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第3章 学試闘争編
第20話・・・湊VS深恋_本領少し_「引き込んでやる」・・・
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試験は残り一時間半というところまで来ていた。
薄暗い教室に金属音が連続して響く。
ナイフと刀が衝突して火花を散らす。
漣湊がナイフで刺突するが、深恋は刀で上から叩いて払う。そのまま深恋は横に一閃。しかし、まだ刀を振ろうとした直後、力が乗らない段階で、湊がもう片方の手に持つナイフを用いて動きを止める。
湊は素直に感心していた。
(常に接近戦を維持して俺がワイヤーを仕掛けるのを阻止して、俺の体力が切れるのを待つ。…さすが、現状での最善策を打ってくるとは)
湊の操作法は、深恋レベルの士の刀を常時防ぎながら仕掛けられる程上達してはいない。…という設定だ。
いくら湊の予測で防ぎ続けても体力の限界が先に来る。総駕が愛衣に対して取った策と同じものを行使していた。
しかし湊が真に感心したのはその最善策を取ったことではない。
(刀に迷いがない)
カキンカキンと深恋と刃を交わしながら思う。
(…さっきから何回か隙を見せても、引っ掛からない。持久戦で行くと決めても、チャンスが降り掛かればほとんどの人間は揺れる。総駕もそこは克服できなかったから別の策を与えたんだけど……でも、淡里さんは一度決めた最善策を愚直に続けている。一片も揺れてない)
どうやら深恋と総駕では、深恋の方が強いようだ、と正直に評価する湊。
今の湊に取って、相性が悪い。多摩木の研究所で戦ったワイヤー使いの女よりもやりにくい。
(でも、倒さなきゃいけない)
湊が片方のナイフを投げた。不意を狙ったものだが、それを深恋は態勢を変えないまま風で弾く。それは予測通り。
湊はナイフを投げ、前に出した左手を開き、深恋の真ん前で、右手に持つナイフで左手の指を数本切断してみせた。
「ッ!?」
深恋の表情に初めて動揺らしい動揺が生まれる。観戦中の生徒は大騒ぎだ。
しかし、すぐ顔を引き締める。
(違う…これは、超小規模の『陽炎空』!)
空気の密度って幻影を見せるその司力は、一切のボヤケを許さず相手の目に映すため、緻密な操作を必要とする。習得平均年齢30代のこの技で、湊は頭脳を活用して、小規模な『陽炎空』を作り出したのだ。
しかし気付いたとしても、深恋の隙は消えなかった。
その隙に、湊は攻撃するでもなくただ後ろに大きく距離を取った。机の上を伝って五メートル以上の距離を取る最中、湊がわざとらしく両腕を振るった。
観戦中の生徒の何人かはすぐに距離を詰めればいい、そう思ったが、深恋は動かない。ワイヤーやその他のトラップを警戒して、だ。
「あれ、来ないの?」
離れたところから放たれる湊の挑発的な言葉に、深恋が対抗的な笑みで応える。
「どんな歓迎が待ってるか分からないからね。…私、サプライズって苦手なん、だッ」
言いながら、刀を薙いで風の斬撃を飛ばす。
と、同時に足を縛るようにワイヤーが周りから収束していく。深恋が風の斬撃を飛ばすことを予測し、それが巻き起こす風によって起動するワイヤーの罠を仕掛けていたのだ。
「怖いね!」
深恋はジャンプして躱す。そのまま風の斬撃を躱した湊の方へと跳んできた。
湊が薄目で苦笑する。
(俺が飛び退いた一瞬でそれほど罠が張られてないと判断し、風の斬撃でワイヤーの有無を最終確認してから突っ込んでくる。…その通りだよ。頭の切れというより心の持ちようだね、この場合は)
どうしようもない身体能力の差を徹底的に追及してくる。湊も取れる手段が少ない。
カキン、とまた湊と深恋の刃がぶつかる。
「正直驚いてる。その精神力をどうやって手に入れたのっ?」
刃をぶつけながら、湊が楽し気に訊く。
連撃音を響かせつつ、深恋もまた楽し気に応えた。
「どうやってって言われてもね! 毎日欠かさず鍛錬すること、かな?」
「いやいや! それだけじゃないでしょ! 絶対!」
(確か淡里さんは両親も健在だし、何かしらの辛い過去を経験したって記録もない。本人の反応も特に異常なところはない。……とすると、才能か)
