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第3章 学試闘争編
第22話・・・試し_条件_影・・・
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『結界班、準備が整いました』
『紅井勇士の他に速水愛衣もいますが、本当によろしいのですね?』
「…ああ。猪本の言うように、儂も速水愛衣に興味がある。せっかくだ。彼女の力量をこの目でしかと見極めさせてもらう」
『では源得様が規定の位置に到着次第、結界を展開します』
◆ ◆ ◆
突如、勇士と愛衣の周囲100メートル程を結界が覆い込んだ。
そのことに校舎内で試験が終わってくつろいでいる生徒と一部の教師は気付いていない。
敷地内で待機している者も、前以て知らなければ、察知できなかっただろう。湊や鳩菜はともかく、紫音は気付けていない。
ただ、もちろん勇士と愛衣はすぐに気付いた。
「な、なんだ!?」
「……」
動揺する勇士と冷静に周囲を観察する愛衣。愛衣は答えに辿り着き、肩を落とす。
そして、その人は唐突に現れた。
林の奥からゆっくりと、しかし重い足取りで、一歩一歩に並々ならない覚悟を乗せているような威圧を感じる。
古風な戦闘服に身を包み、腰に一本の刀を差したその御老人。いつもは荘厳ながららも物腰の柔らかさを感じさせるその顔は、これ以上ないくらいに真剣味を帯びている。
「武者小路…学園長…………っ」
勇士が無意識の内にその御老人、武者小路源得に対して呟くように言う。
愛衣の勇士が驚愕の中に納得の意があることを読み取る。
源得は何も言わずに歩み寄り、10メートル程先で立ち止まる。話すのにも戦うのにも十分な距離だ。
そこでやっと言葉を交わさんと口を開く。
「単刀直入に行く。紅井勇士、君の後ろにいる者と直接話しをしたい」
「ッッッッ!?」
勇士が目を見開く。口をわなわなと震わせ、愛衣を一瞥してから、何かを決したように源得を睨む。
「なんのことだ!」
「速水愛衣さんのことを考えているのなら、無駄じゃと思うぞ。おそらく、彼女は薄々勘付いておる」
バッと勇士が愛衣を振り向く。その表情は単純な驚愕と真偽か分からない怪訝と根拠のない納得が入り混じっていた。
尚も勇士は愛衣を見詰め続ける。説明を待つように。源得も何も言わない。
(……私のことを試すつもり? ………生意気)
「…紅井ってさ、二刀流だよね?」
「なッッ!?」
勇士がまた目を見開く。驚愕に打たれる。
「…見たことがあるわけじゃないよ? けど、動作仕草でそういうの分かっちゃうんだよね、私」
源得の鋭い視線を感じながら、愛衣は続ける。
「強化系火属性、二刀流、珍しくともなんともないけど…、今の学園長の態度を見て分かっちゃった。紅井の後ろにいる者っていうのは…、おそらく『陽天十二神座・第六席・紅蓮奏華家』、でしょ?」
勇士が声も出ず、信じられないものを見るように愛衣を凝視する。
対する源得は、『今の学園長の態度を見て』という愛衣の言葉を思い返し、
(嘘じゃな。強化系火属性と二刀流の部分しか分かっていなかったならまだしも、紅井勇士とは友人として数ヶ月一緒におったのじゃ。その中で見せた紅井勇士や風宮琉花の言動から既に答えまで辿りついてただろうに。………速水愛衣は合格じゃな)
判断を下し、口を開こうとした…その時。
「そして、」
愛衣が更に言葉を続けた。
「その『紅蓮奏華家』は武者小路家がこういった強行手段に出ると予測して、紅井にあらかじめ命じていたんじゃないかな。……武者小路家が条件を満たせば「交渉に応じる」と伝えろって」
「「ッッ!?」」
