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第3章 学試闘争編
第16話・・・最上の苦悩_ごろごろ_急急如律令・・・
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勇士が至った最低最悪な結論。
蔵坂鳩菜=カキツバタ。
(そんな……はずは……)
その時、勇士へと飛んできた弾丸に数瞬遅れて気が付いた。
慌てて勇士は火を飛ばしながら後方へ退く。直後に炸裂が起き、勇士と鳩菜の間に巨大な雷の壁が出来上がる。
「………あ…」
既に、鳩菜は近辺にいなかった。
心のできた大きな隙が、相手を逃がしてしまった。
しかし、今の勇士に取って、鳩菜を逃がしたことなどどうでもよかった。
とにかく、勇士は監視カメラの届かない場所、葉の多い木の枝の上へと跳んだ。木の幹に背中を預け、刀を鞘へ納め、自らを落ち着けた。
体が熱い。発汗が止まらない。呼吸が収まるどころか早くなる。頭がアルコールでも飲んだように揺れる。……全く落ち着かない。
そんな落ち着かない状態で、勇士は考える。
(蔵坂先生が……カキツバタ…?)
敬い慕う担任の蔵坂先生が『聖』。
証拠、根拠は何もない。ただの直感。
『聖』は勇士の憎むべき相手。どんな状況であろうと、『聖』のことを考えると憎悪しか湧いてこない。
しかし、今に限っては憎悪よりも、一つの切な願いが勇士の心を満たしていた。
……どうか、蔵坂先生が『聖』ではありませんように、という、お願い。
鳩菜は生徒からの人気も高く、勇士もその人柄を大いに尊敬している。あの大人びていながらどこか無邪気な笑顔は、中々できるものではない。
しかし、『聖』だとすればその笑顔も偽物。彼女の人気自体が彼女が作り上げたまやかしということになる。
そうであってほしくない。彼女は『聖』などではなく、本当にただ生徒思いの優しい先生だ。
勇士は自分の予想が外れていることを、心から願った。
『聖』だとしたら、殺さなくてはいけないから。
※ ※ ※
学園の敷地外れ。
その道のマンホールの一つがぱかっと開く。
中から姿を現したのは息切れ切れの状態の紫音だ。いつもはぱっちり開いた瞳も少し胡乱でいて、髪も乱れている。お嬢様とは程遠い姿であっても、マンホールから体を上がらせるその仕草から気品を感じる。
勇士や鳩菜がいた地点からかなりの距離離れている。
なぜそんなに離れたのか、簡潔に説明すると下水道内で他のペアに襲われたからだ。
強化系である勇士と炸裂系である鳩菜の戦地の真下にいて落盤に巻き込まれる可能性はないとはいえない。なので、少し離れたところで様子見をしていたら、下水道に降りていた別のペアに遭遇し、二対一で戦うことに。
そのペアは愛衣と深恋が一次試験の最初に戦った釧路と浜部だ。D級二人相手は大技行使後の紫音には非常にキツく、戦ってなんとか二人を倒した頃には道順もうろ覚えな程に遠ざかっていた。
紫音は早期に勇士と合流することは諦め、取り敢えず体を休めつつ敷地の外れのマンホールから姿を現したのだ。マンホールは道にしかなく、隠れやすい林の中にこっそりと出ることはできない。
「ふぅ」
紫音は近くの茂みの影に移動し、回復を測る。勇士がどうなったかは分からないが、今は自分のことで手一杯だ。
(勇士さんとの合流を念頭に置きつつ、しばらくは大人しくしましょう)
紫音が今後の見立てを決める。
……それから、三十分以上が経過し、三時間を過ぎた。
◆ ◆ ◆
獅童学園の校舎はコの字型になっていて、必然的に屋上もそうなっている。その屋上は三つの棟ごとに区切られていて、通れないよう敷居がある。
その一棟の屋上に、その少女はいた。
「うー」
ごろごろごろ。
緊張感の欠片もない声を発しながら、暗くなった空の下、学校の屋上で寝転がる。
腰まで伸ばした紺色の髪を今は首の当たりで簡単に、頑丈に束ねた女子、久浪夢亜だ。
「がー」
ごろごろ。
コンクリートの上だが気にせずごろごろごろ。
そんな彼女の様子も観戦席に映し出されている。彼女も今は戦闘服を着用していてスカートではない。それでも、雰囲気だけで甘美な色気を感じる彼女の自堕落な姿に思春期真っ只中な心になる男子生徒も少なくない。
夢亜はうつ伏せになり、コンクリートが体の前と接することで自身の胸の無さを改めて感じながら、のんびりと思考を回す。
(ねむーい。だるーい。…ペアやられて一人になっちゃったら、なーんかやる気なくなっちゃったー)
夢亜のペアは既にリタイアしている。一時間程前に別のペア二組と三つ巴のバトルを繰り広げることになり、夢亜だけが生き残ったのだ。
ごろごろと既に戦意喪失という具合に見えるかもしれないが、100パーセントなくなったわけではない。
屋上で怠けていることも一応考えはある。屋上は意外と盲点なのだ。校舎の屋上で何かあれば周囲に目立つし、逃げ場も少ない。
だからこそ、あまり人が来ない。夢亜のように戦う気がなく、ただ時間経過していくことだけを狙う人に取って、身を隠すのにちょうどいいのだ。
ごろごろ、ごろごろ、と。
堅いコンクリートの上を転げ回る。それからまたうつ伏せになり、匍匐前進で屋上の端、フェンスの方まで進んだ。屋上は頑丈なフェンスだけに囲まれているので内外からの見晴らしがよく、下手に立ち上がって地上の生徒に発見されない為である。
それから身軽な動作で即座に女の子座りになり、学園の敷地を一部一望する。
(三十分ぐらい前の派手な衝突から大きな動きはない…のかな? ここからじゃ気探知しにくいし、どうなってるか分からないか。…………んん?)
