鎮静のクロッカス

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第4章 激闘クロッカス直属小隊編

第12話・・・状況整理_VSレイゴ_「亡くなってるのよ!?」・・・

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 漣湊クロッカスは『憐山れんざん』のアジト内を駆け巡りながら、現況を整理していた。

(本来警戒すべきは五人。『憐山』幹部の『十刀流のジスト』、ジストの秘書的存在で元はフリーの殺し屋のイーバ、神出鬼没の人斬りとして恐れられているルーラン、地下都市『白空しろそら』に強いコネを持つ殺人娼婦のアルガ、被害者全員の頭部を粉微塵に吹き飛ばしたサイコパスな元通り魔のクネリ。……でもここにイレギュラーが二人。『憐山』幹部で紅蓮奏華ぐれんそうか家の血を引く『狂剣のレイゴ』と、レイゴの側近で『憐山』の運び屋のキンリ。
 ……この内ルーランはコスモスが、キンリはアスターが倒してくれた。『憑英格化ひょうえいかくか』の影響で今はサポート特化のアスターはともかく、他の隊員なら幹部以外苦も無く倒せると踏んでたけど……やっぱレイゴがここにいるのは厄介過ぎるね。
 第三段階の〝掃討〟に移る前に俺かスターチスが相手する予定だったけど、まさかブローディアが見付かるとは。さすが紅蓮奏華の『天超直感ディバイン・センス』と言うべきか。俺の予測を越える直感とかマジ勘弁してほしいわ。……とりあえず第三段階〝掃討〟への移行は進めるけど、ブローディアをそのままにしておいて大丈夫か? キンリはアスターに任せたが、今回の相手は俺の予想も越えるかもしれない相手…。やっぱりこのままはブローディアの負担が大きいよな。……俺やスターチスは手が離せない、ヒヤシンスもできればデータ収集に専念してほしい、アスターはもう戦闘は無理。となると、送り込むならコスモスとラベンダーかな。仮に勝てなくてもコスモスの無遁法アンノン・アーツがあれば逃げ切ることはできるだろうし。
 できる限り俺かスターチスが早く〝仕込み〟を終わらせて向かうけど、コスモスとラベンダーにも早めに向かってもらおう)


 ◆ ◆ ◆


「ちょうどさっきアルガと話してたんだよ。紅蓮奏華臥次がつぎについて。お前のじいちゃんだろ?」
 レイゴが下品な笑みを浮かべながらブローディアに言う。
「……さあ? 歴史を遡れば紅蓮奏華家を抜けた人間なんてたくさんいるじゃん。そもそも私が紅華麒麟流使ったからって紅蓮奏華の血筋とは限らないんじゃない?」
 わざわざをレイゴから話を振ってくれるので、ブローディアこと本名紅蓮奏華みやびは適当に答えてありがたく時間稼ぎをさせてもらう。
「いいや! お前は紅蓮奏華の血だ。間違いない」
 自信満々にレイゴが断言する。
「……根拠は?」
「俺の勘だ」
「………はいはい、お得意の『天超直感ディバイン・センス』ね」
 適当に会話を続けることが目的ではあったが、やはりレイゴの超直感の冴えは目を瞠るものがある。
(『狂剣のレイゴ』…本名紅蓮奏華のぼる……あらゆる意味で厄介極まりないわね…)
 レイゴが「おいおいおい~」と気色悪い声を上げる。
「そう連れない態度取るなよ~。臥次の息子、克己かつきの子なんだろ? つまり俺の従弟いとこの子ってことじゃねえか! そこそこ近い親戚同士、色々聞かせてくれよ! 克己は『妖具』の瘴気を克服したのか? 臥次ももうじじいのはずだがまだ生きてんのか?」
 レイゴの図々しく阿呆な物言いに、ブローディアは深く溜息を吐いた。
「答える義務のない愚かな質問ばかりね。もっと上手に情報を引き出す交渉術でも鍛えたら?」
「ハハッッ! 辛辣~。交渉術とかそういうのだり~。……おっけーおっけー。

