鎮静のクロッカス

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第5章 トレジャー・ガール

第16話(2)・・・琉花VS乙吹_ラクシャーサ_翼・・・

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 瑠花は今にもが飛びそうな頭を気合だけで覚醒させ、赤黒いエナジー弾の弾幕を躱して躱して躱して潜り進んでいく。
 縦横無尽に動きながらも、既に何ヵ所もエナジー弾が掠っている。
(……痛い…少し掠っただけでこんなに痛いって本当に狡い………けれど! 『夜翼閃護スカイ・ガーディア』を解放した以上、負けるわけにはいかないッッ!)
 過去に雲貝家で受けた過酷な特訓がフラッシュバックする。

 一生懸命、翼を具象化した記憶。
 地面に足を付けない特訓で、何度も地面に倒れて怒鳴られた記憶。
 お洒落に興味が湧いても何も地味な恰好でひたすら戦わされた記憶。
 ……木陰で泣いた記憶。
 ………勇士に慰められた記憶。
 幼いながら復讐者としてやる気を漲らせつつ、どこか不安定な勇士と共に頑張っていこうと奮起した記憶。

 過去の艱難辛苦を噛み締めるように、ギリッと歯を食い縛る。
(私だけ停滞してるわけにはいかないのよッッ!!)

 琉花は決意を新たにさらに加速し、……ついに、弾幕を抜けた。
 時間にして10秒も経っていない。
 ようやっと、翼を生やした琉花は、無防備な乙吹の眼前へ舞い現れた。
(ここで決め切るッ!!!)
 もう矢も何も具象する余力がない。
 琉花は弓に豪風を纏い、刀のようにして振り翳した。


 ■ ■ ■


(まさか本当に『鮮血の暴弾雨ブラッデス・ストーム』を突破するとは…ッ)
 赤黒いエナジーの弾幕を突破し、黒い翼を広げて舞うように現れた琉花が一瞬天使と被る。
 そんな考えを振り払い、乙吹は即座に防御体勢に入ろうとするが、乙吹が少し体を動かした途端、鉛でも流し込まれたかのように体に重い反動が掛かった。
(しまった…! 洸血気オーブ・エナジーを使い過ぎた…ッ!)
鮮血の暴弾雨ブラッデス・ストーム』で倒すつもりだったので多少無理をしてしまい、体がコンマ数秒硬直してしまった。
「『風牙一文字ウィンド・スレイ』ッッ!!」
 そのコンマ数秒の内に琉花が弓に豪風を纏い、振り翳した。
 雲貝家の矢ではなく弓を使った風の斬撃技。本来近距離まで近付かれた際にカウンターとして使う技だが、数少ない近接技であるが故に、極めに極めたこの技の威力は非常に高い。
 その威力を乙吹も悟り、目を瞠る。
(この威力…ッ!! 直撃だけは避けなければ…ッ!)
 反動の所為で満足に迎え撃てず、自身の体に雷を流してショックを与え、なんとか体を動かして背後へ跳び、回避行動を取る。
「逃がさないッッ!!」
「ッッ!?」
 しかしここでも、乙吹は計算を誤った。
 背後へ跳んだ乙吹を、翼を羽ばたかせた琉花が追い、距離を離すどころか縮まってしまった。
(……………早期決着を狙い、『鬼尤羅化ルオ・イニシエート』したことが失敗だったんでしょうか…)
 乙吹は、反省していた。
 完全に使いこなせてはいない洸血気オーブ・エナジーで無理して戦うより、時間が掛かっても蜂達と共にじっくり戦うべきだったのか。
 それだと綺羅星達への援護が遅れるが、敗北して行けなくなるより良いのか。
 ……答えは出ない。
(……………しかしッッ! だからと言って諦めるわけにもいきませんッッ!)
 乙吹の目はまだ死んでいなかった。
 まだ僅かでも可能性があるなら勝負を捨てない。
 綺羅星が常々言っている教訓だ。
エナジーをありったけ纏った防硬法ハード・アーツで一か八か防ぐッッ!)
 修羅士ラクシャーサに成ることで身体的な耐久度も一時的に上昇している。
 急所だけ防いで攻撃を受ければ、まだチャンスはある。
(『フォーサー協会』に絶望した私に手を差し伸べてくれた綺羅星さんの為にもッッ!! 負けるわけにはいかないんですよッッッ!!)
 
