鎮静のクロッカス

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第5章 トレジャー・ガール

第14話・・・誰?_観賞_紫音VS尭岩・・・

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(…………………………………え、誰? その女…)

 亜氣羽は、ぽかーんと、瞬きしながら眼前の光景に釘付けになっていた。

 とある倉庫の二階部を、窓の外から眺める亜氣羽の網膜には………三つのモニターの前でソファーに座りながら楽しく鑑賞に耽る湊と愛衣の姿があったのだ。

 ちなみに亜氣羽は愛衣のことは初見なので、好きな人が知らない女と笑い合っていることになる。
(……この前一緒にいた風宮瑠花って女とはなんかそんな深い仲には見えなかったけど……その女は……なんか、仲良さげじゃない…!?)
 仲が良いというか、深い信頼関係を感じ取れるというか……亜氣羽が入り込むことのできない壁を感じた。
 別己法アナザー・アーツで作り出された分身の亜氣羽の表情もぽかんと口を開けているが、その分身を通して湊達を見ている本物オリジナルの亜氣羽は呆気に取られて焦燥と放心の狭間にいる。

 どうするべき? 悪役ムーブで雰囲気ぶち壊す? ……そんな考えが浮かぶが、嫌われてしまうと思うと中々実行に移すことができない。
(……もう、他の人からリング奪って終わらせようかな…)
 亜氣羽の目の色が消え、不穏なことを考えた時……だった。


「そこにいる? 亜氣羽さん」


「ッッッ!?」
 湊が少し声を張って、亜氣羽の名を呼んだ。
(え!? うそ!? ボクが気付かれた!?)
『慟魔の森林山』で生きて来た亜氣羽の絶気法オフ・アーツによる気配消しは完璧だ。同じS級と言えど気付くことは至難である。


 ……実際、湊も探知した訳ではない。
 これは愛衣と練った策の一つで、亜氣羽のスタート地点から近い倉庫の二階でこの鑑賞スペースを作ることで他の面々と遭遇する前に自分達を見付けるよう仕向けたのだ。
 そして時間的に倉庫の窓から自分達を見ているのではと予想した湊が虚空の亜氣羽へ声を掛けたのである。
(……まあ、さすがにいると思うから、あとは俺達の前に姿を現してもらいたいんだけど…、今の俺や愛衣はことになるから、なんとか口八丁だけで出て来てもらわないと。……一応、この『宝争戦』はそもそも亜氣羽さんの〝色んな人達の戦いが見たい〟っていう要望の元に企画されたから、こういう戦闘鑑賞や、この展開そのものに興味あると思うんだけど…)
 と、湊は隣の愛衣とアイコンタクトを取りながら、慎重に言葉を選んで亜氣羽を誘い出さんと試みる。


 一方、亜氣羽は動揺しっぱなしである。
 はっきり言って亜氣羽には湊達の思惑に思い至る知性もない。
 なぜ気付かれたか、湊のハッタリが効き、それが気になってしまっている。
(…………あれ)
 その時、亜氣羽はあることに思い至った。
(でも名前呼ばれたんだし、このまま出て行けば自然に混ざれるんじゃない? ……あ! ていうか今名前呼ばれた!? この前も呼ばれたけど……あの時はまだミナトくんのことなんとも思ってなかったし……なんか、今呼ばれると嬉しいな……っ。ふふっ)
 お気楽過ぎる思考だが、それは様々な面で理に適っていた。
 そして、湊が愛衣と視線で考えを共有しつつ、もう一言亜氣羽の気を引く台詞を告げようと口を開いた……その時。

 パリンッ! と覗いていた窓を蹴破って亜氣羽が湊と愛衣の背後に跳び降りた。

「へぇ! 気付いたんだっ。すごいね!」
 
 そして腰に手を当て、謎に恰好付けた亜氣羽が言う。
「「…っ」」
 湊と愛衣は瞬時に立ち上がって振り向き、表情には出さないが、多少なりとも動揺した。
 湊は(たったあれだけの揺さぶりに引っかかった…っ?)と予想にそぐわない行動に少々驚き、愛衣は(この人が〝亜氣羽〟…なるほど。確かにじゃあ湊の予想が多少ズレても仕方ないわね)と一目で正確に警戒心を高めている。
 そんな湊達の思考など知らぬ亜氣羽の視線が、三つのモニターに映る。
「それ、なに観てるの?」
 既に何故自分が気付かれたか気にも留めていない亜氣羽が次の話題に移る。
「……勇士達の戦闘映像。……どう? 亜氣羽さんも一緒に観ない?」
 湊が身振りでソファーを促し、反応を見ようとすると…、
「え…、いいの!? うん、観る!」
 亜氣羽は何の抵抗もなく、駆け出し、ぴょんと跳ねてソファーの中央に飛び座った。
「「…」」
 ここまですんなり行くとは思ってなかった湊と愛衣はどういう行動原理なのかわからなくなっていた。
(やった…! 他の人達の勝負とかどうでもいいけど、ミナトくんと一緒に座って観れる……もしかしてこれって本でよく観た映画館デート…?)

