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蜜月

蜜月の終わり 2

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「そりゃ立派な考えなこって。それで、それが俺に何の関係があるんだ?俺は別に、ここの住民って訳でもないんだぞ?」
「そ、それは・・・」

 しかし村人の代表が並び立てる理論はどれも、ここの村人だからこそ通じる考えであった。
 それに含まれていないアランにとっては、それは心に響く筈もない。

「それによぉ、俺一人で遺跡に向かえだって?どんな危険が待っているかも分かんねぇ、そんな場所に?お前らはいいよなぁ、ここで待ってりゃ俺が何か持ち帰ってきてくれるかもしれねぇんだから。それに俺がそこで死んでも、お前らにはまだ耐毒スーツっていう切り札がある。気楽なもんさ!」
「あ、兄貴・・・」

 彼らが危険を承知でアランにそれを頼むのは、彼らにはまだ予備があるからだとアランは言う。
 それはどうやら図星であったようで、村人達もそれに返す言葉を見つけられないでいた。

「へっ、どうやら図星かよ!あー、どうでもいいこと話してたら喉が渇いたなー。おっと、そういやまだ残ってたのがあったな・・・」

 これまでずってこの村を支えてきたアレクシアと、つい最近やって来たばかりのアラン、どちらをより信用するかは分かりきった話であった。
 確かにやって来たばかりのアランの存在が新鮮でチヤホヤしていた節はあったが、彼らとて気付いていたのだろう、本当にこの村に必要なのがどちらなのかという事を。
 そんな彼らの様子を横目に、アランは鞄をごそごそと探り始める。
 そこには革で作られた水筒の姿があった。

「ぷはー!!いやー、一仕事した後の水はやっぱうめーな!!」

 一口、それに口をつけたアランは、二口目をゴクリと飲み干すと、次々にそれを飲み下していく。
 そうしてそれが空になる勢いで一気に飲み干した彼は、豪快に声を上げるとその水分のうまさを謳っていた。

「ゴクリ・・・」
「お、おいあれ・・・」
「止せよ、どうせそこらの川で汲んできた水だろ。俺達には飲めやしないさ」
「で、でもよ・・・」

 枯れた井戸に、取水制限は始まったばかりだ。
 それならば彼らはまだ、そこまで渇いてはいないだろう。
 しかし普段気にせずに飲んでいる水を、意図して制限し始めたばかりの彼らは、だからこそその渇きを余計に感じてしまっていた。
 そんな彼らの目の前で、アランが美味しそうに水を飲み干せばどうなるだろうか。
 それは明らかであった。

「あ、あんた!俺達が喉が渇いてるのを知っていて、そんな風に見せつけるのか!!」
「そうだそうだ!!恥を知れ!皆、我慢してるっていうのに!!」

 アランの意図がどうであれ、そんな風に見せつけられては無視することなど出来ないのが人の心理だ。
 喉を鳴らし、唾を飲み込んだところで渇きは癒えない。
 それどころかそれは自らが渇いていたことをはっきりと自覚させる行為となり、彼らの怒りを爆発させる切欠ともなっていた。

「あぁ?俺が自分で取ってきた水を自分で飲んで何が悪い!!喉が渇いたんなら、自分で取って来りゃいいだろうが!!」
「っ!それが出来ないことは、あんたが一番分かってるだろう!!」
「あぁ、そうでございましたね!!『毒無効』を持っていないあんたらは、こっから出ることは出来ませんでしたね!だったらこいつをくれてやるよ!少しは残ってるだろうから、好きに飲めばいいさ!!」

 アランが水を飲み干したのは、彼らのために物資を取ってきて溜まった疲れを癒すためだ。
 そんな当然の行為をしただけにも拘らず責めてきた彼らに、アランも当然の如く言い返している。
 それは至って当然の行いであったが、言い合いの中で昂っていく怒りの所為で、それはもはやただの感情のぶつけ合いになってしまっていた。

「それが口に出来ないことは、知っている筈だ!!あんたはそれを・・・はっ、あんたはいいよな一人でも生きていける力を手に入れて!!どうせ面倒くさくなれば、俺達の事なんて見捨てていくんだろう!?」
「何だとっ!?てめぇ・・・俺がどれだけこの村に尽くしてきたと思ってんだ!?てめぇらが今日、飯にありつけたのは誰のおかげだ!?あぁ、俺のお陰さ!!それを、言うに事欠いて・・・」

 アランが飲み干した水筒からはそれでも、僅かばかりに水が零れてきている。
 それに思わず手を伸ばしてしまいそうだった周りの事を止めた村人の代表は、アランだけがいつでもここから離れられるために、この村の事などどうでもいいのだと叫んでいた。

「ふんっ!はいはい分かりましたよ、そんなに言うんならなぁ・・・こっちから出て行ってやるよ、こんな村!!」
「はっ、そりゃいい!清々するね!!なぁ、皆もそう思うだろう!?」
「そうだそうだ!よそ者は出ていけ!!」

 売り言葉に買い言葉か、言い合いの中で昂った感情は、その勢いのままに決定的な決裂までもを導いてしまう。
 アランの能力を考えれば、確かに彼は一人でも生きていけるだろう。
 しかし彼は周りからの称賛を欲し、彼らは彼の能力を欲していた筈だ。
 それももはや過去のものだと、彼らは決定的な決別を口にしそのまま二つに分かれていく。

「こ、これは何事でござるか!?ア、アラン殿!何処に向かわれるのか!?先ほど帰って来たばかりではござらんか!?」

 その時間は偶々席を外していたのであろうダンカンが、門の前での騒ぎを聞きつけて慌ててやってくる。
 彼は今まさに再び門を潜り外へと出ていこうとしているアランの姿に、何処に行くつもりだと問いかけていた。

「・・・ふんっ」

 ダンカンは何とか、彼を引き留めようとしていたのだろう。
 しかし彼の声にもアランは一度振り返ったばかりで、そのまま足を止めることなく何処かへと立ち去って行ってしまっていた。

「あぁ、どうしてこんな事に・・・」

 去っていくアランの姿と、興奮した様子でその後ろ姿へと罵声を浴びせている村人達の様子を見れば、ここで何があったのかは推測出来る。
 それを悟ってがっくりと膝を落とすダンカンは、その場に力尽きるように蹲ってしまっていた。

「・・・近くにメイヴィス様の遺跡が?そこから遺物を持ち帰れば、皆も・・・」

 そして、その話を耳にした者がもう一人。
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