羨ましい才能に心中で脱帽する。
(うん。……………『超過演算』の本領、少し見せようか)
右手のナイフを弾かれた直後に、左手のナイフを薙ぎながら、湊が微笑んだ。
「淡里さん、面白いサプライズ、見せてあげようか?」
そのナイフを刀で防ぐべく振りながら、深恋が目を細める。
「…何をする気なのかな?」
湊がふっと笑う。
刀とナイフが衝突する。
その時、誰もが目を疑うような出来事が起きた。
パキッッと、刀が折れたのだ。
「ッッ!?」
深恋の目が見開かれる。
折れた刃が虚しい金属音を立てて床に落ちる。
その隙に湊が深恋の懐に入ってきた。
深恋は即座へ後ろへ跳ぼうとするが、また足に仕掛けられたワイヤーに引っ掛かり、仰向けに倒れ込む。その途中、湊が更なる追撃を掛けるが、深恋は折れた刀を振るって近付かせまいとする……が、その刀の刃と柄を無理矢理湊が掴む。血を流しながら。
そして、深恋が振動を感じた瞬間、その折れた刀がバキバキとまた折れる。使い物にならなくなった。
「ッッッ!!?」
深恋は衰えることなく驚かされる。
気付けば、湊は深恋の胴体の中心、鳩尾に当たるところに手の平を当てていた。
次の瞬間、手が震えたかと思うと、深恋の全身に鈍器で殴られたような衝撃が奔った。
(漣くん…君は…一体……)
そして、深恋はリタイアとなった。
◆ ◆ ◆
深恋がリタイアとなった後、湊一人で佇むはずの教室には、もう一人の生徒がいた。
「間に合わなかったかぁ」
愛衣だ。
湊が深恋へ決定打となる一撃を入れた瞬間、愛衣が入ってきていた。湊も気付いていたので驚かない。
「総駕は倒されちゃったか」
湊が笑い掛けると、愛衣が苦笑して。
「結構ズルい手使ってだけどね。……私も湊が今やったみたいに勝ちたかったな」
「愛衣ならできるでしょ?」
「私まだ『振動法』使えないもん」
愛衣が肩を竦める。
振動法。
その名の通り、気を振動させる法技だ。
例えば、刀に纏った気を超振動させることで、どんなに硬い大岩でも、そっと刀を当てるだけで容易く切断することができる。
観戦していた教師生徒も湊の手が振動しているのはなんとなくだが分かっていた。
しかしこれはレベルが低くては有用どころか、邪魔なものだ。湊の振動法はレベルが低いと言わざるを得ない。
それを愛衣は湊と深恋の戦闘の最後の最後しか目撃していないのに、タネを見破っていた。
「共振」
観戦者のためか、歩いて湊に近付きながら、愛衣が述べる。
「世の中全ての物体には、特定の刺激を与えることで容易く振動を起こす固有振動数というものがある。その固有振動数と同等の振動を与えると共振状態となり、無限に振動振幅が増大していき、最終的に、壊れる」
近付き、折れた刀の破片を見下ろす。真ん中から折れた先の刃と、柄からパリパリに割れた刀。
「この刀二回折れてるね。多分一回目は刀を掴む隙なんてなかっただろうし、となると…、一定のリズムで刀の同じ部位に刺激を与えて折ったのかな?」
「ご明察」
湊がぱちぱちと拍手した。
◆ ◆ ◆
「共振……固有振動数……?」
説明を受けた形となった庭島が恐ろし気に呟く。
「それって……」
「…はい。『共振爆弾』や『共振弾頭』など、高値を払うことで仕入れることができる士器を用いることでやっと実現できることです」
宗形も若干青ざめている感じで述べる。
共振という現象を二人は知っている。ランクの高い士器と触れ合う機会の多い二人だからこそ、共振という現象の恐ろしさを知っていた。
庭島が狼狽を隠せないまま。
「物体の固有振動数を割り出すには精密な計測、計算を必要とし、専門の技術者が専用の装置を用いてやっとできる芸当……共振系士器に至っても、対象の固有振動数を割り出すのに十分以上は掛かる……」
「それを、強敵を前に頭の中で早々と熟す漣湊……そして、それもあっさりと見破る速水愛衣も…」
『超過演算』。
その単語が脳裏を過《よ》ぎる。
◆ ◆ ◆
「さて、愛衣。ここで会ったが100年目~、とか言って戦うべきなんだろうけど、一つ提案があるんだ」
「奇遇ね、私もよ」
湊と愛衣が目と目で通じ合った直後、
大量の御札が教室内に流れ込んで来た。
※ ※ ※