 
 楽しそうにする亜氣羽を注視しながら、湊と愛衣は必至に頭を整理した。
(……〝楽しい〟〝嬉しい〟っていうのは読める。でもそれ以上はわからない…。ここまで単純で直情的なんてあるのか…?)
(いくらなんでも考え無し過ぎない…? 分身だから振舞いも適当にしてる? …一応そのポケットには『源貴片オリハルコン』が入ってるんだから、ちゃんと物事を考えてよ…っ)
 湊と愛衣は考えつつ、ソファー真ん中に座った亜氣羽の両脇に挟み込むように座る。
 この時、本物オリジナルの亜氣羽は(隣に座ってる!? でもなんか分身の隣だからなんか複雑!)と悶えているが、別己法アナザー・アーツの分身の方は表層の喜楽の感情しか反映されていない。
 

 亜氣羽は平静を取り繕う為に目の前のモニターに注目した。
「ふーん、君達のお仲間が綺羅星おばさんおじさんチームと戦ってるわけね」
「うん。ちょうど今から始まるところだ」
 湊の言葉に少し心臓の鼓動を早めつつ、亜氣羽は気になったマッチアップのモニターを指差した。
綺羅星おばさんおじさんと戦う紅井勇士ヒーローもどきも分が悪いと思うけど……一番勝てる可能性低いのはこの子でしょ」
 亜氣羽の指は、四月朔日紫音と尭岩涼度の対戦カードに向いていた。
 さらに亜氣羽が続けて。
「はっきり言ってこの紫音はこいりむすめ、弱過ぎ。尭岩ハンマーおとこの実力は少しだけ見たことあるけど、この紫音はこいりむすめじゃ到底敵わないよ」
 至極真っ当な指摘に湊と愛衣はクスリと笑みを浮かべた。
 そして湊は愛衣の方を向き。
「だって。どう? この一週間でその実力差はひっくり返せた?」
「あははっ、それはどうだろ」
「……?」
 湊と愛衣のやり取りに疑問符(と若干の嫉妬)を浮かべる亜氣羽に、愛衣が微笑しながら告げる。
「この一週間、あの子の先生みたいなことやったんだけど、私が課したそこそこ〝痛い〟カリキュラムをしっかり熟してくれたのよ。……だから、ワンチャンあると思うから、是非期待を込めて観てほしいなっ」
「……〝痛い〟?」
 亜氣羽が首を傾げるが、愛衣は「まあ観ててよ」笑みを浮かべるだけだった。
 取り敢えず、あまり興味は湧かないが、亜氣羽は目の前のモニターに集中した。


 ■ ■ ■


〝とっととガキを倒す〟。
 尭岩涼度はそう言いながらも、四月朔日紫音を以前戦った時とは別人として扱い、一切の油断無く警戒していた。
(……佇まいからわかる。この前のような慢心は皆無だ。瞬殺、とはいかなそうだな。………それでも、負ける気はしないが)
 尭岩が彼我の実力差を今一度見聞し、真っ当な見解を下してた時、
 紫音がレイピアを一度腰に仕舞った。
 武器を、収めたのだ。
 尭岩の眉がぴくりと痙攣し、不機嫌さが少し露わになるが、その感情すぐ怪訝なものへと変わった。
 紫音が、アイスピックを取り出したからだ。一般的なサイズよりも針の部分が短くて細いアイスピックを。
 しかも三本も。
「どういうつもりだ? まさかそれが新しい武器とでも言うつもりか?」
「そんな突飛なことはしませんよ。……これはですね」
 紫音が一本のアイスピックを右手に持ち、

