異世界でおまけの兄さん自立を目指す

松沢ナツオ

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番外編 1

side マテリオ 回想1

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書籍化の際、非掲載部分を番外編に移動しました。

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 私は今、大きな喜びとともに困惑もしていた。あれほど自分が貪欲に貪るように誰かを抱くなんて——思ってもいなかった。
 バルバロイ家から与えられた部屋は途中で変えられ、神官として質素に暮らして来た身には落ち着かない程豪華な部屋で、ベッドも一人では有り余る大きな物だった。それの意味する所は……いいや、ここにジュンヤが来る事などないのに。ユーフォーンに着くまでの事を思い起こし、一人窓の外を見つめ、眠れぬ夜を過ごしている。

 私はずっと、初めての浄化に立ち合った時から、真の神子に誠心誠意仕えると決めていた。時に激しく、時に優雅に、対峙する者達を御する姿に感嘆していたのだ。
 一体いつからだろう。共に行動する様になり、崇拝を隠し仕えている筈が、敬語は止せと言ったり揶揄って来たり……友人の様に気さくに声をかけて貰える事に、大きな喜びを感じていた。
 あのぎょくを渡されたと知った時。とうとう真実を言わねばならないのだと思った。だが、この方達は、心から愛していると分かっていた。ならばと真実を暴露した。エルビス様はともかく、ダリウス様ならば怒り狂い殴られてもおかしくない。神官も別の者に変えられても仕方ない。そう覚悟をしていた。

 しかし、返ってきたのは思いもよらぬ言葉で、怒りはあったものの特に罰を受ける事もなかった。そこで改めて私はジュンヤの力の偉大さを知った。神子としてだけではない。彼は一人の人として、気高い心で殿下やダリウス様を変えたのだと。
 その場を去る時にダリウス様に言われた、それで良いのか?と言う言葉。あの時は何故そう言われたのか、分かっていなかった。

 その夜お三方と初夜を迎えた事は一目で分かり、言い様のない感情に心が乱れた。神殿でひたすら祈り心を落ち着けたのだった。
 そこへ来ての狂信者達の蛮行。しかし、祭りで見せた、酔ってお三方に甘えしなだれかかる姿は、いつも気を張る姿と違いすっかり気を許し甘えきって可愛かった。辛い事件を乗り越え三人の絆を深めた仲睦まじい様子は、私にひたすら息苦しさを与え続けた。

 その後は神子として認められ盤石かとおもいきや、クードラは酷すぎた。先回りした敵の策でジュンヤへの敬意は感じられずに忸怩たる思いだった。当初離れて行動していた為見ていない場面もあるが、かなり酷い扱いである事は良く分かった。
 神官はその力をまざまざと見せられて、すぐ納得したのだが民は難しい。だが、私が最も許せなかったのは、騎士の態度だった。ジュンヤが倒れた夜を思い出す。鍛冶屋通りで硬い笑顔で淡々と浄化を続ける姿は痛々しく悲しげだった。迷いを振り切るように手加減を忘れ治癒と浄化を続け顔色が悪くなっていく。声をかけても心を閉ざしているのか我々の声さえ届かない。とうとう怒鳴るように声をかけ続けてハッとしたかと思った瞬間に崩折れた。
 ダリウス様が受けとめる事ができたのは幸いだった。急いで宿へ戻り休ませてあげたかった。だというのに! あのグラントという騎士は失礼すぎる言葉を浴びせかけた。表面上は取り繕っているがけして許しはしない。

 ジュンヤを休ませて話し合ったとき、そこで聞かされた噂話をグラントに聞かされた。




 神子アユムは汚れなき無邪気な少年で、その無垢な少年をジュンヤが騙し力を奪い、男達を籠絡して神子の地位を得た。
 実際に浄化をしたのは神子アユムで、その手柄を奪い我が物とした。ジュンヤには力はない。神子アユムはどこかに幽閉され、ケローガにいる神子は替え玉である。
 第一王子やバルバロイ家の次男を誑かしたジュンヤを、即時王都の神殿に引き渡し裁判にかけるべきだ。



 全ての言葉に怒りしかない。クードラへ来てどれほどの民を癒やしたのか知っているのか? そう問い詰めたかった。殿下も怒りで言葉が出ない様子で冷たい魔力が漂っていた。
 私は神官で人を癒やす義務があるが、不敬に対して寛容である必要はないと思った。だからクードラを離れるべきだと提案したのだ。だが、殿下は同意されなかった。

