていれば分かる。…彼らの出生などはどうなっておる」
猪本は別の資料を取り出す。
「言われると思って先に調べてきました。……結果から言うと、2人とも『保密子供』だったので目ぼしいことは何も」
武者小路が刮目して書類を見詰めている。
「分かったのは2人とも親がおらず、国から成人するまでの援助金をもらっているということです」
「ほう…そうか」
猪本が声のトーンを落として述べた。
「おそらくですが、漣くんと速水さんの隠された過去は、凄惨なものだと思います。…過去に辛い経験をした者が化ける話はよくあることです。彼らは知能を鍛え上げたのでしょう。気に関してはどうしようもないですからね」
合点はいく。そういうことなのか。
そうだとするなら、これ以上調べるのは気が引ける。生徒の辛い過去を掘り起こすような真似はしたくない。
「そうだな。…漣くんと速水くんはそのままで構わない。紅井くんと風宮くんについて重点的に調べよう」
「分かりました。……まあ、どちらにしろ学園長を狙う敵とは思えませんけどね」
「油断は禁物だ」
◆ ◆ ◆
茅須弥生はとある施設内の待合室でお茶を啜っていた。
しばらくしてからドアが開き、白衣を着た女性が入ってくる。
「やあやあ、お待たせお待たせ。久しぶりだねぇ、弥生ちゃん」
気軽に手を振りながら挨拶をしてくる女性は二十代半ばぐらいに見え、それでいて綺麗だった。しっかりセットされたロングヘアに、ピンク色の眼鏡、ピアスや指輪などの装飾品。白衣と眼鏡(派手だが)ば理系にすら見えないだろう。
「お久しぶりです、令而博士」
「気軽に鮫未ちゃんって呼んでくれていいのに」
「そういうわけにもいきません」
白衣を着た女性、令而鮫未は肩を竦めて弥生の向かいに座った。
「聞いたよー。マジで神宮寺とかいうイカレ社長達殺してきたらしいね」
「ですが多摩木だけは逃げられました。申し訳ありません。替わりと言っては何ですが『妖具・泣落』をお持ちしました」
「あはは、マジ? それはありがと。でもあのジジイを殺せなかったことは別にいいよ。確かに『こっち』に来る条件として多摩木のクソジジイ達を殺せーとか言ったけど半分冗談だし。私弥生ちゃんのこと好きだから無条件で迎えるし。ま、あのジジイも『最恐六博士』とか言われてこの私と同じ枠にカテゴライズされるだけはあるってことみたいね」
「では…」
「うん。ノープロブレム! 我が研究所へようこそ!」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる弥生に鮫未は「いいっていいって」と手を振る。
「ていうかさ、なんで多摩木のクソジジイ達あのタイミングで裏切ったの?『妖具』があるってことは逃げられたとか言う子を捕まえたってことだよね? それって研究が進む絶好の機会だったんじゃない?」
「その『妖具』の子と一緒に連れて来た生徒達が予想を大きく上回って厄介だったので、便乗して全て潰したまでです」
弥生の説明に鮫未は表情から心理を読むように首を捻る。コンパクトな説明に納得していないわけではない。もっと根本的なところだ。
「ほんとかな~」
「それ以外何があると言うんです」
「いやね、………弥生ちゃんも情が移ることがあるのかな~って」
にまっと笑みを浮かべる鮫未に、弥生はあくまで冷静な表情で聞き返した。
「何の話ですか?」
「ちょっと気になることがあるんだよねー」
鮫未は軽くそう前置きしてから、続けて述べた。
「クソ多摩木の研究所から『妖具』の子は逃げ出したって言ってたけど、そう簡単に脱走なんてできるのかな? ……実は誰かの手助けがあった……とか?」
鮫未は文字通り鮫のように歯をギラつかせて面白そうな笑みを作る。
「……何が言いたいんですか?」
鮫未を表情を一転、ふざけた感じで悲しそうな顔を作った。
「ああぁん、そんな顔しないで~。弥生ちゃんとは仲良くやって行きたいんだからっ。ね? 楽しく行きましょう」
鮫未が弥生の手を取り、ぶらぶらと振るう。
弥生は小さく溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
秘匿強行探偵事務所『北斗』。
よくある会社の一室と似たような部屋。デスクが並び、PCが置いてある。