「こうする為です!」
 
 そのアイスピックに雷を纏い……、己の左肩に、突き刺した。

 迸る雷流と共に血飛沫が舞い、尭岩が目を見開く。
「ッッッ!? おい!?」
「聞いたことありませんかッッ!? 四月朔日家の自己強化法ッ!」
 紫音が歯を食い縛りながら淑やかさを捨てて叫びながら、更にもう一本のアイスピックを掲げる。
「私は協調系ですがッ、四月朔日家は代々鎮静系が多いッ! 故にパワー面で劣る四月朔日家は! 代々宿す者が多い雷属性を利用した自己強化法を編み出しましたッッ!」
 そして二本目のアイスピックを、一本目の真横に突き刺した。またも雷流と血飛沫が舞う。
「ッッ!」
「それがこの四月朔日家奥義『|翔る剛の雷針強リーンフォース・エレクトフル』ッッ! 雷を纏ったアイスピックを心臓に近い左肩に突き刺して強引に神経系に干渉し、心臓を中心に肉体を雷で直接活性化する技です!」
 さらに、最後の一本を先に刺した二本の数ミリ下部に、突き立てた。
 通常のアイスピックよりも細いサイズの針だからこそ、三本全てを肩に刺せた。
 三本のアイスピックが黄金色の輝き、紫音の体の内側から湧き出るように雷が溢れる。
「ぐ…ッ! う……ッッ!」
 紫音の目は今にも意識が飛びそうなほどに揺れている。
 尭岩が喉を鳴らし、叫ぶ。
「『|翔る剛の雷針強リーンフォース・エレクトフル』…! 聞いたことはあるが、あれはそもそも頑丈な肉体を持つ18歳以上の男性フォーサー用の技! しかも本来刺すアイスピックは一本のはずだろう! それを14,5歳の少女が三本も…!」
 しかも。
「しかもお前! まさかこのたった一週間でそれを習得したとでも言うつもりか!?」
 以前交戦した時も使えたがリスクが高くて使えなかった、という可能性もあるが、紫音の様子からそんな可能性が全く考えられない。
 尭岩の想像を裏付けるように、紫音が眉をハの字にして笑み、叫んだ。
「私の優秀で鬼畜な指導官のおかげです!」



 紫音はこの一週間を一生忘れない。
 初日に愛衣は『目を瞑って。力を抜いて』と言った。
 言う通り楽にした紫音の左肩に、愛衣はアイスピックを突き刺した。
 激痛に悶え苦しむ紫音に、愛衣は笑顔で言った。
『今日から一週間、そのままね』と。
 なんでも四月朔日家奥義の『翔る剛の雷針強リーンフォース・エレクトフル』を最も効率よく発動するのこの位置らしい。
 アイスピックの柄の部分を取り外し、刃の部分だけが紫音の左肩に刺し埋めた状態の生活が始まった。
 その間も、尭岩涼度の情報を頭に叩き込まれたり、針を通じた雷による活性化の方法を教え込まれたり、二本目・三本目のアイスピックを刺されたり、と端的に言って地獄の教育週間だった。
 ……愛衣は何度も言った。
『辛かったらやめていいからね?』と。
 その誘惑に乗ることはなかった。
 自分でもわかっている。こんな荒療治でもしなければ活路を見出せないのだと。

 そうして、自分を徹底的に痛め付け、心の贅肉を削ぎ落した紫音は強靭な精神力で『翔る剛の雷針強リーンフォース・エレクトフル』を付け焼刃に近いが、習得するに至った。



(命を賭けているわけでもないのに…ッ!? 以前俺に負けたことが悔しかったとはいえ、ここまで奮起するものか!?)
 尭岩は紫音の評価を再度上方修正した。既に尭岩は紫音を同等の強敵として見做している。
(だが! こんな明らかな過剰バフ、長く保つはずがない。精々五分…いや、三分だ! 三分で力尽きる! それまで四月朔日紫音の攻撃をいなし続ければ俺の勝ちだ!)
 尭岩の立てた策は正解と言っていい。
 正確に状況判断ができている。
 ……ただ一つ、紫音の覚悟をまだ見誤っていたこと以外は。
「ハアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアァァッッ!! アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァアアアァァッッッ!!」
 紫音が、更にエナジーを練り上げ、身体と、右手に持ち直したレイピアに集中していく。
 練って、練って、練って、練って、練り上げていく。
(こいつ…ッ!)
 そこで尭岩は気付いた。
(三分も持たせる気がない…ッ!? おそらく今から放つ一撃に全てを込めるつもりか…ッ!?)
 紫音は朦朧とする意識を必死に繋ぎ留め、今もエナジーを練り上げいている。
(く…ッ! 確かに一点突破は四月朔日家のお家芸だが、こんな〝全て〟を込める勢いで来るか…ッ! ……どうする、躱すか!? いや、四月朔日紫音は協調系……、身体能力《フィジカル》任せに攻め込まれた後、下手に躱してレイピアの硬度と協調した雷に巻き込まれたら、まずいかもしれない…ッ!)
 今の紫音は既に尭岩の想像の外にいる。
 半端な対抗策は取れない。
 それに。
(俺のジェネリックは凝縮系土属性ッ!! 凝縮のエナジー防硬法ハード・アーツの防御力を高めッ、迎え撃ってやるッ!)
 尭岩もエナジーを練り上げ、紫音の変わり様に動揺した自分に喝を入れ、キッと紫音をめ付ける。
(お前の努力は認めるッ! だがッ! 死ぬ気の努力は俺も散々してきたんだッッ!)
 尭岩の脳裏に、高校二年の夏、左腕が再起不能となり、学園を去るきっかけとなった情景が、フラッシュバックする。