「ジュンヤは今日大勢を癒やしたのだな?」
「はい」
「その者達は、嫌でも身を以て力を感じた筈だ。体感した事は、頑なな心にも必ずや響く。ケーリー、ジュンヤが倒れたと民に知らせよ。神子は浄化の力で献身を尽くしたが、疲労と心痛で倒れたのだ。未だに浄化を受けられぬ者の身内は、どう思うだろうな。グラント、そなたの身内が床から出られぬならどう思う?」
「一日も早い浄化を願うでしょう」
「しかし、ジュンヤは礼さえ言われず、結果倒れた。目覚めてもしばらく休ませるから、浄化も進まぬなぁ……」

 殿下はグラントを挑発している様に見えた。お怒りなのがよく分かる。

「さて、謁見や直訴も来るであろう。少し忙しくなるな」
「恐れながら申し上げます。真の神子ならば、回復されたらすぐにでも浄化をして頂きたいのです。多くの民が苦しんでおります故。」
「ほう? 先ほどの態度でソレとは、図々しい。癒しを求めるが、神子本人の苦しみは誰も見ない。文句も言わず癒したと言うのにな。全面的に受け入れたケローガの民とは大違いだ。これでは元気になれるはずもない」
「殿下! 力ある者は使うべきだと思います」
「守る価値を感じない者に命をすり減らす必要はない。表向きだけでも敬意を払ってみせろ、未熟者め」

 なんという図々しい男だ。私は良いことを思いつき、今日採取した瓶を取り出した。

「殿下。グラント殿に、これを」
「これは?」
「チョスーチを浄化する前に、調査用で汲んだ水です」
「ふむ。どうするつもりだ?」
「グラント殿に、体験して頂きましょう。恐ろしい物などない有能な騎士様ですから、これ位恐るるに足らずかと」
「ああ、マテリオ殿。我らも各地の井戸からサンプルを採りました。勇気ある御仁に、是非とも体験してもらいましょう。少しづつ残せば浄化の進行具合は分かりますから、全く問題ありません」

 ソリスとマナも同じく怒っていたのだな。穏やかな二人の静かな怒りは鈍感で脳筋な騎士にも伝わる筈だ。民が飲んでいるのはこれだ。

「我らの神官は実に有能だ。是非ともその身で神子の御業を体感するが良い」
「——ですが、今は眠っておられるのですよね?」
「それがどうした? 民はもっと長い間この水を飲んでいたのだ。一日二日、いやもっとかもしれぬが、それ位造作もないだろう?」
「…………」

 グラントはダリウス様に助けを求める様に目を向けたが当然無視された。殿下は警邏詰所に支給した魔石の回収を命じられたので、喜々として受けた。私だけでは危険だと王都の騎士をつけて下さった。彼らは神官の姿で我々を警護してくれていた。
 警邏詰所の樽には魔石が沈んでいた。文句を言う癖に魔石は使うのか。苛立ちが先に立ち、樽に手を突っ込んで取り出したい程だった。

「グラント殿、今すぐご返却を。」

 私は一秒でも早く取り出したいと急き立てた。

「しかし、水に手を入れねばならぬし不衛生だ」
「マテリオ神官。既に換えの樽は依頼しておりますので、間も無く届きます。ああ、来ましたね」

 シュピル殿は、急ぐあまり手配していなかった代わりの樽を用意してくれていた。さすが影の方。何も言わないが同行しているうちに感じていた。

「シェピル、素早い対応感謝します」

 取り出そうとした私を騎士が阻む。そんな顔をしても恐ろしくなどない。恐ろしいのはジュンヤを失う事だ。

「水は重要だ。神官様とはいえ、手出しは無用」
「それを知っていながら、神子には随分な仕打ちですね」

 愚か者め。この魔石の価値もしらぬバカにいつまでも使わせてやる理由などない。

「止めろ!」
「これはエリアス殿下の命令です。グラント殿、何故こうなったのか、お仲間への説明はお任せいたしますよ。私は殿下の勅命を遂行致します」

 底にある魔石を取り出し、まださほど消耗していない事を確認する。絹で拭くと更に輝いた。七色の光を見つめていると、どうしても黙っていられなかった。

「皆様は、この様に輝く魔石を御覧になった事がありますか?」

 返事はない。当然だ。こんな物、大司教様でも作れない。治癒と浄化の混在する唯一無二の力の持ち主しかつくれない。

「これは神子ジュンヤ様しか作れぬ浄化の魔石。治癒では癒せぬ穢れを癒せる、ただ一つの物。そして命の欠けら。
命を無駄に消費させる訳には行きません。この何倍も大きな魔石を三つもこの地のチョスーチに使いました。、水は安全です」

