鎮静のクロッカス

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第6章【番外】スイートピーサイド編

第7話・・・恥ずかしい_責任_「ふふっ」・・・

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「あー、確かに今日母さんとローズは一緒にお菓子作りするって言ってたな」
 ローズの兄であるザクロが天を仰ぎながら思い出す。
「それで一人休日癒域ホリデー・エリアまで来たの? 私達にも声掛けてくれればよかったのに!」
 よく一緒に遊ぶガーベラがスイートピーを膝に乗せて後ろから抱き着く。
「むぅ…別にたまには一人で来るのも悪くないかなって思ったのも事実だもん…っ」
 スイートピーはガーベラに頬をすりすりされながら言う。
「それにしてもスーとここに来るのはいつぶりかな? まだクローがこのアジトにいた頃?」
 クローバーが過去を振り返ると、隣でガーベラが「私はよくスーと来るけどね」とマウントを取ってきたので、クローバーは「うるさい」とガーベラのおでこにデコピンを加えた。
「なあ、雑談もいいがせっかく休日癒域ホリデー・エリアまで来たんだ」
 そこへプロテアが声を掛ける。
「まずはここを満喫しないか?」


 ■ ■ ■


 スイートピーと湊の同期四人組はプロテアの号令で動き出し、まずはスポーツ施設でたくさん体を動かして気持ちのいい汗を流した。
 休日癒域ホリデー・エリアでは基本的に気(エナジー)の使用を禁止されており、ただの一般人として純粋な肉体を使って動くことを推奨されている。
 スポーツ施設ではその効果が顕著に出ており、体が熱くなって心拍が上昇するこの疲労感はいつもの訓練のものとはまた違い、体の中の不純物がデトックスされていく感覚はリフレッシュ効果抜群だ。
 スーとの年齢差や体格差も考慮して四人にハンデを化したりなどしながら走り回るスポーツを中心に遊び、五つ目のサッカーを終えた頃には全員座り込むほど疲れていた。

「はぁ~! 疲れた~! 気持ちいいぜ~!」
 ザクロがサッカー用の人工芝の上に大の字で寝転がりながら大声を上げた。
「もう…うるさい…ザクロ。勝負前に決めた罰ゲーム覚えてる?」
 クローバーがペットボトルに口を付けながら言うと、ガーベラがそれに続いた。
「そうよ~。一番黒星の多い人が昼ご飯驕るの、忘れないでねっ」
「あーそうだった! チクショウ!」
「はぁ」
 そんなザクロの様子にプロテアが溜息を吐いた。
「何負けてるんだ。戦闘職の俺とガーベラはともかく、事務職も多いクローバーには負けるなよ」
「うるせえ! こんな時まで仕事の話するな!」
 同じ第一策動隊のプロテアの小言にザクロが犬歯を剥きだしにしてそっぽを向いた。
 そんな同期四人組のやり取りを見ながら、スイートピーは肩で息をしながら考察していた。
(ザクロさん…クローバーさんに何回も裏かかれてた…。ザクロさんも天超直感ディバイン・センスは冴えてる方だって聞いたけど、ムラがあるのかな? ………それにもう一人、気になるのが……)
 スイートピーの視線がもう一人の男の方へと向いた。

 視線の先の男が「よし」と言って。
「とりあえずシャワーを浴びてから20分後にロビーに集まろうか」
 全員、プロテアの言葉に「OK」と返事をした。


 ■ ■ ■


 スポーツ施設の女性用シャワールーム。
 一人入れる程の簡易的なシャワー室がずらりと並び、数多の放水音が重なっている。
「ガーちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
 顔に水を浴びながら、スイートピーが右隣の個室のガーベラに言う。
「なにー?」
「……プロテアさんって、どれくらい強いの?」
「プロテ?」
 思わぬ質問にガーベラと、スイートピーの左隣の個室のクローバーが目を丸くする。
「プロテの実力に何か思う所あるの?」
 クローバーの問いにスーが「そんな大した話じゃないけど…」と前置きをしつつ。
「今日のプロテアさんの動き、正直言って四人の中で
 スイートピーの素直な言葉に、ガーベラもクローバーも嫌な顔一つせず目を鋭くした。
(ふーん)
 クローバーが感心する。
(プロテは気(エナジー)も使ってないし、なんならスーに合わせて上手に動きをセーブしてたのに……あっさり気付くんだ)
「まあそりゃあ強いわよ」
 ガーベラが言う。

「なんせ実力は既にS級なんだから」

「……それは知ってるよ」
 スイートピーが蛇口を締め、タオルで頭を拭きながら言う。
「私が聞きたいのは、『聖』の中でどれくらい強いのか」
「なんで急に?」
 クローバーが聞くとスイートピーが淡々とした口調で答えた。
「私がいつかS級に到達するとしたら、プロテアさんと同じ道を辿るのかなって思って」
「「ん?」」
 ガーベラとクローバーが全く同じ反応を示し、スイートピーは続けた。
「ほら、お兄ちゃんとかコスモスもS級だけど、明らかにイレギュラーなパターンじゃん。……私が今からS級に到達するには、プロテアさんみたいに正攻法で行くんだろうなってふと思ったの」

