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断罪ルート
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「けほっ、うええ、げほっ……はぁ、はぁ」
飲み込んだ水をあらかた吐き終えたロアンナの背中をさすり、ようやっと呼吸が落ち着いてきた彼女から改めて事故の詳細を聞くことにした。
「……なにがあったの?」
しかしロアンナの精気を失ったような瞳は私の姿を捉えてはおらず、その澱のように酷く濁った両目を他でもないマッディへと向けられている。
「ろ、ロアンナ……」
そんな冷たい視線に耐えられないのかマッディは顔をそらした。
「どうして、マディ様……」
「や、やめろロアンナ、それ以上言うな」
焦り始めたマッディに構わず、ロアンナはこう続けた。
「どうしてわたしを、お腹の中にいるわたしたちの子を殺そうとしたのですか……?」
ロアンナがぽつりとこぼした非難めいた言葉ですべてを察する。
マッディと不貞行為を続けた結果、彼女は彼の子を身籠ってしまったのだと。
そしてマッディもまたこのことは知っていたに違いない。
だからこそ、この湖畔を訪れた際に全部終わらせると最初に口にしたのだろう。
(私に復縁を迫る上で母子ともども邪魔になったからロアンナを事故に見せかけて殺そうとした、状況から見るとそう考えるのが妥当ね)
「マディ様にとって、わたしはもういらない存在だったのですか? しょせんただの遊びだったのですか? ……だとしてもわたしは嬉しかった、のに。たとえマディ様に認知してもらえなくてもこの子を産みたかった、のに。望まれないことの辛さは捨て子だったわたしはよく知って、知っています、から。だからせめてわたしだけでもこの子を愛してあげたかったのに、あなたはそれすら許してはくれないの……?」
「うるさい! 子供なんか生んでもらっちゃ困るんだ、堕ろせと言ったところで素直に言うことを聞くか⁉ 聞かないだろ‼ だったらこうするしかないじゃないか⁉ お前みたいな育ちの悪い平民は我が子をかさにして色々と面倒な要求をしてくるに決まっているからな! 貴族として目の前の火の粉を振り払ったことのなにが悪い⁉」
「だ、だからってこんなの酷い、酷すぎる……」
震える声で悲惨さにうめくロアンナ。しとどに濡れた瞳の端からは涙が流れ、見ているこちらの胸も打たれる。
またそんな彼女に謝罪の一言すらないマッディに対して沸々と怒りがこみ上げてくる。
もう我慢の限界だった。
「それが貴方の本性なのね」
「――あっ、いやこれは違っ」
冷ややかな目で見られていることにようやく気がついたのか、醜悪な表情を浮かべながら自らの侍従を罵っていたマッディが慌てて弁明に走る。
「き、聞いてくれアンティーラ、これはちょっとした手違いなんだ。だいたい仮に子供をロアンナに生ませたところで結局は庶子にしかなれないのだから、それこそ生まれてくる子供が可哀想じゃないかい⁉ 中途半端に情けをかけたって僕の子供として認められるはずもないんだ、ならいっそのこと生まれる前に死んでもらった方が――!」
パシンと乾いた音が響く。
これ以上聞きたくないと、マッディの頬を強く張ったのだ。
「……もう黙りなさい。貴方最低よ。父親としてではなく一人の人間としてね。こんな男と穏便に婚約解消で済ませようとしていた私が甘かった。今回の件は明らかにそっちの有責だもの、正当な理由で婚約破棄をさせてもらうわ。折って双方の親にもこのことを報告させてもらうから、今から覚悟しておくことね」
ぴしゃりとそう告げると、叩かれて赤くなった頬を抑えながらマッディが目を見開く。
「待ってくれ、そんなことをされたら実家での僕の立場が危うくなるだろ! なあ、僕は命の恩人なんだよ⁉ なのに恥知らずにも君は恩を仇で返すというのかい‼」
「命の恩人? 恩を仇で返す? はぁ、この期におよんでなにを言っているのかしらこのクズは。その件に関しては当時父が多額の謝礼を支払ったじゃない。そして婚約が本格的に決まってからは働かないで遊んでばかりいた貴方を私が今日までずっと屋敷で養ってあげていたでしょう? もう充分すぎるほどに恩は返したはずよ。……ただ今となっては、こんなヒモ男と一緒に過ごしていた期間が黒歴史でしかないけれど」
「そんな、アンティー、ラ……」
ガクッとその場で膝を折るマッディ。
ようやく、もはやどうにもならないことをその頭で理解したのだろう。
どうやら私は理想の彼を見ていたらしい。
目の前にいるのは打算でのみ動く別人で、あの時確かに自分が恋したマッディという人間は最初からこの世には存在しておらず。
そして今更になって、とっくの昔に自分が初恋と同時に失恋をしていたことに気がついた。
