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決戦、エイルアン城

処刑を止めろ 2

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「もう一匹は!?」
『う、動くな!!』

 軽く跳ねて、重い音を立てたゴブリンの首が床へと落ちる頃、もう一人のゴブリンを探してレオンは頭を振る。
 それは探すまでもなく向こうから声を掛けてきた、寝込んでいる人間の首筋にナイフを当てて。

『動くなよ!動いたらこいつの、ぐぅ!?』

 人質を取りレオンとクロードを警戒するゴブリンは、今だに目を覚まさない人間、ヒューマンを抱きかかえるように座り込む。
 彼はどこかから見つけてきたそのナイフを、人質とレオンの交互に向けていたが、その肩にはいつしか矢が突き刺さっていた。

「お、当たった」
「お前!?人質に当たったらどうする!!」

 自らが一番当たった事に驚いたような声を上げたクロードは、矢を放った姿勢のまま弓を掲げている。
 彼の未熟な技量を知っているレオンは、その軽挙な行いを叱責するが、それによってゴブリンがナイフを取り落とした事は事実だった。

「えー?俺の腕じゃ、どうせ即死はしないし・・・いいかなって」
「考えなしに行動してんじゃねぇよ、馬鹿が!!」

 自ら浅い考えで行動したと白状したクロードを、罵りながらレオンは駆け出していく。
 利き腕を射抜かれたゴブリンは、必死に左手でナイフを拾おうとしていた。
 彼との間には幾人もの人間が横たわっており、その行動を妨げる。
 レオンはその間は跳ねるような走り方で、駆け抜けていった。

『なっ、速!?くっ、ぐぁ!!?』
「無駄な抵抗してんなよ?」

 ナイフを拾ったゴブリンは何とかそれでレオンを迎え撃とうとするが、彼の驚異的な速度に間に合いはしない。
 ゴブリンがナイフを振るおうとしていた腕を、飛びかがりざまに踏みつけたレオンは、それを矢の刺さった肩へと押し付ける。
 強い衝撃に矢の柄は途中でへし折れ、彼の体内に突き刺さった矢尻を深くする、その痛みに彼は苦痛の叫びを上げるがそれも一瞬だ。
 首を落とされたゴブリンは、叫び声の代わりにその血液を噴出していた。

「いやー、役に立ったから良くない?実際あれしかなったでしょ、あの状況では」
「もっと確実な手段があっただろって話だ!!俺達はただでさえ数が少ないのに、救える命を奪ってどうすんだよ!!ほら、さっさと癒してまわれ!早く!!」
「はいはい」

 解決した状況に自分の手柄を主張するクロードは、手に持った弓を高く掲げてアピールしている。
 クロードの主張にもレオンは罵声を返すだけだった、滅びに瀕している人類にその一人一人の命は軽くない、彼は出来うる事ならばもう誰一人死なせなくなかった。
 彼はクロードに寝込んだ人々を早く癒してまわるように急がせる、一刻を争うような状況ではないとしても、いつそれが変わるとも分からない、何よりここは敵地なのだ。

「それよりさー、なんかやっぱ外に敵がきてるっぽいぞ」
「あぁ?さっきのゴブリン共が話してたのか?敵って、俺らからしたら味方の事だろう?どんな奴らなんだ?」

 床に横になっている人間達を治療してまわるクロードは、思い出したように先ほどのゴブリン達から得た情報を口にする。
 その情報は彼らが城内を潜入している間にも感じていた事態を裏付けるもので、レオンも血のついた剣を拭いながら、詳細を聞き返していた。

「いや、そこまでは分からなかったな。もしかしたら、クラリッサ達かもな」
「それはないだろ。アンナが捕まったんだ、一緒に行動していたクラリッサ達も捕まってる可能性は高いだろ。もしかしたら、もう・・・」

 クロードの暢気な予想に、レオンは最悪の事態を想定する。
 彼らはアンナが一人で捕まっている場面を目撃し、彼女が連れて行かれてしまうのを防げなかった。
 それを彼女一人の不幸と思うのは簡単だが、そんな状況に彼女と行動を共にしていたクラリッサ達が無事だとも思えない。

「おいおいおい!?怖い事いうなよ!!きっと大丈夫だって、アンナも助けてさっさと洞窟に帰ろうぜ!流石に腹減ったよ」
「お前は・・・!そんなにうまくいく訳がないだろ!!せめてアンナだけでも助けられればと思って潜入したが、ここにもいないとなると・・・あいつはもうっ!!」

 軽くキノコを口にしていたレオンと違い、クロードは丸一日以上何も口にしていない。
 彼はアンナをさっさと助けて空いた腹を満たす事を考えていた、その右手は腹の虫を鳴かせ始めたお腹へと当てられている。
 クロードのあまりに楽観的な態度を目にしたレオンは、怒りに拳を振るわせる。
 彼は先ほど訪れた牢屋と、明らかに捕虜が集められているこの部屋にアンナがいない現実に、彼女の死すら想像してしまっていた。

「いやいやいや!!そんな事ないって!大体この城襲う奴って他に誰だよ!?生き残りなんてほとんどいないんだろ!!じゃあ、やっぱクラリッサ達じゃん!!」
「魔物だって一枚岩じゃない、反乱や抵抗勢力だって考えられる!単純に野生の獣や魔物かもしれない!!自分の都合よく物事を歪めるな!!!」

 終えた治療に、お互いに距離を詰め始める二人は、ついには取っ組み合いを始めてしまう。
 圧倒的な身体能力の違いに、レオンが終始優勢に事を進めていたが、クロードも能力を駆使しては抵抗を繰り返していた。

「な、なんだ・・・身体が軽い?レオン、どうしてここに?それに、シラク様・・・?」

 クロードの治療によって健康体へと戻った兵士が、ゆっくりと起き上がる。
 彼は不思議そうに自らの身体を確かめると、騒がしく音を立てる二人へと視線を向ける。
 いつ終わるとも知れない取っ組み合いを続ける二人に、彼の疑問の声だけが流れていった。
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