『北斗』第四事務所では、人一倍落ち着いた雰囲気のあるの老婆が報告書に目を通していた。
冷静という感じではなく、茶道を嗜む女性のような静けさがある。離れたところにあるデスクに座る老婆は役職が高いということがよく分かる。
すると老婆の眉間に皺が寄った。
「柏木副所長、どうかしましたか?」
目の前で佇んでいた枝毛一つない黒髪セミロングの20代後半くらいの眼鏡を掛けた女性、上山が尋ねる。
「いえ、愛衣ったらまた敵に力を知られたみたいでね。何やってるんだかねぇ、あの子は」
無論、愛衣が阿呆なミスをするわけがない。それはこの老婆が一番よく知っている。
このことについても正当な理由のだろう。
それなのに思わず愚痴ってしまう。
そのことをよく知っている上山はクスリと笑う。
「でも良かったじゃないですか。全員無事で。『妖具』の子についても、心配は必要ないみたいですし」
「ふん、愛衣が直接動いてるんだ。そんなの当然だよ」
「そ、そうですか…」
相変わらず厳しい老婆に対して思わず身を竦めてしまう。
老婆は書類を置き、PCでの作業に打ち込む。
「もういいよ。今のところ問題はないようだし、詳しいことは次の夏休みにでも帰ってきたら聞いとく。ほら、京佳も戻りなっ」
上山京佳はクスリと笑い、自分のデスクに戻った。
柏木と呼ばれた老婆は誰にも気付かれないように微笑んだ。
今話している内容は学園側のことなので、警察や医者もいない。
蔵坂が告げた事項に対して、勇士が訊く。
「退学…ということですか?」
「正確には転学よ。稲葉さんは『保密子供』として身元の保証や情報隠蔽はしっかりしてるから、その点は安心して」
『保密子供』。
友梨のような特殊な過去を持つ者に適応される制度だ。
『陽天十二神座』第十席・情報統制組織『禁架』の名の元に制限を掛け、探られたくない過去の検索を禁ずることである。
『禁架』は他にも国家機密事項の管理、メディアに対する抑止力、敵組織に狙われている家のない子供達の長期隠匿保護などの情報に関する面を担っている。
『禁架』に任せておけば稲葉が今後『妖具』に関して晒し者になる心配はないだろう。
「……稲葉さんは『妖具』から解き放たれたことで一般人に戻った。だから、士教育の学校に置くことはできないの。…ごめんなさい」
頭を下げる蔵坂に、友梨が焦って手を振る。
「気にしないで下さい、先生。当然のことですから」
「ありがとう。しばらくはここに入院してもらうから、好きな時に面会に来て構わないわ」
そういわれても、勇士達は一様に暗くなってしまう。
しかし反論もできない。
こればかりはどうしようもないのだ。
素直な気持ちを言えば友梨とはこれからも一緒にいたい。だが学園側が許してくれるはずもないし、そんな我が儘を言うつもりもない。
受け入れないといけないのだ。
『この一年乗り切って6人みんなで高校生になろうぜ』。勇士が前にそう言っていたことを思い出し、一段と悲しい気持ちになる。
「友梨」
この中で最も悲しい気持ちでいるに違いない友梨のルームメイト、愛衣が優しく声を掛ける。
そして、温かく抱きしめた。
「元気になってね」
友梨は少し驚いたが、ふと微笑してそっと背中に手を回す。
研究所では一方的に抱き着かれた感じだったので、こうして抱き合うのは今が初めてだ。
「はい、ありがとうございます」
「…また来るわね」
「はい、お待ちしてます」
「…無理はしないでね」
「もう大丈夫ですよ。愛衣さんこそ、学園の訓練で無理しないで下さい」
愛衣はふふ、と笑い、そっと離れる。
顔と顔を見合わせる。
「やっぱりきつかった? 獅童学園は?」
友梨は楽し気に蔵坂のことを気にしながら、
「まあ、ちょっと大変だったかもしれません」
「よく筋肉痛になってる人間が何言ってるのよ」
「そんなにはなってませんって」
2人の他愛もない会話を聞いている内に、勇士達の悲しみは消えていた。
※ ※ ※
帰りのバスの中。
長い席に左から、琉花、紫音、愛衣、湊、勇士の順で座っていた。
会話らしい会話はない。
友梨がいなくなる寂しさや、先の戦闘での疲れが溜まっていることもある。
琉花は静かに眠り、紫音は過行く景色をボーと眺めている。
愛衣も目を開けている。景色を眺めているのではなく、何も考えずバスに揺られているだけのように見える。悲しみや寂しさは見取れない。