「………クローバー、この歳でS級への道をしっかり理解してるの凄すぎない?」
「………私なんて第六隊の事務関係覚えるのにてんやわんやしてた記憶しかない…」
 スイートピーの妥当な自己評価と意識の高さにガーベラとクローバーは心に傷を負いつつ、ガーベラが逆に質問した。
「どれくらい強いのか、でいいの? どうやって強くなったのか、じゃなくて」
「それは後で本人に直接聞く」
「なるほど……取り敢えず周りから見た感想を知りたいわけ」
 これを言ったのはクローバーだ。
「だったらさ、」
 ガーベラがシャワー室を出て声を上げた。

「まどろっこしいから、本人交えてまとめて話しましょうよ」


 ■ ■ ■


「というわけで、プロテアは〝どれくらい強いのか〟〝どうやって強くなったか〟についてのお話をしたいと思います!」
 
「ちょっと待て! 有無を言わさずカフェに連れてこられたかと思ったらなんの話だ!?」
「かくかくしかじか……というわけよ」
「かくかくしかじかってなんだ!?」

 シャワー後、男子二人を近くのカフェテラスに連行したガーベラが五人でテーブルを囲んで開口一番にそう言うと、プロテアが目をぱちくりさせて叫んだ。
 クローバーが簡潔に説明し、「そういうことか」とプロテアが溜息を吐く。
「どれくらい強いか、か…」
 隣で話を把握したザクロが呟く。
「俺達A級格とは一線を画すけど、S級の中ではまだまだひよっこって感じじゃねぇか?」
 ザクロの見解にプロテアはこめかみを押さえる。
「はっきり言うな…お前…」
「じゃあ聞くが、お前定期的にS級専用の合同訓練に参加してるだろ? それで順位を計ることも多いって聞くんだが、総合順位はどれくらいなんだ?」
「……下から三番目以内のことが多い」
「だろ? まあこれからの成長が楽しみな〝期待の星〟ってことだわな!」
「なんだろう。お前に言われると凄いムカつくな」
 ザクロが「がははっ」と笑う。
「私も概ね同じ意見よ。期待の星期待の星」とザクロに倣って少しふざけるクローバー。
「プロテアはここ最近S級の壁を突破したばかりだからね。これぐらいの評価が妥当よね。……スイートピー、こんな感じでいいかしら?」
「うん」スイートピーが頷く。「プロテアさんの歳でS級に到達したら期待の星……わかった」

 プロテアが「そう何回も期待の星言わないでくれ…」と肩を落としつつ、改めて視線をスイートピーに向ける。
「それで、〝どうやって強くなったのか〟だったな」
「うん、それが本題」
「そうだな…」プロテアが天を仰ぐ。「『聖』のみんなの為に強くなりたい、尊敬する隊長のようになりたい、亡くなった人達の分も頑張りたい。………色々と原動力はあったが、その中でも特に俺が強く抱いていたのは〝これ〟だな」
 全員が注目する中、プロテアが告げた。

「〝恥ずかしい〟だ」

「……?」
 スイートピーが首を傾げる。
 ちなみにガーベラ達三人は微笑んで見守るようにプロテアを見詰めている。
「恥ずかしい…?」
 スイートピーが繰り返すと、プロテアが「そうだ」と頷いた。

「『聖』の大人達は言わずもがな忙しい。だから『子供庭園チャイルド・エリア』っていう保育園のようなところに子供達は全員預けられる。
 表社会では中学から高校に掛けて徐々に体内のエナジーを感じ取る訓練をするが、『聖』では独自開発の補助士器アイテムを用いて、3,4歳の頃からもう始めることになっている。
 つまり『聖』の5歳未満も子供達でもエナジーを扱うことはそこそこできるわけなんだが……自分で言うのもあれだが、俺は才能に恵まれていたらしく、同期の中では一番エナジーの扱いに長けていたんだ」

 プロテアが述べると、ザクロとガーベラが頷く。
「マジでプロテは物覚えが異常に速かったよな」
「気(エナジー)量が桁違いだからって、リミッター付けられてたもんね」
 プロテアが続ける。
「それに加え、勉強も一番できる上に、融通のきかないクソ真面目な性格も相まって同期の中ではリーダーのようになっていた」
 プロテアは一拍置いてから、自嘲気味な笑みを浮かべて告げた。
「……調子に乗ってたよ。当時の俺は」
「………」
 無言になるスイートピーにプロテアは正直に告げる。
「気(エナジー)の操作も少し教えてもらうだけで大体できた。勉強も一つか二つ上の代の内容までできた。自分が先頭に立たないとまとまりがない。………我ながら〝なんでもできた子〟だったと思う。だから思い上がってしまったんだ。……他のみんなのことを……どこか下に見ていた気持ちもあったと思う」

