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第6章【番外】スイートピーサイド編
第3話・・・アシュリー_頼れるネメシア_誰・・・
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漣湊がまだアメリカにいた頃。スイートピーは数人の隊員と共にアメリカに渡って任務に従事したことがある。
標的は裏組織『ジグルデ』の幹部の一人、アシュリー・ストールン。
西部から北部にかけて広く勢力を展開する巨大裏組織『ジグルデ』はその分だけ幹部が多いことも特徴的だが、アシュリー・ストールンはその中でも上位三指に入る権力と武力を有する。
アシュリーが標的、と言っても暗殺ではなく当時の動向調査が主な任務だった。
当時、『ジグルデ』が大規模な作戦を実行すると情報が入り、その中心に立つアシュリーと数人の幹部の行動を細かく記録していたのだ。密会相手や購入士器はもちろん、立ち寄った店やそこで触れた商品、レジの店員や飲食店のウエイトレスまで事細かに記録した。
そうして情報を集め、湊と共に『ジグルデ』の作戦の全貌と対抗策を考えることが任務も目的だった。
スイートピーは大好きな兄と任務に当たれるということもあって普段の120倍のやる気を出した。
『仮隊員』の間は常に『正隊員』とツーマンセル行動が義務付けられている。
スイートピーと共に行動したのはネメシアという隊員だった。本音を言えば湊がよかったが、隊長の行動を少しでも制限するのは控えるべきとの判断から、仮隊員とツーマンセルは隊長以外が通例となっている。
それに関してはスイートピーも納得していたし、それならそれで任務が終わったらいっぱい褒めてもらおうと更に張り切った。
………しかし、スイートピーは張り切り過ぎてしまった。
アシュリー・ストールンのより深い情報が入手できると判断したスイートピーは、ネメシアの制止も聞かずに独断行動して、結果的にネメシアに深手を負わせて湊が直接救出するという事態に陥ったのだ。
当時のスイートピーは決して慢心も増長もしていなかった。
湊を目標に常に努力を欠かさず、既に実力はA級相当。同期の中でもトップクラスの実力で、数々の任務で仮隊員ながら物怖じせずに先輩隊員にも意見を述べて成果向上に貢献し、正隊員並みの実績も積み上げてきた。
スイートピーの自己評価は決して過大評価ではなく真っ当だったことは努力と実績が証明している。
そして当時のスイートピーの独断行動も確かな情報に裏打ちされたもので、頷ける理由があったのだ。
これが仮に『ジグルデ』の他の幹部だったら何事もなかった可能性が高い。むしろまた大きな功績を積んでいただろう。
……だが相手がアシュリー・ストールンという謀り事のプロだったことが不運をもたらした。
アシュリー・ストールンは元悪徳政治家の娘で、17歳の時に『裏社会』と通じて親兄弟を皆殺しにして財産を奪い、聡明な頭脳で悪逆の限りを尽くして『裏社会』を上り詰めた悪魔的頭脳と嗜虐性の持ち主である。
気性は残虐だが智略は本物。完璧な情報操作によって相手の判断を狂わせ、誤らせ、知らず知らずの内に戦場を支配する。
スイートピーが敵として出会った者の中では最も謀略に長けており、培った経験がギリギリ通用しない相手だったのだ。
そして、スイートピーは見事に餌として釣り上げられ、仲間の足を引っ張る事態になってしまった。
……スイートピーは湊同様、他の隊員より数年早く『正隊員』へと昇格させるという話が囁かれていた。しかし、その噂はやがて静かに消え失せ、誰も口にすることはなくなった。
■ ■ ■
コスモスに『初一』のことを伝えられてから翌日。
スイートピーは新たな任務の呼び出しが掛かり、総隊長室へと向かっていた。
(……『ジグルデ』。アシュリー・ストールン)
スイートピーの手が左胸に伸び、ぎゅっと皺を寄せる。
(一度も忘れたことなんてないんだから…っ)
バクバクと心臓が高鳴る。不安と、緊張と、武者震いが混ざって自分でもよくわからない。
(お兄ちゃん……お兄ちゃん……ッ!)
