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第3章 学試闘争編
第5話・・・恋愛相談_適格なアドバイス_困ってる・・・
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とある建物の白い廊下を歩く勇士の脳裏に昨日の出来事が映し出される。
『漣すげえ。あの青狩を完全に飼いならしてる…』『一体どんな魔法使ったんだよ…』『湊くんって顔も良いし…良いかも…』と、ざわつくギャラリー。
そして。
『漣って私達が思ってるより凄いのかしら…?』と、慄く琉花。
『ああいうのも才能と言うのでしょうね』と、微笑む紫音。
『やっぱ湊ってカッコイイっ』と、はにかむ愛衣。
勇士は、自分にはあまり向けたことのない愛衣の表情を、横目で見ていた。
※ ※ ※
中間テストを翌日に控えた日の夕暮れ。
勇士はとある建物内の、とあるドアの前に立っていた。
表札が目的の人物の名であることを確認し、ドアをノックした。
『はい。どうぞ』
中から少女の声を受け、ゆっくりと開く。
「やあ、失礼するよ」
勇士は気軽に挨拶をする。
その部屋…病室のベッドで本を読んでいた少女が勇士を視認し、「え!?」と驚きの声を上げる。
「紅井さん? お一人ですか…? 珍しいですね」
少女の言いたいことも分かるので、勇士は返す言葉もないとばかりに苦笑しながら。
「元気そうだね、稲葉」
「はい。もう大分回復してきました」
稲葉友梨。
ふわふわした髪にお嬢様のような雰囲気のある少女。約一か月前に『妖具』を巡る争いの渦中にいた人物だ。
現在は獅童学園からバスで数本の所にある病院で体が完全に回復するまで入院している。時々、愛衣や琉花達とお見舞いに来るが、友梨の言う通り勇士1人で来るのは珍しい。
「あ、どうぞお掛けになって下さい」
友梨がベッド脇の椅子に座るよう促す。
勇士が腰掛けると友梨が心配そうに問い掛けてきた。
「そう言えば明日中間テストですよね? いいんですか?」
そう。明日がテストだ。
前日に何をしているのだ、と教師や琉花達は怒るだろう。
「…練習はもう終わったよ。明日に備えてもう休もうってことになったんだ」
「じゃあ尚更こんなところまで来るべきではないのでは?」
気疲れした情況で勇士が笑う。
「そうなんだけどね……どうしても、テスト前に心の整理を付けておきたかったんだ」
「心の整理?」
「うん。1人じゃどうしても無理でさ……考えてみたら、稲葉に相談するのが一番だと思ったんだ」
「私…ですか?」
勇士が何を言いたいのか薄々と分かってきたが、肝心な部分はまだぼんやりしたままだ。
相談内容はテストについてだろうか? 何にしても、琉花や紫音など、相談相手として適任な人は他にもいる。勇士のルームメイトの湊は正に最適だと思うが。
そんな意見が浮上するが、友梨は穏和な表情で受け止めた。
「私でよければ相談に乗りますが…テストのことはよく分かりませんよ?」
「いや、テストのことではないんだ…」
「? 違うのですか? それなら…何の…?」
小首を傾げる友梨。
だが勇士は煮え切らない態度で口を開けたり閉じたりを繰り返している。どうやら告げるのに余程勇気を必要とするらしい。
勇士からぬ言動に友梨は少しも気分を害さず、そっと言い添えた。
「紅井さん。折角ここまで来たのですから、話して下さい。もちろん、誰にも言いませんから」
温情の籠った言葉に、勇士は幾分か平静さを取り戻す。
大きく息を吸い、吐いていく。一つ深呼吸してから、言葉を発した。
「実を言うと……す、好きな人ができたかもしれないんだ…」
「っ!?」
思い掛けないその内容に、友梨は新鮮な驚きを覚えた。
「紅井さんに好きな人…ですかっ?」
「あ、ああ…」
勇気を振り絞り、顔を赤くしている勇士の姿は嘘をついているようには見えない。
元より嘘とは思っていなかったが、その可能性を疑ってしまうくらい衝撃的な告白だったのだ。
