鎮静のクロッカス

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第4章 激闘クロッカス直属小隊編

第5話・・・元『骸』_クロッカス直属小隊_斜羅・・・

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『裏・死頭評議会』。
 数々の裏組織が所属する。『フォーサー協会』のつい、と世間一般では認識されているが、その構造は大きく異なる。
『裏・死頭評議会』には『フォーサー協会』がブラックリストとして登録しているような超一級裏組織しか名を載せていない。『玄牙』や『煉庭れんてい』はそこにいない。
 言わば不干渉契約だ。大きくなり過ぎた裏組織同士が極力干渉を避けるという取り決めのようなもの。元々、裏組織は悪党の集まり。悪党同士が顔を合わせれば争いが勃発する。常に自分らを狙う正規組織に加え、悪党同士でも争っていたらすぐに衰退する。
 そういった争い、混乱を防ぐ為に、とある三つの裏組織によって『裏・死頭評議会』が創生された。もちろん、これで完全に争いがなくなるとは誰も考えていないが、無秩序よりは大分楽になり、動きやすくなった。
『裏』では『裏』の秩序を作り出したのだ。
 ただ、その『裏・死頭評議会』も大きくなればコントロールが効かなくなる。
 その為に講じられた策は二つ。
 一つ目は、名を載せることができるのは『フォーサー協会』も一際厄介と認める超一級の裏組織。小さい裏組織は知らない、潰れてくれても構わないというスタンスだ。
 二つ目は、創生した三つの組織以外に頭を据えること。『終色』や『憐山』などがこれに当てはまる。
 こうして裏社会は秩序を保っている。

 創生した三つの裏組織は裏社会のトップとされており、『三黒さんこく天輪てんりん』と呼ばれている。
 そして、『三黒天輪』の内一つの裏組織が、『むくろ』である。


 ◆ ◆ ◆


「…コスモスも元裏組織『むくろ』の人間だ」

 湊の言葉に、深恋がどう反応すればいいか分からなかった。
(『骸』……『三黒天輪』………その歳でそれだけの強さ……)
 深恋は思ったことを反射的に口にした。
「私と…同じ」

「一緒にしないで」

 え?と深恋は目を前に向ける。
 声の方向だ。しかしそこには誰もおらず、直後に自分の横を通り抜ける人影があった。
 コスモスがすれ違いざま、深恋に囁いた。

「私と貴方は、違う」

 深恋が振り向くと、既にコスモスはスタスタと先を歩いていた。
 瞬きする深恋の横を更にスイートピーが「こらー!」と追い掛ける。
 取り残された気持ちになった深恋の頭に、湊がぽんと手を置く。そしてぐりぐり回す。
「考え込むなー。取り敢えずコスモスのあれは嫉妬だと思って」
 ぐりぐり回されるだけで心が少し楽になった深恋が、まだぐりぐり回されながら、疑問を浮かべる。
「え…嫉妬…?」
「嬉しいことにコスモスって俺のこと好きだからねー。カキツに代わって獅童学園で一緒に生活する相手に嫉妬の一つもするよー」
「………」
 深恋は自分が逆に冷静になっていくのを強く感じた。
 ぐりぐりから開放してもらい、ジト目を湊へ向け、
「よくよく考えてみると…その強さでその頭でその容姿でその性格って……反則だよね」
「あはっ、それよく言われるー」
 無邪気に湊が笑い、数歩前へ進んだ。
「ほら、早く行こう。ラベンダー」
「…そうですね。クロッカス隊長」
 湊と深恋が微笑む。

「……敬称も敬語も使わなくていいよ。プロテも使ってなかったでしょ?」
「うん、わかった」


 ◆ ◆ ◆


 金属製の自動扉が開く。そこから更に続く廊下を歩いてもう一つの自動扉が開く。
 そこにあるのは作戦会議に使われる会議室だ。
 スイートピーを最初の扉の前に置いてやってきた三人が中へと入る。
「お、来たな」
「こんばんわ~!」
「……」
「ほぉ、また可愛らしい子が入ったわいのう…」
 そこには、相対しただけで「強い」と感じさせる四人の男女がいた。