無意識に湊のことを想像してしまう。
これは過去の意趣返しを果たして褒めてもらう未来を想像したからか、それとも恐怖のあまり大好きな兄を思い浮かべて心を落ち着けていたのか、自分でもよくわらない。
「あれ、スーじゃない!」
「ッ!」
バッとスイートピーの顔が跳ねるように上がる。
この声の主に対して、スイートピーは失礼を働くわけにはいかないと体が勝手に反応してしまうのだ。
「ネメちゃん…! シラーさんも!」
曲がり角から現れたのは二人の男女だった。
第四策動隊所属、コードネーム「ネメシア」及び「シラー」。
ネメシアは身長146センチの女性だ。スイートピーと大差ない背丈だが、実年齢は18歳で、それに見合った堂々とした佇まいで人生経験の差を感じる。
シラーは余裕と誠実さを併せ持った仕草がとてもクールな印象を与えるネメシアと同じ18歳の青年だ。静かに矢を構えるかのような鋭い視線が刺さるが、『聖』の隊員は慣れたことで、これがシラーの素の表情なのである。
二人はローズの姉であるブローディアと同期であり、……ネメシアはかつての『ジグルデ』任務でスイートピーの独断行動によって大怪我を負わせた人物である。
「スー!」
ネメシアがスイートピーの肩に勢いよく腕を回した。
「ぅ…」
「聞いたわよ! 今回はあんたの『初一』だってね! 緊張してる~?」
スイートピーの呻き声も気にせずぐっと更に腕に力を込めて煽るようなことを言う。
「も、もしかしてネメちゃんたちも…?」
「そうよ! 今回の任務に同行することになったわ!」
「…ッ!」
それを聞いてスイートピーは歓喜と委縮の感情を同時に覚えた。
歓喜は純粋に仲が良く頼りになる先輩隊員が来てくれることによる安心から。
委縮は……かつて大怪我をさせてしまったネメシアに対する罪悪感からだ。
「なーんか余計な心配してない?」
しかしそんなスイートピーの心を見透かしたように、ネメシアが口をひん曲げて顔を覗き込んでくる。
「…っ」
「いい?」
とん、とネメシアがスイートピーの胸に拳をそっと当てる。
「迷ったらダメ。立ち止まったらダメ。慎重さは必要だけど、あんたみたいなタイプは〝変化〟することを恐れず突き進んだ方が絶対いいわ。隊長(クロッカス)仕込みの頭脳は新しい道でも必ず順応できるし、行き詰っても頼れる仲間がいる」
スイートピーの心が水を浴びたように潤った。
自覚はなかったが、始まる前から心が憔悴してしまっていたようだ。
「とりあえず胸を張ってなさい!」
バシッとネメシアが首に回していた腕を放してスイートピーの背中を叩いた。
「姿勢だけでも意識すると心も引っ張られて度胸が付くんだから!」
ネメシアが笑顔を浮かべる。
童顔だがその笑みは頼り甲斐に溢れた大人の魅力が詰まっていた。
(ネメちゃん…)
別にネメシアとスイートピーは仲は悪くない。むしろ仲が良過ぎるくらいだ。
だがそれはかつてスイートピーのミスでネメシアに大怪我を負わせてしまった後、気まずく思っていたスイートピーにネメシアが積極的に話し掛けてきてくれたおかげだ。
ネメちゃん、というあだ名もアメリカ任務後に呼ぶようになった。その前までは普通にネメシアさんだった。
今ではおそらく女性の先輩隊員の中では一番親しい。
「ネメちゃん、ありがとう」
いつもエールを送ってくれるネメシアに感謝をする。そしてぐっと拳を握って力を込めた。
「そうだよね! 常に元気! 爽やか! お兄ちゃんの可愛い妹が私だもんね!」
「そうそう! その意気よ!」
「……先行ってるぞ」
二人の話が一段落ついて変に盛り上がろうとしたところで、静観していたシラーが先を歩いていく。
「ちょっとシラー!」
水を差されて頬を膨らませるネメシアだが、時計を確認して「確かにそろそろ招集時間ね…」と溜息を吐いてスイートピーに「行こっか」と声をかける。
スイートピーは二人の後を追いながら、思った。
(ネメちゃんにシラーさん…。第四隊の若手の中ではサポート型として特に優れた二人…。アシュリー・ストールンを相手にするなら、この二人の活躍次第で結果に大きく左右される…!)
