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希望はのんびりスローライフ
クロードの力
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背中を伝わるでこぼこが、叩いた痛みに腰を跳ねさせた。
誰かが呼ぶ声がして、この重い目蓋を開く気にもなる。
木々の間を流れる雲が、高速で通り過ぎていく梢に逆らってゆっくりと動いていた。
「クロード様、早く何かに掴まってください!!その先は危険ですっ!!」
「うおっ!?どういう状況、どういう状況だこれっ!?」
クラリッサな悲痛な叫びに意識を取り戻したクロードは、身体を一度跳ねさせると混乱に頭を振り回した。
彼は咄嗟に近くに通った木の根を避けてしまう、高速で滑っている状況に危険を避けるのは本能だが、今の状況においては間違った判断ともなる。
「もう時間がありません!急いでっ!!」
「クロード!!あんたの力でどうにかできないの!!」
クラリッサの叫びは次第に焦りの色を帯び始める、彼女は木々の間を渡りながら慎重にクロードに向かって近づいてきていた。
クロードにその力を使えとアドバイスしてきたエミリアは、今にも彼へと飛び出し行きそうなアンナの事を必死で抑えている。
「俺の力!?そうかっ!なにか・・・なにかないかっ!?」
エミリアの声に自らの力を思い出して、必死に辺りへと視線を巡らせるクロード。
彼の手の届く範囲には、木々や雑草、小石といったものしかなかった。
「集めれば何とかなるか・・・?くそっ、全然足りない!」
周辺から雑草や小枝を手の届く範囲で集め始めたクロードは、まるで足りないその量に悪態を吐く。
彼はうつ伏せになったお腹の辺りに集めた資材を纏めると、再び周りへと手を伸ばす。
「待てよ・・・もしかして、出来るんじゃないか?ロープを」
伸ばした手を途中で止めたクロードは、何かに気づいたように独り言を漏らす。
彼は左手で集めた資材へと触れると、周りを見渡し静かに作りたい物の名を口にする。
薄い光が彼の身体から溢れ、それは滑り落ちる速度に従って周りへと広がっていった。
「・・・うまくいったか?おおっ、出来た出来た!!」
結果を知る事を恐れてか、目蓋を閉じていたクロードがその目を開くと、そこには新品のロープが握られていた。
クロードはその事実に無邪気に喜ぶと、出来立てのロープの感触を握っては確かめている。
「クロード様、早く!早くそれを投げて!!」
「お、おうっ!そうだな、それっ!!」
気づけばクロードの進むすぐ先には光が溢れ、森が途切れ始めていた。
クラリッサの焦った声は、迫る危険を教えている。
その声にクロードは慌ててロープを投げつける、それはこちらへと手を伸ばすクラリッサを狙っていた。
「・・・うん。そうだよね、届くわけないよね」
必死にこちらへと近づいてくるクラリッサも、その距離はまだ遠い。
クロードが必死に投げつけたロープは、彼女の随分手前の木へと引っかかっていた。
どうしようもない状況に、クロードの諦めの声だけが静かに響く。
強烈な光が広がり、彼の身体は森を飛び出していた。
「にいやんが危ない!イダ!!」
「・・・分かった」
クロードとクラリッサのやり取りから、彼の危険を察知したティオフィラはイダへと声を掛ける。
明らかに言葉の足りない彼女の合図にも、イダは即座にその意図を理解して彼女の手を引いた。
「いっくにゃー!!!」
「・・・飛んでけ」
イダの身体の上に乗っかったティオフィラは、その足へと自らの足を合わせる。
ヘッドスプリングのような体勢になったイダは、ティオフィラの合図と共に全身の力を解き放っていた。
自身も身体を縮めていたティオフィラは、全身のバネを躍動させると高く飛び上がる。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃぁ・・・にいやんはどこかにゃ?」
木々の間を次々に飛び移っていくティオフィラは、下った坂に木へと掴まると周りを見渡した。
彼女を打ち出したイダはコロコロと転がると、近くの木にぶつかってはそれにはしっと掴まっていた。
「ティオフィラ!あれをっ!!」
「にゃ?分かったにゃ!!」
木々を伝うティオフィラの存在に気がついたクラリッサが、彼女へと指示を出す。
それは、木の根っこに引っかかったままのロープを示していた。
