守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜

松沢ナツオ

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1章

鉄仮面の男

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 隙を見て逸れたフリをしようと思っていたが、男は僕の手首を掴んで離さず、並んで歩く羽目になった。もしや、心を読まれているのだろうか。
 こうなったら逃亡するのは諦め、気持ちを切り替えて案内役をしてもらうことにした。この通りは食べ物や花屋、雑貨店がひしめいているが、武具店の看板は全く見当たらないからだ。
 それに、お偉い方に庶民の格好をした僕を案内させるのも面白いと考えたのもある。

「僕は生まれて初めて皇都に来たので、全然知らないんです。だから助かりました」

 本当にバー二の武具店に連れて行ってくれるのかはまだ不明。でも、暴力的な扱いはされていないので、一応礼を言い、頭ひとつ背が高い男のか表情を盗み見る。でも、ぴくりとも表情が動かない。まるで仮面でもつけているようだ。
 すっと通った鼻筋で、骨格はベニトアの男よりは線が細く、僕に似たタイプだ。ただ、僕より一回りは逞しく、少し悔しい。まぁ、負けるつもりはないけれど。
 剣を身につけていないものの、足運びから明らかにただものではないと確信する。無駄がなく、いつ攻撃を受けても対応できそう。武術の訓練を受けているのは明らかだ。
 
「あ、さっきのはサーカスの割引チラシに釣られた群衆に巻き込まれたんですよ。びっくりしちゃいました」

 さらに話しかけても返事がない。背後にいる従者が、僕を突くので振り向くと、馴れ馴れしく話しかけた僕を睨んだ。黙れという意味だ。僕は肩をすくめた。ああ、早く解放されたい……

「左に曲がるぞ」

 手首を引っ張り左に誘導された。強引ではあるが痛みはなく、絶妙な力加減だ。もしかして、そんなに悪いやつじゃないのかも?
 そういえば、グレゴリー兄さんは、手紙に書いた僕の身分設定を覚えているだろうか。こんなことになると思わなかったので、確認しないで出かけてしまい後悔している。都会の喧騒に浮かれいたのかもしれない。
 左折した通りは、薬屋や鍛冶屋、防具専門らしい店などがひしめいていて仰天した。だって、ベニトア領では、一つの町に1店から2店で、あまり競合しないからだ。それだけ客が多いということか。

――あ、あの剣、切れ味良さそう。後で見にこようかな。薬屋も匂いが違う気がする。調合するもののも違うんだろうか。

 キョロキョロ目移りしていると、また手首を引かれ、男を見上げた。

「おまえみたいなのはスパイに向かないな。いや、それも芝居か?」

 ムカつく。いい奴かもなんて前言撤回だ! つい口を尖らせて睨みつけてしまったが、言い返すのはやめた。

「都会が物珍しいだけです」

 うん、これも嘘ではない。今のところは全部真実だ。嘘をつくのはこれから。

「薬屋も多いし、同じ業種が何件もあるなんてと驚いたんだすよ。田舎者ですからね」

 これくらいの嫌味くらい許されるだろう。

「ここでは、競合することで腕が磨かれるという考え方だ。当然、評判が悪ければやっていけない」
「……へぇ。都会は大変なんですね」

 意外や意外。まさか教えてくれるなんて。

「バーリの武具店は皇都で一番有名な店だ。帝国内一の職人が手掛ける品ばかり集めている。つまり、高級品だ」

 答えに肝が冷えた。

「そう、ボロ靴の少年が行くような店ではないんだよね」
「少年じゃない! 成人してるぞ」

 つい言い返してしまった。男は立ち止まり、僕をジロジロと見ている。目が合わないよう、そっと目を伏せて誤魔化す。

「へぇ? それは失礼」
「こちらこそ失礼しました。これでもベニトア領の警備隊の一員なんですよ」
「――君が警備隊?」

 間が長い。ぱっと見、警備隊員に見えない自覚はある。でも、ちゃんと鍛えているのに。

「まぁ、行けば答えが出るんだろう」

 男はまた歩き始める。それでも手は離さない。本当に気が抜けない相手だな。

「着いたぞ。ん……? あれは」

 視線の先にいたのはグレゴリー兄さんがそわそわとしながら周囲を見回していた。ほっとしたのも束の間、僕に気づき、猛然とこちらに向かってきた。

――兄さん、名前をよんじゃダメだからね!