決して付き合いが長くはないが、勇士がどうしようもない鈍感男だということは知っている。何も気付かない勇士に振り回される琉花と紫音、そんな3人を軽く弄る湊と愛衣、その構図が傍から見ていてもどかしくもあり、面白くもあった。
そんな勇士に好きな人ができた。
(まさか恋愛相談なんて…でもそれこそ漣さんとかに……いや、それができないから私に? ん? 何だかとてつもなく大変なことが起きそうな気が……いやいや、落ち着こう)
慌てないよう自分に言い聞かせ、友梨は一つの大謎の核心に迫る心持ちで訊いた。
「その好きな相手とは?」
「あ、あの、まだ好きかどうかは分からないんだけど………………………速水のことが……かもしれないんだ」
「……………………………………?」
え?と言葉すら出ない。絶句。
速水。つまり速水愛衣。勇士含めるいつも一緒にいる5人の内の1人の女子。
(よりにもよって……愛衣さんですか……)
これはどうしたものか。
琉花と紫音は勇士のことが好き。これは周知の事実だ。琉花に至っては幼馴染で子供の頃からと来ている。
その勇士は愛衣が好き。本人は「かもしれない」と言っているが確実だろう。
愛衣は…おそらくだが湊を気に掛けている。その辺は友梨にも分からないが、少なくとも勇士より湊の方が好きだろう。
湊は不明。愛衣以上に分からない。取り敢えずスペックは高い。見方によっては勇士以上だ。
複雑過ぎる。よくここまで拗れることができたと言いたいほどだ。
「わ、私以外に相談相手はいないのですか…?」
1人で抱えきれないと判断した友梨が一縷の望みを見出さんと尋ねる。
(そもそも私に恋愛経験ゼロの私に恋愛相談ておかしいでしょう…)
友梨の心中での泣き言も虚しく、勇士は重々しく首を横に振った。
「湊はその…あれだし…琉花や紫音に話そうかと思ったんだけど、テスト前にこんなこと言って動揺させたくなかったんだ。本当は中間テストが終わるまで保留にしようと思ってたんだけど、最近の湊が凄くてね。…少し心を落ち着けたかったのもあるんだ」
(この言い分…琉花さんと紫音さんの気持ちには気付いてないようですね)
恋を知っても恋には気付けないか。
確かに現状では友梨は最適で適度な相談相手かもしれない。
友梨と勇士の関係もそこまで深いとは言い切れないが、友梨が今までどんな人生を歩んできたかを知っているだけに、信頼はできるのだろう。
友梨は腹を括り、話を聞くことにした。
「それにしても急ですよね。一体いつから何ですか?」
「いや、それほど急でもないんだ。その…稲葉の『妖具』の時に…」
「? どういうことですか?」
友梨が詳細を尋ねると、勇士は素直に語り出した。
約一か月前、友梨の『妖具』の件で敵地での愛衣の活躍と笑顔に心惹かれたこと。『妖具』に覚醒した友梨を確保する際、愛衣にまんまと乗せられ利用されたこと。そのことを悪戯っぽい笑みで誤魔化され、心臓が大きく脈打ったこと。
そのことを聞いた友梨はと言うと。
(え? まさかの私が要因の1つ…ですか? …『妖具』に呪われてたとはいえ私を倒した時にそんなことが…)
変なところで自分が影響を与えていたことに妙な驚愕を覚える友梨。思わず心の中で琉花と紫音に(ごめんなさい)と謝ってしまう。自分に非はないと頭で理解はできているが、心がそうしてしまう。
「ほんと…複雑ですね」
勇士が「ああ」と頷く。
「…よく驚かれるんだが、俺は恋愛経験がなくてね。人を好きになったこともないからこれが恋なのかも分からない…」
「…紅井さん的には、これからどうしようと考えてるんですか?」
自分で少しは考えているはず。友梨はそれを修正していく形でいこうとする。
勇士は緊張した面持ちで述べた。
「…稲葉も大体察しが付いてるとは思うんだが、俺には『秘密』がある。…絶対に成し遂げなければならない目的がある。それが終わるまでは他のことなんて考えられない」
それを聞いて友梨は思った。
(……紅井さんも複雑な事情を抱えてるというわけですね。それらの感情が入り混じって『恋』と自覚できないのでしょうか?)
