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栄光時代
勘違い
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「お爺様が冒険者だった!?」
テーブルを叩いたカレンの手によって、その上に並べられていた食器がかちゃりと音を立てる。
その勢いのまま立ち上がった彼女の視線の先には、すっかり食べ終えられた食事の跡が並んでいる。
そんな後はデザートを待つばかりとなったテーブルに、デリックは何か温かな飲み物を一口啜ると、顔を上げカレンへとその目を向けていた。
「それも、この国のトップのな・・・てーかよ、これさっきも言っただろ?」
「えっ?あ、はい・・・その、何かお腹一杯なったら驚きがぶり返してきちゃって。すいません」
ティーカップをソーサーへと戻し、一息ついて温かな飲み物から立った湯気が晴れるのを待ったデリックは、それを告げる。
テーブルへと両膝をつけ、重々しくそれを告げた彼はしかし、今度は椅子へと体重を預けると、それはもう言っただろと軽い調子で手を振っていた。
そんな彼の言葉にスルスルと椅子に戻っていくカレンは小さくなると、つい興奮してしまったのだとデリックに謝っていた。
「ま、驚きたくなる気持ちも分かるがね。あのおっさん、引退してからはすっかり司祭面してたんだろ?そりゃ、驚くわな」
「は、はい・・・そんな話、聞いたこともありませんでした」
とっくに聞いた話にも拘らず、彼女が今更立ち上がり大声まで上げてしまったのは、それがそれだけ驚きの事実であったからだ。
カレンが知る、祖父エセルバードは厳格な神官であった。
それが若い頃に、それと真逆の存在である冒険者をやっていなど俄かには信じられない。
ましてや、それで国のトップにまで上り詰めていたなど、すぐには信じられる筈もないことであった。
「ああ見えて、若い頃には結構滅茶苦茶やってたんだぜ?いつだったかは、遠い異国の姫さんとな・・・」
「えっ、えっ!?お爺様が外国のお姫様と!?そ、それで!?どうなったんですか!?」
内緒話をするようにカレンへと顔を寄せ、手の平で口元を隠したデリックは、彼女の祖父の昔話を語ろうとしている。
その内容が乙女心を刺激したのか、カレンは目を輝かせてはテーブルに身を乗り出し、激しい食いつきを見せている。
「っと、こいつは今話す事じゃねぇな。今聞きたいのはカレン、あんたの連れの話だ」
「えっ!?異国の姫との話は・・・?」
「あん?今はそれどころじゃねぇって言ってんだろ?」
「あ、はい。そうですよね・・・うぅ、分かりました」
しかしここにカレンを呼び出したのは別の目的だったと思い出したデリックは、その話しの続きを話すことなく、別の話題へと移ってしまう。
そんな彼に、カレンは未練がましく祖父の昔話をねだっていたが、それはにべもなく却下されてしまっていた。
「それでだ、カレン。おっさんはな、元々何か目的があって冒険者になったらしいんだが・・・年を取ってからは、ある妄想にとらわれ始めちまってな」
「ある妄想?それって・・・」
「分かるだろ?勇者召喚って奴さ」
乙女心が漏れだしたカレンによって軽くなってしまった空気を引き締めるように、デリックは前へと乗り出すと真剣な表情を作っている。
そして彼は口にしていた、エセルバードとデリック、そしてカレンへと続く因縁の結末を。
「おっさんが何かを封印した一族だってのは知ってたが・・・いつからか、普通の人間の力じゃ到底届かないとか言い出してな。そんで異世界から勇者をしようっていう、トンデモ話にとらわれちまったのさ。あんだけの力を持っときながら情けねぇ話だぜ、全くよ」
「それじゃ、それで召喚されたのが・・・」
「あぁ、あんたの連れのトージローって訳だ」
エセルバードが力にとらわれた結果召喚されたのが、ボケてしまった老人であるトージローだった。
そう語るデリックは、どこか悔しそうであった。
「でだ、カレンお前・・・そのトージローが大魔王エヴァンジェリンを倒したって話してるそうじゃねぇか?」
「えっ!?は、はい・・・そうですけど。でも、全然信じてもらえなくて―――」