湊と愛衣のいる教室の外には猪本がいた。絶気法で完全に気配を消し様子を窺っていたところに、源得から湊と愛衣に戦う意志はないとの判断をもらい、奇襲することにしたのだ。
(今まで格上相手に勝利を積み上げた実力は本物。油断するつもりはないが……、俺はお前ら戦ってきた中では最も強いA級士。お前らの成長のためにも頭だけじゃどうにもならない敗北を教えてやる)
猪本が御札を操作して中にいる湊と愛衣を捕えようとするが、風と水の合わせ技で完全に払われてしまったようだ。それは予想できたこと。驚きはしない。
そのままの勢いで湊と愛衣が廊下へ飛び出してくる。余裕の見える二人の表情が猪本の心を躍らす。
「よう、共同戦線、てことか?」
湊と愛衣がそっくりな悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「「はい、その通りです」」
言葉をハモらせた。猪本が少し驚く。
「っ……はは、面白い芸だな」
「「そうですか? 気に入ってくれて良かったっ。いやぁ、機嫌を損ねられたらって不安だったんですけどね、猪本先生なら受け入れてくれるって思いました! 信じてました! ありがとうございます!」」
「うるせえええええええええええええええええええええええ! 凄いけど! 本当に凄いと思うけど! いい加減気持ち悪いわ!」
湊と愛衣の途中から芝居掛かってふざけはじめたハモリに対して、猪本が溜まらず突っ込む。精神力に自信のある猪本でも、異様過ぎる経験に意識が乱れる。
湊と愛衣が腹を抱えて笑った。二人が肩をくっつけ、互いに寄り掛かるようにして笑う二人に、歳甲斐もなく嫉妬してしまう。先程の乱れが冷めやらぬ内にそんなことを考えてしまう。
「バカップルが、掛かってこいよ」
臨戦態勢に入る。受け身の姿勢となり、下手に突っ込んで裏を掻かれないようにする。
自分をしっかり落ち着けよう……としたところで、
「あれ? 蔵坂先生に振り向いてもらえないからって嫉妬ですか?」
愛衣の言葉に息を呑まされる。猪本は自分の顔が赤くなっていないか、近くの窓を一瞥して確認してから、平常を装って二人を見据える。
正直、一気に黙らせようと御札を操作すべく手腕を動かし掛けたがぐっと堪えた。ここでムキになれば図星と言っているようなものだし、何よりこの後の戦いに備えて気はできるだけ温存したい。
「…ふん、ガキだな。なんでもかんでも色恋に結び付けたがる。憶測で大人をからかうと恥をかくのは自分だぞ?」
平常に、飄々と、余裕を見せて返答する。
しかし、愛衣と湊の視線を正面から受けた猪本は、また息を呑まされる。戸惑う程ではないが、それでも二人の視線は異様と得体の知れないものだと感じたのだ。
……まるで、全てを見透かされているような、そんな視線。
源得が言っていた。『超過演算』の片鱗を感じる、と。
猪本の半分張りぼてでしかない余裕の言葉を、100%ブラフだと見抜いている。全く疑っていない。もっと誤魔化そうと口を開き欠けるが、それは無駄だと判断して即座に口を閉じる。
すると。
「…うーん、この反応はどうなんだろうね、愛衣。カマ掛けてみたけど、俺にはよく分かんないや」
「私もー。まあ『武者小路の才僧』だもんね。心の鍛え方は常人とは比べものにならないねー」
二人の発言の意図を、猪本はなんとなく理解した。
視界の端に監視カメラが映る。この映像は全校生徒、教職員の前に流されている。
要は、公衆の前では勘弁して上げる、という感じか。
(……随分と舐められてんな)
猪本は舌戦では敵わないと悟り、自らの周囲に御札を浮遊させる。
「もういいだろ。バカップルのやり取りに付き合うのもここまでだ」
対する湊と愛衣も、表情にふざけた色は残るものの、雰囲気の圧迫感が強まったことからやる気になったと分かる。
猪本は先程の源得からの情報を思い返す。
(漣は共振を使うか。恐ろしいが、中距離タイプの俺には効きにくい。速水も同じことができると見るべきか…? 取り敢えず、二人を近付けないことだな)
「さーて」
考えていると、湊が言った。
「仕込みも終わったし、手っ取り早く片付けるか」
猪本が片眉を吊り上げる。不吉な言葉が聞こえて来た。ブラフだと切り捨てたいが、できない。
ワイヤーも小型爆弾もまだ使われていないことは分かっている。それで何ができる?