 魔石を新しい絹布に包み、そっと保管用の絹製の袋にしまう。騎士達の顔を見れば、呆然とするもの、怒りと迷いをい交ぜにした表情の者と様々だった。

「ジュンヤ様が神子である事は、王都の大司教ジェイコブ様が認めているのですよ。第三者の言葉ではなく、ご自身で確認をされる事をお勧めします。我らの言葉では信用出来ない様ですから。では、これで失礼します。——ああ、この魔石は助けを求めるの為に役立てますから、どうぞご心配なく」
 
 謝罪したければ、ジュンヤにひれ伏せば良い。そう思いながらジュンヤの命のかけらを懐に大事にしまい、そこを後にした。いったんはそれで少しは気が晴れたが、ジュンヤは目を覚まさなかった。私も治癒で力になりたいと思ったが、庇護者を差し置いてなど言えなかったし、彼らの誰にも触れさせたくない気持ちも分かった。

 さっさと街を出てしまいたい思いもあった。しかし、殿下からジュンヤはそれを望まないと言われ、3人で民を治癒をして回った。少しでも浄化が楽になる事を祈りながら——
 ジュンヤが目覚めた次の日、神殿の魔石の状況が気になり立ち寄ったところへジュンヤがやって来て驚いた。まだ休んでいて欲しかったのに!! まだ少し白い顔をしてダリウス様の腕の中にいるジュンヤは笑顔だが儚く見えて苦しかった。

 二人で今後の事を話す時、これは私だけに許された時間だった。僅かに漂う花の香りをすぐ側に感じながら、計画を立てた。気付かれないように、深く香りを吸い込む。
 あんな目に遭っても人を助けようとするジュンヤ。私は、必ずや民も騎士もひれ伏させてみせると決めた。見捨てるのでも暴力でもない力で、神子の神聖さを示すのだ。

 だが、その決意さえ揺らぎかける自体が多すぎる。神殿から出てすぐに民に囲まれ、殿下がいらして事なきを得たが、反発の声を上げ扇動している者がいると感じた。それで休ませられる...訳ではなかった。ジュンヤが自らユーフォーンの騎士と話すという。皆が止めたが、この際はっきりしたいと言う強い意志には殿下でさえ逆らえなかった。

 勢ぞろいするグラントやユーフォーンの騎士の前にいてもジュンヤは毅然としていて、しかも微笑んでいた。

「グラント達は、の何にご不満なんですか?」

 ジュンヤは丁寧だが厳しい口調で問いかけた。

「私達はその力を見ていないので疑いを持つのは仕方のない事です。そもそも、あなたはと呼ばれておりましたし、アユム様が来ない事にも不満があります」
「歩夢君は、ケローガでこの国の為になる事を試験的に行っています。彼には彼の決めた道があるんです」
「では、あなたはその力を示して下さい。目に見える形で神子である証を立てて欲しいのです。でなければ、我々は信じられません。それに、実力の劣る神兵を侍らせているのも納得出来ません」
「実力が劣る?」
「そうです。神兵は剣術も魔力も足りず、神官にも騎士にもなれなかった者です。それでもメイリル神に仕えたいと足掻く負け犬集団です。神子ならば、我らの様に実力のある者だけ側に置くべきです」
「へぇ……そう言う考えなんですね」

 神兵が実力が劣るだと?! 誤った見解に異を唱えたいが、今はジュンヤに任せているので耐えた。彼らは魔力こそ低いが戦闘訓練を常に受けている。
 巡行で同行する様になってからは、近衛や第三の騎士に鍛錬を受け確実に前よりも強くなっていた。

「じゃあ、皆さんはどの辺がどの様に優れてるんです? 私は異世界から来て無知なので、是非とも教えて下さい」

 冷たい微笑みは、ゾッとするほど美しい。その横顔に目が釘付けになっていた。

「ですから、我々の方が全てにおいて強く、優秀なんです! この地に来たのなら、神兵よりバルバロイの騎士を護衛とするのが正しい選択です!!」
「彼らの仲間は、私の為に命を賭けて戦ってくれました。リューンさんもトマスさんも、常に私の安全に気を配ってくれます。ですから、近くにいてくれるととても安心します。ただ力が強いだけでは、あなた達が上だなんてとても思えないのですよ。むしろ、あなた方が近くにいると不安になるのは何故でしょう……?」