遠い昔の思い出話から、急にごく最近の苦い記憶の話へと移り変わり、カレンは表情を強張らせている。
カレンからすれば、それは余り触れられて欲しくない記憶だ。
そのためか、彼女はそれを語る際に何かを誤魔化すように後頭部に手を当てては、半笑いの表情を作っている。
「もうそんな嘘を吐く必要はないんだぞ、カレン」
そんなカレンのへらへらとした態度に、悲しげな表情を浮かべたデリックはテーブルへとこぶしを叩きつけると、重たい声に彼女に語り掛けていた。
「・・・へ?」
その瞳は、真摯にカレンの事を想ってのものだ。
しかしその瞳で彼が口にした言葉の内容に、カレンは意味が分からずに間抜けな声を漏らしてしまう。
嘘を吐くとはどういう事だろうか、自分はただ正直に事実を話して、それを誰にも信じてもらえなかっただけなのにと。
「カレン、お前はおっさんの夢を・・・妄想を叶えてやろうとしてるんだろ?異世界から召喚した勇者が、見事大魔王を倒しました・・・ていう妄想を」
デリックが語る言葉の意味がさっぱり分からない固まってしまったカレンの姿に、デリックはその肩を叩くと一人勝手に納得するかのように頷いている。
そして彼は彼女のこれまでの振る舞いに、あるストーリーを語り始めていた。
彼女が祖父の夢を叶えるために、自らを犠牲にしてまで頑張ってきたのだというストーリーを。
「えっ、えっ!?いや、あの・・・違くてですね、トージローは本当に・・・」
「いいんだ!それ以上言う必要はねぇ!分かってる、分かってるからなぁ・・・本当はおっさんとカレン、お前が協力して大魔王を倒したんだろ?そのおっさんから受け継いだ、霊杖ユグドラシルが何よりの証拠さ。そいつは持ち主を選ぶからな、ある程度の力の持ち主じゃなきゃ持つことも出来やしねぇ筈だ」
デリックによって勝手に進んでしまう話をカレンは必死に否定しようとするが、彼からすればそれすらも祖父の夢を守ろうとする健気な孫娘の姿に見えてしまうのだろう。
彼はカレンの肩へと再び手を伸ばすと、もう嘘を吐く必要はないのだと首を横に振っては、彼女に優しく諭すように語りかけていた。
「え、嘘!?倉庫の奥で蜘蛛の巣が張ってたこの杖が、そんなに凄い杖だったなんて・・・」
今までにデリックが語った内容も衝撃的だったが、今まさに彼が口にした事はカレンにとってはさらに衝撃的であった。
今は椅子の横に立て掛けている彼女の杖は、どう考えてもそこらにある普通の木製の杖にしか見えない。
そんな杖がとんでもない力を秘めた杖だといわれても、彼女にはすぐには信じられなかった。
「それでだ、カレン。お前はもう十分やったんだ、これ以上おっさんの妄想に付き合わなくてもいいんだぞ?お前は単独で、あのオーガトロルを倒せるほどの力があるんだ。もう十分、一人でやっていけるだろ?」
カレンが自らの得物の感触を確かめるように撫でていると、デリックが真剣な表情で語りかけてくる。
それはカレンに、もうこれ以上嘘を吐き続ける事はないのだと諭すものであった。
「えっ!?それは、その・・・何と言いますか・・・」
デリックはカレンがあの強力な魔物、オーガトロルを倒したと信じている。
そして彼女もこれ幸いとそれを否定することなく、冒険者としての昇級を受け入れてしまっていた。
その状況でこれ以上嘘を吐かないでいいと言われても、カレンは困ってしまう。
だってそうしたら、全てが破綻してしまうのだから。
「あはははっ!そ、そうですよね!!いやー、今までお爺様の夢を叶えるために頑張ってたんですけど、もう無理する必要はないかなーって!!」
そして彼女は嘘を吐く、もう嘘は吐かないと。
「おぉ、そうか!分かってくれたか!お前みたいな、有望な若者がいつまでもおっさんの妄想に付き合わされるのが見てられなくってな・・・おっ、丁度いいタイミングに来たな。さぁ、食え食え!ここのは飛び切りだぞ!」
後頭部に手を当てて、唇を引きつらせては自らの意見に同意するカレンの姿に、デリックは嬉しそうに声を上げると、手を叩いて喜んでいる。
そのタイミングで丁度運ばれてきたデザートの皿に、彼はそれをカレンへと勧めると、嬉しそうに笑いかけていた。
「わー、美味しそうだなー」
