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決戦、エイルアン城

一筋の光 2

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『おい、あれ・・・オーデン様じゃないか?』
『いや、確かにそれっぽいけど・・・下半身だけだと分からなくないか?他のトロールかも』
『あの仕立てのいい服を見てみろよ!他のトロールがあんなの着てる訳ないだろ!!間違いない、あれはオーデン様だ!!』

 崩れた天井とそこから飛び出している下半身を見詰めている魔物達は、口々にその正体について予想を立てていた。
 彼らは自らの主人の意外な形での登場に戸惑っているようで、部屋に踏み込むどころではないようだった。

「奴らは一体何を・・・うおっ!?」

 魔物達の態度に戸惑うレオンがそれに疑問を覚えていると、彼の後方から瓦礫が再び降ってくる。
 危うくぶつかりそうだったそれをどうにか避けたレオンは、広がった天井の穴にある計画を思いついていた。

「これは、いけるか?おい、ロイク!瓦礫を拾って集めろ!!あの穴から上に行くぞ!!」
「えぇ!?それは構わないが・・・いいのか、何があるか分からないんだろう?」

 天井に開いた穴と、崩れてきた瓦礫にそこから脱出するプランを思いついたレオンは、早速それを実行しようとロイクに声を掛ける。
 床に寝転がって休んでいたロイクはその声に身体を起こすと、レオンに対して不安を零していた。
 その不安も見当違いではないだろう、彼らはその上の部屋で何が起きているかなど知る由もなく、先ほどまで下半身だけ見えていた魔物も、強大な力を持っていそうだった。

「ここで戦い続けるよりはましだ!!いいから急げ!」
「それもそうか」

 ロイクの不安は、レオンの見も蓋もない言葉によって払拭される。
 確かにここに居続ければジリ貧にしかならないことは身をもって体感している、その状態に比べればどんな所だって行ってみる価値はあるように思えていた。
 レオンの言葉にあっさりと納得したロイクは、急かしている彼に従って早速瓦礫を拾い集め始める。
 床に散らばった瓦礫は、それを積み重ねて天井によじ登る高さを稼ぐのにはそれなりに時間は掛かりそうだが、どうやら量だけは十分にあるようだった。

『なんだったんだ、さっきのは?』
『おい、いつまでもボーっとしてんなよ!!さっさと突入しろ!!』
『あ、あぁそうだな!お前ら、突っ込むぞ!!』

 突然現れて、訳の分からないまま消えていったオーデンの下半身に戸惑っていた魔物達は、その状況が分からず苛立っていた後方からの声に、本来の役目を思い出して気勢を上げる。
 それぞれの獲物を掲げて突入を再開した魔物達は、ようやく崩れた壁を乗り越えようとしていた。

「ちっ!不味いな・・・ロイク、ここは任せた!」
「おいっ!?俺一人じゃ、終わんねぇぞ!!」

 雪崩れ込んでくる魔物達の姿に、レオンは抱えていた瓦礫を放り出すと、剣を抜いていた。
 状況を考えれば仕方ないことかもしれないが、一人で瓦礫を運ぶことになったロイクは悲鳴を上げる。
 積み上げ始めたばかりの瓦礫はまだまだ低く、天井に届くまではまだかなりの作業量を必要とした。

「レオン、お前は向こうで作業を!!」
「ここは俺達が持たせる、そうだな皆!!」
「「あぁ!うおおぉぉぉ!!!」」

 魔物達が突っ込んできている壊れた壁へと向かおうとしていたレオンを、人間の兵士達が押し留める。
 彼らはレオンにこちらは任せろと力強く宣言すると、それぞれにボロボロの武器を手にとって魔物達へと向かっていった。

「あんた達・・・だが俺がいないと!!」
「構うもんか!上に向かうときに、お前がいなけりゃ誰が露払いをする?一人でも生き残るためには、こうするしかないんだ!!お前は早く道を作るんだ!いいな!!」