 プロテアが少し尻すぼみになりながら言うと、他の同期三人がくすっと笑う。
「何度も言ってるが、同期の奴らは下に見られてたなんて一度もないぜ?」とザクロ。
「というか、あの頃は好き勝手する私達をプロテがまとめてくれていたのは事実だから上下関係があったと言っても間違ってないし」とガーベラ。
「スイートピー、ここの部分はあくまでプロテの主観だってこと忘れないでね」とクローバー。

 プロテアはみんなの言葉を受けて「ありがとう」と礼を述べつつ、話を続けた。
「同期はこう言ってくれるが、当時の俺には子供特有の幼い万能感に満ちていた。……これは後で聞いた話だが、『聖』の教育部としてもそういう調子に乗り過ぎた子供には機を見計らって『矯正きょうせい』…つまり安いプライドを砕いて改めさせるっていう教育プログラムの対象に俺も入ってたらしい」
『矯正』。
 こういう多少強引な手法を幼い内から手心無く加えていくのもまた『聖』の強固な信頼関係を築く源の一つなのだ。
「俺はそれぐらい増長していたんだ。そんな〝同期のトップ〟って立場でふんぞり返ってから数年経ち、7歳ぐらいになった時、」
 プロテアがスイートピーを見詰める。

「〝ある人物〟が、俺の前に現れた」

「…………お兄ちゃん……」

 プロテアが頷いた。
「そう。……クロッカスを初めて一目見ただけで思い知らされた。俺とは強さ、賢さ、……そして人生経験、何もかもが別次元だってな」
 プロテアが情け無さそうに話す。
「恥ずかしかった。……自分が今まで築いたプライドが安っぽいものだって気付かされて、それがたまらなく恥ずかしかった」
 情け無さそうに話すプロテア……だが、その表情は憑き物が取れたようにすっきりとしていた。
「〝どうやって強くなったか〟を聞きたいって言ってたよな。……俺は〝恥ずかしい〟自分でいたくなかっただけなんだ。……誰の前に立っても、自惚れることなく、自負に見合う努力をしてきた人間であり続けたかった。……こんな精神論しか言えないが、これでいいか?」

「………うん」
 スイートピーが頷いた。
 正直なところ、とても大切な話を聞けた気はするがいまいちぴんとこない部分が幾つかあった。
 でも今はそれでいい、とスイートピーは考えた。

『いいか、スー。色んな人の話は聞いておけ。それはその人が長い年月を経て培った経験という〝宝〟だからだ。……ただお前がその〝宝〟の価値を軽んじればおのずとそれは〝ゴミ〟となる。その〝宝〟をしっかり光らせることができるかはお前次第だよ』

 クロッカスの言葉の思い返し、スイートピーはプロテアに向かって言った。
「プロテアさん。貴方を糧に、私はもっと強くなります!」

「ははっ、この兄妹は本当に生意気だなっ」


 ■ ■ ■


「は~、やっと解放された。ブローディアは相変わらずお喋りが好きだな」
「あんたが暗すぎるってのもあるけどねっ」
 先程までブローディアに任務の進捗を根掘り葉掘り聞かれてシラーが嘆息し、ネメシアはなんてことない素振りで鼻を鳴らす。
「それよりもほら、十分休んだでしょ。訓練再開するわよ」
「もう少し休んでもいいんじゃないか? 過剰訓練オーバー・ワークは本末転倒だぞ」
「わかってるわよ」
 シラーの苦言にネメシアが静かな闘志を込めて返した。
「あんたの分も含めて身体管理はちゃんとやってるから。とにかく今、ギリギリを突いて鍛えないといけないのよ。……任務期間前になれば体は休めなくちゃいけなくなるんだからっ」
 ネメシアの普段とは違う気迫に、シラーが目を細める。

「……ネメシア。何千回と言ってきたことだが……アメリカでスイートピーの単独行動を止められなかったことは気にするな」

「…っ。……わかってるわよ…!」
 
 アメリカで『仮隊員』のスイートピーが『正隊員』のネメシアから離れて単独で動いてしまった件。

(スイートピーも夢に見るほど自責の念に駆られているが、……それはネメシアも同じだ。『正隊員』として守るべきだったのに、負傷をさせてしまった。妹のような存在のスイートピーを危険な目に合わせてしまったことを、心の底から悔やんでいる)

 しかし。

(しかし、あの時は『ジグルデ』の幹部、アシュリー・ストールンが一枚上手だった。まだ『副官資格者』の役職を獲得したばかりとはいえ、クロッカス隊長からお墨付きをもらったようにネメシアは見た目の印象に反して智略家として申し分ない実力を持つ。……そんなネメシアの裏があっさり掻かれてしまったんだ。隊長も言っていたが、あれは相手が悪すぎた)

 最後に、シラーは思った。

(今回『ジグルデ』絡みと聞いて一瞬身構えてしまったが、アシュリー・ストールンでなくて本当によかった。……少なくともスイートピーを小隊長に据えた
今回の部隊編成で戦う相手ではないからな)



 ■ ■ ■



「ふふっ」

 色素の薄いブロンドの髪を靡かせながら、その女性・アシュリーは静かに笑った。


「面白いこと、思い付いちゃったかも」

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