勇士と源得がそれぞれ別の驚愕を表す。
「あ、今の紅井の反応、やっぱりそうなんだぁ。カマ掛けただけなんだけどねっ」
勇士が慌てて口元を隠すようにして目線を逸らす。
それを目の端に捉えながら源得は心の中で強く思った。
(違う! 速水愛衣は確証を以て言っていた! それも気になるが…、それ以前に……)
源得の視線を真っすぐに見据えた愛衣が、控えめに、しかしどこか悪戯っぽく肩を竦める。
「武者小路家が紅井に対して強行手段を取ることは私の立場でも事前に簡単に予測できたよ? 試験内容を土壇場であんな風に変更されたらねぇ」
それに、と愛衣は続ける。
「それに昨日と今日で学園長や一部の先生の表情が明らかに違うんだもん。……その表情には紅井に対する対抗意識と……悲しみが浮かんでた」
悲しみ、そう言われて源得は心を締め付けられるような感覚をくらう。
「昨日、大切な人が亡くなったんじゃない? それが原因で、紅井、『紅蓮奏華家』に大胆なアクションを起こすことにした。今思えば紅井と紫音がペアになったのも仕組まれたことだよね」
愛衣が紡ぐ言葉、情報を勇士は苦々と噛みしめ、源得は生唾を呑み込む。
「武者小路家に起きた悲劇は『紅蓮奏華家』の耳にも届いた。そして武者小路家が試験内容を変更したことで何かが起きると予測し、紅井に色々吹きこんでおいたってとこじゃない?『紅蓮奏華家』の頭首さんはテレビで何度か見たことあるけど、そういう人だと思うよ?」
愛衣のような特殊な脳を持つ人間なら、少し見ただけでもその人物の為人を見抜いてしまう。でたらめな才能だ。
「……思うんだけどさ、多分武者小路家のやろうとしてることはあんまり意味ないと思うんだよね」
愛衣のまだ続く言葉に、「な、何を…」と源得は眉を顰めた。
「仕掛けた特殊回線と繋いだ監視カメラで、紅井が『紅蓮奏華家』の人間だという証拠を掴んで、交渉を有利に進めようとしてるんでしょ?」
紅井が弾かれたように周囲に首を振る。
源得は無駄だと知りつつポーカーフェイスで口を閉じる。 案の定、愛衣は全く気にせず。
「でも『紅蓮奏華』は別に紅井の素性をいつまでも隠すつもりはないと思うよ。『玄牙』や友梨の『妖具』のことがあって目立ってはいるけど、それを抜きにしても紅井ってば二刀流ってこと以外日常生活で実力ほとんど隠してないし。琉花のことだって、私は知らないけど紅蓮奏華傘下に弓矢を使う御家があるんじゃない? …少なくともずっとは隠し続けられないでしょ」
つまり、
「つまりその時点で紅井の正体は大した交渉材料にはならない。紅井に今後何か正体を隠した上で重大な役目があれば話は違ってくるけど、どう考えても諜報活動に向いてないからその線も無さそうだよねっ」
源得は瞳の色が一瞬白くなったと感じる程に、思考が固まった。
事実かどうかは分からないが、愛衣の意見が本当なら自分がやろうとしていたことは無意味だったということになる。確かに、紅井勇士という僅かな可能性に縋り付き、視界が狭まっていたかもしれない。そもそも昨日の今日だ。この策にムラがあることも承知していたが、ここまで決定的な隙間があったのか。
(……何が見極めさせてもらう、じゃ。たかだか歳や立場が上というだけで驕った結果こんな醜態を曝すことになろうとは…)
源得の考え方や態度は間違ってはいない。歳相応、立場相応のものだ。
しかし、愛衣には通じなかった。それが結果、彼女を下に見た結果。
「……速水くん。申し訳なかった。この歳で改めて身の程を弁えさせてもらったよ」
「いえいえっ、私みたいな一般生にそんな顔しないで下さいよっ。私はただ思ったことを口にしただけなんですからっ。……今後とも普通の生徒として接して下さい」
最後の少し突き放した言い方。