長さには随分余裕があったそれは、滑り落ちているクロードにも今だにそこに留まっていた。
「にゃ~、これをどうすればいいにゃ?」
木々を飛び移り、素早くそれが引っかかっている木の根元までやってきたティオフィラは、ロープを掴むと首を捻る。
「引っ張って!ティオ、こうこう!!」
「・・・こんな感じ?」
彼女の反応に、クラリッサは必死に腕を動かして見本を見せている。
クラリッサの動きを見よう見まねで真似始めたティオフィラは、力強く頷く彼女の仕草に嬉しそうに笑うと、そのスピードを速め始めた。
「ティオ、こっちに!」
「・・・これ?はいにゃ!!」
ティオフィラの近くまで来ていたクラリッサは、彼女が引っ張るロープに余りが出来てきたのを見ると、こちらに寄越すように声を掛ける。
首を傾げながら一度確認の声を上げたティオフィラは、それに頷いたクラリッサを見るとそれを投げて寄越す。
片手で掴まった木にそれをどうにか掴まえたクラリッサは、それを木に括り付けると自分でも引っ張り始める。
たっぷりと弛みの残っていたロープが、徐々にぴんと張り詰めていっていた。
「クロード様、しっかりとロープを持っていてください!!」
「にいやん、しっかり持つにゃー!!」
「お、おうっ!!」
突如聞こえてきたティオフィラの声に戸惑うクロードも、言われたとおりロープを握り直す。
滑り落ちるスピードに、彼女らが巻き取る速度が弛んでいたロープを張らせていく。
その弛みはもう、なくなろうとしていた。
「弛みがなくなります、クロード様!!」
「分かってる!!ぐっ、がはぁっ!!?」
クラリッサの警戒の声に、返事を返したクロードは握る力を強くした。
ぴんと、張ったロープに衝撃を受けた身体が跳ねる。
瞬間に奔った痛みは骨をおかしくしたものだろう、癒す力がそれを即座に治しても弱まった握力はどうしようもない。
ロープの反動で一瞬だけ宙に浮いた身体は、すぐに地面へと叩きつけられていた。
「クロード様!!」
「にいやん!!」
「来るなぁ!俺なら大丈夫だ!!」
放されたロープに、宙に舞ったクロードの姿を見たクラリッサ達は即座に駆け寄ろうとする。
それを声で制したクロードは、言葉ほどは余裕なく辺りを必死に見回しては、何か使えるものはないかと探していた。
「なにかないか、なにか!なにか、使えるものは!!」
少しでも滑り落ちる速度を落とそうとしているクロードは、両手両足を全力で地面へと突き立てる。
固い土に削られる指はすぐに肉を失い骨を露出させかけるが、癒しの力がそれを治し続けていた。
それでもその痛みだけは誤魔化しようがない、食いしばる奥歯はいつか頬の肉をも食い締め始める。
「おいっ、おいおいおい!!それは聞いてねぇぞ!!!」
チラリと坂の下に目をやったクロードは、その目に飛び込んできた景色にしっかりと振り返る。
彼の目には、急流の川が映っていた。
その川は最近振った雨によって増水しているのか、濁った色の水が荒れ狂うように渦巻いていた。
「やばいやばいやばい!!崖になってるだけじゃないのかよ!!それなら最悪、死んでもって・・・くそっ!あれはやばいだろっ!!!」
流れる川の迫力に、急に焦りだしたクロードは口早に動揺を声に出していた。
無数の命のストックがある彼にとって単純な死よりも、継続的な苦痛の方が恐怖であった。
それが窒息の死を伴い、助かる術も思いつかないのであればなおさら。
「やばいやばいやばい、マジかよ!くそっ!!なにかないか、なにか・・・!」
必死に爪を立てる地面にも、深くなっていく坂の角度に大して意味もない。
周りを見回しても森から抜けた坂に、僅かに草が生えるばかりの場所では何も見つかる筈はなかった。
坂の終わりはもう、すぐ傍まで迫っている。
「待てよ・・・生物は素材に出来ないんだったな、ならもしかして・・・くそっ、頼むぞ!!」
呟いた独り言に、何かを思いついたクロードは僅かに身体を地面から持ち上げると、両腕をそれに押し付けた。
「『地面』を『砂礫』に!」
クロードの両手から広がる薄い光は、彼の望んだ範囲へと広がっていく。
それは彼が手をついた地面から、崖へと向けて扇を描いた。
「駄目か・・・?うおっ!!?」
それには、何一つ劇的なものはなかった。
薄く開けた目蓋に、何も変化が起こらない事に落胆しかけたクロードは、急にその身体を消してしまう。
砂に変わった足元に支えられる体重はない、下る坂の途中に急に登場した砂礫の山は、その角度のままに崩れていく。
