雪山一夜物語 クソザコ殺人鬼VS絶対に殺して欲しい奴がいる生存者達

斑目 ごたく

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裏切り者達

滝原恋は嫉妬を胸にナイフを振るう 2

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「避けろぉぉぉ!!!」
「えっ!きゃあ!?」

 振り下ろされたナイフは、狙った獲物を捉える事なく別のものへと突き刺さる。
 それは横合いから飛び出し、飯野の事を突き飛ばした男の身体であった。

「な、何が・・・えっ、あの時のおじさん!?ちょっと、おじさん!?大丈夫、大丈夫なの!!?」

 飯野を突き飛ばし、滝原によってナイフで刺されてしまったのは、かつて彼女に襲いかかった男、斉藤紀夫だった。
 訳も分からずに突き飛ばされ、何が起こったのかと視線を巡らせた飯野が床へと倒れ付し血を流している斉藤を見つけると、慌てて駆け寄っていく。
 彼女は何とか斉藤の事を助け起こそうとするが、相当な深手を負ってしまった彼は、息も絶え絶えといった様子でその場から動けそうもなかった。

「き、君には・・・あの時の事を、ちゃんと謝ろうと、思って・・・いたんだ。そ、それが・・・こんな事になって・・・すまない」
「い、いいよそんな事!!それより、おじさん!は、早く手当てしないと!!死んじゃう、死んじゃうよぉ!!」

 飯野によって抱きかかえられた斉藤は、彼女の腕の中で徐々にその息を弱くしていっている。
 彼は明らかに死へと向かう時間の中でも、彼女にかつて自分がした事について謝ろうとしていた。
 彼のそんな言葉に、飯野はその目に涙を溜めると、必死に首を振ってはそんな事はもうどうでもいいと主張する。
 彼女はそれよりも、急速に生気を失っていく斉藤の事の方が、気が気でないようだった。

「俺は、俺は悪くない・・・悪くないぞ!!」

 どう見ても助からない斉藤の姿に、その手を血で汚してしまった滝原は今更、その重さに慄き震えてしまっている。
 彼は自らが為した結果を見ていたくないと顔を背けると、そのままその場から逃げ去っていってしまう。

「き、聞いてくれ・・・飯野、巡。私はかつて・・・さる名家の御用聞きのような仕事していた。私はそこで、ある人に頼まれて・・・ある家に、火を放った」
「お、おじさん!いいよ、そんな事もう!!喋ったら・・・」
「いいんだ!!聞いてくれ・・・!」

 死に瀕した斉藤は、その最後にうわ言のように自らの秘密を語り始める。
 そんな斉藤に、飯野はそれよりも少しでも命を長らえてと頼むが、彼はそれを止めようとはしない。

「事件にはならないという約束を反故にされ、私は追われる身になった・・・その事件の唯一の目撃者が飯野巡、君だったんだ。私は捕まる事を恐れて・・・君を殺そうとした。許されないことだ・・・」
「それでも、それでもおじさんは私を殺さなかった!!なのに、何で!?」

 かつて犯した罪と、今また犯してしまいそうだった罪について懺悔する斉藤に、飯野は混乱するように泣き喚いている。
 彼女にとって斉藤は、自らを拉致したものの結局、何も手を出すことのなかった男でしかない。
 そんな相手に命を賭してまで助けられる謂れはないと、彼女は叫んでいた。

「確かに、そうだ・・・贖罪のつもりだったのかもしれない。あぁ、今でも憶えている・・・あの番号、海外から掛けられたあの見慣れない番号。あの電話を取りさえしなければ俺は・・・」

 彼女が叫んだ最もな言葉に、自嘲気味な笑みを漏らした斉藤は、その唇の端から血を垂らしている。
 それは彼の命が、残り僅かである事を知らす合図だろう。
 彼の口が語る言葉が走馬灯をなぞりだして、それはいよいよ彼の最後が近い事を伝えていた。

「・・・それは、本当ですか?」
「匂坂君?」

 いつの間にか意識を取り戻していた匂坂が、斉藤のうわ言のような言葉を確かめるように問い掛けている。
 彼が意識を取り戻したことに喜ぶ筈の飯野はしかし、見上げた先に佇む男の姿に、別の誰かの姿を見ていた。

「あ、あぁ・・・間違いない。俺は確かに憶えてる・・・あの番号と受話器の先から聞こえてきた、若い女の声は・・・」

 匂坂の問い掛けに、斉藤が何の疑問も抱かず答えたのは、もはやそれを判断する能力が残されていないからか。
 しかし彼が話した内容は、決してうわ言の類ではなかった。

「っ!」
「匂坂君!?」

 斉藤が語る言葉に、何かを確信した匂坂はそのまま駆け出していく。
 彼が何故そんな行動を取ったのか理解出来ない飯野は、その行動に驚くように声を上げていた。

「あぁ、彼は・・・」

 そんな匂坂の行動に、斉藤は何か納得のいったかのような呟きを漏らしている。
 その掠れた目はもはや、その後姿を捉えてはいないだろう。
 しかしその目からは、一筋の涙が零れていた。

「飯野、巡・・・君だけは、元気で・・・幸せに・・・」

 途切れ途切れになっていく言葉に、斉藤の命は終わりを迎えようとしている。
 彼が伸ばそうとしている手は、一体何を掴もうとしているのか。
 しかしそれを、掴まえる者ならここに、いた。

「・・・春、海・・・最、後に・・・もう、一度・・・」

 彼が最後に見ていたのは、誰の姿だったのか。
 だが確かに、その輪郭は飯野巡のそれと重なっていた。

「・・・おじさん?おじさぁぁぁんっ!!?」

 掴まえた腕から感じなくなった力に、飯野は叫ぶ。
 その悲痛な声を聞くものはもう、そこにはいない。
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