 気勢を上げる彼らの姿に感銘を受けるレオンも、自分が加わらなければ戦線の維持も難しいと分かっていた。
 レオンはその考えに従って彼らの下へと加わろうと足を急がせるが、それは兵士の中でも年嵩の男によって制止される。
 その男は、レオンがこちらに来てはいけないと必死に訴えかけていた。
 この場に居続ければ未来がないことなど誰にでも分かる、彼らにとって唯一の希望は天井に開いた穴だった。
 そこへの道を拓くためにレオンの存在は不可欠であり、それを守ることだけが今の彼らの希望だと、その男は訴えかけていた。

「くっ・・・分かった。すぐに積み上げるから、それまで持たせろよ!!」
「あぁ、任せておけ!」

 年嵩の男の言葉は、確かに納得のいくものであった。
 レオンが魔物達との戦線に加われば確かにその維持は容易になるだろうが、戦闘の中心に立つ彼はそこから容易に抜け出すことは出来なくなってしまう。
 すでに限界を超えている兵士達は、この戦いで多くが力尽きてしまうだろう、彼らに次はないのだ。
 どこか悔しさを噛み締めるような表情を作ったレオンは、その男に絶対に生き残れと厳命すると瓦礫へと駆けて行く。
 年嵩の男は力強く胸を叩いてそれを保証していたが、彼の表情はどこか透き通っており、まるで死期を悟った人のようだった。

『おい!さっきのオーデン様だろう、不味いんじゃないのか俺達!?』
『ギード、どうする?投降した方がいいんじゃないか?』

 部屋の隅へと固まって休んでいたゴブリン達は、先ほど下半身だけ見えていたオーデンの姿にすっかり怯えてしまっていた。
 結果的に城の魔物達を裏切った彼らだが、それはあくまで成り行き上の事であり、本心から人間達と協力する気など毛頭なかった。
 そのためこの城のボスの姿に、彼らの気持ちは急速に投降へと傾いてしまっていた。
 それは彼らの武装の影響もあるだろう、クロードの作られた急造の武装は度重なる戦闘によってほとんど用を足さなくなっている。
 そのような状況では戦いを継続するのは難しく、彼らが弱気になってしまうのも仕方ないように思われた。

『何度も言っているだろ!!今更投降なんて出来る訳ない!大体あのオーデンがそれを許すと思うか、違うだろ!!』
『それは、そうだが・・・じゃあ、どうしろって言うんだ!!俺達はもう戦う手段すらない!』

 弱気になったゴブリン達に、ギードは強い口調で彼らに反論していた。
 すでにゴブリンが裏切った事は城に広まっている、その状況でオーデンがそれを許すとは思えない。
 彼の言葉ははっきりとした事実を告げていたが、同時に手詰まりな状況も説明していた。
 ギードの言葉に納得すると同時に絶望も感じたゴブリンは、彼に縋るように問いかける、彼の手にする石の剣は半ばからぽっきりと折れてしまっていた。

『それは・・・とにかく俺達もあれを手伝おう!ここに居ても何にもならない』
『あぁ、そうだな。だが・・・』

 他のゴブリンに道を示せとせっつかれたギードは、言葉を濁すとレオン達の方を指し示した。
 瓦礫を積み上げている彼らは、まだまだ完成まで時間が掛かりそうであったが、ゴブリン達がそれを手伝えば大分作業も短縮されるだろう。
 ギードの提案はとにかくここから離れようという、消去法的なものでしかない。
 それは仲間達に分かっていたのか、腰を上げたゴブリン達の表情は暗い、それはその後が展望がまったく見えていない事が原因だろう。

『・・・場合によっては、オーデンを・・・いや、それは・・・』

 仲間の暗い背中を見送るギードは一人、何か決意を秘めるように一人言葉を呟いている。
 彼の視線の先では、瓦礫を運ぶのを手伝い始めたゴブリン達の姿に驚くロイクと、警戒するレオンの姿が映っていた。
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