「はははっ!!やった、やってやった!!けほっ、えほっえほっ、ちょっと・・・呼吸が」
砂礫の中に消えていく身体に、クロードは拳だけを突き上げて喜びの声を上げた。
その声も、すぐに砂に呑まれて消えていく。
呼吸に砂が混じりだして咳き込んだクロードは、呼吸の不全を訴える。
その声も、すぐに砂に呑まれて消えていった、彼の姿も。
「にゃははは!!にいやん、ずぼって、ずぼって落ちたにゃー!!」
「・・・すごい、なんて出鱈目な力なの」
クロードが力を振るう場面を目撃した二人は、それぞれに感想を口にする。
砂の中へと急に身体を沈めたクロードの姿がよほど面白かったのか、ティオフィラは腹を抱えて笑い転げていた。
震える身体を抑えるクラリッサは、抱きしめるようにその小さな身体に両手を這わす、その瞳には恐怖すら浮かんでいた。
「・・・まったく。滅茶苦茶ね、あいつ」
「私達には想像もつかないお方なの、クロード様は」
暴れるアンナを抑えていたエミリアは、目撃した事態に呆れるような溜息を吐いた。
彼女の言葉に反応したアンナはその瞳にただ純粋な尊敬を湛えて、彼を讃える言葉をうっとりと呟く。
「お~い・・・誰かぁ・・・助けてくれぇ」
「!クロード様をお助けしないと!皆、危ないからこのロープを伝ってきて!!」
クロードによって砂礫に変えられた坂の一部から、くぐもった声が響く。
その声に状況を思い出したクラリッサは、慌てて皆へと指示を出すと、自らはロープを握って慎重に下り始める。
「にゃははははは!!にいや~ん、ティオがすぐ行くにゃー!!!」
「ちょっと!ティオちゃん、危ないからっ!!」
笑い声を上げながら坂を駆け出していくティオフィラに、クラリッサは慌てて腕を伸ばすが間に合わない。
彼女はそのまま駆けていくと、砂礫となった部分へとダイブした。
「ふふっ、ティオったら・・・私たちも急ごう、エミリア」
「ロープの所までは慎重にね、アンナ」
ティオフィラの振る舞いに僅かに笑みを漏らしたアンナは、クロードの方へと歩みを進め始める。
彼女に従うエミリアは、早足になりかけていた彼女を制止すると、慎重に進むように促した。
「・・・皆、待って」
一人、離れた場所にいたイダの呟きだけが寂しく響く。
彼女は慎重に、ゆっくりと坂を下り始めていた。
誰かが呼ぶ声がして、この重い目蓋を開く気にもなる。
木々の間を流れる雲が、高速で通り過ぎていく梢に逆らってゆっくりと動いていた。
「クロード様、早く何かに掴まってください!!その先は危険ですっ!!」
「うおっ!?どういう状況、どういう状況だこれっ!?」
クラリッサな悲痛な叫びに意識を取り戻したクロードは、身体を一度跳ねさせると混乱に頭を振り回した。
彼は咄嗟に近くに通った木の根を避けてしまう、高速で滑っている状況に危険を避けるのは本能だが、今の状況においては間違った判断ともなる。
「もう時間がありません!急いでっ!!」
「クロード!!あんたの力でどうにかできないの!!」
クラリッサの叫びは次第に焦りの色を帯び始める、彼女は木々の間を渡りながら慎重にクロードに向かって近づいてきていた。
クロードにその力を使えとアドバイスしてきたエミリアは、今にも彼へと飛び出し行きそうなアンナの事を必死で抑えている。
「俺の力!?そうかっ!なにか・・・なにかないかっ!?」
エミリアの声に自らの力を思い出して、必死に辺りへと視線を巡らせるクロード。
彼の手の届く範囲には、木々や雑草、小石といったものしかなかった。
「集めれば何とかなるか・・・?くそっ、全然足りない!」
周辺から雑草や小枝を手の届く範囲で集め始めたクロードは、まるで足りないその量に悪態を吐く。
彼はうつ伏せになったお腹の辺りに集めた資材を纏めると、再び周りへと手を伸ばす。
「待てよ・・・もしかして、出来るんじゃないか?ロープを」
伸ばした手を途中で止めたクロードは、何かに気づいたように独り言を漏らす。
彼は左手で集めた資材へと触れると、周りを見渡し静かに作りたい物の名を口にする。
薄い光が彼の身体から溢れ、それは滑り落ちる速度に従って周りへと広がっていった。
「・・・うまくいったか?おおっ、出来た出来た!!」
結果を知る事を恐れてか、目蓋を閉じていたクロードがその目を開くと、そこには新品のロープが握られていた。
クロードはその事実に無邪気に喜ぶと、出来立てのロープの感触を握っては確かめている。