そんな疑問の答えを探していると、
湊と愛衣が並んで駆け出した。
「…?」
何もせず。湊はナイフを構え、愛衣も両手をグーにしているので小型爆弾を持っているのだろうが、それでも無策に等しい。
猪本が様子見とばかりに浮遊させていた御札の内何枚かで迎撃する。
その時、突然猪本を正体不明の息苦しさが襲った。
「ッッッ!?」
ゼェゼェゼェゼェゼェゼェ、と呼吸が止まらない。言うことを聞かない。
次いで頭痛が響き、眩暈で気持ち悪くなり、手足も若干痺れ、立っていられなくなり、片膝をつく。心臓を強く抑え、今自分に何が起きているのか、回らない頭で必死に考えた。
(この息苦しさ…止まらない呼吸………まさか…、過呼吸?)
過呼吸、その単語が閃いた瞬間、全ての点が繋がった気がした。
(そうか! 過呼吸! あいつら! 俺をやたらに苛立たせたり挑発したり驚かせたりしたのは俺の呼吸のリズムを狂わせるためだったのか! そうして俺を過呼吸状態へと落とした!)
過呼吸なんて人生初めてだ。そもそも過呼吸を戦闘に使う士なんて知らない。ましてや、過呼吸状態へそんな簡単に誘えるものか、それも分からない。ただ、湊と愛衣はやってのけるという確信があった。
猪本がそんな思考をしていたのはほんの数秒だった。
しかし、それだけあれば湊や愛衣でも数メートルの距離を縮め、すぐ傍まで接近できた。
「!…ざけッッ……なッッ!」」
猪本が止まらない過呼吸をそのままに、御札を動かす。過呼吸で苦しいとはいえ、『生命測輪』が危険と判断する程ではない。
すると湊と愛衣が片手を突き出し、
「「『一体技・乱麻暴風雨』!」」
(ッッ!? この威力ッ! 『一体法』かッッ!?)
湊の掌から風が、愛衣の掌から水が放たれ、力が合わさり、F級には到底繰り出せないだろう台風が巻き起こった。
『一体法』。
複数の士の気を掛け合わせることで、両者の利点を引き延ばし、欠点を補い、本来の等級より上の力を発揮する技だ。相方との息がどれだけ合っているかが非情に重要であり、少しズレるだけで威力は激減する。
湊と愛衣の息の合い様は完璧と言えた。
C級以上B級未満といった威力の風雨は御札を飛ばし、更には視界を悪くする。過呼吸で眩暈に陥っている猪本にはもう視界ゼロだ。
しかし、猪本にはそんな風雨の中を縫うように進んで猪本の真上から迫る気を探知した。
(甘いぜ!)
激痛に襲われる頭で御札を操り、湊へと向かわせる。そして、湊の体の一部に貼り付くのを感覚で確認した。
「悪いな!『急急如り 」
遠慮なく念心法を使おうとした瞬間、ボンッ!と手元で小さな爆発音がすると同時に僅かな痛みが走る。
音の発生源、自身の左腕に目を向け、目を見開いた。
『生命測輪』が、壊されていたのだ。
「ッッッッッ!? ハッッッ……アッッ!?」
ゴホゴホッッ、と更に呼吸が乱れ、過呼吸が悪化するが、今はそんなことどうでもいい。
『生命測輪』が壊された。おそらくこの暴風雨の流れを読み、愛衣が小型爆弾をそっと乗せて、猪本の左腕に到達した瞬間に起爆させたのだろう。『生命測輪』は頑丈だが、愛衣は猪本には分からない弱点部位を狙って爆破させたということか。リングは具体的には僅かな亀裂しか入っていないが、起動していることを示す点灯部分がオフになっている。
………『転移乱輪』は『生命測輪』と連結し、生体情報が危険を訴えたら強制的に転移することになっている。
その『生命測輪』が壊されたということは、アクシデントで壊れ装着者が健在だったとしても、これから何が起こるか分からない戦場に放置というわけにもいかない。
(嘘………だよな……?)