……その時、夢亜がとある気を探知する。
近くはないが、遠くもない。
方角と距離をほぼ掴み、うんざりした顔を浮かべつつ夢亜は屋上ですぐに身を隠した。幸い、各棟を区切る敷居が夢亜をしっかり隠してくれる。
それから数秒後、
ガガンッという強烈な破壊音が同じフロア、屋上で響いた。
コの字型屋上の真ん中、そこへの出入り口の扉が壊されたのだ。その横の棟の屋上にいる夢亜は、顔を出さず、手持ちの鏡で状況を把握する。
(…うわ…来木田岳徒に……相手は……、猪本先生じゃんっ)
その対戦カードは、誰もが唸るものだった。
◆ ◆ ◆
(ったく、面倒だがありがたいことになったぜ)
風吹く屋上で猪本圭介はいつものようにどこか恰好付けた態勢でそう思った。
目の前には来木田岳徒。氷の刃で出来た槍を構えている。
猪本は武者小路学園長からの指示を受け、屋上にいるという久浪夢亜をリタイアさせるべく何気ない足取りで屋上へ向かう途中、校舎外からガラスを割って入ってきた来木田に戦いを仕掛けられた。
そして即座にこれをチャンスと見なし、逃げるように階上へ、夢亜のいる屋上へ向かったのだ。
(試験ももう残り二時間を切ってる。それに向こうから仕掛けてきたんだ。俺が来木田岳徒をリタイアさせても言及も追及もされることはない)
「考え事ですか? 余裕ですね」
来木田がうっすら笑みを浮かべながら言葉を投げてくる。
猪本が苦笑して。
「おっと悪いね。子どもと違って大人は色々なものに追われてんのよ。それよりもそっちこそいいのか? その服の跡、随分な激戦をしたみたいだが?」
「問題ありません。ゆっくりと休ませて頂きましたから。それに校舎の窓に見えた猪本先生を見たら疲れなんて吹っ飛んじゃいましたよ」
「その台詞、女性から聞きたかったぜ」
言い合う二人の間に油断も隙もない。それを間近で見ている夢亜はそう思った。観戦中の生徒もそう直感していることだろう。
武者小路家と九頭竜川家は犬猿の仲だともっぱらの噂。
その二家の傘下である来木田家と猪本家の者が対峙しているのだ。たかだか学校の試験で『士協会』上層部の黒々とした言い争いを見せ付けるとも思えないが、その心を考えると、どうしても邪推してしまう。
「ところで先……おっとッッ!」
何かを言いかけた来木田へ向けて、猪本の攻撃が飛んでくる。そしてその攻撃を躱した。
「…人が話してる途中ですよ」
「ここは戦場だ。甘いこと言ってるなよ」
「それもそうですね!」
槍を構え、来木田が駆ける。
強化系の加速法は系統随一だ。
すぐに距離を無くす。
しかし、そんな来木田の眼前にまたも猪本の武器が飛来してくる。
それは…、数枚の紙片だった。A5サイズの紙を縦に切った大きさの髪。一見、御札のようだ。
来木田はその札に触れないようにステップと水で躱し、いなす。しかしそれを全て払ったところで、大量の御札による第二破が迫っていることに気付かされる。
舌打ちをしながら来木田が腕を水平に振る。
「『水の壁』!」
横に広く、縦に長く、御札が溢れ出ないように水の壁を作る。
「こっちだぜ?」
「!?」
いつの間にか来木田の斜め後方に移動していた猪本がそこで佇んでおり、振り向いた直後に持っていた一枚の御札を投げ付けてくる。
振り向いてバランスの定まらない僅かな間に御札が三十センチ未満にまで接近する。
(しまっ…!)