 じゃあいっちょ、拷問してみるかァ」

 レイゴが一際下卑た笑みを浮かべる。
 次の瞬間、レイゴが視界から消えた。
(速いッッ!)
 A級フォーサーですら見逃しかねない光の如き加速法アクセル・アーツであったが、ブローディアは卓越した動体視力でなんとか追い、レイゴを左に捉える。
「ほらお返しだ! 九式『過蒸閃かじょうせん』!」
 先程ブローディアが見せた『過蒸閃』のお返しをレイゴが繰り出す。
 あらゆる物質を蒸発させる超高熱の二刀による横薙が迫ってくる。
(『十字炎瓦じゅうじえんが』で防いでも余波の高熱で皮膚が焼ける可能性が高い! それなら!)
「紅華鬼燐流・一式『双火炎そうかえん』!」
 一式『双火炎』は二刀に炎を纏い、回転して遠心力を乗せて相手を切り捨てる技。
 ブローディアはレイゴの二刀に一本の刀を器用に当て、受け流すように回転して『過蒸閃』を逸らし、その遠心力の勢いのままもう一本の刀をレイゴめがけて振り切ったのだ。
「いいねえ! 五式『俊天華』!」
 二刀をあっさり受け流され、無防備と化した肉体に刃が届きそうになるが、筋肉をエナジーで無理矢理収縮させて肉体を強引に動かし上体反らしをして躱す。
 ブローディアの刀は空振りするはずだった……が。
「同じく『俊天華』」
 体を反らしたレイゴの眼前を通過するはずだったブローディアの刃は、レイゴの眼前で向きが変わった。レイゴへ刃を突き立てるように。
 遠心力を乗せたブローディアの刃はそのまま空振るはずだったが、レイゴと同じように『俊天華』で筋肉を収縮させて腕の向きを強引に変えたのだ。
 レイゴの動きを見てからでは間に合わない。ブローディアは完全にレイゴの動きを読み切ったのだ。
(完璧なタイミング!)
 しかし。
「グハッ!?」
 吹っ飛ばされたのはブローディアの方だった。
 後方に飛ばされ、壁に亀裂を入れる勢いで衝突する。
「更に同じく『俊天華』、なんつって」
 ブローディアの目の前ではレイゴがけらけら笑っている。
 今何が起きたか、理解できないわけではない。
(やられたことは単純明快。……またレイゴは『俊天華』を用いて強引に私のお腹に蹴りを入れた…!)
 上体反らしという無理な態勢でブローディアに蹴りを入れてくる。それはまだいい。
(問題は私の『俊天華』より後出しで先攻されたこと…! あと数ミリでレイゴに私のやいばが届いたのに、そこから呆気なく逆転された。私の近接型なのに身体能力フィジカルに差があり過ぎる…)
「どうよ? 喋る気になれたか?」
 レイゴが下卑た笑みを浮かべて言ってくる。ブローディアの嫌悪感が増す。
(……こんな男が隊長クロッカスお父さんフリージアと同格とか、ほんとになる…)
 ブローディアは何も言わず、お腹の痛みを堪えながら二刀流の構えを取る。
「まだやんのか? 格の違い思い知ってくれたと思ったんだけどなぁ。
 
 ……だったらもう少し痛めつけるか」
 

 ◆ ◆ ◆


『……以上。その階層の調査と報告が終わったらブローディアのところへ応援に行くように』
『了解』
『りょ、了解です』
 湊からの通信が切れる。
 レイゴと戦闘することになったブローディアの加勢を指示されて、ラベンダーこと淡里深恋あわり みれんは冷や汗を掻いた。
(ブローディアさん……彼女も紅蓮奏華家の血を引く者って聞いてびっくりしたけど……それなら尚更レイゴは最悪の相手なんじゃ…?)
『ブローディアとレイゴは相性が悪い、とか思ってる?』
 深恋の考えを見透かすように、隣を走るコスモスが告げる。
『は、はい……。だって、同じ紅華鬼燐流ならやっぱりS級で『天超直感ディバイン・センス』も優れたレイゴの方が強いんじゃないかって、思っちゃいます。……私の考え過ぎですかね…?』
 先程から何度もコスモスに自分の考えの間違いを指摘されたのでつい弱気になってしまう深恋。
『いや、多分その通りよ』
『え…』
 すんなり認められ、深恋が仮面で隠れた目をぱちくりと瞬きしてしまう。
『何よ。私が貴女の考えを全否定する人間だとでも思ってたの?』
『そういうわけではありません! ほんとに!』
『声が大きい』
『すみません…』
 しゅん、と深恋が消沈する。どうあってもコスモスに勝てる気がしない。
 一拍置いて、コスモスが述べる。
『同じ紅華鬼燐流を使う者同士、相性はちょうど互角。となればエナジー量や身体能力の差がそのまま勝敗に直結する。……多分ブローディアがまさってるのは知能だけ。その他全てのパラメーターはレイゴが上回ってるでしょうね』
『だ、大丈夫なんですか…? 私達が行くまで持ち堪えられるんですか? 調査も大事だとわかってますけど…』
『まあ、レイゴもそこまでバカじゃないから時間稼ぎって気付かれたら、かなりまずいでしょうね』
『そ、それじゃ…ッ』
 言葉が見付からない深恋に、コスモスが淡々と告げる。

