最弱能力「毒無効」実は最強だった!

斑目 ごたく

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蜜月

アランは後ろを振り返らない

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 森を歩く男は、何かを待っているかのようにチラチラと後ろを振り返っている。
 しかしこんな風になってしまった世界に、彼のように気軽に出歩ける者などいないだろう。
 だからだろうか、彼が期待するような自らを引き留める者達の姿は一向に現れることはなかった。

「ふんっ!分かってたさ、追いかけてくる奴なんていないなんて!いーや、逆に清々したね!!あんな奴らに、いつまでも纏わりつかれないでさ!!」

 そこに誰も現れないことなど始めから分かっていたとその男、アランは誰もいない空間に向かって叫んでいる。
 その言い訳めいた強がりの言葉を聞く者はいなかったが、それはきっと自らへと言い聞かせていたのだろう。
 大袈裟な身振り手振りをもって、そんなものなど必要ないと宣言した彼は、自らの住処へと足を急がせる。

「・・・ん?おっ、あれはゴブタケじゃねぇか?ついてんな!ブレンダ、こいつでチョイと摘まめるものを・・・って、そうかもう・・・」

 未練を振り切って歩む足取りも、身につけた習慣までは忘れる訳ではない。
 彼は視界の端に映った食用となるキノコを目敏く見つけると、素早くそれを採取する。
 そして彼はそれを使った料理を作ってもらおうと、それが得意な少女へと声を掛けていたが、彼女がその場にいる訳などなかった。

「はっ、飯ぐらい自分で作れらぁ!!どうってこたぁねぇんだよ!」

 それを思い出し、差し出した腕を虚空へと彷徨わせたアランは、それを振り払うようにその手を振るっている。

「えーっと、こいつは油で揚げればいいんだっけか?それとも軽く湯に潜らせるんだったか?嫌そもそも毒抜きの必要が・・・って、そいつは俺には必要ないか」

 手にした斑模様のキノコを前に、アランは頭を悩ませている。
 それを料理したものを彼はこれまで何度も口にしていたが、その調理法までにはそれほど気にしてはいなかった。
 ブレンダはそうしたことも得意げに彼に語っていたような気がしていたが、彼はそうした時は適当に聞き流すの常であった。
 そのためおぼろげな記憶に、彼はそれの正しい調理法を思い出せずにいた。

「つってもなぁ・・・試しに毒抜きしてねぇ奴を食ったら、何か不味かったんだよなぁ。何つーか独特の苦みっつうか、えぐみがあって。そうなるとやっぱり毒抜きしといた方が・・・って、んな方法憶えちゃいねぇぞ!」

 毒が効かない身体だからと言って、それがまったく存在しなくなる訳ではなかった。
 人の身体が望まないその成分は、その味覚にとっても望ましくないものとして判別される。
 それは苦みやえぐみといった形で舌に伝えられ、食事の質を落としてしまうものとなっていた。
 しかしそれを抜くための方法は、それを必要としないアランには不必要な情報として耳を通り抜けてしまっており、当然のように憶えてなどいなかった。

「はー、思ったよりも面倒くせぇなぁ・・・やっぱ止めちまおうかな、出ていくのなんて」

 村の中にいる時には気づくことのなかったその恩恵も、こうして一人になってしまえばまざまざと見せつけられてしまう。
 そうして一人で生活していくことの煩わしさを思い知らされれば、先ほどのいざこざなど忘れて引き返してしまいたくもなるというもの。
 アランは深々と溜め息を漏らすと、既に後悔を始めてしまっていた。

「いいや、駄目だ駄目だ!!あんだけの啖呵切っといて、おめおめと帰れるかよ!!大体何であんな奴らの所なんかに・・・俺がどれだけ頑張ったと思ってんだ!その恩を忘れやがって・・・」

 後ろ髪を引かれる思いで振り返ったアランはしかし、その未練を振り切るように激しく頭を振るっている。
 彼はただあの村から出て行ったのではなく、その住民達と喧嘩別れをし後ろ足で砂を掛けるようにして飛び出してきたのだ。
 それから大して時も経っていないのにどの面下げて戻ればいいのだと、アランは激しく吠えると村とは反対の方向へと足を急がせていた。

「・・・ん?何か聞こえるな?これは・・・足音か?」

 アランが向かう先は、一体どこになるのだろうか。
 始めこそかつての住処へと向かっていたその足取りは、感情のままに進む方向に今や彼自身にも分からなくなってしまっている。
 そんな彼の耳に、草むらを踏み分けるような物音が聞こえてきていた。

「おいおい、何だよ今更かぁ?もう遅いっつーの!まぁ、でも?どうしても戻って欲しいってんなら・・・って、あいつらなわきゃねぇか」

 こちらの方向へと近寄ってくる足音に、アランはそれを自らを引き留めにやってきた村人達だと解釈しては後頭部へと手をやっている。
 そうしてさも仕方がないといった風な表情と仕草を見せていたアランはしかし、やがてその足音が村人達のものではないと気付いてしまっていた。

「だとしたら何だ?ゴブリンとかそんな所か?でもなぁ、ここんとこ結構出歩いてたもんだが、奴らと遭遇したことなんてなかったんだよなぁ。多分、奴らもこの状況に苦労してんじゃねぇかな?」