「『急急如律令』!」
猪本が叫ぶと、その御札が系統も属性も混ぜない純粋な気だけで膨らむように破裂した。発光しながら破裂したそれはあまり威力を感じさせず、来木田にもダメージを与えられるような攻撃ではないように見えた……が。
「うぁッ!」
来木田が胸を掴むように押さえ、その場で膝を付く。額に汗を滲ませ、精神的な辛さが見える。
猪本がそこへ容赦なく数枚の御札を飛ばすが、すぐさまその苦しみに耐え抜いた来木田がその場から跳んで後退る。
猪本が更に御札を飛ばそうとするが、その前に来木田が水の塊を飛ばして行動を遅らせ、十分な距離を確保する。
(……ま、一筋縄でいくはずがないか)
(猪本先生の司力…『戦型陰陽師・地像列』……。初めて見た)
隠れて見ていた夢亜がほー、と感心する。
猪本の司力は『戦型・陰陽師』。
御札サイズの紙を自在に操ることに磨きを掛けた代物だが、最大の特徴としては陰陽師を名乗ることを許される為に会得しなければならない超高難易度の法技にある。
(それで今来木田を怯ませたのが『念心法』…生で見ても威力無さそうなのに凄い…)
『念心法』。
長年の修行の末に使用することができる法技。人にもよるが、平均して五年以上、山奥の寺に籠り、テレビも携帯端末、ゲーム機器どころか雑誌程度の娯楽さえも断絶し、ひたすら精神統一、心頭滅却を主とする修行で己の内の部分を鍛え抜くことで、強靭な心を取得する。
その「心」は湊のような極限の域にまで達した冷静さとも違う、頑強な意志の塊。
その刃のような心(意志)を気に強く反映させ、相手の心へ直接干渉し、攻撃する。
…ちなみに、この手の司力は最初、『戦型・○○』と表記され、免許皆伝とされる時、『戦型○○・□□』と表記することを許される。□□の部分は戦型に合わせた自身の質と関連する名称を用いるのが一般的。
湊が一次試験一回戦で戦った荻久保の『戦型・忍者』という名称はまだ未熟の証だ。
(『九頭竜川の鬼兵』と…『武者小路の才僧』…。ふふ、少し面白くなってきたっ)
蔵坂鳩菜=カキツバタ。
(そんな……はずは……)
その時、勇士へと飛んできた弾丸に数瞬遅れて気が付いた。
慌てて勇士は火を飛ばしながら後方へ退く。直後に炸裂が起き、勇士と鳩菜の間に巨大な雷の壁が出来上がる。
「………あ…」
既に、鳩菜は近辺にいなかった。
心のできた大きな隙が、相手を逃がしてしまった。
しかし、今の勇士に取って、鳩菜を逃がしたことなどどうでもよかった。
とにかく、勇士は監視カメラの届かない場所、葉の多い木の枝の上へと跳んだ。木の幹に背中を預け、刀を鞘へ納め、自らを落ち着けた。
体が熱い。発汗が止まらない。呼吸が収まるどころか早くなる。頭がアルコールでも飲んだように揺れる。……全く落ち着かない。
そんな落ち着かない状態で、勇士は考える。
(蔵坂先生が……カキツバタ…?)