貴方なんて興味ない、そう言われている気がした。
(そうだ…。考えてみれば、儂が合格などと判断したところで彼女が儂らの陣営に加わってくれるとは限らない……。ははっ。儂はどれだけ驕っていたのだろうな)
自嘲気味の笑みを隠さず浮かべる。
(……仕方ない。速水くんの勧誘し関しては後回しだ。……今は)
源得は己の価値も再認識したところで、勇士に視線を向ける。
勇士も緊張の見える態度で向かい合う。
「紅井くん。まず訊ねよう。…君は『紅蓮奏華家』の……」
「ち、違う!」
勇士が強く一喝して一蹴する。
「何の話かさっぱりです! 俺は『紅蓮奏華家』とは関係ない、ただの一般生ですよ」
少し戸惑いのある勇士の言動は、源得でも見破れるほどだ。
(……既に『紅蓮奏華家』の試しは始まっているということか)
源得が眼球だけ動かして愛衣を見やるが、薄く笑って眺めるだけで何もする気はないようだ。
分かっている。源得が自分で答えに辿り着くしかないのだ。
(…本来、儂はここで紅井勇士に本気でなければ対処できない力で斬りかかり、二刀流、紅華鬼燐流を引き出すつもりだったが…)
紅華鬼燐流の剣技を披露させ、それをカメラに収め、証拠を掴むつもりだった。
紅蓮奏華が源得の何を試しているのか、それが何を意味するかによって源得の行動も変わってくる……が、
「行くぞ、紅井勇士」
問答無用で、源得が刀を抜き、斬りかかった。
※ ※ ※
炎と雷がぶつかる。
歳を感じさせない体捌きで勇士と対等に斬り合う。両者一歩も譲らない戦闘は、一振り一振りが強風を生み、草木を揺らしている。愛衣は距離を取って木に背を預けながら、その剣戟を見物していた。
そんな中、源得は冷静に思考を回す。
(紅蓮奏華の頭首は様々な意味での強者を好む。力然り、頭然り、……心然り)
源得の結論は。
「殺す覚悟でお主に斬りかかること、それが条件じゃろう?」
斬りかかりながら述べる。刃を受けながら、勇士の表情が険しくなり、それの是非は見破れないが、是だと源得は思う。
「紅蓮奏華の頭首は儂の心を試しておる。それは、お主を殺す覚悟で攻撃できるかどうか。……紅井勇士、お主は強い。しかし、歳とは言えまだ儂にいくらか分がある」
勇士が悔しくも反論ができない表情を浮かべる。
「しかし、そこに驕ることを許さない、中途半端を許さない。……具体的に言えば、儂が手加減しながら戦って戦闘が長引けば儂の試練は失格、殺す気で掛かり紅華鬼燐流を使わせれば合格、違うかね?」
「……」
勇士は答えない。何も言わず、源得の刃を受け止めているだけ。
だが源得は確信する。このまま行けばいい。……『紅蓮奏華家』の協力を仰げる。
源得は一振りに力を込めて刀を横薙ぎ、勇士は刀で逸らしつつ後方に跳ぶ。
(さすがじゃ。こうして相対してみれば紅華鬼燐流をどことなく感じさせる部分もあるが、決定的な剣技を見せない。……だがな、)
源得の気合の籠った両手持ちの振り下ろしを、勇士は刀を横にして上げ、防ごうとするが、
(『陽光源!)
至近距離で眩い光が照り、勇士が目を閉じる。だが、刀は上げたまま。
(手段は選ばんぞ!)
それを予測していた源得は一瞬で後ろに回り込み、無防備な勇士の背中に向けて振り下ろす。
間に合わない。刀一本の勇士では躱す時間もない、防ぐ態勢にも持ち込めない。唯一の方法は体に染み付いた紅華鬼燐流のステップを使うこと。
源得も、幾つか知る紅華鬼麟修独特の足取りで躱せるようにしている。殺す気で挑むと言っても、限度はある。その辺も融通する必要がある。二刀流にするものではないが、これを足掛かりにすぐもう一本の刀を抜かせられる。
しかし、てっきり紅華鬼燐流を使うと思えば、
(『瞬活法』!)