一つの目的に向けて感情を研ぎ澄ませていたところに、思わぬ感情が飛び込んできた形なのだろう。混乱するのも仕方ない。
勇士が自嘲気味笑い、続けて述べた。
「でも、俺が保留にしている間に速水が離れていくのは……なんというか、嫌なんだ。…だから、この気持ちが恋だと確信したら、告白しようと思ってる」
「…………え!?」
一拍どころか、何拍も遅れて理解し、大声を上げてしまった。
何を言い出すかと思えば、突拍子がないにもほどがある。
「こ、告白…ですか!?」
「ああ。その場合は『秘密』のことも全部打ち上げるつもりだ。それでどう思われようと構わない。悔いは残したくないんだ」
「落ち着いて下さい。紅井さん、かなり混乱しています。その『秘密』というのは私の与り知らぬところですが、そう簡単にばらしていいのですか?」
「…極力他言しないよう『言われている』が、そこまで強制的ではない。考えてもみてくれ、絶対守秘なら、俺だって力をもっと抑えるさ」
勇士は特段力を隠してはいない。二刀流以外、ほぼ全て曝け出している。勇士達は知らないが、湊や愛衣のように徹底的に力を隠してはいない。
「それもそうですね…」
「いずれ湊達にも話す時が来ると思う。…こんな相談に乗らせてしまったからね、稲葉にも話してもいいだけど、話すと長いからまた今度でいいかな?」
とんでもないと友梨が両手を振る。
「私はいいですよっ。お気になさらず」
「そう?」
「はい。それよりも、告白するということですが……その、今の関係が壊れたりとか、心配ごとが多いのですが…」
勇士がハッとした表情を浮かべる。
(気付いてなかったんですか?)
「そうか…。俺だけの問題じゃないんだよな…。俺の身の上話なんてされても困らせるだけか…」
勝手が全く分かっていない。
「まあ、その歳で初恋ですからね。そう慌てなくていいのではないですか? 多分ですが、紅井さんを取り巻く関係はしばらく今の状態が続くと思うので、焦ることはないと思います」
「そう…かな?」
不安そうに問う勇士に、友梨は力強く頷いた。
「しばらくは今の状態を維持しつつ、地道に愛衣さんとの距離を縮めるよう努める…という感じでどうでしょう?」
実に無難な提案である。
勇士もその考えはあったようで「うーん」と唸る。
「やっぱり、それが一番なのかな?」
「だと…思います。結果を急ぎ過ぎるのはよくないことです。冷静に行きましょう」
(ここで紅井さんに釘を打っておかないと取り返しの付かないことになる気がする…っ! 踏み止まって下さいっ)
そこまで念じる必要もなく、勇士は「分かった」と首を縦に振ってくれた。
「ありがとう。稲葉に相談してよかったよ」
「心の整理は付きましたか?」
「うん。人を好きになるって当然だけど、自分1人の問題じゃないってちゃんと理解できた気がするよ。…まあ、まだ速水が好きかは分からないんだけどね」
ふふ、と微笑する友梨が、柔らかく述べた。
「これからじっくり吟味してみてください」
「うん」
勇士は立ち上がり、憑き物が取れたようなさっぱりした笑みを浮かべる。
「それじゃ、そろそろ面会時間も終わりだから、帰るね。…もしよかったら、また相談に乗ってもらってもいいかな?」
「どうぞ。遠慮なく来て下さい」
友梨は天使のような微笑みで応えてくれた。
勇士は病院を出てもうすっかり暗くなっている夜空を見上げた。星が綺麗な夜空は勇士の心を更にすっきりさせた。
◆ ◆ ◆
湊は寮内にある自動販売機がたくさんあるスペースで、缶ジュースを飲んでいた。
今の湊は風呂から出たばかりの寝間着姿だ。肌身離さず装着しているヘッドホンも無く、濡れた夜色の髪も結わずに垂らしている。
寝間着は一応男物だが湊の容姿や長い髪、基本的に大人しい振る舞いを以てすれば容易に女に見えてしまう。