 女性が一人近付いてきて、深恋の両手を取り、握手して笑顔を浮かべる。
「初めまして、ラベンダー。私はブローディアっ。女同士、よろしくね!」
 ブローディア。
 十代後半の大学生っぽい年頃の女性で、すらりと身長が高くしなやかな体付きをしている。さっぱりしたショートヘアの髪も相まって、動きやすそうで活発な運動神経抜群女性という印象だ。
 屈託のない笑みからは陽気な印象も受けるが、深恋には分かる、体のバランスを保つために彼女が日々積み重ねている努力が。
 コードネームを知られていることに驚きはしない。総隊長室を出てすぐ話したスイートピーは知らない様子だったが、各所に通達されていたのだろう。
 ブローディアが深恋の横に立ち、他の隊員を紹介し始めた。
「あちらにおわします御方が我がクロッカス直属小隊の副官を務めるスターチスさん! 第四策動隊の元副隊長でみんな大好き平和御爺様!」
 はしゃいだ様子のブローディアに流されるまま、四人の中で一番気になっていた人物を紹介される。
「ほっほ、恥ずかしいが…よろしくのう?」
 スターチス。
 平和御爺様、まさにそのフレーズがぴったりといった仏のような面持ちの七十は越えている老人だ。湯呑みを啜り、お茶の飲む姿からは強さを全く感じないが、しかし深恋はその老人から異常ともいえるエナジーを感じ取る。
 深恋や、おそらくコスモスよりも強い。
 精鋭揃いの『聖』の隊の一つで元副隊長という称号は十分凄いのだろうが、深恋としてはこの老人の全盛期とも言えるだろう若い頃に隊長になれなかったという事実の方が驚きだった。
「そして、あそこできざったく本を読んでるのがアスター。彼の司力フォース知ったら驚くわよ?」
「…きざったくは余計……。アスターです。よろしく」
 アスター。
 椅子に座り、片手で本を広げて読んでいる眼鏡を掛けた二十代前半程の男性。理知的で本を読む姿がよく似合っている。湊が異色とすると、アスターは王道な傑物男性という印象だ。
「アスターさんの司力フォースって…」
「ふふっ、すぐに話すわ。……それでまあ、最後のおじさんは…別に覚えなくてもいいわ。なんかおじさんいるなって記憶の片隅にでも覚えておいて」
「おいおいおい!」
 ぞんざいな扱いを受けた三十前後の男性が大声を上げる。失礼だとは思うが、見た目からして弄られキャラが体質という感じの人だ。緊張感のない顔付き、力を抜いたような肩、全体的な覇気の無さ、怠け者やがさつという印象すら湧かない、通りすがりの一般人という表現がしっくりくる。
 彼からも底知れない強さを感じるが、湊、コスモス、スターチスという圧倒的強者の力を身を持って知り、ブローディアやアスターのような若い二人の力を知った後だとインパクトに欠けてしまっているところが残念で申し訳なくなる。
 その男はブローディアの態度に溜息をつき、深恋に向けて普通の笑みを浮かべた。
「俺のコードネームはヒヤシンス、この中では一応スターチスさんの次に年上なんだけど…まあブローがこう言うように、変に気を遣わなくていい男だ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
 ブローディアが腕を広げ、
「これが私達クロッカス直属小隊よ! 見ての通り男3人女3人でやってるわ!」
 はい、と控えめに返事をしようとして、ん?と首を傾げる。男4人女2人では?と。
 そう思う深恋の横を湊が通り、
「よし、最終確認するよー」
 ブローディアのボケをスルーする湊に、
「隊長! ちゃんと突っ込んで下さいよー! もー!」
「ん? 別に俺のルックスなら女3人でも違和感ないでしょ?」
 平然と言ってのける湊にブローディアが綺麗な顔を引き攣らせる。
「…ラベンダー、この強さでこの頭でこの容姿でこの性格って……反則だと思わない?」
「………私もさっき、それ本人に言いました…」
 ブローディアと深恋が顔を見合わせ、ふふっと笑った。