敬い慕う担任の蔵坂先生が『聖』。
証拠、根拠は何もない。ただの直感。
『聖』は勇士の憎むべき相手。どんな状況であろうと、『聖』のことを考えると憎悪しか湧いてこない。
しかし、今に限っては憎悪よりも、一つの切な願いが勇士の心を満たしていた。
……どうか、蔵坂先生が『聖』ではありませんように、という、お願い。
鳩菜は生徒からの人気も高く、勇士もその人柄を大いに尊敬している。あの大人びていながらどこか無邪気な笑顔は、中々できるものではない。
しかし、『聖』だとすればその笑顔も偽物。彼女の人気自体が彼女が作り上げたまやかしということになる。
そうであってほしくない。彼女は『聖』などではなく、本当にただ生徒思いの優しい先生だ。
勇士は自分の予想が外れていることを、心から願った。
『聖』だとしたら、殺さなくてはいけないから。
※ ※ ※
学園の敷地外れ。
その道のマンホールの一つがぱかっと開く。
中から姿を現したのは息切れ切れの状態の紫音だ。いつもはぱっちり開いた瞳も少し胡乱でいて、髪も乱れている。お嬢様とは程遠い姿であっても、マンホールから体を上がらせるその仕草から気品を感じる。
勇士や鳩菜がいた地点からかなりの距離離れている。
なぜそんなに離れたのか、簡潔に説明すると下水道内で他のペアに襲われたからだ。
強化系である勇士と炸裂系である鳩菜の戦地の真下にいて落盤に巻き込まれる可能性はないとはいえない。なので、少し離れたところで様子見をしていたら、下水道に降りていた別のペアに遭遇し、二対一で戦うことに。
そのペアは愛衣と深恋が一次試験の最初に戦った釧路と浜部だ。D級二人相手は大技行使後の紫音には非常にキツく、戦ってなんとか二人を倒した頃には道順もうろ覚えな程に遠ざかっていた。
紫音は早期に勇士と合流することは諦め、取り敢えず体を休めつつ敷地の外れのマンホールから姿を現したのだ。マンホールは道にしかなく、隠れやすい林の中にこっそりと出ることはできない。
「ふぅ」
紫音は近くの茂みの影に移動し、回復を測る。勇士がどうなったかは分からないが、今は自分のことで手一杯だ。
(勇士さんとの合流を念頭に置きつつ、しばらくは大人しくしましょう)
紫音が今後の見立てを決める。
……それから、三十分以上が経過し、三時間を過ぎた。
◆ ◆ ◆
獅童学園の校舎はコの字型になっていて、必然的に屋上もそうなっている。その屋上は三つの棟ごとに区切られていて、通れないよう敷居がある。
その一棟の屋上に、その少女はいた。
「うー」
ごろごろごろ。
緊張感の欠片もない声を発しながら、暗くなった空の下、学校の屋上で寝転がる。
腰まで伸ばした紺色の髪を今は首の当たりで簡単に、頑丈に束ねた女子、久浪夢亜だ。
「がー」
ごろごろ。
コンクリートの上だが気にせずごろごろごろ。
そんな彼女の様子も観戦席に映し出されている。彼女も今は戦闘服を着用していてスカートではない。それでも、雰囲気だけで甘美な色気を感じる彼女の自堕落な姿に思春期真っ只中な心になる男子生徒も少なくない。
夢亜はうつ伏せになり、コンクリートが体の前と接することで自身の胸の無さを改めて感じながら、のんびりと思考を回す。
(ねむーい。だるーい。…ペアやられて一人になっちゃったら、なーんかやる気なくなっちゃったー)
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ごろごろと既に戦意喪失という具合に見えるかもしれないが、100パーセントなくなったわけではない。
屋上で怠けていることも一応考えはある。屋上は意外と盲点なのだ。校舎の屋上で何かあれば周囲に目立つし、逃げ場も少ない。
だからこそ、あまり人が来ない。夢亜のように戦う気がなく、ただ時間経過していくことだけを狙う人に取って、身を隠すのにちょうどいいのだ。
ごろごろ、ごろごろ、と。
堅いコンクリートの上を転げ回る。それからまたうつ伏せになり、匍匐前進で屋上の端、フェンスの方まで進んだ。屋上は頑丈なフェンスだけに囲まれているので内外からの見晴らしがよく、下手に立ち上がって地上の生徒に発見されない為である。
それから身軽な動作で即座に女の子座りになり、学園の敷地を一部一望する。
(三十分ぐらい前の派手な衝突から大きな動きはない…のかな? ここからじゃ気探知しにくいし、どうなってるか分からないか。…………んん?)