焼き上げたチーズケーキだろうか、四角く切り取られたそれを前に棒読みで喜びを告げるカレンは、スプーンを手に取ってはそれに手を伸ばそうとしていた。
何だか訳の分からないことになってしまった状況に、彼女の心を癒すのはもはやその甘いものしかないだろう。
「た、大変だー!!街の外に、街の外に魔物の群れがー!!誰が、誰か助けてくれー!!」
カレンが放心したような表情のままそれへと手を伸ばそうとしていると、建物の外から切羽詰まった声が響いてきた。
それは、魔物の来襲を告げるものであった。
カレンのすぐ近くから、椅子の倒れる音が響く。
「ったく、冒険者ってのは辛いねぇ。のんびり飯も食えねぇってか」
魔物の来襲の声に、デリックは素早く立ち上がると近くに立て掛けていた大剣を担いでいる。
彼は休憩の終わりを残念そうに呟いていたが、その表情はこれから始まる戦いへの期待に滾っているようだった。
「っと、そうだ。どうせならお前も一緒に行くか、カレン?俺が指導してやるよ」
「えっ、あの・・・」
そのまま店の外へと向かおうとしていデリックは、その途中で立ち止まるとカレンへと手を伸ばしては、一緒に行こうと声を掛けてくる。
そんな彼の言葉にカレンは、その手とスプーンの上のケーキを交互に見比べていた。
「やばいぞ、あの数は兵士だけじゃ・・・誰か、誰かいないのか!?」
吐いたばかりの嘘の続きと、目の前のデザートの間で迷うカレンの下に、再び切羽詰まった様子の声が響く。
「おっと、どうやらあんまり時間がなさそうだな。そら、行くぞカレン!あぁ、代金はツケといてくれ!」
「畏まりました、デリック様」
再び上がった住民の声に、もはやぐずぐずしている時間はないと悟ったデリックは、カレンの手を無理やり引っ張っては外へと向かっていく。
そうした事態は珍しくないのか、後払いを要求してくるデリックに対し、執事のような格好した老人は何の疑問もなく深々とお辞儀をしては、彼の事を見送っていた。
「あぁ~!?私のチーズケーキー!!?」
無理やり連れていかれるカレンは、残されたデザートへと未練がましく腕を伸ばしている。
そんな彼女の悲痛な叫びを聞きながら、先ほどの老人が早速とばかりに残された皿を片付け始めていた。
テーブルを叩いたカレンの手によって、その上に並べられていた食器がかちゃりと音を立てる。
その勢いのまま立ち上がった彼女の視線の先には、すっかり食べ終えられた食事の跡が並んでいる。
そんな後はデザートを待つばかりとなったテーブルに、デリックは何か温かな飲み物を一口啜ると、顔を上げカレンへとその目を向けていた。
「それも、この国のトップのな・・・てーかよ、これさっきも言っただろ?」
「えっ?あ、はい・・・その、何かお腹一杯なったら驚きがぶり返してきちゃって。すいません」
ティーカップをソーサーへと戻し、一息ついて温かな飲み物から立った湯気が晴れるのを待ったデリックは、それを告げる。
テーブルへと両膝をつけ、重々しくそれを告げた彼はしかし、今度は椅子へと体重を預けると、それはもう言っただろと軽い調子で手を振っていた。
そんな彼の言葉にスルスルと椅子に戻っていくカレンは小さくなると、つい興奮してしまったのだとデリックに謝っていた。
「ま、驚きたくなる気持ちも分かるがね。あのおっさん、引退してからはすっかり司祭面してたんだろ?そりゃ、驚くわな」
「は、はい・・・そんな話、聞いたこともありませんでした」
とっくに聞いた話にも拘らず、彼女が今更立ち上がり大声まで上げてしまったのは、それがそれだけ驚きの事実であったからだ。
カレンが知る、祖父エセルバードは厳格な神官であった。
それが若い頃に、それと真逆の存在である冒険者をやっていなど俄かには信じられない。
ましてや、それで国のトップにまで上り詰めていたなど、すぐには信じられる筈もないことであった。
「ああ見えて、若い頃には結構滅茶苦茶やってたんだぜ?いつだったかは、遠い異国の姫さんとな・・・」
「えっ、えっ!?お爺様が外国のお姫様と!?そ、それで!?どうなったんですか!?」
内緒話をするようにカレンへと顔を寄せ、手の平で口元を隠したデリックは、彼女の祖父の昔話を語ろうとしている。