だがそんな湊の風呂上りの姿はみんな見慣れたもので、すれ違いざまに「おやすみ」と挨拶してくれる。勇士と違って順調に交友関係を広げている。
自販機スペースの長椅子に座っていると、隣に1人の生徒が腰掛ける。湊はそちらを向くが、それが誰なのかは見なくても分かった。
「愛衣。何か用?」
愛衣も寝間着だ。今風呂から出て来たところのなのだろう。湊と同じように水気のある髪を垂らしている。普段のギャルっぽさはほとんどなく、清楚さが目立つ。
愛衣は頬を膨らませて。
「用が無きゃ隣に座っちゃいけない?」
「そんなことはないけど…」
「ふーん、じゃあそれちょーだい」
「え?」
愛衣は有無を言わさず、湊から缶ジュースを奪い取った。そして躊躇いなくそれを飲み干した。
間接キスである。
湊はそういう行為に頓着する性格ではないので構わないが、一つ忠告をしておいた。
「…そういうの、勇士の前ではやめてくれよ」
言われて、愛衣は目を丸くしてから顔を綻ばせる。
「なんで?」
「…言わせるな」
「ふふふっ」
怪しく笑う愛衣は、楽しそうだ。
「……あれ、湊なら気付くか」
「まあね」
湊は洞察力に関しては別段隠していないので、すんなりと認める。
「…正直、困ってるんだけど」
力なく笑う愛衣は、本当に困っているようだ。
「あんまりそういうこと言うなよ」
「本人に対して言うつもりはないわよ」
「あったらこっちが困る。……まあ、勇士もそんな結果を急がないと思うから、じっくり考えなよ」
愛衣が懐疑的な表情を浮かべる。
「そうかな? 紅井って猪突猛進なところがあると思うんだけど」
それには湊も同意見だ。勇士は良くも悪くも勇ましい。後先考えず突っ走るところがある。
愛衣はそこを心配しているのだろうが、湊は既に安心しきっていた。
「大丈夫だと思うよ。良い相談相手を見付けたみたいだから」
「相談相手?」
愛衣は首を傾げ、湊の発言の意味を考える。そしてまさか、と表情を変える。
湊はそれ以上は何も言わず、立ち上がって空き缶を捨てて。
「それじゃ、俺明日12ブロックの最初の試合だから、早めに寝るわ」
「……ええ。おやすみ。試合見に行くわね」
「ご自由に。…おやすみ」
湊は後ろ手を振りながら、自販機スペースを後にした。
愛衣は1人残って考え込みながら、思った。
(迷惑掛けてごめんね、友梨)
『漣すげえ。あの青狩を完全に飼いならしてる…』『一体どんな魔法使ったんだよ…』『湊くんって顔も良いし…良いかも…』と、ざわつくギャラリー。
そして。
『漣って私達が思ってるより凄いのかしら…?』と、慄く琉花。
『ああいうのも才能と言うのでしょうね』と、微笑む紫音。
『やっぱ湊ってカッコイイっ』と、はにかむ愛衣。
勇士は、自分にはあまり向けたことのない愛衣の表情を、横目で見ていた。
※ ※ ※
中間テストを翌日に控えた日の夕暮れ。
勇士はとある建物内の、とあるドアの前に立っていた。
表札が目的の人物の名であることを確認し、ドアをノックした。
『はい。どうぞ』
中から少女の声を受け、ゆっくりと開く。
「やあ、失礼するよ」
勇士は気軽に挨拶をする。
その部屋…病室のベッドで本を読んでいた少女が勇士を視認し、「え!?」と驚きの声を上げる。
「紅井さん? お一人ですか…? 珍しいですね」
少女の言いたいことも分かるので、勇士は返す言葉もないとばかりに苦笑しながら。
「元気そうだね、稲葉」
「はい。もう大分回復してきました」
稲葉友梨。
ふわふわした髪にお嬢様のような雰囲気のある少女。約一か月前に『妖具』を巡る争いの渦中にいた人物だ。
現在は獅童学園からバスで数本の所にある病院で体が完全に回復するまで入院している。時々、愛衣や琉花達とお見舞いに来るが、友梨の言う通り勇士1人で来るのは珍しい。
「あ、どうぞお掛けになって下さい」
友梨がベッド脇の椅子に座るよう促す。
勇士が腰掛けると友梨が心配そうに問い掛けてきた。
