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変わる世界
変わってしまった世界で彼女は走る
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今、踏んだ草も柔らかな音を立てはしない。
それは変わってしまった世界に、それらが適応出来ずに枯れ果ててしまったからだ。
しかしそれを哀れだと思えるほどの余裕は、今はなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・も、もう振り切った・・・かな?」
乱れた息に、流れる汗は地面へと伝うことはない。
頻りに追っ手を気にしては後ろを振り返るその人影は、全身を覆うような奇妙な衣装を身に纏っている。
その顔の部分を覆っているガラス状の部分からは、金色の長い髪が覗き、それを身に纏っているのがまだ年若い女性であることが窺えた。
「魔力は・・・うん、これなら何とか持ちそう・・・かな?」
彼女は何度も後ろを確認して追っ手がやってこないことを確認すると、その右手を掲げて何やらそこについている装置へと目を落としていた。
そこには何やら数字がメーターのようなものと表示されており、それを確認した女性は安心したように身体を持ち上げる。
その背中には荷物によってパンパンに膨れ上がったカバンが抱えられており、持ち直した姿勢に生まれた反動が、僅かに彼女の体勢を揺らがせていた。
「グルゥゥ、ガゥ!!」
疲れた身体を少しばかり休ませて帰路へと急ごうと彼女が足を前へと動かすその瞬間に、その背中へと耳障りな声が響く。
「っ!?嘘でしょ、撒いたと思ったのに!?あぁ、もう!!少しは休ませてよね!!」
それは、彼女がここまで逃げてきた原因となった者達の声だろう。
背中をびくりと跳ねさせ、後ろへと振り返った彼女が目にしたのは案の定、先ほどまで自分を追ってきていた犬の姿をした魔物の姿であった。
それは恐らく、ストレイドックかフォレストウルフの類だろう。
その爛れた皮膚の様子からそのどちらかなのか、それともどちらでもない新種の魔物なのかまでは分からなかったが。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あ、足が縺れて・・・このままじゃ、追いつかれる!」
乱れた呼吸に、休めた時間は十分ではない。
背中に抱えた荷物を重たそうに抱えなおした女性は慌てて再び駆け出し始めるが、その足取りは危うい。
回復しきっていない体力はその足元を不確かにし、障害物の多い森ではその速度さらに遅くしてしまう。
それは彼女がその背後に迫る魔物を、振り切れないということを意味していた。
「くっ・・・もうこれしかないか。あぁもう!せっかく苦労して集めたのに!!」
一歩一歩、進むたびに開くはずの距離は、彼我の速度差に縮んでいく一方だ。
それはチラチラと後ろを振り返っている彼女にも、はっきりと理解出来るだろう。
そしてそれがもはや一刻の猶予もない距離にまで迫ったところで、彼女は何かを諦めるように上を向くと、背中の鞄の封を解いていた。
「ほら、あんたたち!食いものが欲しいなら、これをくれてやるわよ!!」
そしてその中へと手を突っ込んだ彼女はそこから何かの実を取り出すと、追っ手に向かって叩きつけるようにして放り投げていた。
地面へと叩きつけられた果物は、その固い表皮を潰されて中身の汁を溢れ出させている。
それは甘酸っぱい匂いを撒き散らして、生き物を引き付けるだろう。
その爛れた皮膚を覗かせている彼らに、そのような感覚がまだ残っていればの話だが。
「ガゥ?ガゥガゥ!」
「よし!!これなら・・・!?」
彼女の振る舞いを警戒し戸惑った様子を見せた魔物達も、投げつけられた果物から漂ってくる匂いを感じればそちらへと食いついていく。
その様子に狙いが的中したとガッツポーズを決めた女性は、急いでその場から逃げ出そうとしていた。
しかしそうして視線を周りへと向けた彼女は、見てはならないものを見てしまう。
「グルゥゥゥ」
「ガゥ、ガゥガゥ!!」
そこには彼女が投げつけた果物の匂いにつられて、新たな魔物が現れてしまっていたのだった。
「嘘でしょ!?あぁ、もぅ!!こうなったら、好きなだけ持ってきなさい!!」
甘酸っぱい匂いに誘われ、彼女を取り囲むように現れる魔物達の姿に、このままではここから逃げきれないのは明白だ。
そんな状況に、彼女の判断は早い。
彼女は再び背中の鞄の中へと手を突っ込むと、そこから先ほどと同じ果物を次々と投げつける。
不思議な事に、それだけの荷物を取り出しておきながら、彼女の背中の鞄はそのパンパンな姿を一向に変えることはなかった。
「待っててねブレンダ、皆。お姉ちゃんがお腹いっぱい食べられるだけの食糧、必ず持って帰るから!」
叩きつける果物に漂う匂いは、周りに集まってきた魔物達をも引き付ける。
それはさらに多くの魔物をこの場に引き付けることを意味していたが、女性はそんな中を彼らに気づかれないように、そろりそろりと慎重に離れていく。
そうしてどうにかその包囲から抜け出した彼女は、彼方へと視線を向けると何事か呟いていた。