 この人を喰った態度は相手を激怒させるが、見ている者には爽快だ。グラントは簡単に挑発される小物。そうとしか見えない。

「グラント様の方がダリウス様にふさわしいんだ!!」
「ディック! 黙ってろ」
「しかし!! こんな細っこいチビとダリウス様がなんて……!」
「我々もみんな納得してません! 特定の相手なんていなかったのに!」
「バルバロイ家は特別な武門の家系の方々だ! こんなヒョロヒョロ認められるか!」
「皆さんは私事で動いてると判断して良いんですね? 武力はあるのかもしれませんが、心の強さは神兵さんよりもずっとずっと弱い。私には頼れる騎士、兵達が既にいますので、ご心配は感謝しますが警護は無用ですよ」
「我々が神兵より弱いだとっ!?」
「ええ、グラントさん。私はそう思います。それに、そんな風に声を荒げるあなたを信用出来ないんです。お互い信用出来ないんですから、もうユーフォーンへお帰りになったらどうですか?」

 ジュンヤは相当怒っていた。しかも、怒りの原因は自分への態度ではなく神兵を侮辱された事にあった。神兵もその気持ちを感じ感激をしていたし、グランド達の暴言に、拳を握り殴りかかりたいのを耐えているらしかった。

「そうそう。魔石は返却して下さったそうで、ありがとうございます」
「——部下の為にもう一度貸して欲しい」
「貸して欲しい……だと? ハハッ!! 図々しいんだよ。あれには俺の命使ってるんだっ!! お前らには一欠片も使いたくないっ!!」

 初めて聞く嘲笑だった。エルビス殿が止めに入るが、怒りが冷めやらぬジュンヤは大声で怒鳴った。

「お前ら……! カーラーさんやステューイさんの亡骸を見ていないから弱いなんて言えるんだ! 神兵さんは弱くない!」
「死んだのは弱い癖に戦ったからだ!!」
「黙れ!! 彼らの侮辱は許さない!!」
「ジュンヤ様、我らはジュンヤ様に分かって頂ければ、それだけで幸せなのです……! お休み下さい」
「神兵が勇猛果敢に戦ったのは俺が証明する。お前達に彼らを馬鹿にさせんぞ!」

 神兵も限界だと判断して止めにかかる。ダリウス様も神兵の名誉を守ろうとして下さった。我々など鼻で笑われてもおかしくない方が——

「あんな恐ろしい相手に……立ち向かう勇気を持った人を……バカに、する、な……」

 他者の為に怒るその崇高な精神よ。私の前にこの方を遣わして下さったメイリル神に感謝します。
 
「騙された……人達の事は助ける……でも……頑張る、人を……バカにする人間は……助けたく、ない……あんた達には、負けない……絶対に……」

 殿下の腕の中で気を失ったジュンヤ様に、その場にいた全員が魅入られていた。長い間沈黙が続いた気がしたが、実際はそれ程でもなかったのだろう。ダリウス様が抱き上げ、エルビス様も無言で二階へと上がって行った。殿下はグラントを氷の刃で貫かんばかりの瞳で見つめていた。

「あれを見ても何も心に響かぬのなら、黙って帰るが良い。私は止めぬ。何か言う必要もない。だが、少しでも思うところがあったなら、詰所でよく考えよ。明日まで待ってやる。グラント、明日の神殿ではそなた達を使う。用意しておけ」
「は……」

 グラント達は跪いた。少しは理解出来たのだろうか。彼らが去った後、私は殿下にお願いをした。

「殿下、私はジュンヤ様の力を知らしめたいのです。私の考えている事を実行出来る様、手を貸してくださいますか?」
「ああ、もちろんだ。ジュンヤの威光を確固たるものにする為なら、必要な物は全て用意せよ」

 そこで私は、次の日鍛冶屋通りの職人に諸々の手伝いを依頼し、最も大きな魔石を使用した。殿下も息を飲む程の輝きだ。

「これをジュンヤが……」
「はい。私は、これを使うのはよほどの穢れに遭遇した時だと思っていました。しかし、今がその時だと思うのです」
「うむ。浄化についてはそなたに任せる。ジュンヤの為に尽くすが良い」

 実際にその魔石を使用した効果は凄まじかった。神殿の端にいる民にも輝きは見えた筈だ。これを只人タダビトが作れると思うのか?倒れるまで人を癒す貴人を罵るのか?