強化の気で一時的に脳のリミッターを解除する法技。それを用いて強引に横跳びして回避したのだ。
(…甘いぞ)
しかし、摩擦で煙を立てながら勇士が退避したその先に源得は周り込み、態勢が整っていない勇士の心臓を容赦なく狙う。
(今度こそ!)
(瞬活法!)
ガキィンッ!!と無理な態勢で刀を無理矢理振り上げ、源得の刀を力技で弾き返す。態勢は整ってないのに、絶大な威力の一振り。
(また瞬活法!? 紅井勇士なら可能だと思うが、その態勢では相当辛いじゃろう……! なぜそこまでして紅華鬼燐流を使わない? もう儂の試しは………あ、…まさか…、)
源得がゴクリと喉を鳴らす。
(まさか……まだ、儂は合格しておらんのか……?)
※ ※ ※
(『聖』を倒す為にも強く…強くならなきゃいけないんだ! ……だから学園長! 早く! あれを使って下さいよ!)
◆ ◆ ◆
暗い廊下を、来木田岳徒は歩いていてた。
3メートルの棒も肩に置き、ある部屋へと向かう。
「…何してんのよ? 来木田」
「………おやおや、風宮さんじゃないか」
来木田は振り向き、声の主、弓矢を持つ風宮と目を合わせて軽薄な笑みを浮かべる。
「…何してんのって聞いてんの。こっちは立ち入り禁止なはずよ。それなのに監視カメラも警報も作動してない。…ここまでして何やろうってのよ」
来木田は余裕と自信に溢れる態度で返す。
「…分かってるんでしょ?」
風宮が弓矢を構える。
「この先の備品室にある予備の『転移乱輪』で外に出るつもりね」
「正解。…そう構えないでよ。ここで暴れたら、備品室の警備をしてる先生にばれて二人で処分を受けることになるよ?」
「ふん、どうせその先生を倒して盗むつもりだったくせに」
来木田が軽薄な笑みを深める。黒い笑みになる。
「…へー。俺とやる気なんだ」
「潰すッ」
………………………………ひっそりと。……そんな二人の元に、一つの影が近付いていた。
『紅井勇士の他に速水愛衣もいますが、本当によろしいのですね?』
「…ああ。猪本の言うように、儂も速水愛衣に興味がある。せっかくだ。彼女の力量をこの目でしかと見極めさせてもらう」
『では源得様が規定の位置に到着次第、結界を展開します』
◆ ◆ ◆
突如、勇士と愛衣の周囲100メートル程を結界が覆い込んだ。
そのことに校舎内で試験が終わってくつろいでいる生徒と一部の教師は気付いていない。
敷地内で待機している者も、前以て知らなければ、察知できなかっただろう。湊や鳩菜はともかく、紫音は気付けていない。
ただ、もちろん勇士と愛衣はすぐに気付いた。
「な、なんだ!?」
「……」
動揺する勇士と冷静に周囲を観察する愛衣。愛衣は答えに辿り着き、肩を落とす。
そして、その人は唐突に現れた。
林の奥からゆっくりと、しかし重い足取りで、一歩一歩に並々ならない覚悟を乗せているような威圧を感じる。
古風な戦闘服に身を包み、腰に一本の刀を差したその御老人。いつもは荘厳ながららも物腰の柔らかさを感じさせるその顔は、これ以上ないくらいに真剣味を帯びている。
「武者小路…学園長…………っ」
勇士が無意識の内にその御老人、武者小路源得に対して呟くように言う。
愛衣の勇士が驚愕の中に納得の意があることを読み取る。
源得は何も言わずに歩み寄り、10メートル程先で立ち止まる。話すのにも戦うのにも十分な距離だ。
そこでやっと言葉を交わさんと口を開く。
「単刀直入に行く。紅井勇士、君の後ろにいる者と直接話しをしたい」
「ッッッッ!?」
勇士が目を見開く。口をわなわなと震わせ、愛衣を一瞥してから、何かを決したように源得を睨む。
「なんのことだ!」
「速水愛衣さんのことを考えているのなら、無駄じゃと思うぞ。おそらく、彼女は薄々勘付いておる」
