ボケ老人無双

斑目 ごたく

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冒険の始まり

暴発

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「ああああぁぁぁぁ!!?完全にバレてるぅぅぅ!!!」

 悲痛な叫び声を上げ、カレンは降り注ぐ石礫から頭抱えて逃げ惑っている。
 それは彼女の秘密が、完全にバレてしまった事を意味していた。

「えぇ、そうですよ!そうですとも!!私は魔法を遠くに放つなんて、器用な芸当出来ませんとも!!仕方ないでしょ、独学なんだから!!ここまで出来るようになっただけでも、褒めて欲しいくらいよ!!」

 細身のゴブリンが推測したように、カレンは魔法を遠くに放つことが出来なかった。
 それは彼女が独学で魔法を学んでおり、そうした技術を体得していなかったためであったが、この状況ではそれが致命的にもなりかねなかった。

「ふぉ?おぉ・・・今日は石が降るんか。不思議な事もあるもんじゃなぁ・・・」

 そこら中からカレンに向かって石が投げつけられている状況に、そこから逸れてしまった石が他の者の頭の上にも降り注いでいた。
 そんな中の一つを頭へと受けたトージローは、上を見上げるとそこに降り注ぐ石の姿を目にする。
 そして彼はそんな不思議な光景に、しんみりと感想を漏らしていた。

「不思議な事もあるもんじゃなぁ・・・じゃない!!トージロー、それ攻撃だから!!攻撃が当たってるから!あんたも攻撃されたんだから、反撃しなさいよ、反撃!!分かる?反撃よ、は・ん・げ・き!!」

 ぼんやりと石の雨が降り注ぐ頭上を見詰めるトージローの姿に、カレンはその瞳を輝かせると頻りに声を上げている。
 それは例え流れ弾とはいえど、彼にも攻撃が向けられたという事実を目にしたからだ。
 カレンはそれを理由に、何とかこの戦闘にトージローも引き込もうと言葉を重ねる。

「むぅ、どうしたのかねお嬢ちゃん、そんなに大声を上げて・・・おぉ、そうかそうか!傘がないんじゃな!そりゃそうじゃ、こんな天気で傘がなければ・・・どれ、わしの傘がこの辺りに」

 しかしそんな彼女の努力も空しく、トージローは見当違いの事を話し始めてしまっていた。
 カレンの事を心配して傘を探し始める彼は、自らの腰の辺りを何やらごそごそと探り始めている。
 そこにあるのは、今回のためにカレンが奮発して用意した彼の得物だけであり、目当てのものが見つかる筈もなかった。

「だーーー!!傘なんていらないのよ!!いいから、あんたも戦いなさいよ!!」

 トージローの惚けた振る舞いに、カレンは頭を抱えて嘆いている。
 そしてそんなトージローの振る舞いに、ゴブリン達は完全に彼の事を戦力外だと認識していた。

「あぁ、もういい!!分かったわよ、分かりました!!私一人で何とかすればいいんでしょ!?やってやるわよ、こんくらい!!」

 完全にこの戦闘に参加する気のないトージローの振る舞いに、カレンはついに彼を巻き込むことを諦めて覚悟を決める。
 そして隠れていた木の影から前へと躍り出てきた彼女は、その両手に杖を握り締めている。

「こん、ちくしょーーー!!!」

 両手で杖を握り締めたカレンは、それを振り上げながら鬼の形相でゴブリンに向かって突撃していく。
 その間にもゴブリンはカレンに向かって石を投げつけていたが、彼女はそれに怯むことはない。
 今もそのこめかみ命中した石に、出来た傷口から血が垂れる。
 彼女は伝ったそれをペロリと舐め取ると、さらに凶暴な表情でゴブリンへと向かう。
 その迫力に、ゴブリン達の方が怯んでしまっていた。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・見なさい、やってやったわよ。どんなもんよ・・・!」

 荒い息にその胸を上下させ、血まみれな杖を地面へと突き刺して何とかその体重を支えているカレンが見下ろす先には、幾つものゴブリンの死体が転がっている。
 それらの姿を見下ろしながら、カレンは噛みしめるようにして勝利の余韻に浸っていた。