 言葉など必要ない。この光が全てを語ってくれる。

 民よ、目を覚まして欲しい。

 一人の石工を浄化すると、民はこぞって水を求めた。魔石が大きい為、少量でも大いなる力が込められていた。その水を、ジュンヤの命のかけらを分け与えられた民達は、平伏し神子への謝罪と信奉を誓った。
 

 これで安泰だ。私はそう思った。だが——背後から迫り来る敵の影は、それを許さなかった。


 私とマナは二人で治療院を回っていた。殿下も視察に来られると聞いた民は浮き足立っていた。私達は治療院の外に出て、殿下を出迎えるべく準備をしていた。狭い通路を曲がり馬車が見えた時、球体がいくつか宙を舞い弾けた。騎士達は口元を抑えたが既に殆どの者が吸ってしまった様だ。
 私とマナは急ぎ口元を隠すものを借り、彼らに駆け寄って癒した。しかし人数が多すぎる!

「殿下、マテリオです! ご無事ですか?出てはいけません!」
「何があった?」
「毒を撒かれております!! 騎士や民にも被害が出ております。ケーリー殿、すぐここを離れましょう」
「ああ、だが! 客だ!! ふぅっ!!」

 私の頭の上をケーリー殿の剣が薙ぎ払い、後ろでドサリと音がした。複数の敵がいる事は振り返らなくても分かった。
 更にグラントが私の横を風の様にすり抜けたと同時に複数の倒れる音が聞こえた。早い! さすが副団長だ。

「マテリオ殿! この先のある場所に殿下と共にシュピルと向かえ!」
「はい。ですが少しお待ちを」

 私はケーリー殿に触れ、吸い込んだ毒を治癒した。

「これを預けます。万一の時は使えるでしょう」
「おう! 助かる。行けっ!!」

 ケーリー殿に魔石を一つ預けた。あれ一つで全員助かる筈だ。ケーリー殿の魔法で、風の防壁が追っ手を阻む間にマナと共に騎士の馬に同乗し殿下と共に退避する。なんの因果か、私を乗せたのはグラントだった。
 
「チッ……どこで漏れたんだっ?!」
「……」

 苛立つ男に構いたくなくて無言を決め込む。それに乗馬には慣れていない。話したら舌を噛みそうだしな。だが、その苛立ちは分かる。当日まで先触れもなしで安全を確保していたし、知っているのは騎士以外は少ない。
 やがてシュピル殿達が用意していたという一軒家に避難した。すぐに追いついてきたケーリー殿が殿下にすぐに街を出ると提案をした。当然殿下は渋った。

「殿下。このまま宿へ戻れば、ジュンヤ様も狙われるでしょう。それに、殿下が捕まれば、ジュンヤ様は殿下を救う為に無理をするのは目に見えています。決して捕まっては行けないのです」
「そう、だな。では行こう。私も騎馬で行く。例の物を用意しろ」
「はい」

 何事かと思ったら、殿下は騎士の制服を着てカツラを被っていた。なるほど、変装か。馬車には殿下に似せた服装に騎士が乗った。それを知っているのはほんの数人に絞った。
 ダリウス様には連絡をしたが、返事は待たず発つと言う。時間が勝負なのは確かだ。立て直した敵がいつ来るとも限らない。
 私達は早駆けでユーフォーンへ向かったが、途中二度ほど襲われ敵の数も減ったがこちらの騎士も怪我を負った。流石に連続の治癒は苦しい。マナと二人で、慣れぬ馬に揺られまともに休む事も出来ず疲弊しきった頃、ようやくアズィートが見えた時は神に感謝した程だ。
 だが、我々の受難は到着後も変わらず治癒をしいられ続けた。あまりに騎士の疲弊も怪我人も多く、このままユーフォーンへ向かうのは難しかった。厳戒態勢でジュンヤ達の到着を待つ事になった。

 ジュンヤ達は一日遅れて到着した。だが、私は集会所で黙々と治癒をしていた。正直な所、今にも気を失いそうに消耗していた。だから何も考えず、黙々と治癒をして耐えていた。ノロノロと重い体を引きずり、横になる騎士達を治癒する。
 
 私は、何をしている? なぜこんなところにいる……?