バッと勇士が愛衣を振り向く。その表情は単純な驚愕と真偽か分からない怪訝と根拠のない納得が入り混じっていた。
尚も勇士は愛衣を見詰め続ける。説明を待つように。源得も何も言わない。
(……私のことを試すつもり? ………生意気)
「…紅井ってさ、二刀流だよね?」
「なッッ!?」
勇士がまた目を見開く。驚愕に打たれる。
「…見たことがあるわけじゃないよ? けど、動作仕草でそういうの分かっちゃうんだよね、私」
源得の鋭い視線を感じながら、愛衣は続ける。
「強化系火属性、二刀流、珍しくともなんともないけど…、今の学園長の態度を見て分かっちゃった。紅井の後ろにいる者っていうのは…、おそらく『陽天十二神座・第六席・紅蓮奏華家』、でしょ?」
勇士が声も出ず、信じられないものを見るように愛衣を凝視する。
対する源得は、『今の学園長の態度を見て』という愛衣の言葉を思い返し、
(嘘じゃな。強化系火属性と二刀流の部分しか分かっていなかったならまだしも、紅井勇士とは友人として数ヶ月一緒におったのじゃ。その中で見せた紅井勇士や風宮琉花の言動から既に答えまで辿りついてただろうに。………速水愛衣は合格じゃな)
判断を下し、口を開こうとした…その時。
「そして、」
愛衣が更に言葉を続けた。
「その『紅蓮奏華家』は武者小路家がこういった強行手段に出ると予測して、紅井にあらかじめ命じていたんじゃないかな。……武者小路家が条件を満たせば「交渉に応じる」と伝えろって」
「「ッッ!?」」
勇士と源得がそれぞれ別の驚愕を表す。
「あ、今の紅井の反応、やっぱりそうなんだぁ。カマ掛けただけなんだけどねっ」
勇士が慌てて口元を隠すようにして目線を逸らす。
それを目の端に捉えながら源得は心の中で強く思った。
(違う! 速水愛衣は確証を以て言っていた! それも気になるが…、それ以前に……)
源得の視線を真っすぐに見据えた愛衣が、控えめに、しかしどこか悪戯っぽく肩を竦める。
「武者小路家が紅井に対して強行手段を取ることは私の立場でも事前に簡単に予測できたよ? 試験内容を土壇場であんな風に変更されたらねぇ」
それに、と愛衣は続ける。
「それに昨日と今日で学園長や一部の先生の表情が明らかに違うんだもん。……その表情には紅井に対する対抗意識と……悲しみが浮かんでた」
悲しみ、そう言われて源得は心を締め付けられるような感覚をくらう。
「昨日、大切な人が亡くなったんじゃない? それが原因で、紅井、『紅蓮奏華家』に大胆なアクションを起こすことにした。今思えば紅井と紫音がペアになったのも仕組まれたことだよね」
愛衣が紡ぐ言葉、情報を勇士は苦々と噛みしめ、源得は生唾を呑み込む。
「武者小路家に起きた悲劇は『紅蓮奏華家』の耳にも届いた。そして武者小路家が試験内容を変更したことで何かが起きると予測し、紅井に色々吹きこんでおいたってとこじゃない?『紅蓮奏華家』の頭首さんはテレビで何度か見たことあるけど、そういう人だと思うよ?」
愛衣のような特殊な脳を持つ人間なら、少し見ただけでもその人物の為人を見抜いてしまう。でたらめな才能だ。
「……思うんだけどさ、多分武者小路家のやろうとしてることはあんまり意味ないと思うんだよね」
愛衣のまだ続く言葉に、「な、何を…」と源得は眉を顰めた。
「仕掛けた特殊回線と繋いだ監視カメラで、紅井が『紅蓮奏華家』の人間だという証拠を掴んで、交渉を有利に進めようとしてるんでしょ?」
紅井が弾かれたように周囲に首を振る。
源得は無駄だと知りつつポーカーフェイスで口を閉じる。 案の定、愛衣は全く気にせず。