その内容が乙女心を刺激したのか、カレンは目を輝かせてはテーブルに身を乗り出し、激しい食いつきを見せている。
「っと、こいつは今話す事じゃねぇな。今聞きたいのはカレン、あんたの連れの話だ」
「えっ!?異国の姫との話は・・・?」
「あん?今はそれどころじゃねぇって言ってんだろ?」
「あ、はい。そうですよね・・・うぅ、分かりました」
しかしここにカレンを呼び出したのは別の目的だったと思い出したデリックは、その話しの続きを話すことなく、別の話題へと移ってしまう。
そんな彼に、カレンは未練がましく祖父の昔話をねだっていたが、それはにべもなく却下されてしまっていた。
「それでだ、カレン。おっさんはな、元々何か目的があって冒険者になったらしいんだが・・・年を取ってからは、ある妄想にとらわれ始めちまってな」
「ある妄想?それって・・・」
「分かるだろ?勇者召喚って奴さ」
乙女心が漏れだしたカレンによって軽くなってしまった空気を引き締めるように、デリックは前へと乗り出すと真剣な表情を作っている。
そして彼は口にしていた、エセルバードとデリック、そしてカレンへと続く因縁の結末を。
「おっさんが何かを封印した一族だってのは知ってたが・・・いつからか、普通の人間の力じゃ到底届かないとか言い出してな。そんで異世界から勇者をしようっていう、トンデモ話にとらわれちまったのさ。あんだけの力を持っときながら情けねぇ話だぜ、全くよ」
「それじゃ、それで召喚されたのが・・・」
「あぁ、あんたの連れのトージローって訳だ」
エセルバードが力にとらわれた結果召喚されたのが、ボケてしまった老人であるトージローだった。
そう語るデリックは、どこか悔しそうであった。
「でだ、カレンお前・・・そのトージローが大魔王エヴァンジェリンを倒したって話してるそうじゃねぇか?」
「えっ!?は、はい・・・そうですけど。でも、全然信じてもらえなくて―――」
遠い昔の思い出話から、急にごく最近の苦い記憶の話へと移り変わり、カレンは表情を強張らせている。
カレンからすれば、それは余り触れられて欲しくない記憶だ。
そのためか、彼女はそれを語る際に何かを誤魔化すように後頭部に手を当てては、半笑いの表情を作っている。
「もうそんな嘘を吐く必要はないんだぞ、カレン」
そんなカレンのへらへらとした態度に、悲しげな表情を浮かべたデリックはテーブルへとこぶしを叩きつけると、重たい声に彼女に語り掛けていた。
「・・・へ?」
その瞳は、真摯にカレンの事を想ってのものだ。
しかしその瞳で彼が口にした言葉の内容に、カレンは意味が分からずに間抜けな声を漏らしてしまう。
嘘を吐くとはどういう事だろうか、自分はただ正直に事実を話して、それを誰にも信じてもらえなかっただけなのにと。
「カレン、お前はおっさんの夢を・・・妄想を叶えてやろうとしてるんだろ?異世界から召喚した勇者が、見事大魔王を倒しました・・・ていう妄想を」
デリックが語る言葉の意味がさっぱり分からない固まってしまったカレンの姿に、デリックはその肩を叩くと一人勝手に納得するかのように頷いている。
そして彼は彼女のこれまでの振る舞いに、あるストーリーを語り始めていた。
彼女が祖父の夢を叶えるために、自らを犠牲にしてまで頑張ってきたのだというストーリーを。
「えっ、えっ!?いや、あの・・・違くてですね、トージローは本当に・・・」
「いいんだ!それ以上言う必要はねぇ!分かってる、分かってるからなぁ・・・本当はおっさんとカレン、お前が協力して大魔王を倒したんだろ?そのおっさんから受け継いだ、霊杖ユグドラシルが何よりの証拠さ。そいつは持ち主を選ぶからな、ある程度の力の持ち主じゃなきゃ持つことも出来やしねぇ筈だ」
デリックによって勝手に進んでしまう話をカレンは必死に否定しようとするが、彼からすればそれすらも祖父の夢を守ろうとする健気な孫娘の姿に見えてしまうのだろう。
彼はカレンの肩へと再び手を伸ばすと、もう嘘を吐く必要はないのだと首を横に振っては、彼女に優しく諭すように語りかけていた。
「え、嘘!?倉庫の奥で蜘蛛の巣が張ってたこの杖が、そんなに凄い杖だったなんて・・・」