 ………そして、琉花の風の斬撃が繰り出された…………その時。


 乙吹を庇うように、大勢の蜂達が盾となって現れた。


 乙吹が瞠目する。
 蜂達には指示を出していない。
 自分達の意思で、蜂達は乙吹の壁となるべく動いたのだ。
 ……その光景に、乙吹は驚愕と……悲哀に支配された。
(やめて…! みんな…ッ!)

 …………琉花の風の斬撃を受ければ、半分以上の蜂達が死んでしまう。
 
 乙吹は、それが恐怖だった。

 
 ※ ※ ※ 


 ……乙吹に取って、蜂達は〝家族〟だ。
 最初は〝駒〟として利用するつもりだったが、中学三年の15歳から育て、自分にどんどん懐く蜂達に、すっかり絆されてしまった。

 獅童学園を卒業する直前、武者小路源得が『君は冷静なようで優し過ぎる。合理的な選択もいいが、時には自分の感情を優先してくれ』と言っていた意味がようやくわかった気がした。

フォーサー協会』の職員に就職したら激務の連続だったがやりがいはある職場だと思った。
 様々な正規組織と連絡を取り、均衡・秩序を調整する。
 それは乙吹の性分に合っていて、辛いことは多々あれどやりがいは感じていた。
 

 …………………………一部の組織が、乙吹の蜂達を利用するまでは。


鬼獣使士ブルート・テイマー』たる乙吹の司力フォース、『索連蜂ブロード・ホーネット』の索敵能力があまりにも便利過ぎたのだ。
 その話を持ち掛けられた乙吹は、度重なる激務で疲労していたこともあり『蜂達を使い捨てて死なせたりしない』という空手形を鵜呑みにしてしまったのだ。
 そもそも、相手がそこそこの権力者であれば、断ることはできない。

 ……結果、とある組織の任務に同行し………最初の一回で、100匹以上いた蜂の、三分の一を死なせてしまった。

 あっさりと〝家族〟が死に、乙吹は放心状態となった。
 ……しかも、何故か乙吹の蜂達を利用する予約枠のようなものができており、乙吹は悲しむ間もなく次から次へと蜂達を利用され、最終的には十数匹しか残らなくなってしまった。

 乙吹は心の整理も付かないまま、蜂を抱えて逃げるように『フォーサー協会』を辞めた。

 そんな自暴自棄になっていた乙吹の前に、綺羅星が現れた。
 自棄になり死ぬことすら考えていた乙吹の心を丸裸にし、また乙吹に〝生きたい〟と思わせてくれた。

 乙吹は蜂で戦うことに抵抗があり、一度は逃がそうとも思ったが、他ならぬ蜂達が乙吹から離れようとはせず、子供を産んでまた増えていたこともあり、また蜂達と共に一から頑張ろうと思ったのだ。

 

 ※ ※ ※


 琉花の『風牙一文字ウィンド・スレイ』による風の斬撃が迫り来る中、まるでスローモーションにでも掛かったかのように、乙吹は絶望に顔を染めながら心中で叫んだ。
(『鍾玉』に入ってから対人相手に近距離で戦うのは初めてだったから蜂達はこれが殺し合いだと勘違いした!? …いや、違う! 私の〝負けたくない〟〝諦められない〟って思いに呼応したんだ…ッ! 馬鹿ッ! 貴方達を犠牲にしてまで勝とうとなんてするわけないじゃないッッ!)

 ………そして、乙吹は、蜂達を庇うように、前に出た。…………手の焼ける子供を持った、母親のような表情を浮かべて。
 

 …………………そして、次の瞬間、琉花が………風の斬撃を、………そのまま力尽きて屋上に倒れ込んだ。




「……………………………………………え?」

 乙吹は、倒れた琉花を前に、理解が追い付かず、呆然と立ち竦んだ。



 ■ ■ ■



「……………ははっ………ざん…ねん…っ」
 琉花が地面に頬をつけながら、霞む意識の中、呟いた。
「まさか…」
 既に修羅士《ラクシャーサ》状態を解いた乙吹が、琉花を見下ろしながら、震える声で問うた。
「今……んですか…ッ!?」
 琉花の『風牙一文字《ウィンド・スレイ》』は確実に乙吹や蜂達を斬れる軌道を描いていた。
 それを、途中で完全に逸らしていたのだ。
「なんで…ッ!?」
「なんでって……」
 信じられないと動揺する乙吹に、琉花は当たり前のように告げた。