「あーーー、疲っれたぁ・・・何匹か逃げられたけど、もうそんなのどうだっていいや。今はとにかく、休ませて・・・」

 体重を預けていた杖から身体を離し、ふらふらと何歩か後ずさった彼女は、その背中を木へと預けるとそのままズルズルと腰を下ろしていく。
 そうして両足を投げ出したカレンは長々と息を吐き出すと、明後日の方向へと顔を向ける。
 恐らくそちらの方にゴブリンが逃げ出したのだろうが、今の彼女にはそんな事どうでもいいことであった。

「あぁ、でもそうか・・・討伐の証を回収しとかないと・・・死んだ後に暫らく放っておくと、切り取り辛くなるって確か誰かが・・・あれ?それって別の話だったっけ?まぁいいや、とにかく回収を・・・ゴブリンは、耳の先端だっけ?」

 完全に脱力した様子で木の根元へと座り込んでいたカレンは、まだ仕事が終わっていないのだと思い出すとのろのろとそこから立ち上がる。
 彼女達が今回引き受けた依頼は、ゴブリンの討伐だ。
 それならば確かに果たしたといえる状況であったが、それを証明する証拠を彼女はまだ手にしてはいなかった。
 魔物の討伐の証拠として切り取る部位はその種類によって様々だが、ゴブリンの場合はその特徴的な尖った耳であった。
 その尖った耳はゴブリンの数多ある種類によっても特徴が分かれ、また住む地域による肌の色の変化なども現れやすいという事もあって、その部位を切り取る事となっていた。

「はぁ、面倒臭い・・・こんな事しなくたって、これだけ倒しましたっていえばそれでいいじゃない?まぁでも、こんだけいれば依頼には十分よね?早速・・・」

 疲れた身体に鞭打っての回収作業に、カレンはぶつぶつと文句を零している。
 彼女は腰にぶら下げていた鞄から小ぶりなナイフを取り出すと、それを抱えてゴブリンの死体へと歩み寄っていく。
 確かにその数は、彼女の言う通り依頼の達成には十分な数があるようだった。

「あん?何よトージロー、剣なんて抜いちゃって。今更やる気になってももう遅いっての!やる気になるならもっと前に・・・」

 ナイフを手にし、カレンはゴブリンの死体へと跨る。
 そんな彼女の背後に、ふらりとトージローが近づいてきていた。
 彼の手には、先ほどの戦闘中には手すらかけなかった剣が握られていた。

「え、ちょっと何よ・・・?だから戦闘はもう終わったんだって!もう敵なんていないから、トージロー!それを仕舞いなさい!!」

 今更それを握り、死んでしまったゴブリン達へと近づいてくるトージローの姿に、カレンは呆れ果てた表情を見せて溜め息を漏らしている。
 しかしそんな緩んだ空気も、彼が止まることなく徐々に近づいてくれば話は違う。
 いくらただのボケた老人にしか見えなくとも、トージローは間違いなく勇者であり、とんでもない力を秘めているのだ。
 そんな男が、その手に得物を持って近づいてきている。
 それは先ほどまでのゴブリン達とは比較にならないほどの、圧倒的な迫力であった。

「ちょっと、あんたまさか・・・あれだけ苦労して倒したのよ!?お願い止めて、トージロー!!やるならせめて、証を切り取ってから・・・!!」

 ゴブリンの方へと真っ直ぐに向かうトージローの姿は、それを敵と認識してのものか。
 カレンは必死にもう戦闘は終わったのだと訴え、彼に剣を仕舞うように指示を出すが、それも空しく響くだけ。
 トージローは彼女の目の前で、ゆっくりとその剣を振りかぶる。
 その剣の威力は、素手の状態ですら大魔王エヴァンジェリンを消し飛ばした彼の力に明らかだろう。
 そんなものに掛かれば、カレンが苦労して倒したゴブリン達など、その討伐の証を回収するまでもなく消し飛ばされてしまう。
 それだけでもせめて回収させてくれと、カレンは訴えかけていた。

「ひっ!?」

 しかしそんな訴えも空しく、トージローは剣を振り下ろす。 
 その目にもとまらぬ速さに、カレンは小さく悲鳴を上げると、頭を抱えて蹲ってしまっていた。

「あぁ・・・やったわね、やったくれたわねトージロー!!あんなに頑張ったのに、どうして・・・あれ?」

 振り下ろされた剣にも、その背後に破壊の気配はない。
 しかしそれこそが、余りにも圧倒的な破壊が行われた証左なのだと、カレンは過去の経験から既に知っていた。
 そして苦労して手に入れた成果が台無しにされてしまった嘆くカレンは、それを叫びながらゆっくりと振り返る。
 しかしそこには予想外の光景が広がっており、彼女はそれを目にして固まってしまっていた。

