俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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 強い眩暈がした。走馬灯みたいに記憶が流れ込んできて、クラクラする。








「成瀬君大丈夫?すっごい汗出てるけど……」








 先輩の心配する声が水の中みたいにくぐもって聞こえた。冷や汗と震えが止まらない。







「だ、いじょうぶ……です」







 なんとか切れ切れに返すけど、頭痛がひどくて仕方ない。チカチカと明滅する景色に、思わず顔を顰める。





 型を、拾わなきゃ。しゃがんで手を伸ばそうとしたら、床が歪んだ。
























 
 ──────あ。




















その、直後。
 


 

「成瀬君っ!?」







 ぐらり、と視界が暗転して、俺の意識は途切れた。




















────────







「う、ん……?」






 起きたら保健室のベッドだった。どうやらあまりに一気に色々思い出したせいで俺の脳みそが処理できなくなって倒れたらしい。ベタだなぁと思いながら体を起こす。誰が俺を運んでくれたんだろ。

 周りを見回すが、保健室の先生はいなかった。



 思わず両手で顔を覆う。







「はああああああ……マジか」









 どうして忘れていたのか分からない。その事件がどれほど大きなものか、読んだ当初俺には分からなかったにも関わらず、ずっとあのシーンの描写だけは脳裏に焼き付いて離れなかったのに。夢に出そうだなって思って、一時はそのページを開かないように距離さえとっていたというのに、俺は忘れていた。





 原作でも、近所で猫が連続的に惨殺される事件が起きる。





 最初はすごく簡単に、1行、『この辺りでは最近、猫が惨殺される事件が起きているらしい。』と一言あって、そこではそれ以上この事件について語られることはない。読者もふーんで流すくらいの、そんな記述。すぐに颯斗の日常とかそういう描写で埋もれて記憶にも残らなかった。







 しかし、冬になるとそれは、唐突に起こった。







 真冬。生徒会で遅くまで残っていた颯斗は、学校帰りに通った公園の中で猫が死んでるのを見つけてしまうのだ。





 その頃にはもう猫の惨殺が落ち着いてきていて、颯斗の周りでも話題になることはなかった。けど、そんな時に腹を割かれた猫を見て、颯斗は。







 自分が異常であることを、自覚してしまう。




 



 サディストとサイコパス、その両方の欲が自分の中にあることに気がついて、気分が昂る。この日以来、颯斗は自分のことを化け物だと思って生活するようになり、誰かを殺す、何かに苦痛を与える、その二つが自分の退屈を満たすことになると考えるようになった。そう、この時から颯斗の脳内描写は大体イマジナリー颯斗による殺人が垣間見えるようになる!



 告白してくる女の子に対しても殺したらどういう顔をするかとか、ウザ絡みしてきたクラスメイトに対して今このシャーペンで聴覚や視覚を奪ったらとかそんなことばっかり考えるようになってしまうわけだ。




 非常にまずい。俺は今までそうならないように動いてきたのに、これで颯斗が最強サディストサイコパスになってしまったら今までの俺の努力は泡だし、それどころか殺される未来に繋がってしまう!!!




 くっそ、俺の馬鹿野郎っ!!!なんでこんな大事なこと忘れてたんだよ!!







「いや、でも待て待て。今はまだ秋、事件が起きるのは冬だから、まだ何とかなるはず……」







 俺の記憶が正しければ、あの時原作軸では冬だったはず。颯斗がマフラーを巻く描写があったような気がする。多分、公園に雪が積もっていた、みたいな記述もあった。










 それなら、俺がすることはただ一つ、その日が来たら颯斗を絶対に公園には行かせないことだ。












 あれは確か、今年の冬に初の雪が降った日、とか書いてた気がするから、冬に初めて雪が降った日を俺は警戒するべきだ。その日は絶対に、颯斗と一緒に行動しなきゃならない。








 よし、よし。今後の方針が決まったぞ……。













 俺は絶対に、颯斗をサディストサイコパスにはさせない!!!!!

 












































































































♦︎♦︎♦︎





 

 それは、すでにモノだった。




 柔らかな毛の付いている、モノ。三角の耳、丸くて短い尻尾、小さな頭。その全てが、それが確かにこの世で生きていた生物だと訴えているのに、公園の外灯の明かりに浮かび上がる、バケツからぶちまけたような赤が、何より一番、それがかつて生き物だったことを証明していた。
颯斗は立ち尽くし、死体を見下ろした。今目の前で絶命しているそれが、おそらく渦中の猫惨殺事件の被害に遭った内の一体だとすぐに分かった。
 
 以前猫だったそれは、元はどんな毛色をしていたのかも分からないくらい、血に塗れていた。迷いなく横一直線に裂かれた腹から、鮮血と臓器の紅色が地面に飛び出ている。飛び散った血が、抵抗した跡であろう跳ねた毛を根元まで染めて、両目を開けたままの猫の顔までもを赤く染めていた。かろうじて血に染まっていない後ろ足は薄めのキャラメル色をしていて、それだけがまるでオモチャのように際立って見えて可笑しかった。
しゃがんで、手を伸ばす。腹部の裂傷に指を付けると、丸見えになった内臓のぬめりが伝わる。獣の臭いと、濃い血の臭い、そして何かが腐る臭い。吐き気を催すような不快な匂いが颯斗の鼻を刺激した。
 
 けれど、指は止まらない。臓器を掴んで、爪を立ててみたり、握ってみたり。溜まっていた血が吹き出して、公園の地面を黒くしていく。その上に薄い雪がはらり、はらり、と落ちていく。
 
 耳をつんざくような猫の悲鳴が聞こえてきそうだ、と颯斗はぼんやり思った。この猫はどのような状態で殺されたのか定かではないが、生きたままならきっと、凄まじい苦悶と痛みに、猫はけたたましく叫び声を上げたことだろう。


けれど、颯斗にはそれを可哀想だと思う感情はなかった。代わりに、どこからか泉のように黒く、止めどなく湧くものがあった。



















─────聞きたい。











 目の前のこの猫のように。大きな苦しみと痛みが混じって、どうにもならないものを嘆くその汚い鳴き声が聞きたい。自分が与えた苦痛にのたうち回って苦しむ様が見たい。それでも生きようとして頑張るのに、最後には殺されて絶望する様が見たい。









 ─────否、鳴き声ではなくて、生きた人間の、苦痛を感じている様と泣き声、嘆願、絶望、恐怖、全てに染まった顔が見たい。許して、助けてと絶叫する様が見たい。その声が聞きたい。







 びちゃびちゃっ、と音を立てて、手の中で破裂した臓器が血を撒き散らして地面に溶けた。強烈な血の匂いが鼻腔を突き抜ける。



 颯斗は、自分がこれまでにないほど興奮していることに気がついた。またあの何かを渇望するような欲が腹の中で龍のように暴れている。血のついた手で口元を押さえた。しかし堪えきれず口角が自然に吊り上がっていく。


 ずっとそうだろうと俯瞰していたが、今日それは決定的な事実だと気がついて、全て吹っ切れたような清々しさを感じた。




 暗闇に静かな笑いが落ちた。









「ああ、気分が良いな」       』










┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

⭐︎要は原作展開の回避が出来るのか────

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