『でも大丈夫よ。……ブローディアの司力フォースは紅華鬼燐流だけじゃないから』

『……え?』
『忘れたの? ブローディアの父親がどういう力を有してるか』
 それだけ言われて、深恋が目を見開いた。
『まさか……!』


 ◆ ◆ ◆


 独立策動部隊『聖』。
 第四策動隊所属・コードネーム「ブローディア」。
 本名・紅蓮奏華みやび

 ブローディアは両親からもらった雅という名前は好きだが、父親である第二策動隊隊長フリージアこと紅蓮奏華克己かつきから継いだ苗字はあまり好きではない。
『聖』内では基本コードネームで呼ばれるので気にする時はあまりないが、ちまたのニュースで紅蓮奏華の名を聞くだけでも複雑な気持ちになることが多い。
 正直言ってブローディアは紅蓮奏華家に直接的な恨みがあるわけではない。
 しかし祖父である「アブラナ」こと紅蓮奏華臥次が紅蓮奏華家でどれだけ苦しんだか、生まれたばかりの克己フリージアに紅蓮奏華家が非情な決断を下したこと、大好きな家族を悲惨な目に遭わせる輩を恨まずにはいられなかった。
『聖』に紅蓮奏華の血縁が亡命していることを悟られないようにするため、紅蓮奏華家関連の任務ではフリージアやブローディアは極力関わらないようにしてきた。

 しかし偶然にも初めて曲がりなりにも紅蓮奏華家の血筋とかち合うこととなった。

 これも何かの巡り合わせかもしれない。

 
 ◆ ◆ ◆



 ブローディア対レイゴ。
 戦闘開始から約五分が経った。
 たった五分。されど五分。

「……ハァッ、ハァッ、……ッッ!」

「……まだ続けんのか?」

 レイゴの眼下でブローディアは既に膝をつき、息切れを起こして肩が上下していた。
 対するレイゴは疲労のひの字も見えない。S級対A級。確かに一段階格は違う。しかしそれでもA級上位の攻撃をまともに喰らえばS級でも無事では済まない。
 つまりレイゴは完全にブローディアの攻撃を御していることになる。戦闘狂と言えど隙がまるでない。
「最初は楽しかったけどさすがに飽きたわ。お前弱過ぎ。どうせなら『妖具』の瘴気を持ったラッキーガイの克己と戦いたかったぜ」
 レイゴが溜息混じりに言う。
「………ラッキーガイ?」
 ブローディアがレイゴの言葉に突っかかり、思わず復唱する。
「だってそうだろ? 紅蓮奏華臥次の妻、栖陽すようが妊娠中に『骸』の『妖具』持ちに深手を負わされ、克己は生まれる前から『妖具』の瘴気を宿していたんだ。………『妖具』の力を最初からゲットできるなんて、ラッキー以外の何物でもないだろ?」

 …………ぷつん、とブローディアの中で糸が切れた。

 もちろん、これで感情任せに行動することはない。常に冷静さは保っている。
(……ふざけたこと言ってるんじゃないわよ…!)
 しかし、心の中の溢れる憤怒を取り繕うことはできない。
(お父さんが『妖具』の瘴気を制御するのにどれだけ苦労したか! おじいちゃんが家を抜け出してどれだけ辛い日々を送ったか! レイゴこいつはそんなことも考えられないの!?)
 何より。
(何よりムカつくのが……!

 栖陽おばあちゃんはお父さんを生んで亡くなってるのよ!? それをラッキーってなにッッ!?)