「でも『紅蓮奏華』は別に紅井の素性をいつまでも隠すつもりはないと思うよ。『玄牙』や友梨の『妖具』のことがあって目立ってはいるけど、それを抜きにしても紅井ってば二刀流ってこと以外日常生活で実力ほとんど隠してないし。琉花のことだって、私は知らないけど紅蓮奏華傘下に弓矢を使う御家があるんじゃない? …少なくともずっとは隠し続けられないでしょ」
つまり、
「つまりその時点で紅井の正体は大した交渉材料にはならない。紅井に今後何か正体を隠した上で重大な役目があれば話は違ってくるけど、どう考えても諜報活動に向いてないからその線も無さそうだよねっ」
源得は瞳の色が一瞬白くなったと感じる程に、思考が固まった。
事実かどうかは分からないが、愛衣の意見が本当なら自分がやろうとしていたことは無意味だったということになる。確かに、紅井勇士という僅かな可能性に縋り付き、視界が狭まっていたかもしれない。そもそも昨日の今日だ。この策にムラがあることも承知していたが、ここまで決定的な隙間があったのか。
(……何が見極めさせてもらう、じゃ。たかだか歳や立場が上というだけで驕った結果こんな醜態を曝すことになろうとは…)
源得の考え方や態度は間違ってはいない。歳相応、立場相応のものだ。
しかし、愛衣には通じなかった。それが結果、彼女を下に見た結果。
「……速水くん。申し訳なかった。この歳で改めて身の程を弁えさせてもらったよ」
「いえいえっ、私みたいな一般生にそんな顔しないで下さいよっ。私はただ思ったことを口にしただけなんですからっ。……今後とも普通の生徒として接して下さい」
最後の少し突き放した言い方。
貴方なんて興味ない、そう言われている気がした。
(そうだ…。考えてみれば、儂が合格などと判断したところで彼女が儂らの陣営に加わってくれるとは限らない……。ははっ。儂はどれだけ驕っていたのだろうな)
自嘲気味の笑みを隠さず浮かべる。
(……仕方ない。速水くんの勧誘し関しては後回しだ。……今は)
源得は己の価値も再認識したところで、勇士に視線を向ける。
勇士も緊張の見える態度で向かい合う。
「紅井くん。まず訊ねよう。…君は『紅蓮奏華家』の……」
「ち、違う!」
勇士が強く一喝して一蹴する。
「何の話かさっぱりです! 俺は『紅蓮奏華家』とは関係ない、ただの一般生ですよ」
少し戸惑いのある勇士の言動は、源得でも見破れるほどだ。
(……既に『紅蓮奏華家』の試しは始まっているということか)
源得が眼球だけ動かして愛衣を見やるが、薄く笑って眺めるだけで何もする気はないようだ。
分かっている。源得が自分で答えに辿り着くしかないのだ。
(…本来、儂はここで紅井勇士に本気でなければ対処できない力で斬りかかり、二刀流、紅華鬼燐流を引き出すつもりだったが…)
紅華鬼燐流の剣技を披露させ、それをカメラに収め、証拠を掴むつもりだった。
紅蓮奏華が源得の何を試しているのか、それが何を意味するかによって源得の行動も変わってくる……が、
「行くぞ、紅井勇士」
問答無用で、源得が刀を抜き、斬りかかった。
※ ※ ※
炎と雷がぶつかる。
歳を感じさせない体捌きで勇士と対等に斬り合う。両者一歩も譲らない戦闘は、一振り一振りが強風を生み、草木を揺らしている。愛衣は距離を取って木に背を預けながら、その剣戟を見物していた。
そんな中、源得は冷静に思考を回す。
(紅蓮奏華の頭首は様々な意味での強者を好む。力然り、頭然り、……心然り)
源得の結論は。
「殺す覚悟でお主に斬りかかること、それが条件じゃろう?」
斬りかかりながら述べる。刃を受けながら、勇士の表情が険しくなり、それの是非は見破れないが、是だと源得は思う。
「紅蓮奏華の頭首は儂の心を試しておる。それは、お主を殺す覚悟で攻撃できるかどうか。……紅井勇士、お主は強い。しかし、歳とは言えまだ儂にいくらか分がある」