「クロード様、早く!早くそれを投げて!!」
「お、おうっ!そうだな、それっ!!」
気づけばクロードの進むすぐ先には光が溢れ、森が途切れ始めていた。
クラリッサの焦った声は、迫る危険を教えている。
その声にクロードは慌ててロープを投げつける、それはこちらへと手を伸ばすクラリッサを狙っていた。
「・・・うん。そうだよね、届くわけないよね」
必死にこちらへと近づいてくるクラリッサも、その距離はまだ遠い。
クロードが必死に投げつけたロープは、彼女の随分手前の木へと引っかかっていた。
どうしようもない状況に、クロードの諦めの声だけが静かに響く。
強烈な光が広がり、彼の身体は森を飛び出していた。
「にいやんが危ない!イダ!!」
「・・・分かった」
クロードとクラリッサのやり取りから、彼の危険を察知したティオフィラはイダへと声を掛ける。
明らかに言葉の足りない彼女の合図にも、イダは即座にその意図を理解して彼女の手を引いた。
「いっくにゃー!!!」
「・・・飛んでけ」
イダの身体の上に乗っかったティオフィラは、その足へと自らの足を合わせる。
ヘッドスプリングのような体勢になったイダは、ティオフィラの合図と共に全身の力を解き放っていた。
自身も身体を縮めていたティオフィラは、全身のバネを躍動させると高く飛び上がる。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃぁ・・・にいやんはどこかにゃ?」
木々の間を次々に飛び移っていくティオフィラは、下った坂に木へと掴まると周りを見渡した。
彼女を打ち出したイダはコロコロと転がると、近くの木にぶつかってはそれにはしっと掴まっていた。
「ティオフィラ!あれをっ!!」
「にゃ?分かったにゃ!!」
木々を伝うティオフィラの存在に気がついたクラリッサが、彼女へと指示を出す。
それは、木の根っこに引っかかったままのロープを示していた。
長さには随分余裕があったそれは、滑り落ちているクロードにも今だにそこに留まっていた。
「にゃ~、これをどうすればいいにゃ?」
木々を飛び移り、素早くそれが引っかかっている木の根元までやってきたティオフィラは、ロープを掴むと首を捻る。
「引っ張って!ティオ、こうこう!!」
「・・・こんな感じ?」
彼女の反応に、クラリッサは必死に腕を動かして見本を見せている。
クラリッサの動きを見よう見まねで真似始めたティオフィラは、力強く頷く彼女の仕草に嬉しそうに笑うと、そのスピードを速め始めた。
「ティオ、こっちに!」
「・・・これ?はいにゃ!!」
ティオフィラの近くまで来ていたクラリッサは、彼女が引っ張るロープに余りが出来てきたのを見ると、こちらに寄越すように声を掛ける。
首を傾げながら一度確認の声を上げたティオフィラは、それに頷いたクラリッサを見るとそれを投げて寄越す。
片手で掴まった木にそれをどうにか掴まえたクラリッサは、それを木に括り付けると自分でも引っ張り始める。
たっぷりと弛みの残っていたロープが、徐々にぴんと張り詰めていっていた。
「クロード様、しっかりとロープを持っていてください!!」
「にいやん、しっかり持つにゃー!!」
「お、おうっ!!」
突如聞こえてきたティオフィラの声に戸惑うクロードも、言われたとおりロープを握り直す。
滑り落ちるスピードに、彼女らが巻き取る速度が弛んでいたロープを張らせていく。
その弛みはもう、なくなろうとしていた。
「弛みがなくなります、クロード様!!」
「分かってる!!ぐっ、がはぁっ!!?」
クラリッサの警戒の声に、返事を返したクロードは握る力を強くした。
ぴんと、張ったロープに衝撃を受けた身体が跳ねる。
瞬間に奔った痛みは骨をおかしくしたものだろう、癒す力がそれを即座に治しても弱まった握力はどうしようもない。
ロープの反動で一瞬だけ宙に浮いた身体は、すぐに地面へと叩きつけられていた。
「クロード様!!」
「にいやん!!」
「来るなぁ!俺なら大丈夫だ!!」
放されたロープに、宙に舞ったクロードの姿を見たクラリッサ達は即座に駆け寄ろうとする。
それを声で制したクロードは、言葉ほどは余裕なく辺りを必死に見回しては、何か使えるものはないかと探していた。
「なにかないか、なにか!なにか、使えるものは!!」
少しでも滑り落ちる速度を落とそうとしているクロードは、両手両足を全力で地面へと突き立てる。