猪本の体が淡い輝きを放つ。
虚ろ気味な瞳で湊と愛衣を捕え。
(は……………はは……。……覚えとけ……………………お前ら)
(こっちの世界に、引き込んでやる)
薄暗い教室に金属音が連続して響く。
ナイフと刀が衝突して火花を散らす。
漣湊がナイフで刺突するが、深恋は刀で上から叩いて払う。そのまま深恋は横に一閃。しかし、まだ刀を振ろうとした直後、力が乗らない段階で、湊がもう片方の手に持つナイフを用いて動きを止める。
湊は素直に感心していた。
(常に接近戦を維持して俺がワイヤーを仕掛けるのを阻止して、俺の体力が切れるのを待つ。…さすが、現状での最善策を打ってくるとは)
湊の操作法は、深恋レベルの士の刀を常時防ぎながら仕掛けられる程上達してはいない。…という設定だ。
いくら湊の予測で防ぎ続けても体力の限界が先に来る。総駕が愛衣に対して取った策と同じものを行使していた。
しかし湊が真に感心したのはその最善策を取ったことではない。
(刀に迷いがない)
カキンカキンと深恋と刃を交わしながら思う。
(…さっきから何回か隙を見せても、引っ掛からない。持久戦で行くと決めても、チャンスが降り掛かればほとんどの人間は揺れる。総駕もそこは克服できなかったから別の策を与えたんだけど……でも、淡里さんは一度決めた最善策を愚直に続けている。一片も揺れてない)
どうやら深恋と総駕では、深恋の方が強いようだ、と正直に評価する湊。
今の湊に取って、相性が悪い。多摩木の研究所で戦ったワイヤー使いの女よりもやりにくい。
(でも、倒さなきゃいけない)
湊が片方のナイフを投げた。不意を狙ったものだが、それを深恋は態勢を変えないまま風で弾く。それは予測通り。
湊はナイフを投げ、前に出した左手を開き、深恋の真ん前で、右手に持つナイフで左手の指を数本切断してみせた。
「ッ!?」
深恋の表情に初めて動揺らしい動揺が生まれる。観戦中の生徒は大騒ぎだ。
しかし、すぐ顔を引き締める。
(違う…これは、超小規模の『陽炎空』!)
空気の密度って幻影を見せるその司力は、一切のボヤケを許さず相手の目に映すため、緻密な操作を必要とする。習得平均年齢30代のこの技で、湊は頭脳を活用して、小規模な『陽炎空』を作り出したのだ。
しかし気付いたとしても、深恋の隙は消えなかった。
その隙に、湊は攻撃するでもなくただ後ろに大きく距離を取った。机の上を伝って五メートル以上の距離を取る最中、湊がわざとらしく両腕を振るった。
観戦中の生徒の何人かはすぐに距離を詰めればいい、そう思ったが、深恋は動かない。ワイヤーやその他のトラップを警戒して、だ。
「あれ、来ないの?」
離れたところから放たれる湊の挑発的な言葉に、深恋が対抗的な笑みで応える。
「どんな歓迎が待ってるか分からないからね。…私、サプライズって苦手なん、だッ」
言いながら、刀を薙いで風の斬撃を飛ばす。
と、同時に足を縛るようにワイヤーが周りから収束していく。深恋が風の斬撃を飛ばすことを予測し、それが巻き起こす風によって起動するワイヤーの罠を仕掛けていたのだ。
「怖いね!」
深恋はジャンプして躱す。そのまま風の斬撃を躱した湊の方へと跳んできた。
湊が薄目で苦笑する。
(俺が飛び退いた一瞬でそれほど罠が張られてないと判断し、風の斬撃でワイヤーの有無を最終確認してから突っ込んでくる。…その通りだよ。頭の切れというより心の持ちようだね、この場合は)
どうしようもない身体能力の差を徹底的に追及してくる。湊も取れる手段が少ない。
カキン、とまた湊と深恋の刃がぶつかる。
「正直驚いてる。その精神力をどうやって手に入れたのっ?」
刃をぶつけながら、湊が楽し気に訊く。
連撃音を響かせつつ、深恋もまた楽し気に応えた。
「どうやってって言われてもね! 毎日欠かさず鍛錬すること、かな?」
「いやいや! それだけじゃないでしょ! 絶対!」
(確か淡里さんは両親も健在だし、何かしらの辛い過去を経験したって記録もない。本人の反応も特に異常なところはない。……とすると、才能か)
羨ましい才能に心中で脱帽する。
(うん。……………『超過演算』の本領、少し見せようか)