そんな愛衣は、何の前触れもなく、湊の肩にゆっくりと頭を乗せた。頬をくっつける。まるでそれが自然体であるかのように。
湊は何も言わない。女性が男性にこのような行動をするのはあまり普通ではないが、何も言わない。
それを隣で見ていた勇士は複雑に歪みそうな顔を必死に抑え込んでいた。
そして、それを隣で見ていた湊は瞬時に悟った。
(あ、これかなり面倒なことになってる)
◆ ◆ ◆
獅童学園、学園長室。
白髪白鬚の毛は長く、顔面には皺が多い老人が学園長席に座っていた。老衰の様相は全く感じさせない威圧と貫禄があり、着込んだ袴が歳と力の深さを感じさせる。
「ほっほっほ、まさか『妖具』に取り憑かれた生徒がいたとはな。これは不覚」
「まあ、結果的に見れば大事には至らず良かったです」
学園長席の前に立っている男性が応える。ひょろりと伸びた背丈は若干猫背になっており、目元も口元の緩んでいる男性。湊ほどではないが、男性にしては伸びた髪を首の後ろで束ねたその男は、飄々とした時代遅れのおじさんという表現が相応しい。
「しかし、このことは『十二神座』内には広がったんですよね? 大丈夫なんですか? 武者小路家に糾弾とか来ませんでしたか?」
「他の幾つかの『家』の奴らが何か言っていたが、なんてことはない。此れしきのことで失うような信頼は築いとらん」
「さいですか。頼もしいことで」
老人、武者小路源得が書類に目を通し、その目を細める。
「それよりも問題は紅井勇士という生徒だ」
男性、猪本圭介が書類に再度目を通す。
多摩木要次の研究所を捜索したところ、ほとんどの研究員と神宮寺一派が死亡していた。勇士や紫音の証言からやはり茅須弥生の裏切りによるものだと考えられる。多摩木は友梨が使った士器と同じもので逃げたと予測された。
そして、「ほとんど」殺された中で、1人だけ生き残っている者がいた。
「唯一の生存者、不破宇圭を紅井勇士が倒したということですか?」
「そうだ」
不破宇圭はフリーの仕事人だったからか、倒されて見付からなかったからかは分からないが、生き残っていた。今は治療され、警察の取り調べを受けている。
「不破宇圭は堕ち人とは言え、かつて琥珀蝶学院で上位の実力を誇っていた。士の腕前だけは一級品だ。それを倒す紅井勇士、普通であるはずがない。先日の『玄牙』に関してもそうだ。どうもきな臭い」
「……調べますか?」
猪本の言葉に、武者小路はゆっくりと頷いた。
「敵ではないと思うが、今回の稲葉友梨のように何が起きるか分からないのは駄目だ」
「となると、紅井くんと幼馴染の風宮琉花さんも怪しいですね」
「ああ、そちらも調べよう。……ところで、猪本。漣湊と速水愛衣に関してはどうなのだ? 彼らもB級相手にかなり巧く立ち回ったと言うじゃないか。相手が茅須弥生に殺され彼らの証言しかないが、頭が抜きん出ていることは試験結果や日頃の行いを見ていれば分かる。…彼らの出生などはどうなっておる」
猪本は別の資料を取り出す。
「言われると思って先に調べてきました。……結果から言うと、2人とも『保密子供』だったので目ぼしいことは何も」
武者小路が刮目して書類を見詰めている。
「分かったのは2人とも親がおらず、国から成人するまでの援助金をもらっているということです」
「ほう…そうか」
猪本が声のトーンを落として述べた。
「おそらくですが、漣くんと速水さんの隠された過去は、凄惨なものだと思います。…過去に辛い経験をした者が化ける話はよくあることです。彼らは知能を鍛え上げたのでしょう。気に関してはどうしようもないですからね」
合点はいく。そういうことなのか。
そうだとするなら、これ以上調べるのは気が引ける。生徒の辛い過去を掘り起こすような真似はしたくない。
「そうだな。…漣くんと速水くんはそのままで構わない。紅井くんと風宮くんについて重点的に調べよう」
「分かりました。……まあ、どちらにしろ学園長を狙う敵とは思えませんけどね」
「油断は禁物だ」
◆ ◆ ◆
茅須弥生はとある施設内の待合室でお茶を啜っていた。
しばらくしてからドアが開き、白衣を着た女性が入ってくる。
「やあやあ、お待たせお待たせ。久しぶりだねぇ、弥生ちゃん」