二人の背中を見て、ふっとスイートピーは笑った。
(頼りにしてるよ! ネメちゃん! シラーさん!)
………それはそうと。
スイートピーは二人の会話に耳を澄ました。
「ねえ、今日は?」
「第六修練場、第四修練場、それとカレーとオムライス」
「オッケー。あれはうちが持ってく」
「わかった。頼む」
「カレー、うちの分もね」
「わかってる」
必要最低限の言葉数だけで会話をする二人に、スイートピーは目を細めた。
(……この二人…従兄妹同士とは聞いてたけど……もはや夫婦…。〝デキてる〟って噂、本当なのかな…? 気になる! ………けど、ここで変に二人の関係を崩すようなことはしたくない…! ううぅ…!)
様々な意味で、緊張が解れたスイートピーであった。
■ ■ ■
『聖』総隊長室。
そこには三対五の構図で八名の隊員が向かい合っていた。
三人の方は、総隊長である西園寺瑠璃、第一策動隊隊長であるスカーレット、総隊長補佐であるチェリーの、『聖』の全指揮を担ういつも通りの面々である。
青みがかった黒髪が優雅に揺らめかせる自由と慈愛と気品を象徴する容姿仕草の瑠璃と、その両隣で番人のように佇む赤茶色の髪を左右対称に分けたスカーレットとチェリーの双子姉妹。この三人の画はいつ見ても脳に響くインパクトがある。
「待ってたわ」
瑠璃が優しい口調で言う。
「コスモス、ネメシア、シラー、ダリア。……そして、スイートピー。事前に通達したように、今回はスイートピーの『初一』任務になるわ」
スイートピーは揃ったメンバーを見て、ほのかに驚きの色を浮かべていた。
(全員で五人…。『聖』の任務時の最少人数……)
時と場合にもよるが、基本的に『聖』の任務時の構成人数は五人となっている。
(仮隊員を入れる場合は六人以上が通例なのに……それだけ私が期待されているの? いや、試されていると言うべきなのかな…)
スイートピーはあくまで謙虚にそうだと考える。
(多分小隊長はコスモスさん。副官はネメちゃんかダリアさん。でもまだネメちゃんは指揮官としての経験は浅いから、これが『初一』任務だと考えるとベテランのダリアさんが妥当かな…)
と、現況から色々思案していると。
「緊張してる? スイートピー」
瑠璃が穏やかで、でもどこか挑発的な声音でそう問いかけてきた。
「いえ」畏まった言葉遣いでスイートピーが答える。「さっきネメシアに勇気づけてもらいましたから、意外と心は落ち着いてます」
スイートピーがちらっとネメシアを見やり、ネメシアがふっと苦笑する。
そのやり取りを見て瑠璃が嬉しそうに微笑む。
「ふふっ。相変わらず私が何も言わなくてもしっかり支え合ってくれて……本当に私やることないわね」
パチクリと瞬きを繰り返して自虐する瑠璃が、話を脱線しそうになったので、先んじてスカーレットが口を開いた。
「瑠璃様。本題へ」
「…もう、わかってるわよ。ただもう一つだけ、スイートピーに伝えなきゃいけないことがあるわ」
スイートピーが「?」と小首を少し捻る。
なんだろうか。
「スイートピー」
「はい」
「今回の任務では、貴女を小隊長に任命します」
「ッッッ!?」
雷で穿たれたかのような衝撃がスイートピーの全身を駆け巡った。
「しょ、小隊長!? 私が!?」
「ええ」動揺するスイートピーに瑠璃はあくまで冷静に応えた。「副官はコスモス。三番手はダリア。お願いできる?」
「「はい」」
コスモスとダリアという40を越えた男性隊員が返事を重ねる。
スイートピーはコスモスとダリア、そしてネメシアとシラーの様子を一瞥で確認し、どうやら他の隊員には既に伝わっていたようだ。
それはそうか。小隊長は隊員の命を預かる立場だ。そこに仮隊員を据えるのに、命を預ける身である他隊員の気持ちを確認しないわけにはいかない。
(……事前に瑠璃さんが話をして、オッケーをもらってた……。つまりみんな私が小隊長になることに納得している…っ!?)