右手のナイフを弾かれた直後に、左手のナイフを薙ぎながら、湊が微笑んだ。
「淡里さん、面白いサプライズ、見せてあげようか?」
そのナイフを刀で防ぐべく振りながら、深恋が目を細める。
「…何をする気なのかな?」
湊がふっと笑う。
刀とナイフが衝突する。
その時、誰もが目を疑うような出来事が起きた。
パキッッと、刀が折れたのだ。
「ッッ!?」
深恋の目が見開かれる。
折れた刃が虚しい金属音を立てて床に落ちる。
その隙に湊が深恋の懐に入ってきた。
深恋は即座へ後ろへ跳ぼうとするが、また足に仕掛けられたワイヤーに引っ掛かり、仰向けに倒れ込む。その途中、湊が更なる追撃を掛けるが、深恋は折れた刀を振るって近付かせまいとする……が、その刀の刃と柄を無理矢理湊が掴む。血を流しながら。
そして、深恋が振動を感じた瞬間、その折れた刀がバキバキとまた折れる。使い物にならなくなった。
「ッッッ!!?」
深恋は衰えることなく驚かされる。
気付けば、湊は深恋の胴体の中心、鳩尾に当たるところに手の平を当てていた。
次の瞬間、手が震えたかと思うと、深恋の全身に鈍器で殴られたような衝撃が奔った。
(漣くん…君は…一体……)
そして、深恋はリタイアとなった。
◆ ◆ ◆
深恋がリタイアとなった後、湊一人で佇むはずの教室には、もう一人の生徒がいた。
「間に合わなかったかぁ」
愛衣だ。
湊が深恋へ決定打となる一撃を入れた瞬間、愛衣が入ってきていた。湊も気付いていたので驚かない。
「総駕は倒されちゃったか」
湊が笑い掛けると、愛衣が苦笑して。
「結構ズルい手使ってだけどね。……私も湊が今やったみたいに勝ちたかったな」
「愛衣ならできるでしょ?」
「私まだ『振動法』使えないもん」
愛衣が肩を竦める。
振動法。
その名の通り、気を振動させる法技だ。
例えば、刀に纏った気を超振動させることで、どんなに硬い大岩でも、そっと刀を当てるだけで容易く切断することができる。
観戦していた教師生徒も湊の手が振動しているのはなんとなくだが分かっていた。
しかしこれはレベルが低くては有用どころか、邪魔なものだ。湊の振動法はレベルが低いと言わざるを得ない。
それを愛衣は湊と深恋の戦闘の最後の最後しか目撃していないのに、タネを見破っていた。
「共振」
観戦者のためか、歩いて湊に近付きながら、愛衣が述べる。
「世の中全ての物体には、特定の刺激を与えることで容易く振動を起こす固有振動数というものがある。その固有振動数と同等の振動を与えると共振状態となり、無限に振動振幅が増大していき、最終的に、壊れる」
近付き、折れた刀の破片を見下ろす。真ん中から折れた先の刃と、柄からパリパリに割れた刀。
「この刀二回折れてるね。多分一回目は刀を掴む隙なんてなかっただろうし、となると…、一定のリズムで刀の同じ部位に刺激を与えて折ったのかな?」
「ご明察」
湊がぱちぱちと拍手した。
◆ ◆ ◆
「共振……固有振動数……?」
説明を受けた形となった庭島が恐ろし気に呟く。
「それって……」
「…はい。『共振爆弾』や『共振弾頭』など、高値を払うことで仕入れることができる士器を用いることでやっと実現できることです」
宗形も若干青ざめている感じで述べる。
共振という現象を二人は知っている。ランクの高い士器と触れ合う機会の多い二人だからこそ、共振という現象の恐ろしさを知っていた。
庭島が狼狽を隠せないまま。
「物体の固有振動数を割り出すには精密な計測、計算を必要とし、専門の技術者が専用の装置を用いてやっとできる芸当……共振系士器に至っても、対象の固有振動数を割り出すのに十分以上は掛かる……」
「それを、強敵を前に頭の中で早々と熟す漣湊……そして、それもあっさりと見破る速水愛衣も…」
『超過演算』。
その単語が脳裏を過《よ》ぎる。
◆ ◆ ◆
「さて、愛衣。ここで会ったが100年目~、とか言って戦うべきなんだろうけど、一つ提案があるんだ」
「奇遇ね、私もよ」
湊と愛衣が目と目で通じ合った直後、
大量の御札が教室内に流れ込んで来た。
※ ※ ※
湊と愛衣のいる教室の外には猪本がいた。絶気法で完全に気配を消し様子を窺っていたところに、源得から湊と愛衣に戦う意志はないとの判断をもらい、奇襲することにしたのだ。