 ◆ ◆ ◆


「やっほー! スー!」
 湊達が消えていった扉の前で待つスイートピーの元に、大小二つの人影が近付く。
「あ、ローズ! ガーベラも!」
 さらっと短く流れるような黒髪ボブヘアを揺らすガーベラと、もう一人、スイートピーと同い年の少女が駆け寄ってくる。
 青みがかった黒髪をツインテールにした幼いながら可愛いより美しいという形容詞が相応しい顔立ちをしている。不意に浮かべる笑顔や仕草から、『聖』の誰もが尊敬する御方を思い回させる。
 今の総隊長の元のコードネームを賜るその少女こそ、西園寺瑠璃の娘、『聖』第一策動隊所属・コードネーム「ローズ」だ。
 顔は瑠璃とほぼ瓜二つだ。若いか、老いてるか、それしか違わない。
「クロー達はまだ?」
 ガーベラが訊くと、スイートピーが小首を傾げて頬を膨らます。
「20分くらい経ったからもうそろそろだとは思うんだけどねー」
「ねー、スー。ラベンダー歓迎会、本当に出ないの?」
「少しは参加するよ」
「でも途中でいなくなイタっ!」
 食い下がるローズの頭にガーベラが手刀を落とす。
「こーら。クローと二人きりの時間を過ごせる時なんて限られてるんだから、我がまま言わないの」
 ムー、と叩かれたところを押さえてローズが頬を膨らませる。
「分かってるよ、それぐらい。でもせっかくのパーティなんだからスーやクロー隊長も含めてみんなで楽しイタっ!」
 また頭を叩かれる。
「我慢しなさーい」
 ムーとまた頬を膨らませるローズに、スイートピーが謝る。
「ごめんね? ローズ。気持ちは嬉しいけど……やっぱりお兄ちゃんとゆっくりお話したいんだ」
「…うん。だよね。……やっぱりクロー隊長は特別?」
「もちろん! お兄ちゃんは私の全てだよ!」
 スイートピーは、とても朗らかな笑顔で頷いた。


 ◆ ◆ ◆


 約一時間後。
 ラベンダー歓迎会が大盛況の中始まり、未だに騒いでいる最中、湊は扉を開け、その部屋を出た。振り返り、その部屋のベッドでとても健やかな笑顔で眠るスイートピーを見て笑みを浮かべ、歩き去る。
『聖』の隊員の部屋は五畳と基本的に狭い。というのも、一つの大部屋を四つに区切ってプライベートスペースを確保した構造になっている。もし家族で過ごしたい場合は仕切りを取り外したり必要なら部屋を大きくすることもできる。
 四つに区切ったままの場合は、部屋を出ると細い通路になり、四つの扉を横切ってまた一つ扉を出ることで主要となる廊下に出る。
 廊下に出ても静かだ。『聖』の本部はほぼ防音構造となっているので、まだ騒いでいるだろうラベンダー歓迎会の音も聞こえない。

 そして少し離れたところにある扉を通り、四つある部屋の内の一つの前に立つ。ちなみに他の部屋の扉には『クローバーの部屋です』『The room of ガーベラ』『リリーの秘密の個室』などと書かれている。
『コスモス』とだけ書かれた素っ気ない表札の扉をこんこん、と叩く。
 …返事はない。
 もう何度か叩いて返事がないから帰ろう…という悪戯も考えたが、苦笑してその考えを放り捨てる。
 扉の横にあるパネルにパスコードを打ち込み、開く。本来であれば絆の深い隊員であっても部屋のロックを解くパスコードまで教え合ったりしないが、湊は教えられていた。