 ゴブリンなどの人に近い姿をした魔物であれば、その足音もまた人のそれと近くなってくる。
 その可能性を考えたアランはしかし、ここ最近の物資採集活動の間にも彼らと遭遇していないという事実を思い出していた。
 このような人里離れた森というのは通常、彼らのテリトリーとして存在する筈であった。
 勿論、彼らを脅かす強力な魔物が生息しているなど、何らかの事情があれば必ずしもそうなる訳ではなかったが、ここいらの森を寝床にしているゴブリン達も存在していた筈だ。
 しかしこの状況になってから、彼らの姿を見かけていない。
 それを考えれば、彼らもまたこの状況に苦労していることが容易に想像出来ていた。

「っとなると、どこのどいつだ?まぁ、そんなもんは・・・見えてきたな」

 ゴブリンのような人型の魔物でも、村人達でもないとすると、アランにはその足音に心当たりがなかった。
 しかしそれも、その姿を目にさえしてしまえばはっきりするだろう。
 木の陰へとその身を潜ませ、足音のする方へと目を向けたアランの前に、その主が姿を見せていた。

「・・・ん?あれは、耐毒スーツか?どういうことだ村の奴はまだ補修が終わってないって話だったが・・・まぁ、あの村だけが特別って訳でもなし、同じものが別の所にあってもおかしかねぇが・・・」

 森の木々の向こうから姿を現したのは、ずんぐりとした白いシルエット、耐毒スーツを身に纏った人の姿であった。
 その姿に当然彼は、あの村のものがそれを身に纏って現れたのだと考えていたが、それはおかしいのだ。
 何故ならそのスーツはまだ、補修中の筈であるのだから。

「あぁ?よく見りゃ、所々にあの・・・テープつったか?あれが貼ってあんな。すると何だ、やっぱりあの村の連中か?ったく、無理してんじゃねぇっての」

 しかしよく見れば、そのスーツには何か所も補修のためのテープが貼ってある。
 それは確かに、彼が目にしたあの村の耐毒スーツそのものの姿であった。
 それに気づいたアランは呆れた表情を見せながらも、どこか嬉しそうであった。
 何故ならそれは、あの村の住民達が無理をしてまで彼を迎えに来たという事であったからだ。

「ま、そこまでされたらしゃーねーな!おーい、俺はここだぞーっと・・・?」

 その事実にニヤつく口元を隠し切れない彼は、もったいぶった仕草で身を潜ませた木の陰から姿を現していた。
 しかし耐毒スーツを身に纏ったその人物は、彼に興味などないかのようにその脇をすり抜けていってしまっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・待っててね皆、私が必ず持って帰るから・・・」

 ふらふらと彷徨うような足取りで前へと進み続けるその人物は、何やらぶつぶつと呟きながらアランの横を通り過ぎていく。
 そのガラス状の部分からは、彼女の金色の髪の毛が覗いていた。

「あん?アレクシアか、今の?となると、俺を迎えに来た訳じゃなさそうだが・・・あんな直り切ってもいない装備でどこに向かおうってんだ?」

 その鮮やかな金髪を揺らす女性の姿は、アランにも見覚えがある。
 それは彼と何かと因縁の深い女性、アレクシアだろう。

「ははーん、分かったぞ。あいつ、例の遺跡とやらに行くつもりか!はっ、ご苦労なこって!精々頑張るといいさ!!」

 元々、そのスーツを使っていた彼女であれば、それを身に纏っていることに不自然さはない。
 しかしそんな補修も終わっていない状態でどこに行くのかという疑問を覚えたアランは、すぐにその結論へと至る。
 彼女は恐らく、村人達が口にしていたあの遺跡へと向かっているのだ、と。

「・・・あんな状態のスーツで、どんな危険が待っているかも分からない遺跡に一人で向かうだと?あの馬鹿が・・・」

 未知の遺跡にはそれだけの報酬と、それに見合うだけの危険が待っている。
 そんな危険を冒す理由は自分にはないと、アランはそこに向かうのを拒絶したのだ。
 そんな場所に一人向かうアレクシアは、明らかに万全な状態ですらない。
 それが気がかりとなり、その場を立ち去ろうとした足をふと止めたアランは、彼女が去っていった方角へと視線を向ける。

「はっ、そんなの俺が知ったこっちゃないね!!勝手に野垂れ死にゃいいんだ!村の命運を勝手に背負って、その命綱と共に沈没するってか?大層立派な使命感だこって!!」

 そちらへと思わず足を向かわせようとしていた自らを、断ち切るようにその場の土を強く踏みしめたアランは、わざとらしいほどに彼女を馬鹿にする言葉を吐くと、再び踵を返している。

「ふんっ!俺には関係ねぇ!関係ねぇからな!!」

 ぶつぶつと何事か呟きながら前へと進むアレクシアに、彼の声は届いてはいないだろう。
 それでもまるで誰かに言い聞かせるように言い訳の言葉を繰り返すアランは、それを最後に自らの住処へと向かっていく。
 その足取りはまるで、何かに怒っているかのようだった。
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