(今まで格上相手に勝利を積み上げた実力は本物。油断するつもりはないが……、俺はお前ら戦ってきた中では最も強いA級士。お前らの成長のためにも頭だけじゃどうにもならない敗北を教えてやる)
猪本が御札を操作して中にいる湊と愛衣を捕えようとするが、風と水の合わせ技で完全に払われてしまったようだ。それは予想できたこと。驚きはしない。
そのままの勢いで湊と愛衣が廊下へ飛び出してくる。余裕の見える二人の表情が猪本の心を躍らす。
「よう、共同戦線、てことか?」
湊と愛衣がそっくりな悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「「はい、その通りです」」
言葉をハモらせた。猪本が少し驚く。
「っ……はは、面白い芸だな」
「「そうですか? 気に入ってくれて良かったっ。いやぁ、機嫌を損ねられたらって不安だったんですけどね、猪本先生なら受け入れてくれるって思いました! 信じてました! ありがとうございます!」」
「うるせえええええええええええええええええええええええ! 凄いけど! 本当に凄いと思うけど! いい加減気持ち悪いわ!」
湊と愛衣の途中から芝居掛かってふざけはじめたハモリに対して、猪本が溜まらず突っ込む。精神力に自信のある猪本でも、異様過ぎる経験に意識が乱れる。
湊と愛衣が腹を抱えて笑った。二人が肩をくっつけ、互いに寄り掛かるようにして笑う二人に、歳甲斐もなく嫉妬してしまう。先程の乱れが冷めやらぬ内にそんなことを考えてしまう。
「バカップルが、掛かってこいよ」
臨戦態勢に入る。受け身の姿勢となり、下手に突っ込んで裏を掻かれないようにする。
自分をしっかり落ち着けよう……としたところで、
「あれ? 蔵坂先生に振り向いてもらえないからって嫉妬ですか?」
愛衣の言葉に息を呑まされる。猪本は自分の顔が赤くなっていないか、近くの窓を一瞥して確認してから、平常を装って二人を見据える。
正直、一気に黙らせようと御札を操作すべく手腕を動かし掛けたがぐっと堪えた。ここでムキになれば図星と言っているようなものだし、何よりこの後の戦いに備えて気はできるだけ温存したい。
「…ふん、ガキだな。なんでもかんでも色恋に結び付けたがる。憶測で大人をからかうと恥をかくのは自分だぞ?」
平常に、飄々と、余裕を見せて返答する。
しかし、愛衣と湊の視線を正面から受けた猪本は、また息を呑まされる。戸惑う程ではないが、それでも二人の視線は異様と得体の知れないものだと感じたのだ。
……まるで、全てを見透かされているような、そんな視線。
源得が言っていた。『超過演算』の片鱗を感じる、と。
猪本の半分張りぼてでしかない余裕の言葉を、100%ブラフだと見抜いている。全く疑っていない。もっと誤魔化そうと口を開き欠けるが、それは無駄だと判断して即座に口を閉じる。
すると。
「…うーん、この反応はどうなんだろうね、愛衣。カマ掛けてみたけど、俺にはよく分かんないや」
「私もー。まあ『武者小路の才僧』だもんね。心の鍛え方は常人とは比べものにならないねー」
二人の発言の意図を、猪本はなんとなく理解した。
視界の端に監視カメラが映る。この映像は全校生徒、教職員の前に流されている。
要は、公衆の前では勘弁して上げる、という感じか。
(……随分と舐められてんな)
猪本は舌戦では敵わないと悟り、自らの周囲に御札を浮遊させる。
「もういいだろ。バカップルのやり取りに付き合うのもここまでだ」
対する湊と愛衣も、表情にふざけた色は残るものの、雰囲気の圧迫感が強まったことからやる気になったと分かる。
猪本は先程の源得からの情報を思い返す。
(漣は共振を使うか。恐ろしいが、中距離タイプの俺には効きにくい。速水も同じことができると見るべきか…? 取り敢えず、二人を近付けないことだな)
「さーて」
考えていると、湊が言った。
「仕込みも終わったし、手っ取り早く片付けるか」
猪本が片眉を吊り上げる。不吉な言葉が聞こえて来た。ブラフだと切り捨てたいが、できない。
ワイヤーも小型爆弾もまだ使われていないことは分かっている。それで何ができる?