 扉を開くと、暗い部屋の中ベッドに無感情な顔で座る結んでいた髪を解いてるコスモスを見付ける。
 湊が現れても特に反応を示さないコスモスの隣に移動し、座る。
 すると湊の服の裾をコスモスが摘まむ。
「………湊」
「…どうした? 斜羅しゃら
 コスモスの本名を口にして、首を傾げる湊。
「湊のファーストキスの相手は誰?」
「…え? なにその質問…」
「誰?」
 圧が強いコスモスに、湊は苦笑して。
「斜羅だよ。それがああああぁぁっっ」
 突然コスモスが湊を押し倒してきた。狭い密室で、若い男女がベッドの上で平行になる。
 多少力を入れてる湊でも、コスモスからはそう簡単に逃れられない。
「ど、どうしたのでしょうかっ?」
 仰向けになる湊の上に馬乗りになって動きを止めたコスモスに、湊が訊ねる。
 コスモスは乱雑になった髪を垂らし、他に誰もいないが悲壮や狂気といった感情が籠る瞳を湊だけに見えるにして。
「……可愛い子ね」
「…深恋のこと? 確かに学園では…」
「違う! 分かってるんでしょ!」
 一拍置いて、コスモスは吐き捨てるように言った。
「……速水愛衣のことよッ」
 その言葉に籠められた思いを、今のコスモスからなら読み取れる。読み取った湊は、物静かでどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべ、そっとコスモスの頬に手を触れた。
 そしてそのままコスモスの首に手を回し、そっと抱き寄せる。ベッドの上で横になったまま、完全に重なる。
「言っておくけど、愛衣とは何もないよ?」
「何もない相手と、あんなこと・・・・・するの?」
「…表社会で今の俺の安全と人権を確保するには、それしかないんだ」
「……そんなことしなくても…、ここに戻ってくればいい…」
 普段のコスモスなら絶対言わない発言を、湊は静かに受け止める。
「ごめんね」
「……謝るな…アホ…」
 コスモスが横にずれ、湊の上から退いて、湊の二の腕を枕にした態勢に移る。湊は黙って受け入れた。
「日本の学校も楽しい?」
「うん。知識だけじゃ賄えない経験がたくさん積まれて充実してるよ」
「……何人に告白された?」
「…5人」
「可愛い子いた?」
「…まあね」
「キスしたいと思った?」
「ないよ。俺節操無しじゃないし」
「…私とキスした回数は?」
「6回」
「ほっぺを合わせると?」
「4689回」
「…嫌?」
「……俺も思春期の少年だからねー。…こんなに可愛い子にキスされて嬉しくないわけがない」
「じゃあ口にキスさせて」
「それは駄目っすよー。瑠璃さんに止められだろ?」
 こつん、とコスモスが自分の額を湊の額に乗せる。コスモスの片足も湊の下半身に乗っているような状態だ。
「じゃあほっぺでいいからキスさせて」
「斜羅、もう16歳…来年には高校生っていう歳なんだから、その癖やめるべきでは?」
「癖じゃない。好きな人を前にすると誰でも欲情するでしょ」
 額と額をくっつけた超至近距離でそんなことを言われ、さすがの湊も顔を赤らめる。
 コスモスは悲痛で今にも精神崩壊しそうな表情で……言葉を漏らした。
「……私も湊と学校行きたかった…一緒に普通の勉強したかった……淡里深恋が言ってた…「私と同じ」って……違うッッ! 淡里深恋と私は何もかも違うッ! なんなの淡里深恋アイツッッ! 自分がどれだけ恵まれてるかも知らないでッッ!!……………………みなとぉっ………帰って来てよぉ…………わたし………みなとがいないと…だめなんだよ………」
 ひっく、と涙を流して、コスモスは湊の肩で泣いた。情緒不安定な斜羅コスモスの湿っぽい熱を肩で感じながら、湊は何も言うことができず、そっと背中を擦って上げていた。





「………ていうことで、ほっぺでいいからキスさせて!」
「はいはい…どうぞ」
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