 その直後。
「ッッッ!?」
 レイゴが顔を歪ませた。
「『狂剣のレイゴ』…紅蓮奏華のぼる……聞きしに勝る脳筋ぶりね。………ほんとバカ」
「あッッ!?」
「お察しの通り私の父親は紅蓮奏華克己かつきな目に遭い、体に『妖具』の瘴気を宿す異常体質になってしまった哀れな男。
 
 ……その遺伝子を受け継ぐ娘が瘴気を操るのって、結構妥当じゃない?」

「ッッ!」
 レイゴが突発的に距離を取った。
「無駄よ」
 離れたレイゴだったが、思ったように体に力が入らなかった。
(お父さんや私の体を蝕む『妖具』はかつて大切な仲間を大勢失い絶望した兵士の『もう何もしたくない』という無気力な負の感情が反映されたもの。お父さんほどではないけど、私もその『妖具』の瘴気を操ることができる)
 ブローディアが二刀を一旦納刀する。カチンと音が鳴る。
「紅華鬼燐流」
(そして)
「秘伝十五ノ式」
(その瘴気を私の炎と混ぜることも)
「『鬼空否斬きくうひざん』」
(できる!)
 ブローディアが二刀を居合切りの如く抜刀した。
 秘伝十五ノ式『鬼空否斬』。空間そのものを焼きなんでも切り裂く紅華鬼燐流の奥義の一つ。
 クロスするように抜刀された二刀から燃え盛る炎が飛び出し、空間を焼く苛烈な激音と共にレイゴへ迫る。かつて勇士ゆうしクロッカスに放った『鬼空否斬』とは威力が段違いである。さらに、目を凝らせばその炎には黒いエナジーも混ざり込んでいるのがわかる。
(さらに瘴気によって既にこの部屋を強制脱力空間たらしめる『無力ムーブレス領域・テリトリー』を展開している! 完全に隙をつけた! ここで決める!)

「舐めるなアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 そんなブローディアの思考を吹き飛ばすような雄叫びが木霊した。
「ッ!」
「秘伝十三ノ式!『断崖炎焦《だんがいえんしょう》』ッッッッッッ!!」
 レイゴが床に刀を刺す。直後、分厚い炎の壁が噴火の如くレイゴを囲むように覆った。
 紅華鬼燐流の防御の奥義。秘伝十三ノ式『断崖炎焦』である。
『断崖炎焦』に『鬼空否斬』が突っ込む。
 業火と業火のぶつかり合いにより、鼓膜をつんざくような轟音が鳴り響く。室内が一気に乾燥し、呼吸で喉が熱くなった。
「……………………………あぶねー」
 その結果、なんとかレイゴがブローディアの攻撃を凌いだ。
 レイゴは無傷である。
「……ッ!」
 だがそこでレイゴの表情が引き締まった。『天超直感ディバイン・センス』がまだ気を抜くなと叫んだのだろう。
 その直感は正しく、レイゴの右斜め後ろの死角にブローディアが絶気法オフ・アーツで気配を絶って急接近していたのだ。
「だから舐めんな……ッ!?」
 レイゴの顔がまた歪む。

(貴方のことは嫌いだけど、舐めるなんてありえないでしょ)

 ブローディアが近付いたことで『無力ムーブレス領域・テリトリー』の威力が増し、先程以上にレイゴの体が言うこと聞かなかったのだ。
「隙あり!」
 ブローディアが刀を振るった。
 さらにその直後、レイゴは強化のエナジーを増幅させて無理矢理体を動かし、眼下のブローディア目掛けて振り下ろすが、難なく躱され距離を取られてしまう。
 一先ひとまず安全間合いに移動したブローディアが「ふう」と息を吐いた。
「やっぱり、止められても数秒が限界ね。さすが強化系の申し子ね。………でも、その数秒の代償は高くつかせてもらったわ」
「ッッ!」
 レイゴの左足。
 そこからは多量の流血が生じていた。
「左足のけんは完全に切った。……アドバイスしてあげる。利き足より軸足の方が戦闘に支障が出やすいのよ」

「………………………………………………………………………………………フッッ」

「?」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!!」

「………ッ」
 突然のレイゴの高笑いにブローディアは舌打ちしたしたい衝動を必死に抑えた。
(少しは怯んでくれると思ったけど……思った以上の狂いっぷりね)

「いいじゃんいいじゃんいいじゃん!! 飽きたとか言って悪かったわ!! 十分殺し甲斐があるよお前!! ………いやぁ、やっぱ『聖』の女はちげーなァ。を思い出すぜ」

「………」

「おいおい、そこは『アイツって誰だよ』って聞き返すところだろ?」

「興味ない」

「連れねえな! いいぜ、教えてやるよ!」
 レイゴは今までで一層下卑た笑みを浮かべて、言った。




「『聖』の総隊長・西園寺瑠璃さいおんじ るり。……俺が惚れこんだ最高の女だ」



 ブローディアの嫌悪感がMAXに達した。
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