俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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「あ、そういや俺、再来週だっけ?修学旅行あるから、同意書にサインしてくんない?」




「「え?」」




「あら、もうそんな時期なのねぇ」





 棗のブラコン疑惑が浮上したところで俺はふと思い出して父さんと母さんの方を向き、書類を机に出すと、母さん以外の二人がピシリと固まった。





「え何何、怖えんだけど」


「か、要……ちなみにだが、それは何日行くんだい?」


「3泊4日だけど」


「さ、さんぱくよっか!?」


「え、うん」


 

 ごくり、と唾を飲んで尋ねてきた父さんが俺の返事に大袈裟にのけ反って叫ぶ。そして涙目で訴えてきた。




「3日も要に会えないなんて!!死んじゃうよ!!!」



「いや死なんて」



「死んじゃうよ!!要は要からしか補充できないんだから!!」
 


「父さん俺そんな特定の栄養素とかじゃないから」




 補充ってなんだい父さん。俺別にそんな癒しのフェロモンとか出てないからね?定期的に摂取しなきゃじゃないから。




「行き先はどこだったかしら?」



「京都だって」
 


「あら、いいわね~。それなら八ツ橋買ってきてもらおうかな」




 母さんは安定で父さんをスルーして笑っている。そして喚く父さんなどものともせずにあっさりと同意書にサインした。楽しんできてね、とまで言う余裕。母さん最高。大好き愛してる。



 しかし、父さんなんて可愛いものだと俺は思い知った。








「やだっ!!!!!!!」






 ガッタン、と勢いよく立ち上がった棗が椅子を倒しながら今日一番の大声で叫んだ。もうそれは、近所に聞こえるくらいの特大の叫びだったと思う。






「ゼッッタイやだ!!!修学旅行なんて行かないで要兄!!」




 だだだっ、と走ってきて俺の腰にしがみついた棗は目に涙を溜めながら首を振って俺に訴えてきた。やだやだ、と大きく被りを振りながら駄々をこねる。その姿に俺の良心は死んだ。





「な、棗……たった3日だけだよ?兄ちゃん、3日お出かけするだけだから……」




「やだ、やだー!!!3日じゃない!!3日いないの!!!」



「うぐっ、それは、そうとも言うけど、その……ものは言いようっていうかさ、な?」





 なけなしの反抗で言い聞かせるように言ってみるが、棗はそんな言葉で言いくるめられるような安い子ではない。さすがマイエンジェル、意志まで鉄壁である。





「やだやだやだ!!要兄がいない間誰がおれとサッカーしてくれるの?誰がおれと寝てくれるの?誰がおれと一緒に学校まで行ってくれるの?誰がおれに宿題教えてくれるの?」




「うぐぅっっ!!!」




「自分でなんとかしなさい棗ちゃん。要ちゃんも、そこはダメージを受けるところじゃないわ」





 あまりに可愛い目で俺のことを見つめて純粋な質問攻めしてくるので、つい俺の中の兄心が傷ついて胸を抑える。母さんがやんわりとツッコミ入れてる気がしたが俺には聞こえない。





「要兄はおれの兄ちゃんだもん!!なのになんでおれから離れるの?なんでおれより修学旅行を選ぶの?」



「い、いやあのな棗、修学旅行は人じゃないからどっちを選ぶとかじゃなくて、」



「おれよりも修学旅行が良いの?好きなの?浮気するの?」



「な、棗、修学旅行は好きとかじゃなくてその、学校で決まってる行事っていうかな、」



「要兄は一生おれだけの兄ちゃんだって言ったくせに!!!一生おれの!!兄ちゃんなのに!!!」





 なんとか説得を試みようとしてみたが全く無駄で、むしろ棗はヒートアップして真っ赤な顔で怒鳴っている。説得に挑戦した結果俺のメンタルがズタズタにされただけである。見かねた母さんが、




「良い加減にしなさい棗ちゃん。お兄ちゃん困ってるでしょう」




 と優しいながらも凛とした声で言うと、棗はぶわ、と目の淵に涙を溜めて泣きそうな顔をした。あ、まずい、これはだめなやつだ。本能的にそう感じた俺は咄嗟に棗に言った。






「棗、兄ちゃんな、棗よりも大事なものなんてねぇよ。棗が一番大事なんだ」



「っぐす、じゃぁ、」





 棗がパッと顔を上げてぐずぐず言う。ああ心痛ぇなぁ……ごめん棗。いくらファミコンでブラコンの俺といえど、タッキーと修学旅行なんてのはやっぱり魅力的なわけで、どうしても外せない行事なんだ。


 心を鬼にして切々と棗に話掛ける。棗はボロボロ泣きながらも、一応俺の話もちゃんと聞いてくれているっぽい。さすが俺の弟、良い子すぎる。




「でもな、大事って近くにいるだけで伝えられるものじゃないんだよ。遠くにいても、離れてても想い合えるのも、大事ってことなんだ。大事大事って、口で言ってただ近くにいるだけが相手を想うことじゃねぇんだ」



「でもおれ、兄ちゃんいないのやなんだもん……」
 


「うん、俺も棗と離れるのは寂しいよ。でも、ごめんな。兄ちゃんのわがままだと思ってさ、許してくれない?」



「っぅう……」



「兄ちゃんさ、棗が俺とサッカーするの楽しみにしてるみたいに、修学旅行に友達と行くの、楽しみにしてたんだ。ちょっとだけ!ちょっとだけで良いからさ、兄ちゃんが修学旅行行くの、許してくんないかな」






 両手を合わせて、お願い!というポーズを取る。兄としての威厳とか微塵もないし、カッコ悪いことを言ってる自覚はある。






「帰ってきたらいくらでも棗のしたいことに付き合うし、なんでも言うこと聞くよ。ずっとそばにいる。一緒に寝るし、サッカーももちろん付き合う。勉強もドンと来い!学校も一緒に行く」







 それでも、ダメ押しでつらつらと棗が希望しそうなことを並べると、項垂れていた小さな頭がピョコりと上がって、少し期待するみたいな目で俺を見つめた。そして、窺うように棗が尋ねる。





「………試合も見にきてくれる?」



「もっちろん!!」



「……帰り、学校まで迎えにきてくれる?」



「うん、棗が望むならいくらでも」



「……一緒にお風呂も入ってくれる?」



「えっ、あー、うん、まぁそうだな。入るよ」






 一瞬ん?と思ったが頷いて肯定すると、棗は少し不満そうな顔ながらも渋々承諾した。





「………分かった。でも約束だからね!!!」

 


「~っ、棗!!ありがとな!!もちろん帰ったら棗を最優先にするよ」





 俺の弟がこんなにも可愛くて賢くて良い子。




 思わず感極まって棗を抱きしめると、棗が腕の中でくすぐったそうにくふくふと笑う。本当は俺の方が修学旅行中棗不足で死ぬんじゃないかと思うくらいだが、可愛い棗も俺がいなくても我慢するのだ。俺も我慢するっきゃない。すっげえ良いお土産買って来よ。





 事の成り行きをやや不安そうに見ていた両親も、俺と棗が互いに約束を交わしたことで安堵した様子だった。父さんに関しては涙ぐんでいる始末。うーん、父さん泣き上戸だなぁ。
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