そこまで考えて、スイートピーは胸が苦しくなった。
拒絶しているわけではない。みんなの想いが痛いほど伝わってきたからだ。
〝スイートピーになら命を預けられる〟
自惚れでもなく、みんなそう思ってくれたことを確信してしまい、感極まったり、重圧だったりで胸が締め付けられそうになったのだ。
「スイートピー」
瑠璃が慈愛溢れる声のトーンと表情を浮かべる。
「任せていい?」
「………はいっ」
バッ、とスイートピーが面を上げた
「任せて下さい! 二年前のミスは絶対繰り返しません! 今度こそ『ジグルデ』アシュリー・ストールンを下し、仲間と共に責務を全うします!」
幼さがまだまだ残るソプラノボイスで勇猛果敢な宣言をする。
気持ちを相手の心に響かせると同時に、己の心も鼓舞するスイートピーは準備は整ったとばかりに瑠璃に真っすぐな視線を向けた。
「………………えーと…」
しかし、焚き付けたはずの瑠璃が少し気まずそうな表情を浮かべていた。
「……?」
スカーレットとチェリー、そしてネメシア達他の隊員も複雑な表情である。
「あのね…」瑠璃が言う。「確かに今回の任務は『ジグルデ』関連ではあるけど……」
一拍置いて、告げた。
「標的はアシュリー・ストールンじゃなくて、迩橋漏電っていう『ジグルデ』の元幹部よ」
「……………………」
数秒固まって、スイートピーは叫んだ。
「誰ッッ!?」
スイートピーの視界の端でコスモスが笑いを堪えていた。
標的は裏組織『ジグルデ』の幹部の一人、アシュリー・ストールン。
西部から北部にかけて広く勢力を展開する巨大裏組織『ジグルデ』はその分だけ幹部が多いことも特徴的だが、アシュリー・ストールンはその中でも上位三指に入る権力と武力を有する。
アシュリーが標的、と言っても暗殺ではなく当時の動向調査が主な任務だった。
当時、『ジグルデ』が大規模な作戦を実行すると情報が入り、その中心に立つアシュリーと数人の幹部の行動を細かく記録していたのだ。密会相手や購入士器はもちろん、立ち寄った店やそこで触れた商品、レジの店員や飲食店のウエイトレスまで事細かに記録した。
そうして情報を集め、湊と共に『ジグルデ』の作戦の全貌と対抗策を考えることが任務も目的だった。
スイートピーは大好きな兄と任務に当たれるということもあって普段の120倍のやる気を出した。
『仮隊員』の間は常に『正隊員』とツーマンセル行動が義務付けられている。
スイートピーと共に行動したのはネメシアという隊員だった。本音を言えば湊がよかったが、隊長の行動を少しでも制限するのは控えるべきとの判断から、仮隊員とツーマンセルは隊長以外が通例となっている。
それに関してはスイートピーも納得していたし、それならそれで任務が終わったらいっぱい褒めてもらおうと更に張り切った。
………しかし、スイートピーは張り切り過ぎてしまった。
アシュリー・ストールンのより深い情報が入手できると判断したスイートピーは、ネメシアの制止も聞かずに独断行動して、結果的にネメシアに深手を負わせて湊が直接救出するという事態に陥ったのだ。
当時のスイートピーは決して慢心も増長もしていなかった。
湊を目標に常に努力を欠かさず、既に実力はA級相当。同期の中でもトップクラスの実力で、数々の任務で仮隊員ながら物怖じせずに先輩隊員にも意見を述べて成果向上に貢献し、正隊員並みの実績も積み上げてきた。