「そう言えば明日中間テストですよね? いいんですか?」
そう。明日がテストだ。
前日に何をしているのだ、と教師や琉花達は怒るだろう。
「…練習はもう終わったよ。明日に備えてもう休もうってことになったんだ」
「じゃあ尚更こんなところまで来るべきではないのでは?」
気疲れした情況で勇士が笑う。
「そうなんだけどね……どうしても、テスト前に心の整理を付けておきたかったんだ」
「心の整理?」
「うん。1人じゃどうしても無理でさ……考えてみたら、稲葉に相談するのが一番だと思ったんだ」
「私…ですか?」
勇士が何を言いたいのか薄々と分かってきたが、肝心な部分はまだぼんやりしたままだ。
相談内容はテストについてだろうか? 何にしても、琉花や紫音など、相談相手として適任な人は他にもいる。勇士のルームメイトの湊は正に最適だと思うが。
そんな意見が浮上するが、友梨は穏和な表情で受け止めた。
「私でよければ相談に乗りますが…テストのことはよく分かりませんよ?」
「いや、テストのことではないんだ…」
「? 違うのですか? それなら…何の…?」
小首を傾げる友梨。
だが勇士は煮え切らない態度で口を開けたり閉じたりを繰り返している。どうやら告げるのに余程勇気を必要とするらしい。
勇士からぬ言動に友梨は少しも気分を害さず、そっと言い添えた。
「紅井さん。折角ここまで来たのですから、話して下さい。もちろん、誰にも言いませんから」
温情の籠った言葉に、勇士は幾分か平静さを取り戻す。
大きく息を吸い、吐いていく。一つ深呼吸してから、言葉を発した。
「実を言うと……す、好きな人ができたかもしれないんだ…」
「っ!?」
思い掛けないその内容に、友梨は新鮮な驚きを覚えた。
「紅井さんに好きな人…ですかっ?」
「あ、ああ…」
勇気を振り絞り、顔を赤くしている勇士の姿は嘘をついているようには見えない。
元より嘘とは思っていなかったが、その可能性を疑ってしまうくらい衝撃的な告白だったのだ。
決して付き合いが長くはないが、勇士がどうしようもない鈍感男だということは知っている。何も気付かない勇士に振り回される琉花と紫音、そんな3人を軽く弄る湊と愛衣、その構図が傍から見ていてもどかしくもあり、面白くもあった。
そんな勇士に好きな人ができた。
(まさか恋愛相談なんて…でもそれこそ漣さんとかに……いや、それができないから私に? ん? 何だかとてつもなく大変なことが起きそうな気が……いやいや、落ち着こう)
慌てないよう自分に言い聞かせ、友梨は一つの大謎の核心に迫る心持ちで訊いた。
「その好きな相手とは?」
「あ、あの、まだ好きかどうかは分からないんだけど………………………速水のことが……かもしれないんだ」
「……………………………………?」
え?と言葉すら出ない。絶句。
速水。つまり速水愛衣。勇士含めるいつも一緒にいる5人の内の1人の女子。
(よりにもよって……愛衣さんですか……)
これはどうしたものか。
琉花と紫音は勇士のことが好き。これは周知の事実だ。琉花に至っては幼馴染で子供の頃からと来ている。
その勇士は愛衣が好き。本人は「かもしれない」と言っているが確実だろう。
愛衣は…おそらくだが湊を気に掛けている。その辺は友梨にも分からないが、少なくとも勇士より湊の方が好きだろう。
湊は不明。愛衣以上に分からない。取り敢えずスペックは高い。見方によっては勇士以上だ。
複雑過ぎる。よくここまで拗れることができたと言いたいほどだ。
「わ、私以外に相談相手はいないのですか…?」
1人で抱えきれないと判断した友梨が一縷の望みを見出さんと尋ねる。
(そもそも私に恋愛経験ゼロの私に恋愛相談ておかしいでしょう…)
友梨の心中での泣き言も虚しく、勇士は重々しく首を横に振った。