 ふと、肩に温かい手が触れた。

「マテリオ、追いついたよ。俺がやるから変わろう」
「いや、ダメだ……私がやらねば……」
「良いから休めって。ほら、こっち」

 グッと引っ張られるままに、足が動く。温かい手から力が入り込んで来た。無意識にしてくれているんだろう。その力に酔う様に誘導されるがままに座ると、もう足に力が入らず、思考も動かなかった。

「これ、食べな?」

 何か言われた気がする。ジュンヤの声だ。凛としているが優しい、美しい声音。

「ほれ、口開けろ」

 開ける? 口を? ぼんやりと口を開けると、唇を割って甘い飴と指が差し込まれた。飴はもちろん甘いのだが、微かに唇に触れた指の痕を舐めると、より一層甘く感じた。

「甘い……」
「飴だからな。クッキーもあるし、二人共、これは補充関係なく食べて元気出せ。ろくに食べてないんじゃないか?」
「そういえば、食べてないかも、です……」
「ああ、食事……?」

 食べたのはいつだったか? 固形食を食べた様な……動かぬ思考で考えていた私の手をジュンヤの手が握った。なんて温かい。もっと触れてほしい。それに、温かいだけではない、ジリジリと湧き上がる何か——

「あったかいです……ジュンヤ様」

 マナの恍惚とした声が聞こえた。

「良い香りがする……」

 私はジュンヤの花の香りに包まれている様な気がした。力も流れ込み私達は疲弊しきった体が軽くなるのを感じた。

「少しはマシかな? 後は任せろ。横になっても良いぞ?」
「それは出来ない。私も戻る。奴等がまた何かするかも……」
「だーめ。俺の力を信じろよ。護衛もいるし。なぁマテリオ。俺を怒らせた奴等はどうなった?」
「ああ……ふふふ……ここで見ている事にする」

 優しい力に癒され、私は幸せな気分だった。物心ついた時から治癒があると分かり、私はひたすら修行と治癒の奉仕をしてきた。時に力の循環を行なったが、こんなにも幸せを感じた事はなかった。
 私達から離れグラントへと向かうその足取りはしっかりしていて、優雅だった。詳しい話は聞こえないが...グラントを挑発している様だ。何か話していたと思ったら、上着を脱ぎ始めた。なんてことを!!
 しかもシャツまで脱いで肌着ではないかっ!! エルビス殿が何か言っているが拒否された様だった。今すぐ駆け寄って着せたいが、見ていろと言われたのだ。
 
「はいはい~みんな、注目ぅ~!」

 大きな声で周囲の注目を集め、治癒を始めた。キラキラと体から光を発し始め、周囲は大きな光に包まれた。神官の目でしか見えない光。マナもうっとりと見つめている。

「ジュンヤ様、お美しいよねぇ……容姿は当然だけどさぁ。お力も美しい」
「ああ。すごく、綺麗だ……」

 私は素直に言葉に出来た。マナと見つめていたが、ジュンヤが騎士に抱き寄せられつい腰が浮いた。しかしラドクルト殿がすぐさま救出してくれてホッとした。
 当然怒り狂って、もう治癒はしないと揉めたが、グラントと騎士が正式に謝罪して全員を癒していた。その力を直接感じたもの達は、治癒と同時に癒しも得て今では憧憬を込めて見つめていた。
 中には少々いやらしい目線もあったが、グラントがすねを蹴飛ばしていた。

 だが、ここでも反発していた騎士を手懐けるどころか、中には恋慕に変わった者もいる。相変わらず、凄い男だ。
 彼らは薄々ジュンヤが本物だと気がついていた。過ちを認めたくなかったのだろうが、これからは騎士として身を呈して守るだろう。

「全く……どこまでも、不思議な男だ。手が付けられないな」

 誰に言うともなく声に出すと、自分が微笑んでいるのに気がついた。

「笑顔、か」

 黙々と修行の日々。その中で笑顔は少しづつ忘れていた。
 私はまた、ジュンヤに失っていた物を与えられた。殿下を襲った者はジュンヤをも襲うかもしれない。必ず守り抜かなければ…… 

 己の役目を再確認し、ユーフォーンへ発つ準備を始めたのだった。
 
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王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
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また、内容もサイレント修正する時もあります。
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