今までにデリックが語った内容も衝撃的だったが、今まさに彼が口にした事はカレンにとってはさらに衝撃的であった。
今は椅子の横に立て掛けている彼女の杖は、どう考えてもそこらにある普通の木製の杖にしか見えない。
そんな杖がとんでもない力を秘めた杖だといわれても、彼女にはすぐには信じられなかった。
「それでだ、カレン。お前はもう十分やったんだ、これ以上おっさんの妄想に付き合わなくてもいいんだぞ?お前は単独で、あのオーガトロルを倒せるほどの力があるんだ。もう十分、一人でやっていけるだろ?」
カレンが自らの得物の感触を確かめるように撫でていると、デリックが真剣な表情で語りかけてくる。
それはカレンに、もうこれ以上嘘を吐き続ける事はないのだと諭すものであった。
「えっ!?それは、その・・・何と言いますか・・・」
デリックはカレンがあの強力な魔物、オーガトロルを倒したと信じている。
そして彼女もこれ幸いとそれを否定することなく、冒険者としての昇級を受け入れてしまっていた。
その状況でこれ以上嘘を吐かないでいいと言われても、カレンは困ってしまう。
だってそうしたら、全てが破綻してしまうのだから。
「あはははっ!そ、そうですよね!!いやー、今までお爺様の夢を叶えるために頑張ってたんですけど、もう無理する必要はないかなーって!!」
そして彼女は嘘を吐く、もう嘘は吐かないと。
「おぉ、そうか!分かってくれたか!お前みたいな、有望な若者がいつまでもおっさんの妄想に付き合わされるのが見てられなくってな・・・おっ、丁度いいタイミングに来たな。さぁ、食え食え!ここのは飛び切りだぞ!」
後頭部に手を当てて、唇を引きつらせては自らの意見に同意するカレンの姿に、デリックは嬉しそうに声を上げると、手を叩いて喜んでいる。
そのタイミングで丁度運ばれてきたデザートの皿に、彼はそれをカレンへと勧めると、嬉しそうに笑いかけていた。
「わー、美味しそうだなー」
焼き上げたチーズケーキだろうか、四角く切り取られたそれを前に棒読みで喜びを告げるカレンは、スプーンを手に取ってはそれに手を伸ばそうとしていた。
何だか訳の分からないことになってしまった状況に、彼女の心を癒すのはもはやその甘いものしかないだろう。
「た、大変だー!!街の外に、街の外に魔物の群れがー!!誰が、誰か助けてくれー!!」
カレンが放心したような表情のままそれへと手を伸ばそうとしていると、建物の外から切羽詰まった声が響いてきた。
それは、魔物の来襲を告げるものであった。
カレンのすぐ近くから、椅子の倒れる音が響く。
「ったく、冒険者ってのは辛いねぇ。のんびり飯も食えねぇってか」
魔物の来襲の声に、デリックは素早く立ち上がると近くに立て掛けていた大剣を担いでいる。
彼は休憩の終わりを残念そうに呟いていたが、その表情はこれから始まる戦いへの期待に滾っているようだった。
「っと、そうだ。どうせならお前も一緒に行くか、カレン?俺が指導してやるよ」
「えっ、あの・・・」
そのまま店の外へと向かおうとしていデリックは、その途中で立ち止まるとカレンへと手を伸ばしては、一緒に行こうと声を掛けてくる。
そんな彼の言葉にカレンは、その手とスプーンの上のケーキを交互に見比べていた。
「やばいぞ、あの数は兵士だけじゃ・・・誰か、誰かいないのか!?」
吐いたばかりの嘘の続きと、目の前のデザートの間で迷うカレンの下に、再び切羽詰まった様子の声が響く。
「おっと、どうやらあんまり時間がなさそうだな。そら、行くぞカレン!あぁ、代金はツケといてくれ!」
「畏まりました、デリック様」
再び上がった住民の声に、もはやぐずぐずしている時間はないと悟ったデリックは、カレンの手を無理やり引っ張っては外へと向かっていく。
そうした事態は珍しくないのか、後払いを要求してくるデリックに対し、執事のような格好した老人は何の疑問もなく深々とお辞儀をしては、彼の事を見送っていた。
「あぁ~!?私のチーズケーキー!!?」
無理やり連れていかれるカレンは、残されたデザートへと未練がましく腕を伸ばしている。
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