勇士が悔しくも反論ができない表情を浮かべる。
「しかし、そこに驕ることを許さない、中途半端を許さない。……具体的に言えば、儂が手加減しながら戦って戦闘が長引けば儂の試練は失格、殺す気で掛かり紅華鬼燐流を使わせれば合格、違うかね?」
「……」
勇士は答えない。何も言わず、源得の刃を受け止めているだけ。
だが源得は確信する。このまま行けばいい。……『紅蓮奏華家』の協力を仰げる。
源得は一振りに力を込めて刀を横薙ぎ、勇士は刀で逸らしつつ後方に跳ぶ。
(さすがじゃ。こうして相対してみれば紅華鬼燐流をどことなく感じさせる部分もあるが、決定的な剣技を見せない。……だがな、)
源得の気合の籠った両手持ちの振り下ろしを、勇士は刀を横にして上げ、防ごうとするが、
(『陽光源!)
至近距離で眩い光が照り、勇士が目を閉じる。だが、刀は上げたまま。
(手段は選ばんぞ!)
それを予測していた源得は一瞬で後ろに回り込み、無防備な勇士の背中に向けて振り下ろす。
間に合わない。刀一本の勇士では躱す時間もない、防ぐ態勢にも持ち込めない。唯一の方法は体に染み付いた紅華鬼燐流のステップを使うこと。
源得も、幾つか知る紅華鬼麟修独特の足取りで躱せるようにしている。殺す気で挑むと言っても、限度はある。その辺も融通する必要がある。二刀流にするものではないが、これを足掛かりにすぐもう一本の刀を抜かせられる。
しかし、てっきり紅華鬼燐流を使うと思えば、
(『瞬活法』!)
強化の気で一時的に脳のリミッターを解除する法技。それを用いて強引に横跳びして回避したのだ。
(…甘いぞ)
しかし、摩擦で煙を立てながら勇士が退避したその先に源得は周り込み、態勢が整っていない勇士の心臓を容赦なく狙う。
(今度こそ!)
(瞬活法!)
ガキィンッ!!と無理な態勢で刀を無理矢理振り上げ、源得の刀を力技で弾き返す。態勢は整ってないのに、絶大な威力の一振り。
(また瞬活法!? 紅井勇士なら可能だと思うが、その態勢では相当辛いじゃろう……! なぜそこまでして紅華鬼燐流を使わない? もう儂の試しは………あ、…まさか…、)
源得がゴクリと喉を鳴らす。
(まさか……まだ、儂は合格しておらんのか……?)
※ ※ ※
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◆ ◆ ◆
暗い廊下を、来木田岳徒は歩いていてた。
3メートルの棒も肩に置き、ある部屋へと向かう。
「…何してんのよ? 来木田」
「………おやおや、風宮さんじゃないか」
来木田は振り向き、声の主、弓矢を持つ風宮と目を合わせて軽薄な笑みを浮かべる。
「…何してんのって聞いてんの。こっちは立ち入り禁止なはずよ。それなのに監視カメラも警報も作動してない。…ここまでして何やろうってのよ」
来木田は余裕と自信に溢れる態度で返す。
「…分かってるんでしょ?」
風宮が弓矢を構える。
「この先の備品室にある予備の『転移乱輪』で外に出るつもりね」
「正解。…そう構えないでよ。ここで暴れたら、備品室の警備をしてる先生にばれて二人で処分を受けることになるよ?」
「ふん、どうせその先生を倒して盗むつもりだったくせに」
来木田が軽薄な笑みを深める。黒い笑みになる。
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「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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