「……さようなら、マッディ」
だからこそほろ苦い恋に終わったこの胸の痛みに耐えながら、今度こそ私は後悔することなく彼との関係に終止符を打ったのだ。
飲み込んだ水をあらかた吐き終えたロアンナの背中をさすり、ようやっと呼吸が落ち着いてきた彼女から改めて事故の詳細を聞くことにした。
「……なにがあったの?」
しかしロアンナの精気を失ったような瞳は私の姿を捉えてはおらず、その澱のように酷く濁った両目を他でもないマッディへと向けられている。
「ろ、ロアンナ……」
そんな冷たい視線に耐えられないのかマッディは顔をそらした。
「どうして、マディ様……」
「や、やめろロアンナ、それ以上言うな」
焦り始めたマッディに構わず、ロアンナはこう続けた。
「どうしてわたしを、お腹の中にいるわたしたちの子を殺そうとしたのですか……?」
ロアンナがぽつりとこぼした非難めいた言葉ですべてを察する。
マッディと不貞行為を続けた結果、彼女は彼の子を身籠ってしまったのだと。
そしてマッディもまたこのことは知っていたに違いない。
だからこそ、この湖畔を訪れた際に全部終わらせると最初に口にしたのだろう。
(私に復縁を迫る上で母子ともども邪魔になったからロアンナを事故に見せかけて殺そうとした、状況から見るとそう考えるのが妥当ね)
「マディ様にとって、わたしはもういらない存在だったのですか? しょせんただの遊びだったのですか? ……だとしてもわたしは嬉しかった、のに。たとえマディ様に認知してもらえなくてもこの子を産みたかった、のに。望まれないことの辛さは捨て子だったわたしはよく知って、知っています、から。だからせめてわたしだけでもこの子を愛してあげたかったのに、あなたはそれすら許してはくれないの……?」
「うるさい! 子供なんか生んでもらっちゃ困るんだ、堕ろせと言ったところで素直に言うことを聞くか⁉ 聞かないだろ‼ だったらこうするしかないじゃないか⁉ お前みたいな育ちの悪い平民は我が子をかさにして色々と面倒な要求をしてくるに決まっているからな! 貴族として目の前の火の粉を振り払ったことのなにが悪い⁉」
「だ、だからってこんなの酷い、酷すぎる……」
震える声で悲惨さにうめくロアンナ。しとどに濡れた瞳の端からは涙が流れ、見ているこちらの胸も打たれる。
またそんな彼女に謝罪の一言すらないマッディに対して沸々と怒りがこみ上げてくる。
もう我慢の限界だった。
「それが貴方の本性なのね」
「――あっ、いやこれは違っ」
冷ややかな目で見られていることにようやく気がついたのか、醜悪な表情を浮かべながら自らの侍従を罵っていたマッディが慌てて弁明に走る。
「き、聞いてくれアンティーラ、これはちょっとした手違いなんだ。だいたい仮に子供をロアンナに生ませたところで結局は庶子にしかなれないのだから、それこそ生まれてくる子供が可哀想じゃないかい⁉ 中途半端に情けをかけたって僕の子供として認められるはずもないんだ、ならいっそのこと生まれる前に死んでもらった方が――!」
パシンと乾いた音が響く。
これ以上聞きたくないと、マッディの頬を強く張ったのだ。
「……もう黙りなさい。貴方最低よ。父親としてではなく一人の人間としてね。こんな男と穏便に婚約解消で済ませようとしていた私が甘かった。今回の件は明らかにそっちの有責だもの、正当な理由で婚約破棄をさせてもらうわ。折って双方の親にもこのことを報告させてもらうから、今から覚悟しておくことね」
ぴしゃりとそう告げると、叩かれて赤くなった頬を抑えながらマッディが目を見開く。
「待ってくれ、そんなことをされたら実家での僕の立場が危うくなるだろ! なあ、僕は命の恩人なんだよ⁉ なのに恥知らずにも君は恩を仇で返すというのかい‼」
「命の恩人? 恩を仇で返す? はぁ、この期におよんでなにを言っているのかしらこのクズは。その件に関しては当時父が多額の謝礼を支払ったじゃない。そして婚約が本格的に決まってからは働かないで遊んでばかりいた貴方を私が今日までずっと屋敷で養ってあげていたでしょう? もう充分すぎるほどに恩は返したはずよ。……ただ今となっては、こんなヒモ男と一緒に過ごしていた期間が黒歴史でしかないけれど」
「そんな、アンティー、ラ……」
ガクッとその場で膝を折るマッディ。
ようやく、もはやどうにもならないことをその頭で理解したのだろう。
どうやら私は理想の彼を見ていたらしい。
目の前にいるのは打算でのみ動く別人で、あの時確かに自分が恋したマッディという人間は最初からこの世には存在しておらず。
そして今更になって、とっくの昔に自分が初恋と同時に失恋をしていたことに気がついた。
「……さようなら、マッディ」
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