スイートピーの自己評価は決して過大評価ではなく真っ当だったことは努力と実績が証明している。
そして当時のスイートピーの独断行動も確かな情報に裏打ちされたもので、頷ける理由があったのだ。
これが仮に『ジグルデ』の他の幹部だったら何事もなかった可能性が高い。むしろまた大きな功績を積んでいただろう。
……だが相手がアシュリー・ストールンという謀り事のプロだったことが不運をもたらした。
アシュリー・ストールンは元悪徳政治家の娘で、17歳の時に『裏社会』と通じて親兄弟を皆殺しにして財産を奪い、聡明な頭脳で悪逆の限りを尽くして『裏社会』を上り詰めた悪魔的頭脳と嗜虐性の持ち主である。
気性は残虐だが智略は本物。完璧な情報操作によって相手の判断を狂わせ、誤らせ、知らず知らずの内に戦場を支配する。
スイートピーが敵として出会った者の中では最も謀略に長けており、培った経験がギリギリ通用しない相手だったのだ。
そして、スイートピーは見事に餌として釣り上げられ、仲間の足を引っ張る事態になってしまった。
……スイートピーは湊同様、他の隊員より数年早く『正隊員』へと昇格させるという話が囁かれていた。しかし、その噂はやがて静かに消え失せ、誰も口にすることはなくなった。
■ ■ ■
コスモスに『初一』のことを伝えられてから翌日。
スイートピーは新たな任務の呼び出しが掛かり、総隊長室へと向かっていた。
(……『ジグルデ』。アシュリー・ストールン)
スイートピーの手が左胸に伸び、ぎゅっと皺を寄せる。
(一度も忘れたことなんてないんだから…っ)
バクバクと心臓が高鳴る。不安と、緊張と、武者震いが混ざって自分でもよくわからない。
(お兄ちゃん……お兄ちゃん……ッ!)
無意識に湊のことを想像してしまう。
これは過去の意趣返しを果たして褒めてもらう未来を想像したからか、それとも恐怖のあまり大好きな兄を思い浮かべて心を落ち着けていたのか、自分でもよくわらない。
「あれ、スーじゃない!」
「ッ!」
バッとスイートピーの顔が跳ねるように上がる。
この声の主に対して、スイートピーは失礼を働くわけにはいかないと体が勝手に反応してしまうのだ。
「ネメちゃん…! シラーさんも!」
曲がり角から現れたのは二人の男女だった。
第四策動隊所属、コードネーム「ネメシア」及び「シラー」。
ネメシアは身長146センチの女性だ。スイートピーと大差ない背丈だが、実年齢は18歳で、それに見合った堂々とした佇まいで人生経験の差を感じる。
シラーは余裕と誠実さを併せ持った仕草がとてもクールな印象を与えるネメシアと同じ18歳の青年だ。静かに矢を構えるかのような鋭い視線が刺さるが、『聖』の隊員は慣れたことで、これがシラーの素の表情なのである。
二人はローズの姉であるブローディアと同期であり、……ネメシアはかつての『ジグルデ』任務でスイートピーの独断行動によって大怪我を負わせた人物である。
「スー!」
ネメシアがスイートピーの肩に勢いよく腕を回した。
「ぅ…」
「聞いたわよ! 今回はあんたの『初一』だってね! 緊張してる~?」
スイートピーの呻き声も気にせずぐっと更に腕に力を込めて煽るようなことを言う。
「も、もしかしてネメちゃんたちも…?」