……その時、夢亜がとある気を探知する。
近くはないが、遠くもない。
方角と距離をほぼ掴み、うんざりした顔を浮かべつつ夢亜は屋上ですぐに身を隠した。幸い、各棟を区切る敷居が夢亜をしっかり隠してくれる。
それから数秒後、
ガガンッという強烈な破壊音が同じフロア、屋上で響いた。
コの字型屋上の真ん中、そこへの出入り口の扉が壊されたのだ。その横の棟の屋上にいる夢亜は、顔を出さず、手持ちの鏡で状況を把握する。
(…うわ…来木田岳徒に……相手は……、猪本先生じゃんっ)
その対戦カードは、誰もが唸るものだった。
◆ ◆ ◆
(ったく、面倒だがありがたいことになったぜ)
風吹く屋上で猪本圭介はいつものようにどこか恰好付けた態勢でそう思った。
目の前には来木田岳徒。氷の刃で出来た槍を構えている。
猪本は武者小路学園長からの指示を受け、屋上にいるという久浪夢亜をリタイアさせるべく何気ない足取りで屋上へ向かう途中、校舎外からガラスを割って入ってきた来木田に戦いを仕掛けられた。
そして即座にこれをチャンスと見なし、逃げるように階上へ、夢亜のいる屋上へ向かったのだ。
(試験ももう残り二時間を切ってる。それに向こうから仕掛けてきたんだ。俺が来木田岳徒をリタイアさせても言及も追及もされることはない)
「考え事ですか? 余裕ですね」
来木田がうっすら笑みを浮かべながら言葉を投げてくる。
猪本が苦笑して。
「おっと悪いね。子どもと違って大人は色々なものに追われてんのよ。それよりもそっちこそいいのか? その服の跡、随分な激戦をしたみたいだが?」
「問題ありません。ゆっくりと休ませて頂きましたから。それに校舎の窓に見えた猪本先生を見たら疲れなんて吹っ飛んじゃいましたよ」
「その台詞、女性から聞きたかったぜ」
言い合う二人の間に油断も隙もない。それを間近で見ている夢亜はそう思った。観戦中の生徒もそう直感していることだろう。
武者小路家と九頭竜川家は犬猿の仲だともっぱらの噂。
その二家の傘下である来木田家と猪本家の者が対峙しているのだ。たかだか学校の試験で『士協会』上層部の黒々とした言い争いを見せ付けるとも思えないが、その心を考えると、どうしても邪推してしまう。
「ところで先……おっとッッ!」
何かを言いかけた来木田へ向けて、猪本の攻撃が飛んでくる。そしてその攻撃を躱した。
「…人が話してる途中ですよ」
「ここは戦場だ。甘いこと言ってるなよ」
「それもそうですね!」
槍を構え、来木田が駆ける。
強化系の加速法は系統随一だ。
すぐに距離を無くす。
しかし、そんな来木田の眼前にまたも猪本の武器が飛来してくる。
それは…、数枚の紙片だった。A5サイズの紙を縦に切った大きさの髪。一見、御札のようだ。
来木田はその札に触れないようにステップと水で躱し、いなす。しかしそれを全て払ったところで、大量の御札による第二破が迫っていることに気付かされる。
舌打ちをしながら来木田が腕を水平に振る。
「『水の壁』!」
横に広く、縦に長く、御札が溢れ出ないように水の壁を作る。
「こっちだぜ?」
「!?」
いつの間にか来木田の斜め後方に移動していた猪本がそこで佇んでおり、振り向いた直後に持っていた一枚の御札を投げ付けてくる。
振り向いてバランスの定まらない僅かな間に御札が三十センチ未満にまで接近する。
(しまっ…!)
「『急急如律令』!」
猪本が叫ぶと、その御札が系統も属性も混ぜない純粋な気だけで膨らむように破裂した。発光しながら破裂したそれはあまり威力を感じさせず、来木田にもダメージを与えられるような攻撃ではないように見えた……が。
「うぁッ!」
来木田が胸を掴むように押さえ、その場で膝を付く。額に汗を滲ませ、精神的な辛さが見える。
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猪本が更に御札を飛ばそうとするが、その前に来木田が水の塊を飛ばして行動を遅らせ、十分な距離を確保する。
(……ま、一筋縄でいくはずがないか)
(猪本先生の司力…『戦型陰陽師・地像列』……。初めて見た)
隠れて見ていた夢亜がほー、と感心する。
猪本の司力は『戦型・陰陽師』。
御札サイズの紙を自在に操ることに磨きを掛けた代物だが、最大の特徴としては陰陽師を名乗ることを許される為に会得しなければならない超高難易度の法技にある。
(それで今来木田を怯ませたのが『念心法』…生で見ても威力無さそうなのに凄い…)
『念心法』。
長年の修行の末に使用することができる法技。人にもよるが、平均して五年以上、山奥の寺に籠り、テレビも携帯端末、ゲーム機器どころか雑誌程度の娯楽さえも断絶し、ひたすら精神統一、心頭滅却を主とする修行で己の内の部分を鍛え抜くことで、強靭な心を取得する。
その「心」は湊のような極限の域にまで達した冷静さとも違う、頑強な意志の塊。
その刃のような心(意志)を気に強く反映させ、相手の心へ直接干渉し、攻撃する。
…ちなみに、この手の司力は最初、『戦型・○○』と表記され、免許皆伝とされる時、『戦型○○・□□』と表記することを許される。□□の部分は戦型に合わせた自身の質と関連する名称を用いるのが一般的。
湊が一次試験一回戦で戦った荻久保の『戦型・忍者』という名称はまだ未熟の証だ。
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