そんな疑問の答えを探していると、
湊と愛衣が並んで駆け出した。
「…?」
何もせず。湊はナイフを構え、愛衣も両手をグーにしているので小型爆弾を持っているのだろうが、それでも無策に等しい。
猪本が様子見とばかりに浮遊させていた御札の内何枚かで迎撃する。
その時、突然猪本を正体不明の息苦しさが襲った。
「ッッッ!?」
ゼェゼェゼェゼェゼェゼェ、と呼吸が止まらない。言うことを聞かない。
次いで頭痛が響き、眩暈で気持ち悪くなり、手足も若干痺れ、立っていられなくなり、片膝をつく。心臓を強く抑え、今自分に何が起きているのか、回らない頭で必死に考えた。
(この息苦しさ…止まらない呼吸………まさか…、過呼吸?)
過呼吸、その単語が閃いた瞬間、全ての点が繋がった気がした。
(そうか! 過呼吸! あいつら! 俺をやたらに苛立たせたり挑発したり驚かせたりしたのは俺の呼吸のリズムを狂わせるためだったのか! そうして俺を過呼吸状態へと落とした!)
過呼吸なんて人生初めてだ。そもそも過呼吸を戦闘に使う士なんて知らない。ましてや、過呼吸状態へそんな簡単に誘えるものか、それも分からない。ただ、湊と愛衣はやってのけるという確信があった。
猪本がそんな思考をしていたのはほんの数秒だった。
しかし、それだけあれば湊や愛衣でも数メートルの距離を縮め、すぐ傍まで接近できた。
「!…ざけッッ……なッッ!」」
猪本が止まらない過呼吸をそのままに、御札を動かす。過呼吸で苦しいとはいえ、『生命測輪』が危険と判断する程ではない。
すると湊と愛衣が片手を突き出し、
「「『一体技・乱麻暴風雨』!」」
(ッッ!? この威力ッ! 『一体法』かッッ!?)
湊の掌から風が、愛衣の掌から水が放たれ、力が合わさり、F級には到底繰り出せないだろう台風が巻き起こった。
『一体法』。
複数の士の気を掛け合わせることで、両者の利点を引き延ばし、欠点を補い、本来の等級より上の力を発揮する技だ。相方との息がどれだけ合っているかが非情に重要であり、少しズレるだけで威力は激減する。
湊と愛衣の息の合い様は完璧と言えた。
C級以上B級未満といった威力の風雨は御札を飛ばし、更には視界を悪くする。過呼吸で眩暈に陥っている猪本にはもう視界ゼロだ。
しかし、猪本にはそんな風雨の中を縫うように進んで猪本の真上から迫る気を探知した。
(甘いぜ!)
激痛に襲われる頭で御札を操り、湊へと向かわせる。そして、湊の体の一部に貼り付くのを感覚で確認した。
「悪いな!『急急如り 」
遠慮なく念心法を使おうとした瞬間、ボンッ!と手元で小さな爆発音がすると同時に僅かな痛みが走る。
音の発生源、自身の左腕に目を向け、目を見開いた。
『生命測輪』が、壊されていたのだ。
「ッッッッッ!? ハッッッ……アッッ!?」
ゴホゴホッッ、と更に呼吸が乱れ、過呼吸が悪化するが、今はそんなことどうでもいい。
『生命測輪』が壊された。おそらくこの暴風雨の流れを読み、愛衣が小型爆弾をそっと乗せて、猪本の左腕に到達した瞬間に起爆させたのだろう。『生命測輪』は頑丈だが、愛衣は猪本には分からない弱点部位を狙って爆破させたということか。リングは具体的には僅かな亀裂しか入っていないが、起動していることを示す点灯部分がオフになっている。
………『転移乱輪』は『生命測輪』と連結し、生体情報が危険を訴えたら強制的に転移することになっている。
その『生命測輪』が壊されたということは、アクシデントで壊れ装着者が健在だったとしても、これから何が起こるか分からない戦場に放置というわけにもいかない。
(嘘………だよな……?)
猪本の体が淡い輝きを放つ。
虚ろ気味な瞳で湊と愛衣を捕え。
(は……………はは……。……覚えとけ……………………お前ら)
(こっちの世界に、引き込んでやる)
10
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