「そうよ! 今回の任務に同行することになったわ!」
「…ッ!」
それを聞いてスイートピーは歓喜と委縮の感情を同時に覚えた。
歓喜は純粋に仲が良く頼りになる先輩隊員が来てくれることによる安心から。
委縮は……かつて大怪我をさせてしまったネメシアに対する罪悪感からだ。
「なーんか余計な心配してない?」
しかしそんなスイートピーの心を見透かしたように、ネメシアが口をひん曲げて顔を覗き込んでくる。
「…っ」
「いい?」
とん、とネメシアがスイートピーの胸に拳をそっと当てる。
「迷ったらダメ。立ち止まったらダメ。慎重さは必要だけど、あんたみたいなタイプは〝変化〟することを恐れず突き進んだ方が絶対いいわ。隊長(クロッカス)仕込みの頭脳は新しい道でも必ず順応できるし、行き詰っても頼れる仲間がいる」
スイートピーの心が水を浴びたように潤った。
自覚はなかったが、始まる前から心が憔悴してしまっていたようだ。
「とりあえず胸を張ってなさい!」
バシッとネメシアが首に回していた腕を放してスイートピーの背中を叩いた。
「姿勢だけでも意識すると心も引っ張られて度胸が付くんだから!」
ネメシアが笑顔を浮かべる。
童顔だがその笑みは頼り甲斐に溢れた大人の魅力が詰まっていた。
(ネメちゃん…)
別にネメシアとスイートピーは仲は悪くない。むしろ仲が良過ぎるくらいだ。
だがそれはかつてスイートピーのミスでネメシアに大怪我を負わせてしまった後、気まずく思っていたスイートピーにネメシアが積極的に話し掛けてきてくれたおかげだ。
ネメちゃん、というあだ名もアメリカ任務後に呼ぶようになった。その前までは普通にネメシアさんだった。
今ではおそらく女性の先輩隊員の中では一番親しい。
「ネメちゃん、ありがとう」
いつもエールを送ってくれるネメシアに感謝をする。そしてぐっと拳を握って力を込めた。
「そうだよね! 常に元気! 爽やか! お兄ちゃんの可愛い妹が私だもんね!」
「そうそう! その意気よ!」
「……先行ってるぞ」
二人の話が一段落ついて変に盛り上がろうとしたところで、静観していたシラーが先を歩いていく。
「ちょっとシラー!」
水を差されて頬を膨らませるネメシアだが、時計を確認して「確かにそろそろ招集時間ね…」と溜息を吐いてスイートピーに「行こっか」と声をかける。
スイートピーは二人の後を追いながら、思った。
(ネメちゃんにシラーさん…。第四隊の若手の中ではサポート型として特に優れた二人…。アシュリー・ストールンを相手にするなら、この二人の活躍次第で結果に大きく左右される…!)
二人の背中を見て、ふっとスイートピーは笑った。
(頼りにしてるよ! ネメちゃん! シラーさん!)
………それはそうと。
スイートピーは二人の会話に耳を澄ました。
「ねえ、今日は?」
「第六修練場、第四修練場、それとカレーとオムライス」
「オッケー。あれはうちが持ってく」
「わかった。頼む」
「カレー、うちの分もね」
「わかってる」
必要最低限の言葉数だけで会話をする二人に、スイートピーは目を細めた。
(……この二人…従兄妹同士とは聞いてたけど……もはや夫婦…。〝デキてる〟って噂、本当なのかな…? 気になる! ………けど、ここで変に二人の関係を崩すようなことはしたくない…! ううぅ…!)
