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亘庵司は、東京に本家を置く歴史ある呉服屋の商家の長男である。
現代の衣料事情として、着物は敬遠されがちな傾向を持つ。亘の実家は由緒正しい商家であり、栄えたこともあったので今は大手百貨店などの大元として財を築いているが、世間一般の呉服店は経営難となっている。そういう意味で言えば、亘はかなり恵まれた生い立ちな方だろう。
が、それは第三者からの客観的意見にすぎない。
両親は亘が物心ついた頃から礼儀作法に厳しかった。着物を扱い、いずれ大手百貨店の元締めとなる以上、常に気品と丁寧さを求められてきた。食事に関するマナーや着物の着付け方も当然ながら叩き込まれ、外に出て服を汚すような遊びは徹底的に禁止。小学生になってやっとのことで得た外出権は、驚いたことに門限が四時だった。
また、容姿が男らしくなく、子供の頃はそれこそ見た目が女の子そのものだったこともあり、男らしい口調や振る舞いをすると両親は叱責した。
当然の結果、10歳を過ぎる頃には両親を困らせる反抗期を迎えていた。
と言っても、悪ガキのようにワガママで周囲を振り回すような反抗ではない。むしろ逆で、彼は正面切って暴力的反抗をすることは全く無かった。やったのは、両親の求める上品像からかけ離れた行動をすることであった。
門限は守らなくなり、口調も非常に男らしい粗雑なもの。聡明なためか何を言っても口達者に言い負かされ、最終的には興味なさげに自室に入って出てこなくなる。
初めは亘を改心させようとしていた両親も、亘が中学生になった頃にはますます手をつけられなくなり、終には諦めてしまった。
中学3年の夏、帰宅した亘に部屋の奥から顔を覗かせた母親がおかえりなさい、と声をかけた。
亘は肩に掛けていたバッグを玄関に下ろし、中から柔道着を引っ張り出しながら呼びかけにただいま、と返すところだった。引っ張り出した柔道着を洗濯ネットに入れて洗う準備をしている亘に、彼女は溜め息を吐いた。
中学に入ってすぐ亘が入部したのは柔道部。親の承諾として印鑑を押す場面では全面戦争になったが、結局息子の徹底した反抗に折れて入部を許可してしまった。そして驚くことに柔道の才能があった息子は入部して一年で全国大会に出場し、中2の冬には全国覇者となり、現在では柔道部の主将を務めている。この頃になるともはや両親は亘に上品を求めることはしなくなった。
「庵司。あなた、進路は決まっているのですか?」
「まだ。別にどこでも良いし、俺が適当に決める」
中学3年。進路を決め、勉強を始める大事な時期だ。にも拘らず、未だに進路を定めていない息子に亘の母は大きな不安を抱えていた。洗濯機に洗剤を注ぐ後ろ姿に問いかけると、何ともドライな返事が返ってくる。眉を顰めて言い返した。
「適当だなんて……あなたの人生を象徴する大事な経歴なのですよ?どこでも良いで済ませられることでは…」
「どう転んでも俺はこの家の跡継ぎだろ?あんた達、何としてでも俺にこの服屋継がす気だし」
「それは…あなたが、幸次には継がせるなと言ったから、」
「当たり前だろ。幸次を巻き込んだら許さない」
彼女が狼狽えながらその名を口にした時、亘は刺すような視線で睨む。眼光に立ちすくむ様を一瞥すると、亘は「親父にも言っといて。幸次を巻き込むなって」と吐き捨てて自室に引っ込んだ。
亘の母は雷が落ちなかったことに思わずホッと胸を撫で下ろした。
幸次は、亘の弟である。
長男の庵司とは5歳差で、現在小学4年生だが兄とはまるで性格が違いおどおどとしていることが多い。家ではよく喋るのだが、学校では気弱だと担任教師から聞いた。両親からすれば、兄に似て反抗的な態度をとっているわけではないので全く問題ないのだが、消極的で内気な幸次はどうやら学校に友達もあまりいないらしかった。
そんな真逆の性格の幸次のことを、亘は誰よりも気にかけていた。両親はあまり知らないのだが、幸次によると勉強の合間に部屋に来て一緒に遊んでくれたり、友達を作るための相談にも乗ってくれるそうだ。それを聞いた時は夫婦揃って信じられない思いだったが、そういうわけでしっかり『お兄ちゃん』をしている亘は幸次の中で尊敬対象であり、大好きな存在だった。柔道をしている点も憧れる要因の一つだ。
自室に戻った亘は、鞄とネクタイを投げ出すと、引き出しからプリントを取り出した。
願書 私立降魔学園高等部。
本当は既に、高校を決めていた。偏差値78のエリート校。情報によると、降魔学園は初等部から大学院まである巨大な私立の名門校で、通う生徒の8割は有名人や重役の子供で内部進学者らしい。設備も充実しており、特待生制度などを利用すればほとんどお金をかけないで3年間過ごすことも可能だった。
しかし、亘が惹かれたのはそこではない。
パンフレットに踊る『全寮制男子校』の文字。
全寮制、これが決め手だった。どうせ最後にはこの呉服店を継ぐことになるのだから、それまでは誰にも干渉されずに過ごしたい、と言うのが亘の本音だった。
学校の位置も県境の山の中、という最高の条件。交通アクセスを理由にすれば実家に帰る必要もなくなるのでは?最高だな。
亘にとって他にない最優良校だった。偏差値は高いが、学校でも秀才と教師陣に言わしめる彼にとってこのくらいは造作でもない。実は両親には黙ってかなり前から受験勉強はしていた。
全ては自分のために。
そして秋頃、いよいよ最終決定という時になって初めて亘は両親に願書を突きつけたのである。
当然、両親はなんの予告もない進路発表に驚いたのだが、それよりも更に彼らが驚愕したのが亘の態度である。
あれだけ口酸っぱくして言っても一向に応じなかった息子が、何と懇切丁寧な口調で話しているではないか。
そう、亘は今回、この進路決定にあたり確実に受け入れさせるためにあえて両親の前で彼らの描く理想の自分を作り上げたのである。これがいわゆる、亘の仮面であった。
流石に自分の息子なので亘のそれが演技だとは分かっていた二人だったが、あまりにその振る舞いが彼らの理想であったため結局いつものように折れて、亘は権利を勝ち取った。
そして当たり前のように合格し、やっと両親としばらくおさらば出来る、と亘はこの時までは思っていたが、後に幸次があまりにも泣きそうな顔をしていたためうっかり夏休みと冬休みには帰ってくると約束してしまった。亘家の人間は自分含め、みんな実はチョロいのではと思ってしまったのはここだけの話である。
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