その言葉に決意を強くした女性は、再び駆け出していく。
その足取りは、先ほどよりも力強いものであった。
それは変わってしまった世界に、それらが適応出来ずに枯れ果ててしまったからだ。
しかしそれを哀れだと思えるほどの余裕は、今はなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・も、もう振り切った・・・かな?」
乱れた息に、流れる汗は地面へと伝うことはない。
頻りに追っ手を気にしては後ろを振り返るその人影は、全身を覆うような奇妙な衣装を身に纏っている。
その顔の部分を覆っているガラス状の部分からは、金色の長い髪が覗き、それを身に纏っているのがまだ年若い女性であることが窺えた。
「魔力は・・・うん、これなら何とか持ちそう・・・かな?」
彼女は何度も後ろを確認して追っ手がやってこないことを確認すると、その右手を掲げて何やらそこについている装置へと目を落としていた。
そこには何やら数字がメーターのようなものと表示されており、それを確認した女性は安心したように身体を持ち上げる。
その背中には荷物によってパンパンに膨れ上がったカバンが抱えられており、持ち直した姿勢に生まれた反動が、僅かに彼女の体勢を揺らがせていた。
「グルゥゥ、ガゥ!!」
疲れた身体を少しばかり休ませて帰路へと急ごうと彼女が足を前へと動かすその瞬間に、その背中へと耳障りな声が響く。
「っ!?嘘でしょ、撒いたと思ったのに!?あぁ、もう!!少しは休ませてよね!!」
それは、彼女がここまで逃げてきた原因となった者達の声だろう。
背中をびくりと跳ねさせ、後ろへと振り返った彼女が目にしたのは案の定、先ほどまで自分を追ってきていた犬の姿をした魔物の姿であった。
それは恐らく、ストレイドックかフォレストウルフの類だろう。
その爛れた皮膚の様子からそのどちらかなのか、それともどちらでもない新種の魔物なのかまでは分からなかったが。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あ、足が縺れて・・・このままじゃ、追いつかれる!」
乱れた呼吸に、休めた時間は十分ではない。
背中に抱えた荷物を重たそうに抱えなおした女性は慌てて再び駆け出し始めるが、その足取りは危うい。
回復しきっていない体力はその足元を不確かにし、障害物の多い森ではその速度さらに遅くしてしまう。
それは彼女がその背後に迫る魔物を、振り切れないということを意味していた。
「くっ・・・もうこれしかないか。あぁもう!せっかく苦労して集めたのに!!」
一歩一歩、進むたびに開くはずの距離は、彼我の速度差に縮んでいく一方だ。
それはチラチラと後ろを振り返っている彼女にも、はっきりと理解出来るだろう。
そしてそれがもはや一刻の猶予もない距離にまで迫ったところで、彼女は何かを諦めるように上を向くと、背中の鞄の封を解いていた。
「ほら、あんたたち!食いものが欲しいなら、これをくれてやるわよ!!」
そしてその中へと手を突っ込んだ彼女はそこから何かの実を取り出すと、追っ手に向かって叩きつけるようにして放り投げていた。
地面へと叩きつけられた果物は、その固い表皮を潰されて中身の汁を溢れ出させている。
それは甘酸っぱい匂いを撒き散らして、生き物を引き付けるだろう。
その爛れた皮膚を覗かせている彼らに、そのような感覚がまだ残っていればの話だが。
「ガゥ?ガゥガゥ!」
「よし!!これなら・・・!?」
彼女の振る舞いを警戒し戸惑った様子を見せた魔物達も、投げつけられた果物から漂ってくる匂いを感じればそちらへと食いついていく。
その様子に狙いが的中したとガッツポーズを決めた女性は、急いでその場から逃げ出そうとしていた。
しかしそうして視線を周りへと向けた彼女は、見てはならないものを見てしまう。
「グルゥゥゥ」
「ガゥ、ガゥガゥ!!」
そこには彼女が投げつけた果物の匂いにつられて、新たな魔物が現れてしまっていたのだった。
「嘘でしょ!?あぁ、もぅ!!こうなったら、好きなだけ持ってきなさい!!」
甘酸っぱい匂いに誘われ、彼女を取り囲むように現れる魔物達の姿に、このままではここから逃げきれないのは明白だ。
そんな状況に、彼女の判断は早い。
彼女は再び背中の鞄の中へと手を突っ込むと、そこから先ほどと同じ果物を次々と投げつける。
不思議な事に、それだけの荷物を取り出しておきながら、彼女の背中の鞄はそのパンパンな姿を一向に変えることはなかった。
「待っててねブレンダ、皆。お姉ちゃんがお腹いっぱい食べられるだけの食糧、必ず持って帰るから!」
叩きつける果物に漂う匂いは、周りに集まってきた魔物達をも引き付ける。
それはさらに多くの魔物をこの場に引き付けることを意味していたが、女性はそんな中を彼らに気づかれないように、そろりそろりと慎重に離れていく。
そうしてどうにかその包囲から抜け出した彼女は、彼方へと視線を向けると何事か呟いていた。
その言葉に決意を強くした女性は、再び駆け出していく。
その足取りは、先ほどよりも力強いものであった。
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