様々な意味で、緊張が解れたスイートピーであった。
■ ■ ■
『聖』総隊長室。
そこには三対五の構図で八名の隊員が向かい合っていた。
三人の方は、総隊長である西園寺瑠璃、第一策動隊隊長であるスカーレット、総隊長補佐であるチェリーの、『聖』の全指揮を担ういつも通りの面々である。
青みがかった黒髪が優雅に揺らめかせる自由と慈愛と気品を象徴する容姿仕草の瑠璃と、その両隣で番人のように佇む赤茶色の髪を左右対称に分けたスカーレットとチェリーの双子姉妹。この三人の画はいつ見ても脳に響くインパクトがある。
「待ってたわ」
瑠璃が優しい口調で言う。
「コスモス、ネメシア、シラー、ダリア。……そして、スイートピー。事前に通達したように、今回はスイートピーの『初一』任務になるわ」
スイートピーは揃ったメンバーを見て、ほのかに驚きの色を浮かべていた。
(全員で五人…。『聖』の任務時の最少人数……)
時と場合にもよるが、基本的に『聖』の任務時の構成人数は五人となっている。
(仮隊員を入れる場合は六人以上が通例なのに……それだけ私が期待されているの? いや、試されていると言うべきなのかな…)
スイートピーはあくまで謙虚にそうだと考える。
(多分小隊長はコスモスさん。副官はネメちゃんかダリアさん。でもまだネメちゃんは指揮官としての経験は浅いから、これが『初一』任務だと考えるとベテランのダリアさんが妥当かな…)
と、現況から色々思案していると。
「緊張してる? スイートピー」
瑠璃が穏やかで、でもどこか挑発的な声音でそう問いかけてきた。
「いえ」畏まった言葉遣いでスイートピーが答える。「さっきネメシアに勇気づけてもらいましたから、意外と心は落ち着いてます」
スイートピーがちらっとネメシアを見やり、ネメシアがふっと苦笑する。
そのやり取りを見て瑠璃が嬉しそうに微笑む。
「ふふっ。相変わらず私が何も言わなくてもしっかり支え合ってくれて……本当に私やることないわね」
パチクリと瞬きを繰り返して自虐する瑠璃が、話を脱線しそうになったので、先んじてスカーレットが口を開いた。
「瑠璃様。本題へ」
「…もう、わかってるわよ。ただもう一つだけ、スイートピーに伝えなきゃいけないことがあるわ」
スイートピーが「?」と小首を少し捻る。
なんだろうか。
「スイートピー」
「はい」
「今回の任務では、貴女を小隊長に任命します」
「ッッッ!?」
雷で穿たれたかのような衝撃がスイートピーの全身を駆け巡った。
「しょ、小隊長!? 私が!?」
「ええ」動揺するスイートピーに瑠璃はあくまで冷静に応えた。「副官はコスモス。三番手はダリア。お願いできる?」
「「はい」」
コスモスとダリアという40を越えた男性隊員が返事を重ねる。
スイートピーはコスモスとダリア、そしてネメシアとシラーの様子を一瞥で確認し、どうやら他の隊員には既に伝わっていたようだ。
それはそうか。小隊長は隊員の命を預かる立場だ。そこに仮隊員を据えるのに、命を預ける身である他隊員の気持ちを確認しないわけにはいかない。
(……事前に瑠璃さんが話をして、オッケーをもらってた……。つまりみんな私が小隊長になることに納得している…っ!?)
そこまで考えて、スイートピーは胸が苦しくなった。
拒絶しているわけではない。みんなの想いが痛いほど伝わってきたからだ。
〝スイートピーになら命を預けられる〟
自惚れでもなく、みんなそう思ってくれたことを確信してしまい、感極まったり、重圧だったりで胸が締め付けられそうになったのだ。
「スイートピー」
瑠璃が慈愛溢れる声のトーンと表情を浮かべる。
「任せていい?」
「………はいっ」
バッ、とスイートピーが面を上げた
「任せて下さい! 二年前のミスは絶対繰り返しません! 今度こそ『ジグルデ』アシュリー・ストールンを下し、仲間と共に責務を全うします!」
幼さがまだまだ残るソプラノボイスで勇猛果敢な宣言をする。
気持ちを相手の心に響かせると同時に、己の心も鼓舞するスイートピーは準備は整ったとばかりに瑠璃に真っすぐな視線を向けた。
「………………えーと…」
しかし、焚き付けたはずの瑠璃が少し気まずそうな表情を浮かべていた。
「……?」
スカーレットとチェリー、そしてネメシア達他の隊員も複雑な表情である。
「あのね…」瑠璃が言う。「確かに今回の任務は『ジグルデ』関連ではあるけど……」
一拍置いて、告げた。
「標的はアシュリー・ストールンじゃなくて、迩橋漏電っていう『ジグルデ』の元幹部よ」
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順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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