固い土に削られる指はすぐに肉を失い骨を露出させかけるが、癒しの力がそれを治し続けていた。
それでもその痛みだけは誤魔化しようがない、食いしばる奥歯はいつか頬の肉をも食い締め始める。
「おいっ、おいおいおい!!それは聞いてねぇぞ!!!」
チラリと坂の下に目をやったクロードは、その目に飛び込んできた景色にしっかりと振り返る。
彼の目には、急流の川が映っていた。
その川は最近振った雨によって増水しているのか、濁った色の水が荒れ狂うように渦巻いていた。
「やばいやばいやばい!!崖になってるだけじゃないのかよ!!それなら最悪、死んでもって・・・くそっ!あれはやばいだろっ!!!」
流れる川の迫力に、急に焦りだしたクロードは口早に動揺を声に出していた。
無数の命のストックがある彼にとって単純な死よりも、継続的な苦痛の方が恐怖であった。
それが窒息の死を伴い、助かる術も思いつかないのであればなおさら。
「やばいやばいやばい、マジかよ!くそっ!!なにかないか、なにか・・・!」
必死に爪を立てる地面にも、深くなっていく坂の角度に大して意味もない。
周りを見回しても森から抜けた坂に、僅かに草が生えるばかりの場所では何も見つかる筈はなかった。
坂の終わりはもう、すぐ傍まで迫っている。
「待てよ・・・生物は素材に出来ないんだったな、ならもしかして・・・くそっ、頼むぞ!!」
呟いた独り言に、何かを思いついたクロードは僅かに身体を地面から持ち上げると、両腕をそれに押し付けた。
「『地面』を『砂礫』に!」
クロードの両手から広がる薄い光は、彼の望んだ範囲へと広がっていく。
それは彼が手をついた地面から、崖へと向けて扇を描いた。
「駄目か・・・?うおっ!!?」
それには、何一つ劇的なものはなかった。
薄く開けた目蓋に、何も変化が起こらない事に落胆しかけたクロードは、急にその身体を消してしまう。
砂に変わった足元に支えられる体重はない、下る坂の途中に急に登場した砂礫の山は、その角度のままに崩れていく。
「はははっ!!やった、やってやった!!けほっ、えほっえほっ、ちょっと・・・呼吸が」
砂礫の中に消えていく身体に、クロードは拳だけを突き上げて喜びの声を上げた。
その声も、すぐに砂に呑まれて消えていく。
呼吸に砂が混じりだして咳き込んだクロードは、呼吸の不全を訴える。
その声も、すぐに砂に呑まれて消えていった、彼の姿も。
「にゃははは!!にいやん、ずぼって、ずぼって落ちたにゃー!!」
「・・・すごい、なんて出鱈目な力なの」
クロードが力を振るう場面を目撃した二人は、それぞれに感想を口にする。
砂の中へと急に身体を沈めたクロードの姿がよほど面白かったのか、ティオフィラは腹を抱えて笑い転げていた。
震える身体を抑えるクラリッサは、抱きしめるようにその小さな身体に両手を這わす、その瞳には恐怖すら浮かんでいた。
「・・・まったく。滅茶苦茶ね、あいつ」
「私達には想像もつかないお方なの、クロード様は」
暴れるアンナを抑えていたエミリアは、目撃した事態に呆れるような溜息を吐いた。
彼女の言葉に反応したアンナはその瞳にただ純粋な尊敬を湛えて、彼を讃える言葉をうっとりと呟く。
「お~い・・・誰かぁ・・・助けてくれぇ」
「!クロード様をお助けしないと!皆、危ないからこのロープを伝ってきて!!」
クロードによって砂礫に変えられた坂の一部から、くぐもった声が響く。
その声に状況を思い出したクラリッサは、慌てて皆へと指示を出すと、自らはロープを握って慎重に下り始める。
「にゃははははは!!にいや~ん、ティオがすぐ行くにゃー!!!」
「ちょっと!ティオちゃん、危ないからっ!!」
笑い声を上げながら坂を駆け出していくティオフィラに、クラリッサは慌てて腕を伸ばすが間に合わない。
彼女はそのまま駆けていくと、砂礫となった部分へとダイブした。
「ふふっ、ティオったら・・・私たちも急ごう、エミリア」
「ロープの所までは慎重にね、アンナ」
ティオフィラの振る舞いに僅かに笑みを漏らしたアンナは、クロードの方へと歩みを進め始める。
彼女に従うエミリアは、早足になりかけていた彼女を制止すると、慎重に進むように促した。
「・・・皆、待って」
一人、離れた場所にいたイダの呟きだけが寂しく響く。
彼女は慎重に、ゆっくりと坂を下り始めていた。
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