気軽に手を振りながら挨拶をしてくる女性は二十代半ばぐらいに見え、それでいて綺麗だった。しっかりセットされたロングヘアに、ピンク色の眼鏡、ピアスや指輪などの装飾品。白衣と眼鏡(派手だが)ば理系にすら見えないだろう。
「お久しぶりです、令而博士」
「気軽に鮫未ちゃんって呼んでくれていいのに」
「そういうわけにもいきません」
白衣を着た女性、令而鮫未は肩を竦めて弥生の向かいに座った。
「聞いたよー。マジで神宮寺とかいうイカレ社長達殺してきたらしいね」
「ですが多摩木だけは逃げられました。申し訳ありません。替わりと言っては何ですが『妖具・泣落』をお持ちしました」
「あはは、マジ? それはありがと。でもあのジジイを殺せなかったことは別にいいよ。確かに『こっち』に来る条件として多摩木のクソジジイ達を殺せーとか言ったけど半分冗談だし。私弥生ちゃんのこと好きだから無条件で迎えるし。ま、あのジジイも『最恐六博士』とか言われてこの私と同じ枠にカテゴライズされるだけはあるってことみたいね」
「では…」
「うん。ノープロブレム! 我が研究所へようこそ!」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる弥生に鮫未は「いいっていいって」と手を振る。
「ていうかさ、なんで多摩木のクソジジイ達あのタイミングで裏切ったの?『妖具』があるってことは逃げられたとか言う子を捕まえたってことだよね? それって研究が進む絶好の機会だったんじゃない?」
「その『妖具』の子と一緒に連れて来た生徒達が予想を大きく上回って厄介だったので、便乗して全て潰したまでです」
弥生の説明に鮫未は表情から心理を読むように首を捻る。コンパクトな説明に納得していないわけではない。もっと根本的なところだ。
「ほんとかな~」
「それ以外何があると言うんです」
「いやね、………弥生ちゃんも情が移ることがあるのかな~って」
にまっと笑みを浮かべる鮫未に、弥生はあくまで冷静な表情で聞き返した。
「何の話ですか?」
「ちょっと気になることがあるんだよねー」
鮫未は軽くそう前置きしてから、続けて述べた。
「クソ多摩木の研究所から『妖具』の子は逃げ出したって言ってたけど、そう簡単に脱走なんてできるのかな? ……実は誰かの手助けがあった……とか?」
鮫未は文字通り鮫のように歯をギラつかせて面白そうな笑みを作る。
「……何が言いたいんですか?」
鮫未を表情を一転、ふざけた感じで悲しそうな顔を作った。
「ああぁん、そんな顔しないで~。弥生ちゃんとは仲良くやって行きたいんだからっ。ね? 楽しく行きましょう」
鮫未が弥生の手を取り、ぶらぶらと振るう。
弥生は小さく溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
秘匿強行探偵事務所『北斗』。
よくある会社の一室と似たような部屋。デスクが並び、PCが置いてある。
『北斗』第四事務所では、人一倍落ち着いた雰囲気のあるの老婆が報告書に目を通していた。
冷静という感じではなく、茶道を嗜む女性のような静けさがある。離れたところにあるデスクに座る老婆は役職が高いということがよく分かる。
すると老婆の眉間に皺が寄った。
「柏木副所長、どうかしましたか?」
目の前で佇んでいた枝毛一つない黒髪セミロングの20代後半くらいの眼鏡を掛けた女性、上山が尋ねる。
「いえ、愛衣ったらまた敵に力を知られたみたいでね。何やってるんだかねぇ、あの子は」
無論、愛衣が阿呆なミスをするわけがない。それはこの老婆が一番よく知っている。
このことについても正当な理由のだろう。
それなのに思わず愚痴ってしまう。
そのことをよく知っている上山はクスリと笑う。
「でも良かったじゃないですか。全員無事で。『妖具』の子についても、心配は必要ないみたいですし」
「ふん、愛衣が直接動いてるんだ。そんなの当然だよ」
「そ、そうですか…」
相変わらず厳しい老婆に対して思わず身を竦めてしまう。
老婆は書類を置き、PCでの作業に打ち込む。
「もういいよ。今のところ問題はないようだし、詳しいことは次の夏休みにでも帰ってきたら聞いとく。ほら、京佳も戻りなっ」
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