 必死で目で訴える。

「無事だったか!! 初日に迷子にさせちまうなんて……すまん!」

 男から僕を掻っ攫い、ぎゅっと抱きしめられた。苦しかったが耳元に小声で話しかける。

「兄さん、僕は警備隊の後輩だよ。覚えてる?」
「そうだった……! 危ねぇ」

 やっぱり忘れていたようだ。オリヴィンと呼ばれなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。

「えっと、グレゴリー様、道が分からなくて困っていたら助けてもらったんです。改めてお礼を言いたんですが」
「ああ、そうだな。君、連れてきてくれて助かっ……えぇ!?」

 かなり驚いているので大物なのだろうか。まだ抱きしめられていて、グレゴリー兄さんもあの男も当然見えないのがもどかしい。

「何? あれ、誰なの?」
「いや……すまん、言えない」
「え?」

 言うなと指示されたのか。つまり階級が上ってことだ。不意に腕が緩み、強烈なハグから解放された。僕も男の方に向き直った直後、頭を掴んで下を向かされた。

「俺もこいつも助かりました。領都で警備をしている後輩でして、町を案内することになっていたのです。お手数をおかけしました」

 声しか聞こえないが、グレゴリー兄さんの緊張が伝わる。

「いや。こちらこそ疑ってすまなかった。あなたの知り合いなら問題ない。では、これで失礼する」
「道案内していただきありがとうございました」

 もう一度礼を言い、足音が遠ざかるまで頭を下げ続けた。顔を上げるタイミングは教えてくれるだろう。

「……もういいぞ」

 やっと頭を上げると、またグレゴリー兄さんに抱きしめられた。

「ああくそっ! 大失態だ! おまえに何かあったら俺は……!」
「僕こそごめん。まさかあんなに人来るなんて思わなくて油断してた」

 抱きしめ返し背中をポンポンと叩く。

「ああ。あの割引チラシは毎回貰えるわけじゃねぇから、客が殺到するんだ。間が悪かったぜ」
「で、あの人は何者?」

 聞いた途端、兄さんが固まった。

「……今は知らなくていい。ところで、目は見られたり、何もされたりしてないか?」

 体を離し、真剣な顔で聞かれた。

「大丈夫。目は伏せたし、むしろ僕が悪いんだ。列から抜け出す時に思いっきりぶつかっちゃってさ」

 何があったのか、一気に話す。手首を掴まれた話をすると、すかさず袖を捲って確認された。

「大丈夫だって。ちょっと強引だったけど、痛くない絶妙の力加減で驚いたよ。ちょっと失礼だったけど、お互い様かな」
「そうか。良かった。……で、あの人のことをどう思った?」
「どうって……偉そうな貴族って感じ? 良い奴なのか悪い奴なのか、全然分からないや」

 身を守る必要がある身分なら警戒しても仕方がないと思うし、皇都の安全を考えれば疑うのも理解できる。ムカついたけど、それはそれこれはこれだ。

「ハンサムだっただろう」
「兄さんの方がかっこいいけど?」

 即答すると、グレゴリー兄さんは相合を崩した。

「そうか。俺の方がいい男か!」
「もちろん! あ、はぐれたことは父上に内緒にしとこうね。絶対怒られるもん」
「そうだな、助かる」

 僕たちは拳をコツンと合わせた。この事件をもみ消す共犯である。

「よし、武器でも見て気分転換しようぜ!」
「見る! 楽しみ~」

 あの男曰く、一級品が揃っているというバーニの防具店だ。ワクワクしながら入店した。


 
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