「湊はその…あれだし…琉花や紫音に話そうかと思ったんだけど、テスト前にこんなこと言って動揺させたくなかったんだ。本当は中間テストが終わるまで保留にしようと思ってたんだけど、最近の湊が凄くてね。…少し心を落ち着けたかったのもあるんだ」
(この言い分…琉花さんと紫音さんの気持ちには気付いてないようですね)
恋を知っても恋には気付けないか。
確かに現状では友梨は最適で適度な相談相手かもしれない。
友梨と勇士の関係もそこまで深いとは言い切れないが、友梨が今までどんな人生を歩んできたかを知っているだけに、信頼はできるのだろう。
友梨は腹を括り、話を聞くことにした。
「それにしても急ですよね。一体いつから何ですか?」
「いや、それほど急でもないんだ。その…稲葉の『妖具』の時に…」
「? どういうことですか?」
友梨が詳細を尋ねると、勇士は素直に語り出した。
約一か月前、友梨の『妖具』の件で敵地での愛衣の活躍と笑顔に心惹かれたこと。『妖具』に覚醒した友梨を確保する際、愛衣にまんまと乗せられ利用されたこと。そのことを悪戯っぽい笑みで誤魔化され、心臓が大きく脈打ったこと。
そのことを聞いた友梨はと言うと。
(え? まさかの私が要因の1つ…ですか? …『妖具』に呪われてたとはいえ私を倒した時にそんなことが…)
変なところで自分が影響を与えていたことに妙な驚愕を覚える友梨。思わず心の中で琉花と紫音に(ごめんなさい)と謝ってしまう。自分に非はないと頭で理解はできているが、心がそうしてしまう。
「ほんと…複雑ですね」
勇士が「ああ」と頷く。
「…よく驚かれるんだが、俺は恋愛経験がなくてね。人を好きになったこともないからこれが恋なのかも分からない…」
「…紅井さん的には、これからどうしようと考えてるんですか?」
自分で少しは考えているはず。友梨はそれを修正していく形でいこうとする。
勇士は緊張した面持ちで述べた。
「…稲葉も大体察しが付いてるとは思うんだが、俺には『秘密』がある。…絶対に成し遂げなければならない目的がある。それが終わるまでは他のことなんて考えられない」
それを聞いて友梨は思った。
(……紅井さんも複雑な事情を抱えてるというわけですね。それらの感情が入り混じって『恋』と自覚できないのでしょうか?)
一つの目的に向けて感情を研ぎ澄ませていたところに、思わぬ感情が飛び込んできた形なのだろう。混乱するのも仕方ない。
勇士が自嘲気味笑い、続けて述べた。
「でも、俺が保留にしている間に速水が離れていくのは……なんというか、嫌なんだ。…だから、この気持ちが恋だと確信したら、告白しようと思ってる」
「…………え!?」
一拍どころか、何拍も遅れて理解し、大声を上げてしまった。
何を言い出すかと思えば、突拍子がないにもほどがある。
「こ、告白…ですか!?」
「ああ。その場合は『秘密』のことも全部打ち上げるつもりだ。それでどう思われようと構わない。悔いは残したくないんだ」
「落ち着いて下さい。紅井さん、かなり混乱しています。その『秘密』というのは私の与り知らぬところですが、そう簡単にばらしていいのですか?」
「…極力他言しないよう『言われている』が、そこまで強制的ではない。考えてもみてくれ、絶対守秘なら、俺だって力をもっと抑えるさ」
勇士は特段力を隠してはいない。二刀流以外、ほぼ全て曝け出している。勇士達は知らないが、湊や愛衣のように徹底的に力を隠してはいない。
「それもそうですね…」
「いずれ湊達にも話す時が来ると思う。…こんな相談に乗らせてしまったからね、稲葉にも話してもいいだけど、話すと長いからまた今度でいいかな?」
とんでもないと友梨が両手を振る。
「私はいいですよっ。お気になさらず」
「そう?」
「はい。それよりも、告白するということですが……その、今の関係が壊れたりとか、心配ごとが多いのですが…」
勇士がハッとした表情を浮かべる。
(気付いてなかったんですか?)