「何ともない・・・?何で・・・?」
「お嬢ちゃん、危ないぞい」
「え?きゃあ!?」

 カレンの目の前には、先ほどと何ら変わる事のない光景が広がっている。
 それを目にしたカレンは、信じられないと目を丸くしている。
 そんな彼女に、トージローがその足元を示しながら声を掛けてくる。
 その声に足元へと目を向けた彼女が目にしたのは、その身体を真っ二つにされた蛇の姿だった。

「え、何?トージロー、あんたこれをやっつけてくれたの?何よ、それぇ・・・」

 トージローが剣を振るったのは、その蛇を仕留めるためだった。
 それを知ったカレンは、力が抜けるようにその場へと崩れ落ちていく。

「はー、良かったぁ・・・あ、上にいたの?それならそうと早くいってよぉ・・・」

 顔を上に向けては、そこに蛇がいたと示すトージローに、それならそうと早くいえとカレンは愚痴を零している。

「ん?待てよ・・・トージローあんたもしかして、そういう感覚も鋭かったりするの?」
「ほぁ?」

 しかし彼女はやがて気づいていた、そんな自分では全く気づくことの出来なかった野生動物の息吹を、トージローがあっさり見破ったことを。
 それは、彼の鋭い感覚を示している。
 それを尋ねるカレンの言葉に、トージローはぼんやりと首を傾げていた。

「はいはい、分かんないわよね。あーもう!これ絶対、感覚とかも普通の人とは比べ物にならないぐらい鋭い奴じゃん!!くぅぅ・・・!!ボケてさえいなければ、ボケてさえいなければ・・・!!」

 的の得ないトージローの反応にも、先ほどの行為は彼の鋭い感覚を証明するものであった。
 それを知ったカレンは地面へと蹲り、そこへとこぶしを何度も叩きつけては悔しがっていた。
 圧倒的な力を備え、超人的な感覚をも兼ね備えている、そんな完璧な勇者に付き従えば栄光は約束されたも同然だ。
 たった一つ、彼がボケてさえいなければ。

「うぅ、風が出てきたな。早く回収して帰りましょ、トージロー・・・トージロー?」

 森の中に吹いた風に、カレンは思わず身体を震わせる。
 思えば、ずいぶん時間も経ってしまっている。
 彼女はさっさと討伐の証を回収しようと立ち上がり、トージローへと声を掛ける。
 しかしその視線の先の彼は、何やら上を見上げ、鼻をひくひくとひくつかせてしまっていた。

「ふぇ、ふぇ・・・」

 それは、くしゃみの前兆だ。
 そしてくしゃみとは往々にして全身が連動してしまうもので、例に違わず彼もその全身を仰け反らしていた。
 握りしめたままの剣を、大きく振り上げて。

「ちょ、ちょっと待って!?あんたまさか・・・堪えなさい!!堪えられないんなら、せめてそれをしまって―――」

 彼が剣を振り上げるその先には、ゴブリンの死体が転がっている。
 その二つを見比べたカレンは、必死に彼を止めようとしている。

「ふぇっくしょん!!!」

 しかしそれは、叶う事はない。
 トージローは豪快にくしゃみをかまし、彼は握りしめた剣をも全力で振り下ろしていた。
 圧倒的なその力が、解放される。



「あぁぁぁ・・・あああぁぁぁ・・・あああああぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 地面に跪き、その両手をそこへとついているカレンの目の前には、何もない景色が広がっていた。
 そこにあった筈のゴブリンの死体も、その先に広がっていた森の木々すらも、何もない光景が。

「何で、何で・・・何でこうなるのよぉぉぉぉ!!!!」

 何もない景色に、カレンの悲痛な叫び声が響く。

「ふぇ、ふぇ・・・へっくしゅん」

 その背後では、再び鼻をひくひくとさしていたトージローがくしゃみをしている所であった。
 それは小さく、幸運なことに再び悲劇を起こすことはなかった。
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