 夏の野外演習中、仲間に突き飛ばされ、そのまま鬼獣の群れに身を投じ、左腕を犠牲に抜け出した過去。
 そして後から、その仲間は当時の白兎扇学園生徒会の副会長であり、『フォーサー協会』の重役の息子が目障りな尭岩を追放する為に尭岩の仲間を脅していたことがわかった。

 泣きながら謝る元仲間が語った真相を知っても何もできず、やさぐれる毎日を過ごしていた。
 そんな尭岩を、綺羅星桜が拾ってくれた。
 悪評の多い尭岩に綺羅星は手を差し伸べてくれた。
 この人の為に、もう一度頑張ってみようと、思った。

 それから約三年、綺羅星桜・乙吹礼香と共に地道に努力を続け、ようやく亜氣羽という奇跡的なチャンスと巡り合ったのだ。

(来いよッッッ! 四月朔日紫音ッッ!! 俺は『鍾玉』の切り込み隊長ッ!! そのパワーを受け止めてみろッッ!!)

 ※ ※ ※
 
(……伝わってきますね。尭岩さんの、強い情動が)
 紫音は途切れそうになる意識の中、迎え撃つ姿勢となる尭岩を見て、少し頬を緩める。
(人生経験は貴方に及びませんが、それでも、私にも子供なりに譲れない想いがあるんです)


 友達の情報を売ろうとしている母親を止める。

 自分の意思と関係無しの結婚なんて絶対嫌だ。

 強くなりたい。勝ちたい。誰にも負けたくない。

 情けない自分を振り払いたい。

 新しい一歩を踏み出したい。

 カッコいい大人になりたい。

 素敵な女性になりたい。

 ………ちゃんと、好きな人と結ばれたい。

 紫音の中を渦巻く、輝かしい未来を夢見る若々しい気持ち。
 今の戦いとは全く関係ない想いも混ざっているが、今の紫音にはその辺の分別などありはしない。
 ただ想いのまま。
 この場面では一切気持ちの妥協をしては駄目だという、その想いのまま、あらゆる感情を渦巻き、昂らせる。
 限界まで。
 限界の限界の限界の限界の限界の限界の限界の限界の限界の、限界まで。
 エナジーも、感情も、超向上させる。


 そして、紫音が刺突の構えを取った。

 それに合わせ、尭岩も全身と巨大ハンマーエナジーを漲らせる。

「行きますッッッッ!!!!!」

「来いッッッッ!!!!!」

 同時に、二人が駆け跳んだ。

「四月朔日家奥義ッッッッ!!『貫く閃の核突きライン・ライトフル』ッッッ!!」

「『地殻毅破打ちかくきはだ』ッッッッ!!」

 雷を纏った刺突と、土を纏った巨大ハンマーが激突する。

 激しい衝突音が響き渡り、周囲の土砂を吹き飛ばす。
 さらに錆びれたとはいえ、コンクリートの灰ビルにも亀裂が入った。
 足に、腕に、胴体に力を込め、激しい激突が巻き起こる。


 ほんの数秒。

 当事者からすれば何時間にも思える互角の衝突の…………均衡が、今、崩れた。

 片方が耐え切れず、吹き飛ばされてしまう。

 力及ばなかった方は地面に叩きつけられるように鈍い音を立てて転がり………背後の灰ビルに突き当たった。





「………及びま………せん……か……っ」





 そうして、吹き飛ばされた全身ぼろぼろな四月朔日紫音は、自嘲気味に微笑んで………意識を失った。
 






「……………ばかやろう…」
 対し、互角の攻防を制した同じく全身ぼろぼろな尭岩はというと。
「……及んで……る…………よ……」

 ハンマーを腕から落とし、崩れるように倒れ込んだ。



 四月朔日紫音、尭岩涼度、共に戦闘不能。

 紫音のリベンジマッチは、引き分けとなった。
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