「そうか…。俺だけの問題じゃないんだよな…。俺の身の上話なんてされても困らせるだけか…」
勝手が全く分かっていない。
「まあ、その歳で初恋ですからね。そう慌てなくていいのではないですか? 多分ですが、紅井さんを取り巻く関係はしばらく今の状態が続くと思うので、焦ることはないと思います」
「そう…かな?」
不安そうに問う勇士に、友梨は力強く頷いた。
「しばらくは今の状態を維持しつつ、地道に愛衣さんとの距離を縮めるよう努める…という感じでどうでしょう?」
実に無難な提案である。
勇士もその考えはあったようで「うーん」と唸る。
「やっぱり、それが一番なのかな?」
「だと…思います。結果を急ぎ過ぎるのはよくないことです。冷静に行きましょう」
(ここで紅井さんに釘を打っておかないと取り返しの付かないことになる気がする…っ! 踏み止まって下さいっ)
そこまで念じる必要もなく、勇士は「分かった」と首を縦に振ってくれた。
「ありがとう。稲葉に相談してよかったよ」
「心の整理は付きましたか?」
「うん。人を好きになるって当然だけど、自分1人の問題じゃないってちゃんと理解できた気がするよ。…まあ、まだ速水が好きかは分からないんだけどね」
ふふ、と微笑する友梨が、柔らかく述べた。
「これからじっくり吟味してみてください」
「うん」
勇士は立ち上がり、憑き物が取れたようなさっぱりした笑みを浮かべる。
「それじゃ、そろそろ面会時間も終わりだから、帰るね。…もしよかったら、また相談に乗ってもらってもいいかな?」
「どうぞ。遠慮なく来て下さい」
友梨は天使のような微笑みで応えてくれた。
勇士は病院を出てもうすっかり暗くなっている夜空を見上げた。星が綺麗な夜空は勇士の心を更にすっきりさせた。
◆ ◆ ◆
湊は寮内にある自動販売機がたくさんあるスペースで、缶ジュースを飲んでいた。
今の湊は風呂から出たばかりの寝間着姿だ。肌身離さず装着しているヘッドホンも無く、濡れた夜色の髪も結わずに垂らしている。
寝間着は一応男物だが湊の容姿や長い髪、基本的に大人しい振る舞いを以てすれば容易に女に見えてしまう。
だがそんな湊の風呂上りの姿はみんな見慣れたもので、すれ違いざまに「おやすみ」と挨拶してくれる。勇士と違って順調に交友関係を広げている。
自販機スペースの長椅子に座っていると、隣に1人の生徒が腰掛ける。湊はそちらを向くが、それが誰なのかは見なくても分かった。
「愛衣。何か用?」
愛衣も寝間着だ。今風呂から出て来たところのなのだろう。湊と同じように水気のある髪を垂らしている。普段のギャルっぽさはほとんどなく、清楚さが目立つ。
愛衣は頬を膨らませて。
「用が無きゃ隣に座っちゃいけない?」
「そんなことはないけど…」
「ふーん、じゃあそれちょーだい」
「え?」
愛衣は有無を言わさず、湊から缶ジュースを奪い取った。そして躊躇いなくそれを飲み干した。
間接キスである。
湊はそういう行為に頓着する性格ではないので構わないが、一つ忠告をしておいた。
「…そういうの、勇士の前ではやめてくれよ」
言われて、愛衣は目を丸くしてから顔を綻ばせる。
「なんで?」
「…言わせるな」
「ふふふっ」
怪しく笑う愛衣は、楽しそうだ。
「……あれ、湊なら気付くか」
「まあね」
湊は洞察力に関しては別段隠していないので、すんなりと認める。
「…正直、困ってるんだけど」
力なく笑う愛衣は、本当に困っているようだ。
「あんまりそういうこと言うなよ」
「本人に対して言うつもりはないわよ」
「あったらこっちが困る。……まあ、勇士もそんな結果を急がないと思うから、じっくり考えなよ」
愛衣が懐疑的な表情を浮かべる。
「そうかな? 紅井って猪突猛進なところがあると思うんだけど」
それには湊も同意見だ。勇士は良くも悪くも勇ましい。後先考えず突っ走るところがある。
愛衣はそこを心配しているのだろうが、湊は既に安心しきっていた。
「大丈夫だと思うよ。良い相談相手を見付けたみたいだから」
「相談相手?」
愛衣は首を傾げ、湊の発言の意味を考える。そしてまさか、と表情を変える。
湊はそれ以上は何も言わず、立ち上がって空き缶を捨てて。
「それじゃ、俺明日12ブロックの最初の試合だから、早めに寝るわ」
「……ええ。おやすみ。試合見に行くわね」
「ご自由に。…おやすみ」
湊は後ろ手を振りながら、自販機スペースを後にした。
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彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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