「あなたの蜂を……殺しちゃうと思ったから…よ」

「ッッッッッッッッッッッッッ!?」
 乙吹は驚愕のあまり、息が止まった。
 琉花は倒れたまま微笑を浮かべて。
「この一週間……貴女のことは調べたのよ…。…獅童学園ではどんな生徒だったか…とか………もちろん、『フォーサー協会』でのことも…」
 琉花も紫音同様、相手の事前情報をしっかり頭に入れていたのだ。
 乙吹礼香の『フォーサー協会』でのことは簡単に知れるようなものではなかったが、そこはさすが『御十家』の武者小路家と言うべきか。徹底的に調べ上げてくれた。
「武者小路学園長が言ってたわよ。……〝何もしてやれなくて、不甲斐ない〟って」
 しばらく思考が働かなかった乙吹だが、次第に琉花の言葉を受け入れ、自嘲気味に苦笑した。
「…………ふっ、学園長は相変わらずなんでも背負い込むのですね…」
 乙吹は大きく深呼吸して、琉花の顔の傍で、膝を突いた。
「私の蜂…いや、家族を殺さないよう気を遣ってくれて、ありがとうございます」
 考えてみれば、最初から瑠花は乙吹の蜂を狙おうとはしていなかった。
 蜂を高所に配置して狙い辛くしていたつもりだが、そもそもそんな気がなかったのだ。
 乙吹は最大限の敬意を持って、琉花に告げた。
「申し訳ありません。これが一対一の勝負であれば、私の負けを認めるところですが……私の矜持よりも大切にしなければならない仲間が、今も戦っています。だから、貴女を置いてそちらへ向かう私の厚顔無恥さを、笑って下さい」
「別に……いいですよ」
「だから、」
 琉花の言葉に被せるように、乙吹が続けて。

「勝手ですが、で手打ちとさせて下さい」


 乙吹は自身の指輪を外し、琉花の手に握らせた。
「え…」
 琉花が驚くのも無理はない。
 それはこの『宝争戦』で各陣営が血眼になって取り合う指輪だ。
 乙吹の陣営は自分達の分以外に三個奪わなければならない。
 それなのに、乙吹は自分の指輪を差し出して、琉花のを取ろうともしない。
 実質、琉花が勝ったようなものだ。


「……みとめて………くれ……た………の……?……       」
 
 
 最後に問い呟き、風宮瑠花は…………意識を失った。






「『認めてくれた』? ……ああ」
 琉花の最後の言葉の意味がよくわからず、乙吹は首を傾げたが、すぐに理解した。
 
『私のこと覚えてくれてたんだ。漣と交渉してた時も空気だったし、てっきり記憶にないかと思ってた』

 最初対峙した時に琉花が言っていた。
 まだ気にしていたのか。

「…………はあ、何をそんなに卑下しているんですか。………………さっきも言った通り、もうとっくに認めてますのに」

 溜息を吐いた乙吹は、琉花をお姫様抱っこで灰ビル内に運び、寝かしつけてからその場を去る。
 窓から差し込む夕日で、琉花の指と手の平にある二つの指輪が、オレンジ色に輝いていた。
 

 風宮瑠花対乙吹礼香の勝負は、
 琉花・戦闘不能だが指輪を獲得、
 乙吹・戦闘続行可能だが指輪を喪失という、
 複雑な結果となった。




 ■ ■ ■




「ええ……ええ……わかったわ」
 綺羅星桜は、電話を切り、目の前の勇士に告げた。
「今、私の仲間の乙吹礼香から連絡があったわ。……四月朔日紫音は尭岩と相打ち。乙吹は…どうやら風宮瑠花の気遣いで辛勝したっぽいわ。だから指輪は風宮瑠花に上げたって。貴方の女友達、やるじゃないっ。……これは舐めて油断していたと言われても何も反論できないわね…」
 綺羅星が首を傾げる。


「それで? 紅井勇士くん。貴方はどうなの? …………もう、ボロボロだけど」


 刀を地面に突き刺し、息を切らしている勇士がグッと下唇を噛んだ。……その下唇から、血が滴り落ちた。
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